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198話:記憶の残滓・その2.5

「その場所は……?」


 「わたし」は、ミザール様に聞き返す。「魂を固定しうる金色に輝く顔」、「魂を消滅させる暗き鏡」、「魂を映す虹色の剣」の3つの内、顔と剣はこのディアマンデ王国に存在するという。そして、いま、その場所について、聞いているところだった。


(つるぎ)は、刀剣(スパーダ)の一族が保有しています」


 スパーダの一族……。ウルフバートの家系。戦禍に追われ、崩れた自宅の奥底より見つけたという剣。彼が身に着けて、自身と同じ名前を与えたあの剣が、もしかすると「魂を映す虹色の剣」とやらなのかもしれない。


(かお)は……、あなた方の国に情報屋として潜り込んでいる『蛇』と名乗る存在が持っています」


 情報屋……。

 大陸の情勢が安定しない現在、各地から情報を集める「情報屋」という存在は重宝されている。もちろん、国が主導で情報を集めてはいるものの、当然、やることがいっぱいある中で、限られた人員だけでどうにかなるものではなく、そういう意味でも、情報を売り買いするというのは非常に価値がある状況にある。


 もちろん、その情報の精度だったり、収集速度だったりで、腕のいい悪いはあるんだけどね。

 その中でも、腕は最高峰にいいにも関わらず、自分を見つけた相手としか取引をしないという変わり者の「情報屋」がいた。それが「蛇」。アダマス様を含め、この国の上位陣ですら噂に聞く程度で、いまだにそこにたどり着けていないため、取引ができていない。


「つまり、未だにたどり着けたものが少ない『蛇』と接触をしろと……」


 そんな「わたし」の愚痴にも似たつぶやきに、ミザール様は苦笑するような声で答えた。


「いいえ、正確には、だれもたどり着けていない『蛇』です」


 だれもたどり着けていない?

 でも、確かに、何人かの「蛇」にたどり着いたという人間は存在する。もちろん、情報屋との信頼関係もあってか、どこのだれが「蛇」なのかということを、彼らが漏らすことはないけれど。


 そして、そんな彼らが得たという情報も、確かに本物だった。だから、「蛇」に会ったというのは本当だと思うのだけれど、ミザール様は「だれもたどり着けたものがいない」といっている。


「もしかすると、『蛇』というのは2人いるのかもしれません」


 フェリーのつぶやき。「蛇」が2人。でも、同業者で、同じ名前を名乗っているなんて、営業妨害もいいところだ。本当は自分のところに来るかもしれなかった客をとられてしまうのだから。お互いの実力……、情報屋としての腕がいいならなおさら。

 それなのに、「蛇」が2人いるとしたら……。


「『蛇』は2人いる。でも、それらは敵ではなく、おそらく罠。いえ、罠という言い方が正確かは置いておくとして、ともかく、共謀関係にあって、世間一般に接触が行われている『蛇』という存在に騙されず、その奥にいる本当の『蛇』にたどり着くことが出来たら、真の意味で取引ができるというところでしょう」


 「蛇」2人の関係についてはわからないけれど、部下なのか、弟子なのか、……とにかく、そういう仕組みを取っている可能性はある。


「ただ、2人いるだけではなく、2人に利害関係があるというのはわかりますが、接触担当と情報担当に分担していて、情報の『蛇』が『顔』を持っているというだけの可能性も……」


 フェリーの話はもっともだし、その可能性がないわけではなかったけれど、わざわざ窓口担当を設けて、仕事を分担するのなら、「自分を見つけられたものとだけ」のような縛りはかけないでしょう。


 おそらく、もう1人の……、現在世間一般での『蛇』を鍛えるという意味もあるんじゃないかしら。どっちと接触してもウソの情報が渡されるわけでもないし。


「いえ、さすがです。いくつかある可能性の中から、運命的に正解を選び取れるのは、やはり、あなたの才能だと思います」


 ミザール様直々に正解だというお達しを得てしまった。まあ、「わたし」の考えが正しかったとして、だから何だというか、「蛇」にたどり着けている人がいないという事実は変わらないわけで……。


「異邦にある黄金の島(オーゴン)より流れ着いた『蛇』とその弟子のフール。それがいまの『蛇』です」


 ミザール様いわく、「蛇」とは遠い遠い場所から流れ着いたのだという。ミザール様は、その「蛇」の話を聞かせてくれた。




 遥か昔、オーゴン国にて、1人の男が金色に輝く仮面を拾う。そのあまりのまばゆさは、天から贈られた奇跡だと言われて、皆が取り合いをした。その騒動は、国王の耳にも届き、国王は己の配下を向かわせる。


――蛇。


 それは古よりオーゴン国王を守りしもの。地を這い、息を殺し、音を聞き、熱を見る。


 そんな蛇は、騒動の渦中にあった仮面をあっさりと手に入れた。しかし、出来心で、その仮面をつけてしまい、国を追われることになる。追われて、追われて、もうどうでもよくなって、海へ飛び込んだ。


 シロガネ国とソーエン国にはさまれた内海にあるオーゴン国から飛び込んだ彼は、おぼれ、意識を手放し、長い長い漂流の末、異方の地へと流れ着く。それは遠い遠い大陸にあるメタル王国であった。


 男は、そこで情報屋として生計を立てる。幸いにもオーゴン国の蛇として磨いた技能は、情報屋として相性がよく、また、彼自身、この別の大陸のことを知るという意味でも、情報屋という仕事は適していた。


 そして、数年、数十年と月日が流れて、男は気付く。


 仮面をつけている自分は、年を取らないこと。そして、この仮面は、メタル王国に伝わる文献の「魂を固定する金色に輝く顔」であるということ。


 蛇が長い間をメタル王国で過ごす内に、当時のオーゴン国王もとっくに代替わりしているであろうくらいの頃、男には弟子のようなものができた。最初は情報屋とは名ばかりの腕の悪い少年だった。それを見かねた蛇が手ほどきをするうちに、気が付けば弟子のようなものになっていた。


 しかし、しだいに、蛇と弟子の年齢が逆転する。奇怪な状況だった。そんなおり、メタル王国は滅亡し、「混沌の13か月」を経て、ディアマンデ王国ができた。





「それが『蛇』にあった出来事です」


 本当に遠いところから流れ着いたのだという「蛇」。現在は、その弟子、ミザール様が言うには「フール」という名前らしい弟子を「蛇」としているらしい。


「つまり、フールという弟子ではなく、その奥にいる本物の『蛇』の巣穴を見つけて、接触を計れと言うことですか」


 フェリーがそんなふうに言うと、ミザール様からは「はい、その通りです」と同意の返答があった。でも、それは中々難しいのではないだろうか。

 ミザール様の語った話を聞くに、一国の伝統ある諜報機関の人間としての技能を持って、なおかつ、長い時間を情報屋として研鑽している相手。信頼できる技能と長い経験は、とてつもない力になる。


「問題は、どうやって、その『蛇』にたどり着くかということだけど……」


 簡単にたどりつけるのなら、すでにだれかしらがたどり着いているでしょう。もちろん、「わたし」たちは、「蛇」の奥のもう1人の「蛇」を知っているから、そう思えるという部分はあるのだけれど、それを置いても、だれかしらがたどり着いていてもおかしくはない。


「いえ、そんなに悩まなくてもいいかもしれません」


 フェリーはあっけらかんと、そんなふうに言う。何かいい手があるのだろうか。


「もう1人の……、弟子のほうにはある程度たどりつけるということは、私たちなら、どうにか接触ができるのでしょう?」


 まあ、頑張れば……。絶対の自信とかがあるわけではないけれど、おそらく不可能ではないはず。いままで国の上部で接触できていないのは、そこまで優先事項としていないからという面もあるし、神託というのも含めて言えば、どうにかなるはず。

 でも、接触したとしてどうするのか。素直に「師匠はどこですか?」なんて聞いて話すはずもないし、あとをつけるというのも難しいでしょうし。


「なら、依頼すればいいんですよ。情報屋として。本物の『蛇』の場所について」


 なるほど、確かに。情報屋の威信として、依頼を断るというのは難しい。こちらが余程の吹っ掛けをしない限りは、だけど。そう考えるのなら、この手段は有用である。


「まあ、断られた場合が難点ですがね」


 あくまで断るのが難しいというだけであって、「蛇」側も依頼を断ることはできる。つまり、断られる可能性は十分にあるということだ。


「依頼のときに挑発気味に断れない方向にもっていくとか、そういう方法はあるけれど、まあ、そのときはそのとき考えましょう」


 ただ、本物の「蛇」にたどり着くことを想定しているのだとしたら、これは正解の道筋の1つとして考えられていそうだし、断られることはないんじゃないかと思うのだけれど。その辺りは何とも言えない。


「これから先、あなた方がするべきことは、見えましたね?」


 ミザール様はそのように言う。まあ、確かに、おおむね見えたけれども……。

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