182話:継承の試練・その3
ファルシオン・スパーダ。
スパーダ公爵家の現当主にして、歴代のスパーダ家の当主にもれず、武勇に富んでいるが、比較すると歴代の中では比較的おとなしいほうである。まあ、先代が……、いえ、とにかく、歴代に比べて大人しいからといって、別に彼が弱いかと言えば、そんなことはまったくない。
クレイモア君にとっては恐ろしく高い壁であって、おそらく、歴代当主にも劣らない騎士の中の騎士。当然ながら力量差も天と地ほどある。真正面からぶつかって勝てるはずもない。
ただし、それは真剣勝負であるならばの話であって、継承に足ると認めるかどうかとは別の話。まあ、過去の継承の際には、当主をねじ伏せて継承した人もいたとかいないとか。だから、倒しても問題はないけれど、クレイモア君にそれができるかは別の話。
剣術の技量で言うのなら、おそらく負けている。戦闘の経験値でも負けている。体格差でも、力押しでも負けているだろう。しいて言うのなら、年齢による反応速度の低下と言いたいところだけれど、あと10年、いや20年、30年後ならいざ知らず、まだまだ十分に現役な彼にそれを期待するのは無理でしょう。
では、剣術以外の要素ならどうか。魔法、体術、判断力。どれをとっても、敵うものはないかもしれない。
先達に比べて著しく才あるもの、天才なんて存在はそうそう現れない。いや、まあ、クレイモア君の場合は、十分に才能があって、天才と呼んでも差し支えないわけだけれど、突拍子もなく規格から外れた存在ではない。
それじゃあ、実力差を、経験差をひっくり返すだけの存在にはなり得ない。
まあ、そんなのは突然変異とかそういう特殊な呼ばれ方をする一部の人だけなのだけれど、まあ、その一部に該当するわたしが……「カメリア」が言ってもあれなのだけれど。
結局のところ、すべてにおいて負けていても、継承に足る実力があると認められれば、その時点でファルシオン様は負けを宣言する。いや、この場合、勝ち負けではないのでしょうけれど。
「それでは始めるが、良いな」
ファルシオン様の言葉に、クレイモア君がうなずいた。わたしは、この試練の立会人として、隊長2人と一緒にこの場にいる。
「そ、それでは、両名、騎士道に誓い、始めてください」
グルカさんの合図で、2人が剣を交えた。低く鈍い音が響く。クレイモア君は受け流すでも避けるでもなく、受け止めた。
ファルシオン様の剣は、フランベルジュさんのように剛剣というわけではないけれど、それでも受け止めて力比べになれば、クレイモア君には不利。セオリーから外れる行動に、ほとんどが眉をしかめた。
「なんの……」
なんのつもりだとでも言いたかったのか、しかし、その言葉が完全に言いきられる前に、剣が滑り、鍔元からすくい上げるように弾く。握りが甘い人なら剣が弾き落されていたであろう一撃。当然ながら彼から剣を奪いとれるほど甘くはない。
だけれど、逆に強く握っていればいるほど、そこに来た衝撃はダイレクトに伝わる。つまり、しばらくはファルシオン様も全力で打ち合えないということ。最初に受け止めたのは、受け止めたからこそ隙ができると判断したから……とかだと思う。
切るのも受けるのも弱まるとなれば、ここが千載一遇のチャンスだろう。
しかし、クレイモア君が攻めに転じるも、受け流しと避けで対応されてしまう。受け止められないのなら、受け流せばいい。フランベルジュさんとの一騎打ちでクレイモア君がやっていたまさに同じことをやっているようなものだ。
そのあたりの機転は当然ながら経験豊富なファルシオン様のほうが効く。このまま攻めきれないようでは、結局最初の状況に戻るだけ。それもクレイモア君のほうが体力を消費した状況で。フランベルジュさんとの一騎打ちをまさに逆の立場で体験する羽目になるだけだ。
だけど、その状態は長く続かなかった。ズリっと足を滑らせるファルシオン様。さすがに転ぶほどではないが、それでもそのバランスを崩したのは大きな隙となった。
問題は、そのバランスを崩した理由である。ただ滑ったとかそういう都合のいいことはない。魔法だ。
剣を紙一重でかわされながらも、クレイモア君はほんのわずかな土を魔法で出現させていた。それこそファルシオン様でも気づかないくらいの量を。しかし、それが積もれば、バランスを崩すきっかけくらいにはなる。
その隙を見逃すはずもなく、クレイモア君は相手の剣に重い一撃を横から叩き込む。もともと強く握れていない状況も相まって、剣がファルシオン様の手元を離れて、そこにクレイモア君が剣を突き付けてチェックメイト。
「見事だ……」
ファルシオン様が満足げにそう言った。
ちなみに、わたしが知っていた「たちとぶ」の継承とはまったく異なっている。そもそも、ゲームのほうでは魔法を使ってなかったし、なんというか堅実な剣で、そこそこにやって、堅実に継承したという印象だったのだけれど。
よもや、ファルシオン様に勝ってしまうとは思っていなかった。
だけれど、そうなればこそ、名実ともに継承にふさわしいということでしょう。
「あえて正道を外し、それによって隙を作り、それすらもおとりで、攻めきれないように見せ、魔法を使っていたのを悟らせぬようにし、大きな隙を生み出したか」
あらためて、一連のやり取りをまとめて、それ自体を高く評価しているようすのファルシオン様。まあ、ここまできちんと継承できると認められる形に落ち着くのなら、彼にとってもそれは嬉しいことなのでしょう。
「ファルシオン・スパーダの名のもと、継承を行う」
そう言って、ファルシオン様が一度、離籍し、持ってきたのは美しい刀剣だった。
ウルフバート。初代スパーダ公爵と同じ名前の剣。
前世における「たちとぶ」のイベントスチルにも映っているが、前世で一般に知られる「ウルフバート」と呼ばれるヴァイキングのそれとは形状などが大きく異なる……らしい。その辺りは、有志からの受け売りでしかない。
見ようによっては何色とも言えぬさまざまな色に反射する刀身。その表面は鏡のようとまでは言わないけれど、とても美しかった。華美でない程度に装飾もあり、格式の高さをうかがわせるもの。
「いまより、スパーダ家が至宝、『ウルフバート』をファルシオン・スパーダより、クレイモア・スパーダに継承する」
そうして、ウルフバートがファルシオン様からクレイモア君に手渡される。それを丁寧に受け取り、クレイモア君は深々と頭を下げる。
「クレイモア・スパーダ、確かに『ウルフバート』を継承いたしました」
剣を掲げ、腰に収める。そこまでで1つの儀式のようなものらしい。そして、継承するものはもう1つある。
「もう1つの至宝も継承する」
先ほどに比べれば、あっさりとしているように、たった1冊の古めかしいノート……というか手帳だろうか。それがクレイモア君に手渡される。
「継承いたしました」
こちらは剣のように掲げることもなく、クレイモア君が受け取って終わった。これにて、つつがなく「継承」は完了したのである。これでわずかながら肩の荷が下りたというか、次はだれのイベントが来るやらという気分でもあるが。
そう思って、感慨にふけっていた、そのとき、グルカさんやフランベルジュさんに褒められ、微笑しているクレイモア君を見て、……正確には彼の持つ手帳を見て、わずかな違和感を抱く。
その違和感を見過ごしてはいけないような、そんな気がした。
「どうかされましたから?」
クレイモア君の言葉で、ハッと我に返るものの、その視線は「教訓」がかかれているであろう手帳から離れていない。
そもそもなんだってこんなものを継承するのか。教訓、家訓をわかりやすく次代に継承するため……ではない。何せ、クレイモア君はその教訓、家訓によって育ってきているのだから、こんなものがなくても次の世代に受け継がれている。
いや、まあ、形が大事なのだということもあるのかもしれないけれど。
そう思い、再び、その表紙を注視すると、わずかなへこみがあるように見えた。いや、古いものなのだから表紙に傷がついているのはおかしな話ではないのだけれど、そうではない。まるで、意図的に、何かのために穴でもあけたかのような……。
「申し訳ありません、クレイモアさん、少しよろしいですか」
そう言いながら、そのノートに手を伸ばす。何事かとぎょっとするものの、止められることもなく、わたしは、返事も待たずにそれを手に取った。
そして、点字を読み取るかのように、傷を指でなぞる。それは暗号だった。
「遥か遠い未来に、これを読むものへ」
そのように書かれたもの。しかして、問題は、その暗号が「たちとる」で登場するものであることが重要だ。それも、主人公と王子の間で用いられたもの。ウルフバートのシナリオで出るものではないということが。
表紙をめくり、中を見ると、別の形で別のメッセージが隠されている。
これは……、わざわざ、このようなものを継承してきたのは、これを次代に残すため。それも、わからないような形で。では、歴代の当主たちは、そのメッセージを知っているのか。正直わからない。けれど、少なくともクレイモア君は知らないはずだ。ファルシオン様も怪しい。
どこかで暗号に関する継承だけが途切れたのか。おかしい話ではない。継承が行われなかった例もあるのだし。でも、それだと、表紙の暗号の意味が通じないような気もする。
「あの……、カメリア様」
「クレイモアさん、申し訳ありませんが、こちらを少しの間、貸していただけないでしょうか。必ず返しますので」
神妙な面持ちで言ったからか、クレイモア君はファルシオン様に目で確認をとって、貸すことに問題がないということになったようで、思いのほかあっさりとうなずかれた。まあ、「公爵」という身分も味方したといえるか。
はてさて、古い暗号、それが悪いものではないといいのだけれど。




