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191話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その5

 私は、王城にある資料を管理する別棟に、隠し通路の使用者であろう人物を絞り込むための資料を探すために来ていた。資料は膨大な量になるでしょうけれど、それを調査すれば、ある程度は絞り込めるでしょうから。


 そうして、別棟に来たわけだけれど、そこには先客がいた。少し高いところの資料をとるためか、はしごに登っている彼、ユーカー・ジョーカー。


 しかしながら、ユーカーは、なぜここに?


 正直に言って、ここにある資料を見たいというような人間は限られる。特に、家を継ぐ前の私たちくらいの年代なら、ほとんどここに用があるようなことは少なく、王立魔法学園の図書室であったり、そのほかの蔵書が多い場所や王城内の蔵書だったりのほうが、よっぽど興味を引くでしょう。


 ここの使用許可も割と面倒というか、手間がかかることもあって、その手間を考えても、ここの資料を見るというのはよっぽどのことでしょう。まあ、私が言えた義理ではないのだけれど。


「ん、あれ、君は……」


 ユーカーが私に気が付いたようで、はしごの上から振り返りながら、私のことを見下ろしていた。資料を片手に持っているため、はしごには片手で捕まっている形であり、非常に不安定で、ものすごくヒヤヒヤする姿勢だった。


「あっ、あのときの!」


 と言った瞬間、ユーカーの手はズルリとはしごから滑り、私のほう目掛けて降ってきた。とっさに避けられるほど落下までに余裕があるわけもなく、ユーカーが落ち、下にいた私は背中を軽く打った。


 軽くで済んだのは、ユーカーがそこまで高い位置にいたわけではなかったからだろう。もっとも、だからこそ避けられなかったのだけれど。


 背中の痛みを感じながらも、目を開けると、部屋の天井が目に映る。体を起こそうとしたとき、体にのしかかる重みに気付く。軽く上体を起こしつつ、首を曲げて確認すると、なんとユーカーが私の胸に顔をうずめていた。


 しかし、まったくもって不思議だ。


 何せ、彼は私を振りむいて確認した。まあ、はしごを逆側に向いて登る奇特な人もそういないだろうし、当然と言えば当然なのだけれど、つまり、その状態からそのまま落下すれば、あおむけに落ちるはず。


 いや、まあ、振り向いた状態からそのままぐるりと落ちればこうなるのかもしれないけれど、それがどうして、うまい具合に私の胸に顔を突っ込むことになるのか……。


「痛たた……、ってうわ、また……!」


 ユーカーは、状況を理解して、私から飛びのいた。前に彼は「なんでか」こうなると言っていたけれど、割とユーカー自身のドジな部分もあるのではないかと思う。


「それで、けがはなかったかしら?」


 まあ、私が下敷きになったのだから、私に怪我がないのに、彼がけがをしているほうが、妙な話だから、ないとは思うけれど。あって、せいぜい、すりむいたりしたくらいでしょう。


「え、あ、うん。大丈夫」


 私の反応があっさりしていたからか、ユーカーは目をぱちくりとしていたけれど、すぐに気を取り直したように言う。


「ご、ゴメン。そっちこそけがはなかったかい?」


 ここで、けがをした、責任をとれみたいなことを言って、からかおうかとも一瞬思ったけれど、さすがに、けがでそういうことをするのは不謹慎なのでやめておいた。


「大丈夫よ。背中を軽く打ったくらいで、特に痛みも残っていないし」


 これが未だにズキズキと痛むようだったら文句の一つでもいうでしょうけれど、特にそんなこともない。


「それはよかった……。……ここに来たということは、君……、えっと、ラミーさんも資料を探しに来たんだろう?

 こんなことになってしまったお詫びに、探すのを手伝うよ」


 その申し出はありがたい反面、どうするか迷うものであった。

 これだけの資料を1人で探すのは大変だし、手間も時間もかかる。もちろん、それは想定していることではあるのだけれど。だから、手伝ってもらえるのは非常に助かる。

 だけれど、手伝ってもらうということは、これまでの経緯を話すということでもあり、そこに少しばかり迷う余地があった。

 少しだけ考えた末に、私は結論を出す。


「じゃあ、手伝ってもらうわ。ちょっといろいろとあって、資料を探しているの」


 そう言いながら、これまでにあったことをかいつまんで説明して、どういう資料を探しているのか伝える。ユーカーは、しばらくその話をのん気そうに聞いていた。


「つまり、隠し通路の使用者と思われる人物を特定するために、頻繁に王都に出入りしていて、向かう方向がまちまちな人物が特定できるような資料を集めたいということだね」


 要約するとそういうことになる。簡単に「わかったよ」なんて言うけれど、本当にわかっているのだろうか。そう思っていると、彼は的確に、出入りの記録を、出入りした場所別に持ってくる。


「やっぱり王都だけあって、かなりの人数になるね」


 ある程度持ってきたら、その手を止めて、そんなふうにぼやく。確かに、すでに机には資料の山が築かれていた。これでも全体からの割合で言えばほんの少しだ。


「とりあえず直近の記録だけを抜粋して持ってきたんだけど、まあ、ここからある程度の人に絞って、以後、その人の資料がある部分だけを……、って感じにしていけばだいぶ楽になるんじゃないかな」


 まあ、その「黄金の蛇」と目される人物が、長期にわたって、こういうことをしているのなら、最近の出入りから抜き出して、過去でも同じような出入りが続いていたら、その可能性が非常に高いと言える。

 ただ、その調べ方だと穴が生じるので、場合によっては取り逃す可能性がある。


 でも、最近、隠し通路を1か月に数回の頻度で使用している以上、ここしばらくの出入りを重点的に洗い出して取り逃す可能性は少ないので、ひとまずはそれで選定して、どうしてもその中にいないようであれば、もう一度、調査ということでひとまずはやりましょうか。


「そう言えば、あなたはここで何を調べていたの?」


 資料から怪しい人物を抜き出す間、静かに黙々とやるのも気まずいので、私は自然と話題を探すように、そんなことを口にしていた。もちろん、気になっていたというのは事実なので、場を繋ぐために興味のない話を適当に振っているわけではない。


「ああ、えっと、そうだなあ……。北方では、ものすごく古い出土物などもあるから、昔から興味はあって、せっかく王都にいるから、それが解明できる足掛かりになるような資料でもないかと思って探していたんだ」


 そんな資料、ここよりももっと探すべき場所がある。というか、ここはそういう学術的、歴史的資料はないに等しい。


「なら、ここじゃなくて、……って、まあ、探したけどなかったからここに来たんでしょうけれども」


 普通に考えればわかるというか、王都に疎くとも、資料を探すために情報を集めているのなら、そのくらいはだれかに聞けばわかる。少なくとも、ここの資料を見るための手続きよりはずっと簡単に。

 だから、そう言ったところを回りつくして、結果、収穫が得られず、あるいは別の資料を探してここまで来たってことなんでしょう。


「うん。ほとんど無駄足だったけどね。まあ、君に会えたことが唯一の収穫なのかも」


 まるで口説かれているようで、一瞬だけ、ドキリとしたものの、よく考えればその意味は理解できた。


 そう「黄金の蛇」である。建国当時から生きているといううわさが真実であれ、ウソであれ、世襲や集団だったとして、それらが蓄積してきた知識が存在する。それが建国当時やそれ以前からのものが少しでもあるのなら、ユーカーの目的である出土物に関する解明につながる可能性はある。

 もっとも、私としては、建国時の不透明さから、そこまで正確な記録などは残っていないのではないかと疑っているけれど。


「まあ、私としても、ここであなたと会えてよかったわ。人手は多いにこしたことはないもの」


 人手は多いに越したことはない。だからと言って、人を増やしすぎれば、私が探っていることが気取られる。そういう意味では、ユーカーとここで会って、引き入れられたのは非常に運がよかったと言えた。


「それにしても王都って、出入りは多いけど、思っていたよりも高頻度で出入りする人は少ないんだね」


 北方主体の考え方というか、ジョーカー公爵領への出入りと同じで考えたら、それはそう思うのも無理はない。あそこは、観光地でもあり、かつ、特産品を外に売りに行く人もいれば、別の領地から売りに来る人もいる。比較的人の出入りが激しい領地だ。


「王都は基本的に、長期で滞在する貴族のほうが多いし、地方から来ている貴族だと、それこそ長期滞在じゃない場合は、すぐに帰って、しばらく来ないなんてことのほうが多いわ」


 そんなことを言いながら、私は幾人かの怪しい人を選んでいた。いずれも、高い頻度で王都を出て、戻ってくるまでの期間も疎ら。あまり普通とは言い難い出入りをしている。もちろん、それだけで怪しいと言えるわけではないのだけれど、まずは、そう言った人から抜き出して、そこから更に絞り込む。


「情報収集以外の場合で、よく出入りして、行く方向もバラバラで、戻ってくるまでの期間もバラバラな人は、どういう目的なんだろう……」


 確かに。ただ、まあ、貴族の場合は、王都に拠点があって、旅行好きで、あちこちに行っているという可能性がある。もちろん、仕事もあるので、多いのは貴族の夫人。特に爵位の低い家から嫁いできた場合に旅行や買い物で、動き回ることもある。商人なら、見習いや販路開拓なんていうこともなくはない。

 まあ、本当のところ、理由なんて人それぞれとしか言えないのだけれど。


「ん?」


 私はふと目に留まった名前が気になった。

 身分としては、平民ということになっている。

 だけど、ジェスターという姓がある。商人かとも思ったけれど、そのジェスターという家名にも覚えがあった。


 ジェスター元男爵。だいぶ昔に、跡取りが生まれなかったとかで、貴族ではなくなった家だったはず。


 何が引っかかるかといえば、そんな昔に無くなった男爵が、王都に長期の滞在ができるだけの資金をどうしているのか。いや、まあ、昔の交流を使って商人として何かをやっているとか、そういう可能性もあるけれど。


 まあ、とりあえず、ジェスター元男爵もまた、高い頻度で出入りをしているので、抜き出しておきましょう。

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