189話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その3
今日も今日とて、書物に目を通す彼の横で、私は暇を持て余していた。それにしても、暇を持て余すと、部屋を見回すことがよくあるのだけれど、常々、この部屋には何かひっかかるようなところがある気がしていた。
さりとて、それが何かは結局のところ、よくわかっていない。だからこそ、ぼーっと見回しているのだけれど。
「いつになく暇そうだな」
そんな彼の言葉にため息を吐く。そんなことを言うのなら、何か暇ではなくなるようなことを私に提供して欲しいものだ。
「暇なのは認めるけれど、何か……ひっかかるのよね、この部屋」
私の言葉に、彼は「ひっかかる?」と眉を寄せて、二度ほど部屋を見回していた。私が何にひっかかっているのかを確認したいのでしょうけど、あいにく、私も何にひっかかっているのかわかっていない。
しばらく、本にも目を落とさず、考え込むようにしている彼。そして、ぽつりと言葉をもらした。
「柱だ」
柱。ものを支えるために立てられたもの。その彼の言葉に、柱へと目を向けるが、特段変わった柱ではない。装飾がなされた、人の幅よりも太い柱が壁にくっついている。
「この柱が何か……?」
特別な柱には見えないし、装飾もほかの柱と多少の差はあっても、ほとんど変わらないと思う。でも、確かにおかしいような気もするのだけれど、どこだろうか。
しばらく柱を見ていると、その違和感の正体に気がついた。
「ああ、もしかして、この柱だけ太い……?」
装飾の差で錯覚して、ごまかされてしまいそうだけれど、他の柱よりも若干太い。だから何だという話なのだけれど、こういうものには大抵理由がある。
柱が太い理由となると、何だろうか。より強く支えなくてはならない。つまり、上に何かある……。いえ、でも、上も通常の部屋のはずだし。……そもそも上の階の部屋の子の位置に柱なんてあったかしら。客室利用としての間仕切りのせいであいまいだけれど。
でも、下の階のほうが、上の階に比べて、支える重量が多いのだから、柱の間隔が狭かったり、太かったり、多かったりしてもおかしくはないような気もする。
しかし、この柱「だけ」太いというのはおかしな話だし、ここ「だけ」柱が多いというのもおかしな話だ。
まあ、もしかしたら私が気付いていないだけで、ここだけではないのかもしれないけれど、少なくとも、周辺にはないので、異質であることは確かでしょう。
「そのようだな。修繕の影響……のはずはないな。柱の修繕なら大事だ」
確かに、柱を修繕しなくてはいけない状況ということは、結構大事で、この部屋の他の部分にもその痕跡が残っているはずだけれど、そう言った様子は見られない。つまり、何かの意図があって、このように造られたということになる。
「ちょっと調べてみましょうか」
好奇心に負けた私は、柱に近づいて、観察する。一見すると遠目から見たときと変わらず、ただの柱にしか見えない。柱の下の方にある正方形に区切られた装飾。正面から見てもおかしな部分はないけど、側面の手前側をよく見ると、わずかなすき間がある。
つまり、この前面が外れるようになっているのではないか。
「一応、なにもないとは思うけれど、距離を取っておいてくださる?」
私の言葉に、肩をすくめてから離れた。このようなところに危険な罠があるとは思っていなけれど、万が一ということがある。開けたら矢が飛び出してくるとかならまだしも、火が噴き出すとか、そんなことになれば危険すぎる。
まあ、そんな危険な罠をここに仕掛ける意味がないのだけれど。このようなところに仕掛けられるのは、つまり築城のときに関わっていた人であり、悪意を持って仕掛けるのだったら、もっと別の場所がある。逆に防犯意識のためだとしても、入ってくる賊はこのような場所を調べないでしょうし。
だから、知っている人のために何かが隠してあると考えるのが自然。それがどういったものかは、開けてみるまでわからないけど。
「さてと……」
前面が外れるというのはあくまで予想でしかないので、どこがどう動くかはわからないので、慎重に柱に触れる。装飾に触れて、動くものや怪しいものがないか確認する。しばらく触れていると、前面の装飾の一つが、カタカタと動く。
「これね……。じゃあ、開けてみるわよ」
勢いよく装飾を下におろすと、何かひっかかりが外れたように開けそうだ。何かあっても反応できるような位置と体勢を保持しながら、そっと開ける。
多少のほこりが舞うものの、予想通りというか、特に仕掛けらしい仕掛けもなく、その奥が明らかになった。
そこにあったのは、はしご。下へと続く道であった。
「これは……、隠し通路かしら」
私の言葉に、彼が近寄ってきて、軽く見てから言う。
「ああ、城内にいくつかある隠し通路のうちの1つのようだな」
1つのようだな……って、それを把握していないのはどうなのだろうか。王族がいざというときに使うためにあるものじゃないの、こういうのって。
「なんで、あなたが知らないのよ」
率直に疑問をぶつけると、彼は肩をすくめた。それから、ポリポリと頬を掻いてから、ため息交じりに答える。
「オレも主要ないくつかの隠し通路は知っている。つまり、ここは主要ではないということだ。無数に広がる隠し通路の全容を把握しているものはほとんどいない」
まあ、ある意味では、それが情報漏洩対策になっているのかもしれない。多くの人が、隠し通路の位置を把握していたら、どこから漏れるかわかったものではないのだし。それから、単純に覚えやすいかどうかも関わってくるのでしょう。
この部屋だって、隣も、その隣も似たような造りだ。とっさに、この部屋に逃げ込んだつもりが隣の部屋でした、なんてことになっても困るし、あくまで普段の生活範囲に近くて、覚えやすい、主要な数か所に絞っている……のかもしれない。
「それにしても……」
「どうかしたか?」
思わず口に漏らしてしまった言葉に、彼が反応を示した。
「いえ、そんなに大したことではないのだけれど、主要じゃないということは、長い間使われていなかったと思うのだけれど、その割にはほこりが少ないから」
まったくほこりが舞わなかったわけではないけど、長年使われていなかったというには、少なすぎるような気がする。軽く見ても、そこまで放置されていたようには見えない。
「確かに。だが、点検くらいは定期的にしているのではないか。いざというときに使えなかったら意味がないのだからな」
そう言われてみれば納得はするのだけれど、じゃあ、その点検は誰がしているのだろうか。陛下自らがしているわけもないし、隠し通路を把握していそうな人物となると、スパーダ公爵家が護衛に送ってきている私兵だろうか。
だけど、数人規模で行っていたら、どこかから、多少の情報漏れがあってもおかしくない気がする。
では、もっと信頼のおけるだれか……?
「一応、言っておくが、探索しようなどとは考えるなよ?」
彼の言葉で思考を引き戻される。探索しようなどと考えるなと言われてもね、私がこの状況で探索しないわけがないでしょう。
「非常時に使うものなのだから、詳しく把握しておいたほうがいいとは思わない?」
彼は「言うと思った」とでも言いたげな顔をしていた。実際、だれかが把握しているのだとしても、その情報のすべてが私たちにおりてくることはないでしょうし、それなら自分で調査したほうが早い。
「北方の件も、それにツァボライトとファルムのきな臭さもあるのだから、いまのうちに把握しておくに越したことないと思うのだけれど」
最近の情勢を考えれば、「もしも」を想定しておくべきだと、私は思う。もちろん、そんな「もしも」が来ないに越したことはないのだけれど。
……というのは建前で、ただ単純に好奇心で調べたいだけなのだけれども。
「素直に好奇心だとは言えないのか、お前は……」
「あら、そう言ったら絶対に止めるじゃないの」
だからこその大義名分というか、建前が必要になるわけだ。あくまで必要だから調べるのだと。
「そう言わなくても止めるがな。第一、調べている最中に、中で何かあった場合にどうするつもりだ。だれも助けに来ないかもしれないだろう」
「万が一に王族が使うかもしれない道で、そんなことが起こるようなら、この隠し通路は埋めたほうがいいわね」
まあ、はしごの踏み外しに、通路での転倒など、怪我をするかもしれない可能性は挙げればキリがないけれど、どうにかするだけの手立てはある。
「まあ、火が付いたお前を止められるとは思っていないが……、ほどほどにしておけよ」
この隠し通路の把握における「ほどほど」というのがどの程度なのかはわかりかねるけれど、まあ、迷惑をかけない程度にはしておくつもり。
「ええ、ほどほどにしておくわよ」
さて、本格的に調べるのなら、ある程度の準備が必要になるわね。それこそ、簡易な地図を作れるような感じの準備はあったほうがいい。それにもしもに備えて明かりとなるものも必要だし。
「ああ、それから、わかっているとは思うが、『隠し通路』だからな」
「わかっているわよ」
つまるところ、隠れている、隠してあるから「隠し通路」なのだ。ばれてしまっては意味がない。だから、使用しているところを絶対に見られないようにするし、だれにも通路のことは話さないようにする必要がある。
「さて、この隠し通路には何があるのかしらね」
そう言いながらも、入り口となる部分を再び戻して、とりあえず、今日は封鎖しておく。このタイミングでだれかに来られては困るしね。




