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188話:侯爵令嬢ラミー・クロンダイクの継承・その2

 鳥のさえずりが心地いい昼下がり。お茶の時間にはもってこいの陽気な気候。そんなこともあり、私はいま、日差し射し込む屋内庭園で、お茶を楽しんでいた。私の対面には優雅にお茶を飲む少女。


 目を惹きつけられるような真紅の髪に、ザクロの実のような赤い瞳。白地に桃色の飾りがあしらわれたドレスをまとう。私から見ても、「かわいらしい」と形容するにふさわしい愛らしい少女、ガーネットさん。


 生まれつき少し体が弱いらしく、こうして頻繁に私や彼の前に姿を現すようになったのは最近のこと。しばらく前までは、領地で療養していたそうだし。それまでも、たびたび会ってはいたのだけれども。


「あら、このお紅茶、おいしい……」


 そんなふうにつぶやく彼女に、私はほほ笑んだ。


「それはよかった。わざわざ東から取り寄せたのよ」


 東とはいっても、国の東、ロックハート公爵領産の茶葉。グラジオラスに言ってわざわざいいものを取り寄せてもらった。


「まあまあ、それはありがとうございます。当家自慢のお茶菓子ではお返しにならないかもしれないですが」


 並ぶ茶菓子は、どれも確かにおいしそうなものだ。自慢というだけのことはある。食べ過ぎたら太りそうだけれど。


「それで、体調のほうはどうなの?」


 私の問いかけに、彼女はお茶を置き、若干陰りのある笑顔を見せる。おそらく、心配をかけてしまっていると思っての表情なのだと思う。


「はい、ここ最近はすっかり元気です」


 一応、本当なのでしょう。大変な時でも、笑顔で「大丈夫」という性格の彼女だけれど、そういうときは周りの反応で何となくわかるし、彼女の行動もわずかだけど変化がある。それを考えると、先ほどの言葉は本当なのだと思う。


「ならいいのだけど、あまり無茶すると、また領地で療養なんてことになるわよ」


「うっ……」


 さすがに、再び領地で長期間過ごすというのは、あまり考えたくないのでしょう。彼とも会えなくなるしね。


「でも、こうやって釘を刺しても、あなたは、彼に会うためならなんやかんやと無茶をしそうなのがね……」


 恋愛一直線というか、考えなしというか、考える前に体が勝手に動いているというか、そんな感じなので、こんなふうに忠告したとところで、結局、意味なく、彼に会うために無茶をするのだ。


「別にその……、殿下に会うためじゃ……」


「私は『彼』としか言っていないのだけどね」


 そう言うと、彼女は「あ、うう……」と頬を染めて、そっぽを向いた。やはりからかいがいがある。


「そ、そういうあなたはどうなのですか」


 照れ隠しか、それとも拗ねてか、そんなことを聞いてくる。その意味合いは何となくわかるけれど……、どうといわれてもね。


「特に何もないわよ。彼との間には何もないって言っているでしょう?」


 何度もそう言っているのだけれど、彼女は疑わしい目で「本当ですかあ?」と聞いてくる。しかし、疑いだけではなく、若干の好奇心的視線も含まれているのは、彼女が恋愛に興味津々ということの現れだろうか。


「こう、……胸がドキドキするようなこととか!」


 胸がドキドキといわれてもね。そんなことはそうそうないというか、どういう状況になったら、そんなことになるのか。


「ああ、でも、胸がドキドキではないけれど、胸を揉みしだかれたことはあったわね」


 胸から連想して、直近であった出来事を思い浮かべた結果、頭に浮かんだのがそれだった。それに対して、カップがあるのも気にせず、机に勢いよく手を叩きつけて、彼女は身を乗り出して顔を近づけてくる。


「ちょっ、そ、それは……、そのう……、そういう……。な、なにもないって言っていたじゃないですか……」


 ああ、普通に勘違いしているみたいね。でも、ここでからかってもこじれそうだし、あとに引きそうなので、そのまま伝える。


「彼にじゃないわよ。王城の廊下で」


「え、普通に怖い事件じゃないですか」


 先ほどまでの態度から一変、顔を青ざめさせて、「ええ……」といいながら、へなへなと席に座った。しかし、まあ、別に変に怖がらせるのもよくないので。


「わざとじゃなくて、転んだ拍子によ」


 私の言葉から状況を思い浮かべたのだろう。しばらくの沈黙ののちに、彼女は再びバンと机を叩いて、身を乗り出す。


「って、そんなわけないじゃないですか。わざとでもなく、そんなことになるわけがないですよ」


 まあ、それは私も思う。どうなれば、あんなことになるのかと。でも、わざとではないものは、そうなのだろうとしか言えないので。


「ありえなくはあるのだけれど、わざとではなさそうなのよ」


 私の言葉に納得したのか、いえ、納得していないのでしょうけれど、彼女は微妙な顔をしてから、何かを思いついたように表情を変えた。

 そして、にやりと笑って言う。


「むむむ、これは浪漫的恋愛(ラブロマンス)の匂いがします」


 ラブロマンス……?

 耳馴染みのない言葉が飛び込んできたので首をかしげる。言葉の意味合いは何となくわかるのだけれど。


「何なの、そのラブロマンスというのは」


「あら、ご存じありませんか。最近、市井で流行っている文学や劇などの分類の1つですよ。確か、別の大陸に昔存在したというローレンシュムという国のようなという意味らしいです」


 彼女いわく、「ローレンシュムのような」というものが、ローム的、ロームのようなというものになり、それを表す言葉として浪漫的(ロマンス)という言葉になったそうだ。その中に、冒険や恋愛という要素も含まれるそうだけれど、特に恋愛単体を指して言う場合に浪漫的恋愛(ラブロマンス)というらしい。


 つまり、彼女の中では、私とユーカーの間にそう言う感情が芽生えているのではないか、あるいは、そうした物語的に芽生えるのではないかということらしい。


 これだから脳を恋愛にやられてしまった、物事を男女の関係で考える頭お花畑は……。


 というか、よく考えたら、よく別大陸の昔の国の文化のようなものが言葉としてでも伝わってきたわね。


「少なくとも、恋愛なんて要素はないわよ」


「いえ、いまはなくとも、いずれ何らかの形で芽生えるものです」


 どうにも、領地での療養中、暇だったらしく、しかも体をあまり動かせなかったため、ずっとその手の本を読んでいたらしい。あの本ではこうだった、この本ではどうだったと、目を輝かせながら言うのだった。


「そ、それで、どんな殿方なんですか?」


 どんなって聞かれてもね……。私がユーカーのことで知っていることなんて、ほとんどと言っていいくらいにない。それこそ、世間一般……貴族世間一般で知られていることの範囲でしか知らないのだ。


「そうね……、変わっているわね。面白いやつよ」


 そんな単純な言葉で済ませていいものではないのと思うのだけれど、あいにく私には、アレを的確に表現するだけの語彙を持ち合わせていない。


「やっぱり!

 いつもつまらないとばかり言っているラミーさんが『面白い』だなんていうのだから間違いなく、恋の予感がします!」


 興奮気味にまくしたてる彼女に、苦笑いを浮かべるしかない。私が面白いと言ったら「恋」だというのなら、目の前にいるこの恋愛脳との間にも恋が発生することになるのだけれど?


「告白!

 告白しちゃいましょう!」


 ええい、鬱陶しい。机の上がぐちゃぐちゃになるから揺らすのをやめなさい。まったく……。


「そもそも、告白しちゃいましょうって……。それはあなたが彼と結ばれたいから私を別のところにくっつけたいだけではなくて?」


「た、確かに。その手がありました!」


 ……。いらぬことを言ってしまった。ああ、もう、面倒くさい。




 私と彼女の白熱したお茶の席は、すっかりお茶が冷め、陽の光が傾き赤を通り越し、暗くなり始めるまで続いた。こののち、このようなお茶の時間が数度にわたり繰り広げられて、私が彼に泣きつくまで、3週間はかからなかった。


 恐ろしき恋愛脳。彼女とは中々に相容れない。彼を巡る確執こそあるものの、仲が悪いわけでもなければ、親しくないわけではない。ただ、鬱陶しい。それでいて、面白いのだから手に負えない。

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