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195話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その9

「それで……、事情は大体わかったが、それがどう彼女のご立腹とつながるんだ」


 私は彼に、これまでの経緯と婚約破棄について伝えた。その態度は、思いのほかあっさりとしていたものであり、別に未練を持てと言うわけではないのだけれど、もっと驚きとかがあってもいいのではないだろうか。


 そして、彼の言う「彼女のご立腹」というのは、もちろんガーネットさんのことである。実を言うと、彼女には、先に「殿下との婚約を破棄することになった」ということについては伝えていた。「黄金の蛇」などの話は、まだ公にするわけにもいかなかったので伏せた結果、そこだけをピンポイントで伝えることになったわけなのだけれど、彼女はご立腹。


 ぷんすかと怒りながら、「あなたに施しを受けずとも自分で勝ち取りました」と憤慨していた。しかも、その後にすぐに、彼女は体調を崩して、再び領地での療養生活に入ってしまったため、こじれたまま、関係を修復できていない。まあ、また次に会ったときにでも、彼を介して和解するとしましょう。


「まあ、いろいろとあったのよ……。そのあたりのことは彼女から聞いてちょうだい。……話してくれたら、だけどね」


 まあ、彼女が素直に、「自分であなたをオトすつもりだったのに!」なんてことを言うはずもないので、ごまかされるか、永遠の謎になるかのどちらかだと思う。


「女というのはよくわからないものだ……」


「すべてを理解しろとは言わないけれど、ある程度、理解するか、理解できないなりに対応を覚えないと、そのうちに苦労するわよ」


 私の言葉に彼は苦笑いをしていた。……何でも笑えばいいと思っていなかしら。まあ、その辺はガーネットさんで鍛えてもらうとしましょう。


「それにしても、ジョーカー公爵は、よく婚約の話を飲んだな」


 ユーカーの父であるジョーカー公爵。なんと意外なことに、婚約の話を持っていったら、驚くほどあっさりと許可してもらえた。それも「黄金の蛇」などの話も特になく、本当にすごくあっさりとしていた。

 まあ、ユーカー自身が決めたことであったし、二属性という部分もあったからだとは思うけれど、拍子抜けというか……。


「なんというか、この親にしてこの子ありというか、まさにユーカーの父親っていう感じの人物だったわ……」


 もちろん、これまでも、何度かお話したことはあったし、面識がないわけではなかったけれど、そういう社交辞令的な会話を抜きに、私的なやり取りをしたのは今回が初めてだった。そして、そうした意味で初めて話してみて実感したのは、やはりユーカーの父親だという確信にも似た感覚のようなものはあった。


 具体的に何がそうさせているのかはまったくわからないけれど、独特の雰囲気というか間尺というか。ある意味、北方特有の感覚なのかもしれない。地域性というか、文化によるものというか。


「ジョーカー公爵家は、なんというか、歴代そんな感じらしい。そして、その夫人は似た感じになるか、正反対になるかだともな。今回は正反対……、いや、ある意味根っこの部分では似た感じともいえるか」


 というか、あれに対して合うのは、波長が似ているか、あるいは、その波長とまったく違うから逆にかみ合うかのどちらかだと思う。そういう意味では、私は「似ている側」。あくまで、ユーカーの性格がどうこうではなく、雰囲気というか感性に対する部分の話でね。

 性格のほうは、どちらかというと異なる側だと思うけれど。


「公爵もそれがわかっていたから、婚約の話を飲んだのかもしれないな。ユークとかみ合う人間などあまりいないから、またとない機会を逃さないようにと」


 実際、そういうかみ合う人間がまったくいないというわけではないと思う。まあ、中途半端にかみ合った結果、余計にこじれるという場合もあるのかもしれないけれど。……というか、ユーカーが引き寄せるのは、そういう人が多いような気もする。


 おそらく、向こうからはかみ合うのだろうけど、ユーカー側からがかみ合わないというか。まあ、正直、私も両方からピッタリかみ合っているなどというほど、うまくいっているとは思っていないのだけれど。


 でも、人間関係なんて大抵がそういうものだ。


 ごくまれに、それこそ神々のお導きと思うほどに奇跡のかみ合いを見せる夫婦なんて言うのも見かけることはあるけれど、そんなのはごく一部で、普通はどこかしらで何か合わないことや許せないことなんて言うものはあって、そのかみ合わない何かを納得のできる範囲で許しあい、過ごしていくもの。

 それすらも無理で、すべてを自分に合わせろという人もたまにいるけれどね。


 まあ、感情だけがすべてではない。お金や権力、世間体、そう言ったものがあったうえで、どこまでを納得できるのかなんて言うものは人によって違うしね。

 例えば、私と彼がそれでもかみ合わなかったように、例えば、私とユーカーがそれでもかみ合ったように。


「それで、『黄金の蛇』殿は、これからどうするんだ。北方や西側の情勢を探りに行くのか?」


「あら、心配してくれているの?」


 確かに、これから「黄金の蛇」を引き継ぐにあたって、まず調べなくてはならないのは、この国の情勢……というよりも、この国の周りの情勢でしょう。特にきな臭いのは西側のファルムとツァボライトの情勢。先代の……ジェスター元男爵の資料を見る限り、あまりいいとは言えない様子だったし。


 このまま戦争でも起きようものなら、この国にも大きな影響がある。特に、ツァボライト王国とは親身な関係が続いているため、場合によってはツァボライト側に加勢することなども考えなくてはならなくなってくる。


 ただ、戦争に手を出すということは、出される可能性も考えなくてはならない。それを踏まえたうえで、そうまでしてツァボライトに……みたいな考えればキリの無いけれど、考えなくてはならない状況にある。


 人情だけでは国の運営はできない。


 だからこそ、私の情報が、その判断を決めるカギになるかもしれないともなれば、その責任は重い。


「心配しているわけではないが、調べるのには相応の危険が伴うだろう」


「そうね。でも調べないこともそれはそれで危険が伴う可能性があるでしょう?」


 国の危険を減らすために、自分を犠牲にしていると言うと大げさだけれど、まあ、ようは、大のために小が危険を冒してでも情報を集めている。でも、それが大事なことくらいは彼もわかっているはず。


「それこそ、調べなくても何でも知っているなんて言う、そんな御伽噺に出てきそうな存在がいれば別だけれどもね」


 知っているはずのないことを知っている、そんなあり得ない存在が。しかも、それでいて、私たちに力を貸してくれるような、そんな、ね。

 まあ、私がそんな力……知識を持っていたら、悪用してしまいそうだけれど。


「オレの代では、戦争なんてものが起きなければいいがな」


 そればっかりは彼だけがどうにかしようとしてどうにかなる話ではない。現に、いま、西側で戦争が起きようとしていて、それに巻き込まれる可能性すらあるディアマンデ王国だけれども、それはファルムとツァボライトの問題が端であり、陛下がどうにかできるものでもない。

 戦争をこちらから仕掛けなくても、向こうから仕掛けてくるということが絶対にないとは言えないのだ。


「それこそ、事前に戦争が起こる原因をすべて知っていて、あらかじめそれらに対策を練って、十全の力をもって対処できれば可能なのだろうけどな」


「それこそ夢物語ね。まあ、でも、戦争になりそうな要因をできる限りつくらず、残さず、あったとしても隠し通して、……そんなふうにできる限りのことをするのが一番なんじゃないかしら」


 まあ、難癖をつけられたり、あるいは、どうしようもない事情ができてしまったり、素言うことがある以上、なくなるわけではないけれど。


「そう言えば、先々代の『黄金の蛇』が言っていたそうよ。私たちの次の代が、波乱の運命の時代だと。あなたの治世……、波乱が起きなければいいわね」


 あくまで予言のようなものなので信じてはいないけれど、もし、本当にそうなのだとしたら、私も彼も、ユーカーもほかのみんなも相当に苦労するのかもしれない。


「嫌な予言だな。できれば当たってほしくはないものだ。そして、当たったとして、それをどうにかできるような何かが訪れることを願おう」


 ずいぶんと他力本願ね。まあ、でも、そう思う気持ちはなくもない。


「何かって?」


「例えば、伝承に残る『光の魔法使い』とか」


 あまり資料が残っていないのよね。「光の魔法使い」。でも、そうね、少し調べてみようかしら、「黄金の蛇」としてでも、個人的な興味としてでも、少し気になるしね。

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