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196話:ラミー・ジョーカー夫人・その10

 昔のことを思い出していた。「黄金の蛇」を継いで、そのあと、ガーネットさんは領地での療養が長引き、復帰した後、すぐにアンドラダイト殿下を身ごもり、出産後、再び体調を崩して療養に……。そうした療養生活の繰り返しもあって、結局、確執とまでは言わないけれど、ちょっと関係性が離れたまま、戻す機会を失ってしまった。


 いま思えば、彼女が体調を崩して、療養しがちだったからこそ、第二夫人のウィリディスさんがいるのもバレづらかったのかもしれないわね……。そうじゃないと、彼女の嗅覚でバレないはずが……。





 王城は、現在、少しばかりの賑わいを見せていた。もちろん、なにがあったかといえば、スパーダ公爵家の継承が終わったことで、本格的に、次の世代への引継ぎが始まったためである。


 もちろん、これはスパーダ家の継承が行われただけではあるのだけれど、おそらく、それをきっかけにほかの家でも、加速度的にその傾向が強まっていくでしょう。まあ、ファルシオンの意図も分からなくはない。


 いまは、時流の変わり目。この国は周囲を含め、大きな変化を起こそうとしている時代。だからこそ、その変化に合わせて、世代を跨ぐべきだという思いがあるのでしょう。旧い時代に取り残された自分たちではなく、新しい時代を作り上げる次の世代に。


 まあ、そんなご時勢だから、私も「黄金の蛇」としてではなく、「ラミー・ジョーカー」として王城に呼び出されていた。

 国が動くときというのはいつだって慌ただしいもので、でも、それがこの先の国の安定や繁栄につながるのなら、それくらいは請け負うものだけれど。


 仕事自体はすぐに終わった。というよりも、陛下も忙しいので、1人1人にそう時間をかけてられないので、自然と早く終わるようになっているというべきかしら。



 そんな私が偶然にも見かけたのは……。


「お久しぶりね、ガーネットさん」


 ガーネット・ディアマンデ第一夫人。相も変わらず目を奪われるほどに美しい真紅の髪。私を射貫くように向けるザクロの実の赤さをほうふつとさせる輝かしい赤い瞳。病気がちで伏せっていたためか、透き通るような白い肌。同い年とは思えないほどに若い見た目。

 私よりも、カメリアさんと同い年くらいに見えるのは、童顔のせいもあるのでしょうけれど……。


「ええ、そうですね。……もう、数年は会っていませんでしたか?」


 ガーネットさん自身が、あまり表に出てこないのもあるけれど、私が私として王城に通うこともそこまで多くないので、自然と会う機会も少ない。


「そういえば……」


 と話しを切り出そうとして、なにを話せばいいのかと、一瞬思考が止まる。特に彼女との間で話すことが思い浮かばなかったから。それでも、少し頭を回転させて絞り出したのは……。


「ウィリディスさんの件。あなたがよく許したものね」


 正直、私の立場からこれを言うのは、「私のときは許そうとしなかったのに」みたいな嫌味に聞こえるかもしれないから、本人に直接言うかどうかは迷っていたのだけれど。


「……ふふっ、ええ、まあ、息子から直々に熱い思いを聞かされましたから」


 熱い思い……?

 説得したとは聞いていたけれど、いったいどういうやり取りがあったのかしら。まあ、彼女を納得させるような内容なのだから、私にはあまり想像のつかないやり取りなのでしょうけど。


「あの子も2人の間で揺れ動いて、それで悩んでいたようですし」


 ああ、アンドラダイト殿下が揺れ動いていた2人というのは、私にも簡単に想像がついた。特に片方に関しては鮮明に。


 カメリア・ロックハート、アリス・カード。


 カメリアさんいわく、「あったかもしれない世界」では、アリスさんを取り、カメリアさんを捨てた。そんな可能性の世界とは違って、彼は2人の間で揺れ動いたようだ。


「……苦労するでしょうね」


 しみじみと、私はつぶやいていた。

 私たちとは違った形で、途方もない苦労を背負うことが想像できる。特に、大きな壁になるのが、カメリアさんというのが……。


「アンディがあれだけ懸想しているのに、それになびかないというのがいまいち想像できないんですよね」


 首をひねり、そんなふうに言う。ガーネットさんとカメリアさんは、確かにあまり接点がないので、そのあたりの想像ができないというか……、彼女の特異性は伝え聞くだけではわからないというか……。


「彼女は特別というか、特殊だから。あなたも会ったらわかると思うわよ」


 むしろ、引き合わせてみたいという思いすらある。実際に出会ったらどうなるのか。

 恋に焦がれ、愛に生きる浪漫を夢見る女性(ロマンチスト)

 未来を求め、自由を追い求める理想を夢見る少女。


「ええ、いつか会いたいとは思っているのだけれどね」


 まあ、公爵になっている以上、いずれはどこかできちんと話す機会もあるでしょう。そう思っていたとき、聞き覚えのある声が耳に入る。


「ですから、スパーダ公爵家の継承を手伝ったのには、いろいろとあったのですよ」


「まあ、そうだとは思うが、また面倒ごとに手を出すのにオレは置いてけぼりか」


 ちょうど話題にしていたところに、なんという間の良さ。さすがにこれもわかっていて、この時間に来たというわけではない……と思う。


「これは……、こうして直接お目見えするのは初めてでしょうか。スペクレシオン公爵を拝命しました、ロックハート公爵家次子、カメリア・ロックハート・スペクレシオンです」


 きちんと私に目で挨拶をして、言葉や形としての挨拶をガーネットさんに向けてする許可をとったうえで挨拶をしている。このあたり、身分だったり、あるいは、関係性だったりで、挨拶を優先すべき相手がいるのをきちんと判断したうえで、その優先に対する配慮もちゃんとしているのだから、そこらの下手な伯爵とかよりもよっぽどしっかりしている。


「ええ、うわさはかねがね。アンディの母のガーネットです」


 そうして挨拶を交わす。自己紹介が第一夫人ではなく、アンドラダイト殿下の母と名乗るあたりが、彼女らしいというべきか。


「お二人は……、ご歓談中でしたか?

 それでしたら、おじゃまするといけませんし、わたくしたちはこれで……」


 と話を切り上げて、そそくさと行こうとするカメリアさん。それを体で道をふさぐようにガーネットさんが止める。ああ……、これは……。絶対に逃がさないときの彼女の動きだ。どうやら息子の恋愛話を聞きたいみたいね。


「あのう……」


 カメリアさんも、さすがに強く出られないのか困惑した表情をガーネットさんに向ける。しかし、当の向けられた本人は、ニコニコとして一歩も引かない。


「何か急ぎの用があるのですか?」


 ガーネットさんの問いかけに、カメリアさんがどう答えてこの場を抜け出そうか思案している間に、アンドラダイト殿下が口を開いた。


「いや、特にはないが……」


 ほんの一瞬、注視していなかったらわからないほどの一瞬の間、カメリアさんの顔が「このバカ」とでもいうような慌てた顔になった。それほどまでに、この状況を脱したいようで、彼女があそこまであからさまに素の表情をあらわにしたのは、私も初めて見たかもしれない。


「では、少しお話ししましょう。ちょうどお茶には適した時間ですし」


 これは少し……、いえ、かなり長くなりそうね。ここで無理という彼女ではないので、ガーネットさんに連れられて、4人のお茶会へといざなわれるのだった。





 通された部屋は、非常に懐かしい部屋だった。私があの隠し通路を見つけた部屋。現在はどの部屋もあれやこれやと忙しいので、この部屋になったのは偶然だと思うけれど。


 運ばれてきたお茶を口に運びながらも、カメリアさんの視線は、時折、あの柱へと注がれる。やはり、彼女にもわかっているようで……。


「どうかしたのか?」


 私が声をかけるよりも先に殿下が声をかける。それに対して、彼女は小さく笑ってから言う。


「いえ、『あれ』については、わたくしよりもラミー様のほうがお詳しいでしょうし」


 と、露骨にこちらに話を振ってくる。いえ、これは確認の意味も含まれているのかもしれないわね。ここがあの部屋だとは思っているけれど確信がないから、そういう意味で私に話題を振ったというところかしら。


「下手すると私よりも詳しいじゃないの、あなたは」


 確かに当事者として知っているのは私だけれども、知識として持っているのは、私よりもカメリアさんのほうが詳しい可能性は否めない。


「さすがにそんなことはないと思いますがね」


 そんなことを言いながら、彼女は私に目配せで「あの話をしていいか」と確認をとってくる。もちろん、私の過去と「黄金の蛇」にまつわる一連のことでしょう。もっとも、彼女も「黄金の蛇」の秘匿性は知っているから、そこまでつまびらかに話はしないはず。だから、私はうなずいた。


「それではお話ししましょう。あの柱にある隠し通路から始まった、ラミー様とユーカー様の出会いの話を」


 焦点を「黄金の蛇」にできないからか、彼女は、あくまで私とユーカーに焦点を当てて話すようだ。気恥ずかしさに苦笑しながら、私はカメリアさんの話す、私の物語に耳を傾けた。


 出会ったときに言っていたように、本当に継承の一連のことを知っている彼女は、少しばかり誇張なども交えて、「黄金の蛇」の部分はぼかしながらも、小説でも読み上げるように語る。


 そして、それを聞きながら、ガーネットさんが、私のほうを見て微笑んだ。どうやら、少しはこじれていた、私と彼女の関係がほどけてきた……のかもしれない。

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