190話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その4
隠し通路の発見から数日間、私は準備を重ねて、実際に通路を探索していた。通路自体は石造りの通路で、松明があり、一応、明かりを灯せるようにはなっていたけれど、しばらく使われた形跡ない。
というか、出入り口はあるとはいえ、密閉された空間で松明を灯すこと自体、危険を伴うので、使っていないのだと思う。一応、排気口はあるのだけれど、排気口の位置から隠し通路の場所や全容が知られるのを避けるためか、ほとんどないに等しい。
通路は多方に分かれ、城内のいたるところにつながっているようで、このすべてを調査するのには、それなりの期間がかかると思われる。そして、何より、この調査の結果で、1つ判明したことがあった。
「判明したことだと?」
私の報告に、眉を寄せて、難しい顔をしてそんなふうに聞き返してきた彼に対して、私は肩をすくめてから答える。
「ええ、もっとも、私の調査する限りだし、その調査が絶対的に正しいとは言い切れないけれどね」
そう前置きをしてから、私は続ける。
「あの隠し通路は、定期的に使われているわ。それも、それなりの頻度で」
そう、使用されている。頻度で言えば、月に数回、場合によっては数十回にのぼる。明らかに少ないほこり、出入口のいくつかには、最近使用されたような痕跡が残されていた。
陛下が使うにしては頻度が高すぎる。そのような回数、人目のつかない状況にあったのなら、もっと騒ぎになっているはず。公務中でも、それなりに護衛はついているし、ひっきりなしに人はやってくる。
公務室の中にだれもいなかったらそれこそ大騒ぎだ。
「使用目的はなんだ」
「さあ?」
聞かれても、私が知るはずもない。ただ、いくつか予想できる答えはある。使用されているもののいくつかは、公務室など、そのほか、陛下のいる場所につながっているようだった。それを考えれば大体の見当はつく。
「おそらく、密偵のたぐいでしょうね。陛下が個人的に雇っているのか、歴代国王陛下お抱えなのかは知らないけれど」
陛下の暗殺をもくろむのなら、陛下が使う可能性のある隠し通路に痕跡を残すはずもない。あるいは、短期的な計画であるというのなら、その可能性もなくはないけれど、少なくとも、数か月どころか数年、十数年単位で使われているとするなら、「短期的」という言葉の意味を見直さなくてはならない。
そう考えるのなら、「密偵」というのが最も想像しやすい予想だと思う。
「なぜ通常の密偵という可能性は省く?」
そもそも通常の密偵って何という話ではあるのだけれど、彼の言うところの普通の密偵というのは、密偵として国の教育を受けている正規の密偵ではないのかという意味でしょう。
「そうした密偵なら、表向きの仕事を与えて、堂々と城内に入れるようにしてあるわよ。あえて、隠し通路を通るなんて面倒なことはしないわ」
まずもってメリットがない。あるいは、密偵たちを探る密偵というような存在の可能性もあるけれど、それだって、同じようにすればいいだけの話。
「つまり、絶対にだれにも姿を見られてはならないような存在であるということか」
「そういうこと。それがどういった理由かはわからないけれど、まあ、そういう立場の人間なのでしょうね」
私の言葉に、思い当たるものがあるのか、彼は少し考えるようにしてから、小さくつぶやいた。
「『黄金の蛇』……か」
その名前……、「黄金の蛇」にはもちろん聞き覚えがある。この国の建国当時、あるいは建国以前から存在するという国の守護者。ただ、それが本当のことだとは思っていなかった。
もちろん、存在自体を否定しているのではなくて、建国当時から存在するということに関する部分である。
本当にそうならば、この国ではいまだに未解明な部分の多い、建国当時のことがもっと明らかになっているはずなのだから。そう考えるのなら、「黄金の蛇」というのは、その名前を受け継いだだれかか、あるいは、組織を指すのではないかと予想はしていた。
「本当に『黄金の蛇』だというのなら、その正体を突き止めるのは難しいでしょうね」
何せ、ここまで、だれにもその正体を気取られていないどこかのだれかなのだから。貴族なのかもわからない、国中を回って活動するのなら、むしろ商人のほうが都合がよいし、あるいは貴族として秘密裡に活動しているという可能性もなくはない。もしくは騎士、平民の可能性もある。
可能性だけで言えば、なんとでも言えるのだけれど、しかし、確定できるだけの情報が一切ないのも事実。
国民全員が候補といっても過言ではないのだから、それを突き止めるのは困難極まりない。でも、だからこそ面白い。
「まさか、突き止める気か……?」
彼のひきつった顔に対して、私は満面の笑みで答えた。
「ええ、もちろん。でも、見つけられないほうがいいとは思っているわよ」
それはウソでも冗談でもなく、本心だった。だって、こんな小娘一人に解明されるようなら、それは、もし他国が本気で密偵を放ったのなら、その正体を看破できるかもしれないということにほかならない。
まさしく国の危機ともいえる事実でしょう。だからこそ、私が見つけられないほうが、国の情報に関しては安心できるという意味で、本当にそうあってほしいと思っている。
「どんな手でも見つけ出すくせに……」
「あら、それは、他国の密偵も一緒でしょう。いえ、私のような道楽ではなくて、仕事として本気でやる以上、『どんな手でも』というのは、そうした人たちのほうが、本当の意味で『どんな手でも』使うかもしれないわ」
あくまで興味本位で、ダメだったらそれでいいと思っているような私と違って、仕事としてやるような人たちは本当の意味で「どんな手でも」使うでしょう。だとするなら、そんな状況で解明されてしまう程度なら、結局その程度でしかないってこと。
「それで、どうやって調べるんだ?」
それを説明する必要があるのだろうか。彼に邪魔をされるとは思っていないけれど、ペラペラと喋る必要性もあまりない気もする。
「そうね……、まずは頻度と法則性の割り出しじゃないかしら」
いまのところ月に数回ということしかわかっていないし、それが具体的にいつ使われているのかもわかっていない。だとしたら、その範囲を狭めて、使う可能性のある日を絞ることを第一の目標にする。
方法はいたって単純。通路に通ったら消えてしまうようなものを仕掛ければいい。糸でも地面に不自然でないくらいの土を撒いて、そこに印をつけておくのでもいい。とにかく、通ればそれが消える。
それによって、どのくらいの頻度で通路が使用されているのか、そして、それに法則性はあるのかがある程度わかるはず。
もちろん、仕掛けをあからさまにすれば探っている人がいるとバレるし、私が使用頻度を上げてしまうと、それがきっかけで、向こうに「自分以外に通路を使っている人物がいる」と悟られてしまう。
それを考えると、慎重に、なおかつ、徐々に範囲を絞っていくということで、長期的な計画にならざるを得ないのだけれど。
「まさか、直接捕らえる気でいるのか……?」
「そんなわけがないでしょう?」
あくまで密偵や「黄金の蛇」というのは予想の範囲でしかない。それ以外の何かだった場合にも対処できるようにする必要がある。
だから、隠し通路で直接ことを構えたり、出入り口で出てくるのを待っていたりはしない。あくまで暴くことを考えている。
「まあ、それなりに長くなりそうだから、気長に考えましょう」
もちろん、この頻度と法則性の割り出しというのは第一段階。でも、第二段階は並行して行う。そっちにも時間はかかりそうだから、いまからそんな先のことを考えていては頭が破裂してしまいかねない。
「長くなる……というのはいいが、これからどうするんだ。まさか、さっそく?」
さっそく仕掛けるのかなんて言うけれど、実を言えばすでに仕掛けてある。だけれど、それを確認するのはいまではない。
「いいえ、いまからするのは情報の調査よ。貴族かどうかは不明だけれど、少なくとも、王都に出入りすることのできる立場のある人間であることは間違いないでしょう」
まあ、そちらにも抜け道がある可能性はあるけれど、建物や人通りのある王城の周りと違って、そちらは目立つ。だとするなら、素直に通行できていると考えたほうが自然。
「そうであるのなら、ある程度まで候補を絞ることはできるはず。少なくとも頻繁に外に出るなんて言うのは限られてくるもの」
王都に居を置く貴族はもちろんのこと、基本的に王都に長期間滞在するような貴族の場合は、王都に滞在して、あまり出ないため省くことができる。そうなると、自領との往復をしているような貴族か、定期的に仕入れに動いている商人など、限られた人々になっていく。
そうした中で、考えるべきは、行く方向が一定ではないと言うということや、定期性が薄いということ。
もちろん、定期的な調査もしているのでしょうけれど、不安定な情勢に合わせて各地を転々とするはずなので、同じ仕入れ路を使うような商人も外すことができるようになる。もちろん、途中まで仕入れ路通りに動いて、途中で順路を変えている可能性もあるけれど、仕入れ先の状況などを考えるのなら、勝手な変更はあり得ないでしょう。
仕入れ元は、その時間に来る前提で準備をしているでしょうし、勝手に順路を変更して時間がズレるようになったら信用が落ちる。あらかじめ、そのことについて連絡しているのなら、それならそれで痕跡が残る。
そうやって対象を絞り込んでいけば、候補が徐々に減っていくというわけだ。
そちらもすべて調べるとなれば、相当な時間がかかる。だからこそ、頻度と法則性の割り出しという時間がかかるけど手を動かさないで結果を待つ調査と並行して行うことで効率よく行おうということ。
「それで、長期とは言うが、どのくらいを想定しているんだ?」
「短ければ今年中じゃないかしら。長ければいつになることやら……」
なぜ今年中などと言えるのかといえば、現状は、北方や西側で不穏な動きが見られている。そうなると、密偵なら動く頻度も報告する頻度も自然と増えるはず。そして、動きが多いということは、それだけ痕跡を残す機会も多いということ。痕跡が多ければ多いほど、その正体にたどり着きやすくなる。
だから、早ければ今年中。




