183話:遠き過去からのメッセージ・その1
「それで、今日はどんな面白い話を持ってきたのかしら?」
目の前で肩をすくめて、少し冗談めかしてそんなことをいうラミー夫人に対して、わたしは一冊の手帳を見せる。スパーダ公爵家に伝わる「教訓」が記されたというウルフバート・スパーダの手帳。
継承の一件のあと、ろくに魔法学園に行きもせず、仕事の消化をしながら解読をして、4日。ようやくすべての解読が終わり、そして、そこから判明した「ある事実」を知らせるべく、アポイントメントも取らずにやってきたわけだ。
まあ、今日、ラミー夫人がいるのは、あらかじめ確認をとっていたし、一応、書類の確認という名目でやってきているわけだけれども、その手のことはいつもカナスタさんに任せているので、わざわざやってきた時点で「何かあるのだろう」とラミー夫人は思っているようだ。
確かに、何かなければ、こんな形で訪れてはいないでしょうけれども。
「これはスパーダ家のものよね。あの継承に関わっているって話は聞いていたけれど、これがどうかしたのかしら」
「少しこの部分を指でなぞっていただけますか」
わたしの言葉に、ラミー夫人は首をかしげてから、そっと手帳の表紙をなでるようになぞる。最初はよく分かっていないようだったけれど、途中で察したように目を見開いて、最後までなぞり切った。
「この凹凸は、意図的に付けられたもの……。つまり暗号」
わたしはその言葉にうなずいて、それを紙に書き起こしたものを見せる。彼女は受け取ると目を凝らして表紙とにらめっこする。
「よく見ればなぞらなくても見えるのね。ただ、これを暗号だと理解するよりも、模様とかそういうものだと判断するほうが多いでしょうし、よしんばわかったとしても、解読は難しいでしょうね」
と言ってから、「普通なら」と付け足した。確かにその通りで、わたしでもなければ、一から解読することになり、それにかかる時間は途方もない。
「それに凹凸もすべてハッキリしているわけでもないけれど、なぞっただけでよくここまで書き起こせたわね」
「魔法ですよ」
目を凝らせば見えるといっても、確かにすべてをはっきりと確認できるわけではないし、指でなぞるといってもいくら指先が鋭敏なところでミスもあるだろう。
「魔法って文字を解読するなんていう便利な魔法はないわよ」
わたしが冗談を言ったみたいな感じで、肩をすくめて「で、本当はどうやったの?」と問いかけてくる。
「いえ、ですから土の魔法で、乾いた砂を出して浮き上がらせただけです」
まあ、これが魔法でやる必要があったかと言えば、ないのだけれど。本当は、紙を上に置いて、鉛筆で擦る定番のやつをやりたかったのだけれど、ペンでそれをやるわけにもいかず、砂で浮き上がらせる方法をとった。正直、その辺の砂でもいいのだけれど、付着したものを後で払う、拭うことを考えると魔法でできる限り不純物の少ないものを作ったほうがいいと思っただけの話。
「ああ、なるほど、そういう手があったわね。まず普通はしないわよ、魔法では」
確かに。わざわざ魔法で砂を生み出すなんて非効率というか、魔力量や魔力変換によってはできないでしょうし。
「それで、書かれていたのがこれだったとして、なんて読むのかしら。読めるんでしょう?」
わたしが読めて当たり前というふうに考えているラミー夫人もラミー夫人だけれど、まあ、実際読めてしまっているのだから苦笑するほかない。
「ええ、まあ、表紙の暗号だけでも十分に興味を惹かれるものでしたよ」
そう言ってから、一拍の間を空けて、あらためてその文章を読み上げる。
「『遥か遠い未来に、これを読むものへ、この道しるべを残す。ウルフバート』と書かれています」
ラミー夫人は書き起こした文字と、その言葉の文字数を比べながら、ザックリと対応表を作って埋め始める。解読表を作るつもりなのだろう。
「道しるべというのは、教訓のこと……ではないわよね。それならば代々と受け継ぐから『遥か遠い未来』ではないし、『これを読むものへ』というのも、読み方を継承していくのではなくて、突然読めるものが現れると思っているかのような書き方だし」
そのあたりも含めて、中の解読をすればわかる部分があるのだけれど、それよりなにより、中の解読をしたうえで重要な部分がある。
「詳しい話は、読み明かしながらしますが、これはアーリア侯爵家の目的がなんなのか、その解明に一役買っています」
わたしの言葉に、ラミー夫人は表情を一気に険しくする。調査は芳しくないのだろう。だからこそ、これがつながっているとなると……。
「じゃあ、スパーダ家の継承問題に首を突っ込んでいたのは、これがあるとわかっていたからなのかしら?」
「いえ、それに関しては偶然と言いますか、わたくし自身、これにそのような暗号が隠してあるというのは知りませんでした。まあ、わざわざ教訓を継承している部分には引っかかっていましたけれど、物理的に……、形として継承することに意味を見出しているのかと思っていましたし」
形式というのは大事だ。それはラミー夫人もわかるはず。でも、わたしの思っていたことにも一理あると判断したのかラミー夫人は何かを納得したように小さくうなずいた。
「それで、肝心の中身の暗号だけれど、どのようなことがかかれていたのかしら」
直訳ではなく、要約を聞いてきたのは、まず、暗号そのものを聞く前に、わたしの意見を聞きたいということだろう。
「暗号で書かれていたのは、簡単に言えば、過去にあったこと、未来に託すことの2つでしょうか」
まあ、表紙の「道しるべ」という言葉のままなのでしょう。文字通り、わたしたちへの道しるべでしかないのだと思う。でも、それは非常に重要な意味を持っていた。
「過去にあったことと、未来に託すこと、ね。ということは、その過去を紐解けば、アーリア侯爵家の目的が見えてくるということかしら」
「ええ、その通りです。それに、わたくしがかねてから抱いていたいくつかの疑問を解消することができました」
アーリア侯爵の目的も含め、建国に関する部分、聖女の存在、アルコルの言うフェリチータなど、多くの疑問は、この手帳を紐解くことで解明されたのだ。
「じゃあ、聞かせてもらえるかしら。その中身を」
その言葉にうなずいて、最初の文を読み上げる。すべて一気に読み上げるとラミー夫人も混乱するでしょうから、一文ずつ。
「『建国よりわずか、国の安定を待たずして、聖女様に神託が降りた』」
これは「たちとる」のエンディングよりも後ということを示していて、そこで聖女グラナトゥム……エラキスに神託が降りたという。
「『神々の言葉によれば「旧き神の残滓」と呼ばれるものがこの地に落ち、災厄をまき散らす』」
旧き神。旧神。アルコルの言葉を考えるのなら、月の神であるベネトナシュ様……はまだ健在なので、主神交代のときのゴタゴタでその何かが分離して……ということでもない限りは、それよりも前の神。北斗七星ではなく、北極星の名を持つ前神。ポラリス。あるいは、それよりも前の神か。
「『神々そのものではなく、残滓であり、格もないが、それゆえに、ただの災害として降り立ち、まき散らされる』」
これはおそらく、神格がなく、つまり、本当に神としては残滓、残りかすなのだろうけれど、災害となってまき散らされる。神々と言えば、前世においても、太陽や月をはじめ、台風や洪水など自然災害を「神」として恐れることがあった。つまりは、その形もなければ格もない、ただの残りかすのそれは自然災害という形になって、世界規模で顕現してしまったのだと思う。
「『それを封ずるべく、我が剣と異境より流れ着いた「蛇」なるものが持つ黄金の面が求められた』」
異境より流れ着いた「蛇」なるものという言葉に、ラミー夫人の顔はより一層険しくなったけれど、わたしの言葉……というよりも暗号の読み上げを遮ることはなかった。
「『いわく、我が剣は魂を映す虹色の剣であり、彼の面は魂を固定する金色に輝く顔であるのだと』」
剣と顔、そして鏡。この3つが、今回、大きな役割というか、重要なものとなっているらしい。そういま挙がらなかった鏡もである。
「『神々によれば、もう1つの神器があれば、封印ではなく消滅させることもできたのだというが、この時代においてはそれが叶わないらしく、封印という手立てをとることとなった』」
どうやら、鏡だけは「たちとる」の時代では集めることができなかった、あるいは、何らかの事情で機能しない状態にあったのか、そのあたりは不明だけれど、とにかく、そのせいで封印という方法をとることになったらしい。
「『古き国の建国女王にゆかりのある大地に降り立った災厄は、人にどうにかできるものではなかった』」
これがどこであるのかは、のちに触れていた。そして、降りた旧き神の残滓とやらは、よっぽどものだったらしい。まあ、災害の塊とでも言っていいものが落ちてきたと考えると、そりゃそうだ。台風や洪水、落雷、山火事なんて言うものが固まっているものを人間の身一つでどうにかしろって言われても……という話だ。
「『用意した要石に、それが収まることはなく、神々に任された使命は失敗に終わったかと思えた』」




