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194話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その8

 私の言葉に、困惑したように、そして、苦々しげに顔をしかめる。もっとも、仮面に隠れていて、おそらくそういう表情をしているであろうということが察せられる程度なのだけれども。


「国の中枢、それも、王妃ともなれば、その立場上、自由に動くことは叶わない。その将来が決まっている君に、この役割を継がせるべきではない」


 確かに、陛下同様に、その立場になれば、自由に隠し通路を通ってどこへなりとも行くというのは難しいでしょう。ただ、それは……。


「それは、私が殿下(かれ)と結婚したらの話でしょう」


 そう、この数か月、ずっと考えていたことがあった。これは、別に、いま、「黄金の蛇」を継承するから決めたというわけではない。ただ、まあ、後押しされた部分はあるけれど。


「私は決めていたのよ。ここしばらく、この『黄金の蛇』という存在を追う過程で、彼との婚約を破棄して、ユーカー、あなたと婚約しようってね。そっちのほうが面白そうだし」


 ユーカーと一緒に過ごす内に、自然と、そのほうがおもしろそうだと思っていた。だから、この調査が失敗しようと成功しようと、いずれは切り出すつもりだった話題。そのうえ、「黄金の蛇」とやらまでおまけでついてくるとなれば、迷う必要性もないわけで。


「こっちの意志は聞かないんだね……」


 なんて言うユーカーだけれど、まあ、断らないと踏んで、こういっている。まあ、この場で言えば断れないだろうって思惑もなくはないけれど。


「あら、私が婚約者では不服かしら?」


 ユーカーには、いまのところ決められた相手もいない。まあ、何人かユーカーにちょっかいをかけている人もいるみたいだけど、もれなくちょっとおかしいと評判の子ばかりなのが気にかかるけど……。まあ、私も人のことを言えた義理じゃない


「いや、まったくもって不服はないけど、そっちこそいいのかい?」


 この「いいのかい?」は、おそらく「こんな自分なんかでいいのか」という確認と「殿下との婚約を蹴ってもいいのか」という2つの意味があるのでしょうけど、だからこそ、私は不敵に笑って言う。


「ええ、だって、そのほうが面白そうなんだもの」


 正直、彼の婚約者には、身分的にも愛情的にもピッタリなガーネットさんがいるし、彼女に譲る……なんて言う言い方をすると上からに聞こえるので表現としてはあまりよくないのだけれど、……そうね、託すとでも言えばいいのかしら。


「だが、それでも公爵夫人では……」


 そんなふうに言う「黄金の蛇」に対して、私はいま考えまとめた継承できると思えるだけの理由を言う。


「あら、北方に籠り切りの公爵に代わり、王都に居を構えて、公爵の代わりに王城に出入りし、また方々へ足を延ばせる。それに、その規模になれば、後継を育てるために動くこともできるから、このような後継者に困ることも回避できると思うわ」


 もちろん「黄金の蛇」という立場は特殊だから、表立ってはできないでしょうけど、それこそ、どの家も大なり小なりお抱えの人員はいるでしょうし。そういうのを、より情報収集に特化させてもいいと思う。

 まあ、理由付けとしては、北方と王都に拠点があり、その両方に重要な書類などがあるから、それを守るための人員とでもすれば通せなくもないでしょう。


「まあ、他にも前々から気になっていたことを確認するための研究の副産物というか、事後処理としても考えられるけれど」


 魔法は貴族しか使えない。それは教育による差であるというのが通説であるけれど、それがいまいち信用ならない。だから、孤児に貴族と同じように教育を受けさせて、どうなるのか試すという研究をしたい。

 でも、育てて、魔法が使えませんでした、それで終わりというわけにはいかない。育てた後にどうするのか。使用人として教育し、雇うぐらいのことまでは考えていたけど、情報収集の人員にするかどうかは、まあわからないわね。


「まったくもって、よく頭が回る。わかった……、この仮面と、そして、あそこにかけてあるローブは君に継承するとしよう」


 わざわざローブも含めたということは、仮面とローブを合わせて「黄金の蛇」の姿ということなのでしょう。


「『黄金の蛇』とは何なのかは、先代ですらあいまいであったが、この国を守るために古くから存在するということは間違いない。あるいは、もともとはこの国の『何か』を守るためだったともいうが、結果的に国を守ることがそれにつながるということになったのか、それともしだいに形が変化したのかはわからないが、『黄金の蛇』は、この国の危機に対して調査を行い、それを陛下に伝えることができる存在である」


 自分たちですらあいまいだなんて……。いえ、まあ、それだけ年数や代を重ねた結果なのでしょうけれど。貴族だって……、もっと言えば国だって、ずっとさかのぼって、その起源を明確にわかっているかといえば、そういうわけではないのだし。


「その覚悟と資質を持つものよ。旧き聖女との約束に従い、誓いを果たすときまで、この偽りの仮面は、『真なる黄金(オーゴン)の蛇』に至るために、その身を捧げることとなる。しかし、その先に待つのは救済であろう」


 まるで祝詞のように、仮面を外したジェスター元男爵は、その言葉を唱えた。継承の文言、あるいは、誓いとでもいうのか。重く、それこそ、受け継がれてきた意志とでも言えばいいのか、魂が言葉に宿っているような、そんな気さえするほどに、神秘的で響く言葉だった。

 そして、差し出される仮面とローブを受け取る。


「これで君は、次の『黄金の蛇』だ」


 まだ彼との正式な婚約破棄が成立してもいないのに、こうして「継承」が行われたのは、私がやると決めたら絶対にやるということをわかっているからか、それとも、ジェスター元男爵自身、早く継承してしまわなければならない理由があったか、それとも「黄金の蛇」を継承するということなら確実に婚約破棄が成立すると思っているからか。


「陛下に『黄金の蛇』としてあいさつするのは、また後日にするとして、ここにある資料や王城の地下隠し通路の地図などは君のものだ。後日、君の屋敷に……、ああ、いや、そうだったな。では、ジョーカー公爵の屋敷に届けるとしよう」


 そう。クロンダイク侯爵家というものは、もうじき存在しなくなる。ユーカーが私の名前を聞いたときや、先ほどのジェスター元男爵の「あの(・・)」クロンダイク家というのは、そういう意味である。


 まあ、もともと家に未練があるわけでもなかったし、最後の遺産とばかりに、私は二属性の魔法を使えるということもあって、殿下の婚約者という立場に放り込まれたわけだけれど、そんな存在しなくなる元侯爵家の令嬢よりも、ガーネットさんのほうがよっぽど身分的には婚約者にふさわしい。


 一度、取り決めた婚約を破棄するというのは外聞が悪いのでそういう話は来ないというだけで、上の方では、私との婚約を破棄するべきという話も出ていたんじゃないかしら。別に、罪を犯したからとか、そういう理由ではないから、それを強行できるだけの話にならなかっただけで。


 そう、現状、クロンダイク家の血を引くのは私だけ。両親が亡くなったことで、クロンダイク侯爵がおらず、私が継承するわけにもいかないし、かといって、私と殿下の婚約を破棄して、別の男をあてがって、その人に継がせるというわけにもいかなかった。


 結果として、クロンダイク侯爵が担っていた役割は、私の婚約と同時に正式に別の家に渡ることが決まっていて、いまは名前だけが残り、実質別の家が仕事をしているという状態。


 屋敷もすでに手放しているも同然のため、私の家なのに、私が間借りしているような状況。そこにこれだけの資料やら何やらを持ってこられても困るということだ。


「しかし、婚約破棄やら、婚約やら、いろいろ大変そうだなあ……」


 ユーカーがそんなことを言うけれど、だからこそ、この「黄金の蛇」というのはいい機会なのだろう。まあ、それがなくとも、私はあらゆる手を尽くしてやっていたでしょうけど。


「『黄金の蛇』が国を守る存在だというのなら、陛下にとって、『黄金の蛇』というのは重要な存在。それを受け継ぐに足る人物で、それを受け継ぐために婚約破棄や婚約が必要だというのなら、快く手を貸してくれるんじゃないかしら」


 これが、殿下にほかの婚約者の候補などがおらず、私の婚約破棄も、破棄するだけでそのあと何もないただ一方的なものだったら、そうはいかなかったでしょうけど。どちらも別の相手がわかりやすく存在して、なおかつ、私の婚約破棄にも理由があるのなら、そのあたりのことに陛下が介入してくれるでしょう。


 それも、「黄金の蛇」という本音を覆い隠す、息子の婚約関係だからという建前があるのだから、これほど手を出しやすい状況もないでしょう。


「まあ、もし、大変なことになったとしても大丈夫よ。私とあなたならね」


 実際、こうして「黄金の蛇」にたどり着くことができたのだから、私とユーカーなら大抵のことはできるでしょう。


「では、行くといい、次代を担うものたちよ。……先代の言葉によれば、君たちのその次代が波乱の運命となるらしい。その波乱を受け止める土台となるのは君たちだ。頑張りたまえ」


 波乱の運命。まるで予言ね。あるいは、あらゆる調査をしてきた長年の積み重ねから導いたものなのかもしれないけれど。

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