197話:黄金の来歴・その1
王子とともに、ガーネット妃とラミー夫人のお茶会に巻き込まれたわたし、カメリアは、その翌々日、ラミー夫人に呼ばれ、ジョーカー公爵家に来ていた。まあ、いつものことといえばいつものことなのだけれど。
話の内容は、いつもの進捗報告……だけではなく、先日語った「黄金の蛇」の継承にも関わることらしい。確かに、深掘りすれば、現状の何かしらのヒントになるようなことがあるかもしれないとは思ったけれど、わたしとしては特に思い当たるものがないので、ここはラミー夫人の気になることをきっかけに何かを見出したいところ。
「アーリア侯爵家は相変わらず表立った動き……という言い方もおかしいけれど、大きな動きはないわ」
この場合の表立った動きというのは、表面的な話ではなくて、裏で動いている中での調査で見える範囲の動きという意味なのだけれど、まあ、意味合いは通じるからいいでしょう。それよりも、本当にしばらく動きがない。
これは、秘匿研究室の一件が明るみに出たから行動を控えているのか、別の要因で動いていないのか、それとも動いているけれどわたしたちがつかみ切れていないのか。
もしつかみ切れていないのだとしたら、相当にまずいのだけれど、ラミー夫人がつかめないのだとしたら、それはどうしようもないので仕方ない。
「引き続き監視するしかないでしょう。こちらの気が緩むのを待っている可能性もありますから、いう間でもありませんが手を緩めないように」
まあ、このやり取りも何度目だという感じではある。結局のところ進展はないというだけの話。もどかしくはあるものの、急いてもどうしようもない。
「それで、本題なのだけれど。カメリアさんは継承の文言を知っているのよね?」
継承の文言というのは「黄金の蛇」の継承の文言のことだろう。確か「その覚悟と資質を持つものよ。旧き聖女との約束に従い、誓いを果たすときまで、この偽りの仮面は、『真なる黄金の蛇』に至るために、その身を捧げることとなる。しかし、その先に待つのは救済であろう」とかだったと思う。
一言一句正確にかどうかはわからないし、もしかすると、この世界線のラミー夫人が聞いた文言とは微妙に異なっている可能性はあるけれど、少なくともわたしが読んだものはこんな感じだった。
「あのとき……、私の記憶が確かなら、先代……、ジェスター元男爵は『黄金の蛇』のことを『黄金の蛇』と呼んでいたような気がするの」
オーゴンの蛇。確かに、本編やビジュアルファンブックを含め、一貫して「黄金の蛇」というルビが振られていたので、誤植だと思っていたけれど、あの部分のルビは「おーごん」だった。すっごい誤字だなと思ったので印象に残っている。
でもそれが、誤字じゃなくて、本当に「おーごん」……「オーゴン」だったとしたら。「たちとぶ」だけなら、それでも何かわからない。だけれど、これが「水銀女帝記」とつながっているとわかっているいまなら、別の可能性が出てくる。
「確かに、わたくしの記憶でも『おうごん』ではなく、『おーごん』に近いものだったと思いますが……」
オーゴン、それは地名。この大陸のものではなく、別の大陸、「水銀女帝記」の舞台になっている大陸に存在する。
ミズカネ国というのが物語の舞台だけれど、そこには四つの国にまたがる山があって、北側に鉛国、西側に錫国、北西に盤陀国がある。それより西側の銅国は宗教関係で話したけれど、ナマリ国の更に北側、ソーエン国と更に北西にある鋈国がはさむ内海に浮かぶ島国、黄金国というものが存在する。
もっとも、その地名が触れられることや地図に名前が載っていることはあっても、具体的な話はほとんどなく、設定上存在している国みたいな感じだった。
「異境より流れ着いた『蛇』の『異境』というのがおそらく『オーゴン』であるということなのかもしれません」
別の大陸から流れ着いたのかもしれないという予測は立てていたし、その明確な場所がわかったから何だという話なのだけれど。
「オーゴン……、このあたりの地名ではないわよね。それとも昔の地名とか?」
さすがに、ラミー夫人は、オーゴン国のことを知らないようで、……というか知っていたらこういう切り出し方ではなかったでしょうし。
「地名で言うのでしたら、ミズカネ国のある大陸の北の方にある内海に存在する島国、黄金国のことだと思います」
「そんな遠くの地名が……」
確かに、伝わるには遠い地名だけれど、まあ、「蛇」本人が名乗って、持ってきているのだと思うので、おかしい話ではない。それが長い時間を経て、「黄金の蛇」という名前で定着したのだと思う。
「もっとも、それがわかったところで……、という話なのですがね」
オーゴン国から来ているとして、じゃあ、オーゴン国に行ったら何かあるのかといえば、特に何もないのが現状だ。そもそも、いつ、こちらの大陸に流れ着いたのかもわからないので、向こうに資料や記録が残っているかもわからない。
そして、ほとんど、わたしの知識も役に立たない土地。そこに行って、無駄足だった場合、本当にただの時間の浪費でしかないし。
「まあ、少なくとも、別の大陸から流れ着いたということがわかれば、ある程度、この間の仮説を、より補強できたわね」
確かにそれはそうなのだけれど、そこから先につながるような何かにはならないというのが問題。
「鏡はミズカネ国、仮面はオーゴン国、剣はディアマンデ王国。いえ、元をたどれば、剣はメタル王国でしょうか」
それらに何か関係性が見いだせればいいのだけれど。
「あら……。カメリアさん、それは……?」
ラミー夫人の言葉に、わたしは何のことかと彼女の視線を追う。そこは、わたしの左腕。まるで、脈打つように、奇妙な紋様が光ったように見えた。その白い光には見覚えがある。「神の声を聞く杖」の発光とよく似ている。
「これは……、もしかして……」
確か、あのとき、ミザール様は「杖に存在するような私との通路を、あなた自身にも刻んでおきます」とおっしゃっていた。そう考えるなら、もしかすると、これはミザール様とつながっている状態なのかもしれない。
「ようやく、『魂を映す虹色の剣』、『魂を消滅させる暗き鏡』、『魂を固定しうる金色に輝く顔』の形を捕らえることができましたね」
光から響く声。老若男女、どんな声とも判別のつかないその声は、前に聞いたミザール様の声と同じ……ような気がする。正直、判別がつかないので、確証が持てない。でも、この手段を使っているのだから、おそらく間違いない。
「もう少し、早くご助言をくださってもよかったのではないですか、ミザール様」
わたしは、少しばかり文句を垂れる。それに対して、声の相手がだれだか分かったからか、それとも、わたしの態度に対してか、ラミー夫人がぎょっとした顔をした。
「未来を切り開くのは、あなたに委ねたことです。ですから、私は基本的に、未来の分水嶺において、口を出すことはできません」
では、なぜ、このタイミングで声を出したのか。そのことで、少しばかり、わたしは考えるけれど、「未来」という単語が数度出た。つまり……、
「つまり、未来のことには口を出せずとも、過去のことには口を出せるということでしょうか」
「それは正確ではありませんが、おおむねは正しいです」
正確ではないというのは、おそらく「未来の分水嶺」……、未来の流れが決まる分かれ道に関係する過去に関しては、そこと地続きだから話せないということなのだと思う。そして、このタイミングで話すということは、ここで聞ける過去というのは、あの3つの神器に関することなのだと思う。
「この一連の……、いえ、遠い過去から続いていると思われる出来事の仔細は聞けないのかもしれませんが、ここで、あの3つの神器について、ミザール様が知識を貸してくださるというのでしたら、わたくしたちがたどっていた道は、間違っていなかったということなのでしょう」
この3つの神器が、いまのアーリア侯爵家のやろうとしていることに関係ないのだったら、ここでミザール様が出てくる必要がない。未来をわたしに委ねたといっている時点で、間違った道に進んでいたとしても、口を出してくることはないと思うし。
「それに答えることはできません。そして、これから、あなた方には、記憶を垣間見ていただきます」
あなた方……、つまり、ラミー夫人も含まれているということだろうか。……記憶を垣間見る。つまり、あったかもしれない過去を見せてくれるということなのか、それとも文字通り、だれかの記憶をこっそりと覗き見るということなのか。
「これは、かつての聖女と人形が触れた記憶。3つの神器を集めるための記憶の残滓です」
記憶の残滓……。聖女グラナトゥム、「たちとる」……「たちとぶ0」の主人公エラキスと、その友人であるフェリー、……フェリチータの記憶、つまり、建国時期のわたしの知らない物語の記憶。




