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192話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その6

 あれからしばらくの間、絞り込むために、別棟にそれなりの頻度で通うようになった。隠し通路の利用間隔がわかってくるとともに、資料からも更に絞り込めるようになっていくため、私とユーカーの会う頻度は増えていった。


 一方で、資料を管理する別棟も隠し通路もほこりっぽく、体に悪いため、ガーネットさんを巻き込むわけにもいかず、彼女とは少しばかり距離ができてしまっている。


 まあ、彼にはやっぱり熱心に会いに来ているようで、その愚痴を定期的に聞かされるため、彼女の何となくの近況は耳に入ってきているのだけれど。





「それで、お前とユークで割り出した『黄金の蛇』と目される人物は、どのような人物なんだ?」


 いつものように椅子に座っているものの、今日は本を開いていないことから、その興味の惹かれ具合がわかるというもの。まあ、当人としてはいつも通りにしているつもりなのだろうけども。


「現状、怪しい……という言い方も妙だけれど、そうじゃないかと思っているのは3人。フランケ子爵夫人、商家トレッフィールの商人、ジェスター元男爵」


 フランケ子爵夫人。王都に長期で滞在するフランケ子爵の夫人で、まさに旅行趣味という感じで、あちこちに足を運んでいる。


 商家トレッフィールの商人。かなり昔から王都で店を経営している商家トレッフィールの商人だけど、販路に囚われずあちこちに商人が買い付けや契約に向かっているらしい。


 そして、最後にジェスター元男爵。王都のどこで暮らしているのかもわからないけど、とにかく頻繁に王都に出入りを繰り返している。


「それなんだけど、フランケ子爵夫人について調べてみたんだ」


 ユーカーが肩をすくめて言う。どうやら自分なりに調べたことがあるようで、それを教えてくれるようだ。どのくらい信ぴょう性があるのかはわからないけれど。


「どうにも夫人は、旅行が趣味……というわけではないみたいだ」


 苦い顔をしているから、非常に言いにくいことのようだけれど、幾人かの証言があって、精度の高い情報らしく、話を聞いた人物の名前を挙げながら説明してくれた。

 それをまとめると……。


「つまり、夫人は男漁りのためにあちこちに出向いて、散財しては戻ってくるという日々を繰り返していると?」


 どうしようもない人だ。その内、領地の財産に手を付けてクロウバウト家にしょっ引かれそうね……。まあ、個人のお金でやっているぶんには好きにすればいいと思うけど……。


「だから、様々な方向に向かうし、すぐに散財して戻ってくるため、期間もまちまちらしい」


 でも、その「男漁り」というのが情報収集のためにやっている行為という可能性もあるのではなかろうか。古典より情報収集には色仕掛けという要素も付き物だし。


「男漁りを装って、あるいは趣味と実益を兼ねて、情報を集めているという可能性はどうかしら。あり得なくはない……と思うのだけれど」


 まあ、あり得なくないというだけで、彼女がそうであるということには、まったくつながらないのだけれど。


「どうだろう。それにしては、あからさまに証拠や証人を残しすぎだし、場合によってはだれによって情報が漏れたかなんて言うことがすぐにわかってしまうと思うから……」


 確かに、王都に伝手の少ないユーカーですら、そこそこの人数から証言を得られているのだから、あまりにも証拠を残しすぎている。たどっていけばすぐにフランケ子爵夫人から漏れたのだとバレてしまうことになるだろう。


「じゃあ、オレからも情報を出そう。トレッフィールはおそらく違う」


 今度は、彼がそんなことを言い出した。まあ、王都でも有名な商家だから、彼が知っていること自体は不思議ではないのだろうけど。でも、なぜ、違うと言えるのか。


「トレッフィールという商家は、もともと広い人脈を使って、国内外から商品を取りつけていた大きな商家だったのだが、とある商家が王都にやってきたことでそれが崩れてしまっている」


 そこで私の頭に浮かぶのはシーロメックスという新しい商家。高級志向とでも言うべきか、値段は高いものの高品質なものを売っている。その品ぞろえは豊富で、多くの貴族は、シーロメックスの店に行けば欲しいもの……とまでは言わないけれど、妥協できるものが買えると思っているくらいだ。


 もちろん、「新しい商家」なんて言っているけれど、それでも、この王都にやってきたのは、私たちが生まれるより前くらい。この王都にいる商家の多くは、古くから信頼と伝手をもって王都で店を開いていることが多いので、その分、入れ替わりなどはあまり多くないので、それでも「新しい商家」なのだ。


「なるほど、シーロメックスに対抗するために、人脈と販路の拡大をとにかくしなくちゃってことで、あっちこちに手を伸ばしているのが現状というわけね」


 商家にも意地がある。特に、ずっと広い人脈を使って大きな規模でやっていたのに、それが上手くいかなくなったのなら、とにかく打破するために足掻くのは無理もない。人脈を使っている……、つまり多くの人に申し訳ないという思いもあるのでしょう。


「でも、あえて、シーロメックスとかいう商家に譲って、人脈や販路の拡大と見せて、裏で情報収集という仕事をしている可能性はないかな。広い人脈を持つということは、それだけ情報を集めやすいのだし」


 ユーカーはそういうけれど、いままでただの商家だった家に、急に情報収集を任せるはずもないし、元からそうだったというのなら、シーロメックスが来る前はどうやって言い訳していたのかという話になるから、その可能性は薄いと思う。


「集めやすくはあるが、同じ経路でだけの情報収集は、それこそ、先ほどと同じように足がつきやすくなる」


 彼の言う通りで、結局、どこから情報が漏れたのかが非常にわかりやすいと、正体が露見していないことに疑問が出るわけで……。


「そうなると、最後の1人、ジェスター元男爵が最有力候補かしら。あからさまな調査をすると、向こうに調べていることを悟られると思って、簡単に、それもあまり人を介さない方法での調査しかできていないけれど、具体的にどこで何をやっているのかがほとんどと言っていいほどわからないのよね」


 人を介さない調査というのは、書類や資料による調査のことで、人への聞き込みなどは行っていない。


 それでも、家があれば、家の場所であったり、住んでいるのなら税金の納める情報であったりをたどれば、ある程度のことがわかるはずなのだ。もっとも、税金関連は王城の資料を管理する別棟には存在しないので、私は調査できていないけど。おそらくクロウバウト家かサングエ家のどちらかで管理していると思う。


 そもそも、貴族とはいえ、そういう情報を調査出来たら、改ざんの恐れとかもあるので、当然ながら私も詳細を知らない。


「しかし、宿に長期滞在となると、それなりに目立つと思うんだけどなあ……」


 ユーカーの言うことはもっともで、まあ、そういう人がいないことはないけれど、それならそれで大なり小なり噂に聞こえてもおかしくないはず。


「つまり、どこかに拠点を抱えているということか」


 拠点、そんなことにできるような場所があるだろうか。不法な建物があれば、すぐに騎士たちが気付くでしょうし、だれかの家にこっそり住むなんてことは難しいし、それ以外の場所は基本的に国の持ち物だし……。

 国の……持ち物……?


「ああ、あるじゃない。簡単に拠点にできそうな場所が」


 この国では、貴族の持っていた家などを差し押さえた場合、そこは国のものとなる。ただ、現状、差し押さえたらそのまま放置なんてことはざらにある。まあ、そのあたりの責任はクロウバウト家や国そのものにあると言えるのだけれど。

 そうして、差し押さえられたまま放置された家に住み着くことができれば、家自体は貴族が暮らしていた家なのだから不自由するはずもない。


「確か、ジェスター元男爵も王都に屋敷を持っていたわよね。あれが差し押さえられた後、どうなっているか知っているかしら」


「まあ、放置だろうな。男爵の屋敷ともなれば郊外だろうし」


 もちろん、騎士たちが巡回しているでしょうけれど、そこが勝手を知っている自分の家なのだとして、跡取りが生まれずに、貴族ではなくなったというのが、「黄金の蛇」になるための方便だとしたら、差し押さえられるはずの自分の屋敷に、前もって隠し通路でも仕掛けておくことは可能でしょう。


 そもそもにして、陛下が関与しているのだとしたら、あえてジェスター元男爵の屋敷に手を付けないように指示している可能性も……、いや、そうするとあからさま過ぎるから、やはり、手を付けないことをわかっていての放置なのでしょう。


 ……正直、国有の土地の整備をやっていないことの言い訳のような気もするけれど。もし、いずれ何かの悪事に使われたら責任はだれに降りかかるやら。まあ、私に関係ないことだから知らないけれど。


「まあ、これでジェスター元男爵の屋敷に行ったら、廃墟しかなくて、ここ数十年使われた形跡なんかもなかったら、また考え直さなきゃいけないけど」


 そもそも、この3人に絞り込んだけれど、本当にこの3人の中にいるという証拠はどこにもないし、いまの推理がすべて的外れという可能性ももちろんある。


「でも、実際に外に出て動くとなると、ラミーは目立つからなあ……」


 ここしばらく一緒に行動することが多かったから、最初は「ラミーさん」と呼んでいたユーカーも、いつしか「ラミー」と呼ぶようになっていた。しかし、私が目立つとは心外な。彼やユーカーに比べれば目立たないほうだ。特にユーカーは行く先々で珍事を起こすから目立つのなんの……。


「動けば、それが当たりにせよ、外れにせよ、『黄金の蛇』に探っているということがバレると思ったほうがいいでしょうね」


 私がどれだけ慎重に行動したところで、国有の土地の塀の周囲で怪しい行動をしていたら、だれかしらの人目につくでしょうし。


「まあ、ダメならダメの精神で行きましょう」


「そう言えば、もともと、たどりつけないほうが国の秘密が守られているという意味ではいいみたいなことを言っていたか」


 確かに、調べ尽くそうと思えば、まだまだ調べられることはある。証拠に絶対に自信があるというわけではない。そんな状況。でも、私の中の勘……オンナの勘とでもいえばいいのか……、それはおそらくこの正しいと言っている。


「それじゃあ、近い内に決行するとしましょうか」

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