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193話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その7

 ジェスター元男爵の屋敷。王都の中でも郊外にあるそれは、それほど大きくもない一般的な屋敷という感じの風情であった。もっとも、外観上の手入れはまったくと言っていいほどされておらず、一部の外壁が崩れかけていたり、屋根の一部が落ちてしまっていたりするけれども。


 手入れのされていない様子は、門扉の隙間からうかがい知れる範囲で、雑に育った庭木の草や砂のたまった道からもわかる。少なくとも、この門扉からの出入りは数年どころか、十数年はされていないと思われる有様。


 これは、ジェスター元男爵がいるとかいないとか以前に、国としての最低限の管理に関してあらためて提言したくなるような外観だけれど、まあ、ぶっちゃけた話、このあたりの屋敷は使われる頻度もそこまで多くなかったり、隣の屋敷の敷地なんてほとんど見えなかったりするので、王都の中心に近い当たりの整備で手一杯な現状では、中々手が回らないのも無理はない……のかもしれない。


「それで……、隠し通路があるとしたらどこだろうか」


 ユーカーがのん気にそんなことを言っている。実際、隠し通路があるとしたら、地面の舗装などを注意したほうがいいと思う。そこから屋敷内にまでつながる通路があるとみるべきでしょう。


 あるいは、隠し扉のようなものがある。この場合は、庭や建物前面側には、少なくとも人が通ったあとがないことから、屋敷の側面か裏面にあたる位置の塀のどこかにあって、ほぼ直線の最短距離で屋敷まで行けると考えるべきか。


「……ユーカーは塀を、私は地面を見るわ」


 本来ならしゃがむ必要のある地面は、男のユーカーに頼みたいのだけれど、見つけるのが難しいのはおそらく地面のほうなので、そちらを私が、塀をユーカーに頼んだ。

 あまり長時間いると不審がられるので、手早く二手に分けて調査をしてしまいたい。




 そうして、調査してすぐのこと。ユーカーが何かに気が付いたように、塀の前で立ち止まり、強く押していた。ただ、まったく動いたり、変化したりはしていないけれど。


「ここ、風が吹いているんだ。おそらくどこかに隙間があるんだと思う」


 正直、室内ならともかく、屋外でそんなことわかるかと思わなくもないけれど、それでも、ユーカーの感覚を信じて、私もその塀を探る。


 びくともしないけど、動かそうとするとカタリとかすかな音が聞こえる。つまり、どこかでひっかけているということ。まあ、冷静に考えれば、押しただけで開くような隠し扉があれば、何かの拍子に寄りかかっただけでバレてしまうのだから当たり前といえば当たり前。


「おそらく、このあたりに……」


 塀としてのデザインがある以上、仕掛けを用意できる場所は何となく絞れてくるわけで、予想通り、そこを押し込むとガタリと隠し扉が開いた。塀の一部だけが扉のように奥に向かって開かれる。


「どうやら、当たりみたいね」


 そう言って忍び込む。正直に言えば、国有の土地に勝手に侵入しているので、結構な犯罪なのだけれどね。


 予想通りと言っていいのか、ここは、屋敷の側面の位置にあたり、隠し扉から獣道のように人が通った道が屋敷にまで続いていた。しかも、意図的なものだろうか、それが背の高い雑草でちょうど見えないように配置されている。


 屋敷が屋敷として機能していたころは、屋外のゴミ捨て場などへの勝手口だったのか、それをほうふつとさせるようなものが散乱していて、屋敷の扉の奥には厨房らしきものが見えている。


 食事は生きるうえで欠かせない要素であるため、あまり広い範囲に使った痕跡を残せない状態でも、調理場は使えるような形になっているのかもしれない。


 私はユーカーに声を出さないように身振り手振りで指示を出す。まあ、隠し扉が開いた時点で、もう遅いのかもしれないけれど。


 厨房には、雑多なゴミが散らかっていた。ずっと使われていないというよりは、ずっと使っているからこそという感じの荒れよう。確かにここに人は出入りしている。もっとも、それが「黄金の蛇」なる人物なのかどうかはわからない。もしかするとただの浮浪者とかの可能性もあるし、悪事を企む何者かということも考えられる。

 この厨房から屋敷の中へ続くであろう道は、2階の床板が外れたかのような残骸で通れなくなっていた。これは、もしだれかがこの屋敷を調査しようとして、正面から入ってきた場合に、この厨房に入りづらくするためだろう。簡易的な調査なら残骸越しに覗き込めるから、それで満足して終わってしまうでしょうし。


 しかし、そうなると、厨房から屋敷内に行くことも難しくなっている。ということは、ここで暮らしているであろう何者かはどこにいるのか。


 そんなことを考えていると、ユーカーが私の服の袖を軽く引く。何か見つけたらしい。そんな彼が指さすのは、おそらく、厨房の地下貯蔵庫。保存食やすぐに使うわけではない食材などを貯蔵しておくためのものだと思われる。


 この先にいる可能性は十分にある。そう思って、床にあるその入り口を引き上げる。侵入者用の罠なんかを警戒したけど、その心配はなかったようで特に何もなく、地下への階段は現れた。


 もし、閉じ込められてしまうなんてことがあったらと考えて、一応、扉は開けたままにし、閉じても隙間ができるように、いくつかの挟まりそうなものを散らしておいた。




 そして、地下に降りていく。


 そこには貯蔵庫だった場所を改装したと思われる部屋が存在した。椅子に座り、仮面をつけた男が、本を読んでいる。


「おや、客とは珍しいこともあるものだ」


 声や頭髪からも、それなりの年齢であることがうかがえる。ジェスター元男爵の年齢ともおおむね一致するであろう年頃。


「初めまして、ジェスター元男爵。いえ、『黄金の蛇』とお呼びしたほうがいいのでしょうかね」


 私の言葉に男は肩をすくめて、本を棚にしまい、「やれやれ」と声に出した。そして、嘆くようにつぶやく。


「わたしも焼きが回ったものだ。このような若者に見破られるとは……」


 しかし、私はその声に、若干、うれしさのようなものがにじみ出ているようにも感じた。だから、少しばかり考えていた可能性を口に出す。


「見破ってほしかった、あるいは見つけてほしかったのではなくて?」


 少しばかり違和感があったのは間違いない。それこそ、隠し通路を私が見つけたのは偶然のようなものだったけれど、そこから先の、「黄金の蛇」の正体にたどり着くまでのこれは上手くいきすぎていた。いや、時期がよかったというのは間違いなくある。北方の件と西側の件の情勢的な問題があることが味方していたという部分はあるけれども、それを加味してもだ。


「ほう、なぜだね」


「後継者を見つけるためかしら。どういう掟、あるいは理があるのかは知らないけれど、あなたは、自分の正体を見破れるような人物に、次の『黄金の蛇』になってほしかった。だから、わずかばかり、証拠の始末が甘かったのでは?」


 建国当時から同じ人物がやっていて、ジェスター男爵が仮の身分として一時的に与えられたものだったとかでもない限りは、少なくとも「黄金の蛇」は「継承」されるものであると思われる。

 ただ、ジェスター元男爵は、もうそれなりの年齢。これからもその活動を続けていくことは難しい。だからこそ、後継者は欲しい。


「勘違いしている部分があるようだ」


 あら、私の推理は外れていたようだ。じゃあ、すでに後継者はいるのかもしれない。でも、見つけてほしかったという部分に関しては否定されていないわけで……。


「もちろん、後継者を見つけたいという気持ちはあったし、それが無意識ににじみ出ていた可能性は否定できないが、わたし自身としては、間違いなくいつも通りに証拠を隠していたつもりだ」


 そうなってくると、今度は、いままでそれで気が付かなったこの国の人たちが心配になってくるから、無意識ににじみ出ていたせいということにしておきましょう。まあ、私ほど暇な人間がいなかったということでもいいけれど。


「それで、ここにたどり着いた、知恵ある勇敢な若者2人よ。君たちは『だれ』だね」


「ラミー。ラミー・クロンダイク。この名前だけ聞けばわかるのではなくて?」


 私の名前を聞いた彼は、苦々しげに「ああ、あのクロンダイク侯爵の……」とつぶやいていた。そして、もう1人、この場にいる彼が私に、「喋ってもいいのか」みたいなことを身振り手振りで聞いてくる。どうやら厨房に入る前に声を出すなといった指示を未だに守っていたようだ。

 うなずいて、早く自己紹介するように促した。


「ユーカー・ジョーカー」


 ものすごく簡素な名乗りだけれど、それだけで効果てきめんというか、それがこの国に4つしか存在しない公爵家の効力というか。


「なるほど……」


 そう悲しげにも聞こえる納得をした声が聞こえた。まあ、片や殿下の婚約者で、片や次の公爵。「黄金の蛇」とやらを継がせられるかといえば、難しいと言えよう。

 だから、私は薄ら笑い、ジェスター元男爵……、いえ、「黄金の蛇」に言う。


「私があなたの跡を継ぎましょうか?」

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