019話:ラミー・ジョーカー夫人・その1
私は「黄金の蛇」たる衣装を身に付けながら、昨日、私の元を訪れた9歳の少女のことを思い出す。赤い炎のような真っ赤な髪と、それを映すようなオレンジ色の瞳。可愛げのある少女の見た目であったが、話せば中身はとんだ怪物だった。
人の「知り得ぬ知識」を知っているという不可解な部分、9歳とは思えない態度と思考、まず間違いなく、ただの9歳ではない。
あれがたどる道は間違いなく「面白い」。だけど、それはおそらく波乱に満ちた道をたどることになる。
――ただ、どこまで手を出すのが正解なのか、それは分からなかった。
「国王陛下というのも大変ね。このような時間まで公務なんて」
気配を消して、「黄金の蛇」にのみ知らされている、王城内に張り巡らされた隠し通路から執務室に侵入した。この隠し通路はいざというときの避難路も兼ねているため彼も一応知っているけど、さすがに常時、気を配っているわけにはいかないでしょう。
「ラミーか。いや、あえて『黄金の蛇』殿と呼ぼうか」
書類から顔を上げて、私の方を見る。昔から比べるとだいぶ老けたけど、相変わらず顔立ちは整っているわね。好みではないけど。
「悪いわね。少しばかり確認したいことができてしまったから」
悪いとは全く思っていないけど、円滑な人間関係のための口上のようなもの。まあ、彼も私の性格は知っているから、微塵もそんなことを思っていないのは分かっているでしょうけども。
「確認したいこと……。はて、最近は大きなことも起きていないし、君の興味を引くようなことはなかったと思うのだがな」
首をひねりた気にひげを弄る彼。まあ、最近のことではないから思い当たらなくても当然でしょう。
「別に最近あったことではないわ。最近知ったものだから、その確認のためよ」
「君に知られて困るような隠し事はないはずだがな、わざわざここまで確認に来るということは余程の大事か」
つまり知られても困らない隠し事はたくさんあるってこと。まあ、そんなことは分かり切っていることだけれど。今回の件もその1つかしらね。
「あなたの第二夫人のこと」
私の言葉に彼は顔をしかめる。おそらく誰が漏らしたのだろうかと考えているのだろう。しかし、まあ、情報源が9歳の少女というのは考えつかないだろうし、ファルシオンあたりを疑っているだろう。ファルシオンが私に強く出られないのは彼も承知だろうし。
「参ったな。誰から聞いた。知っているものは限られているのだがな……」
「少なくともファルシオンではないわよ。ファルシオンが知っているであろうことは示唆されたけども」
まあ、ここで要らない疑いをファルシオンに掛けても不和を生むだけなので一応、弁明はしておく。黙っていても面白そうだけど、責任感の強いあいつにそんなことをすると後々で面倒なことになりそうだしね。
「誰か、というのは明かさないのかい」
「ええ、その方が面白そうだもの。まあ、少なくとも本人は情報を外に出す気はないでしょうし、私に情報を渡したのも変に探りを入れられたくないというだけの理由だったしね」
その辺はさすがにあの子よりも彼の方が「私の気質」というものは詳しいはずだ。だから、余計にこの言葉だけで分かるだろう。
「なら構わないが、しかし、第二夫人がいたことを隠していたのは謝るが、それだけで君が出向くくらいには思うところでもあったのか、元婚約者として」
「そんな気がないことくらいはよく分かっているでしょうに、そういうところがつまらないのよ、あなたは」
昔から変わっていない。だから私は彼との婚約を蹴っ飛ばしたのだ。彼よりもよっぽどユーカーの方が面白い。
「冗談だ。だが、そう思うくらいに、『第二夫人』を抱えていたというだけでは君の食指にはかかる所がないだろう」
この言い方からするに、本当に「ツァボライト」の件は絶対に漏れないと思っているんでしょうね。まあ、それこそ「知り得ない知識」というからには、本当に知っている人がいない情報だと思うし、彼の自信も分からないではない。
「『ツァボライト王国』、『王族唯一の生き残り』、『国宝』、『魔力増幅器』。こんな厄ネタに対して興味がわかないとでも思った。だとしたら認識が甘すぎるんじゃないかしら」
ピタリと彼の動きが止まった。まるで時間が止まったように。それから一拍の間をおいて、顔が先ほどの冗談を言っていた顔から一転、真剣な顔に変わっていた。
「何の話だ」
「ここに来てとぼけられると思っているの?」
もちろん、思っていないのだろう。一応、とぼけてみたというだけの話。ため息をついて、彼は私に改めて向き合った。
「どこでその話を聞いた。場合によっては適切な処分をしなければならない」
「教えることはできないわね。『黄金の蛇』としても、ラミー・ジョーカーとしても」
私の答えに彼は押し黙る。「黄金の蛇」には、「ディアマンデ王国のために秘密裡に動く権利」が保証されている。それは歴代の王と歴代の「黄金の蛇」が正式に交わす契約だから、私がその権利を主張すれば彼は黙るしかない。
「……その言い方からすると、君に情報をもたらした人物は、君が『黄金の蛇』であることを知っていたということか。探られたくないとまで言って、君に情報を渡すということは君にアポイントメントを取れる人物だ」
反撃のつもりなのだろうか。分かるように言っているのだから、その程度で反撃されたつもりになっても困るんだけど。
「ええ、そうね。知っていたわ。私が『黄金の蛇』であることも、そしておそらく継承の経緯も知っている。それどころか私の知らないことも知っていることも……、途方もない知識を持っているわ」
彼もまた、継承の経緯を知る1人。だからこそ、それを知っているというのがどういう意味を持つのかはよく分かっていた。
「信じられないな。『黄金の蛇』を上回る情報収集能力。それが他国の手のものだったり、他国に接触をされたりしたら大変なことになるぞ」
大変な、とはまた曖昧な表現をする。いえ、まあ、確かに「大変なこと」ではあるのでしょうけれども。
「身分は保証するわ。あれが他国の手のものだったら、この国はもっと前に大変なことになっているわよ。そして、他国に接触されるというものも今はないでしょう。この先は分からないけど、まあ、数年単位ではないはず」
魔法学園を卒業する前の子供、特に次期当主でもない令嬢が他国に行くことは考えにくい。そして、王都の公爵家の屋敷と王城に出入りしているということは必然的に手厚い警護の環境に身を置いている。それに彼女自身が五属性の魔法と複合魔法で自衛できる。
少なくとも意図的でない限り、他国に接触されるような事態は起こり得ないと思うわ。
「ということは少なくとも貴族か」
「それ以上は教えないわよ。ヒントも出しすぎってくらい出しているし。まあ、でもいい分からするに、当のウィリディス・ツァボライト……だったかしら。彼女自身には話していると思うわよ。情報を知っているということを」
接触を持つためにも殿下の婚約者をやっているくらいだからとっくに話しているはず。
「何……?」
「まあ、当の本人が言っていないということは口止めされているか、あるいは、自分で言わない方を選択したかだと思うわよ。まあ、情報提供者の性格を考えるに口止めはしていないでしょうから後者だと思うけど」
なぜなら彼女は、口止めしたところで立場が上の彼には情報が行く可能性があると考えていたはず。だから、口止めは無意味として、監視や詰問が来たときの対策をしていたに違いない。
「なぜ黙っていると?」
「それが国益に、ひいては平和につながるからでしょうね。そうでなかったら『黄金の蛇』としてしかるべき対応をとっくにしているわよ」
戦争の回避。それはこの国にとって悪いことではない。戦争で益がでるのも確かだが、あの子の話によれば、最悪の場合は引き分けという名の負けになるというのだから、そんなもの回避するに越したことはない。
「平和につながる……?
さっぱり意味が分からんな。話が全く見えてこない」
まあ、あの子の話を直に全部聞いていないとこうなるのは当然といえば当然。でも、私は懇切丁寧に説明してあげるつもりは毛頭ない。
「少なくとも、ウィリディスという人が黙っているのなら、無理に聞き出さない方がいいわよ。ないとは思うけれど、最悪の場合、道連れに国が滅びかねないから」
あの子に限ってはないと思うけど、最悪、どうしても『生き延びる』ことが不可能と判断した場合に、国といっしょに心中することができる。なぜなら、あの子は、この王城に入ることができる上に、五属性と複合魔法で大規模な破壊が行える。
さらに三属性の複合や複合魔法同士の複合などという未知数のものまで研究しているようだし、それが完成した暁には私ですら対応はできないもの。
「お前に情報を提供した人物は本当に人間なのか?」
「さあ。見た目は間違いなく人間だけど、中身までは分からないわね。神の化身、それこそ伝承にある天使や死神のような存在かもしれないと思うほどに」
光の魔法と闇の魔法は使用者が少ないので、伝承で語られる程度にしか情報がないから分からない部分も多い。でも、その中に登場するのが天使と死神。太陽神に従う天使と月の神の現身といわれる死神。そんな超常の存在なら五属性使えてもおかしくなさそうなものだけど。まあ、実際、どうなのかは全く分からないけども。
「まあいい。お前が聞き出さない方がいいというのなら無理には聞かないが、一応、確認は取る。それにその情報提供者以外にもお前が知っているという事実を教えることも含めてな」
「まあ、たぶん、私に情報が渡ることは事前に知らされていそうなものだけどね。いえ、『渡る可能性がある』ということかもしれないけど。なるべく私相手にボロを出さないようにしたかったみたいだけど、無理だと思ったらあっさり明かしたもの」
おそらく「黄金の蛇」に一端でも握られたら全部明かす気でいたんだと思う。だから、事前に接触したときにその可能性を示唆するくらいはあの子のことだからやっていそう。
「未来予知という空想上の力を持っているような存在なのか……?」
「あながち間違っていないような気もするけど、本人いわく『知り得ない知識』を持っているだけだそうよ。あくまで、様々な想定をして、あらゆる可能性のために最善の手を模索し続けているだけなのでしょう」
「ぜひとも国のために城で存分に力を奮って欲しいものだな」
彼の言葉に私は苦笑した。




