180話:継承の試練・その1
継承。その内容はおつかいクエストのようなものである。
ただし、この王都内で動き回るだけなのだ。
正直、ロールプレイングゲームやアクションゲームで、同じ街というエリア内をこんなにウロチョロさせられたら怒る自信がある。というか、アドベンチャーゲームとして、その行動を見ているだけでも、しばらく見ていると普通に「え、ここいる?」という気持ちにはなった。
クレイモア君とのやり取りは重要なのだろうけど、正直、同じことの繰り返しを何度も見せられても……。
いや、まあ、正確には都度、違うやり取りが繰り広げられるわけだけれど、本質が変わらないので、どうしても単調になってしまう。そのため、プレイヤーたちの間でも、結構賛否が分かれた部分とも言われている。特に選択肢があるわけでもなく、それもあって非常に単調なのが不評の理由として大きく上げられる。これがまた、選択肢で多少変動があるなら、まだ評判も違ったのかもしれないけど。
ただ、それを経ての最終的な成長にカタルシスを感じるという意見もあったから、絶対的不評とは言えない。
そんな若干不評ともいえる継承というクレイモア君のシナリオだけれど、いまのわたしにとって、少しばかりよかったことも存在する。
なぜなら、逆に記憶に残っているから。
どうしてかと言えば、耳に残っているから。中にはスキップ機能を使う人もいるかもしれないけれど、「乙女ゲーム」はオート流しプレイあるいはオートながらプレイというものが存在する。
まあ、その呼び方自体は、わたしが個人で勝手に呼んでいるだけなのだけれども。美少女ゲーム、いわゆるギャルゲーでもやっている人がいるかもしれないけれど、文章読み上げをオートにして、ほかのことをするプレイスタイルのこと。
こと「乙女ゲーム」の猛者においては、1つのゲームをオートながらプレイ状態で、別のゲームをプレイするという2つのゲームを同時進行するような人もいたとか。
その分、「乙女ゲーム」には、説明調というか、キャラクターがやることを口に出しがちなのだけれど、この「たちとぶ」という、世界線を予測した結果をゲームとして落とし込んだものでも、そこは変わらなかった。
それはただ単に、わたしたちの知る彼らがそういうタイプというわけではないので、おそらく、言葉一つ取っても、その中で、乙女ゲームに最も適した言い回しをした予測を採用している……のかもしれない。
ともかく、クレイモア君のルートをプレイする上で、ここは特に、そうしたながらプレイをしがちなのだけれど、そのおかげか、セリフであったり、行動であったりは、逆に記憶に残っている。
聴覚から得られる情報がどうとか、リスニング学習がどうとかいうつもりはないけれど、ここに関してはアリスちゃんの返しよりも、クレイモア君の言葉を覚えている自信があるほどに。
そして、継承のルート立案を終え、ひとしきり、作中で起こった事件に関しての調査も終わったところ。
フランベルジュさんが遭遇した一件を含め、本来、継承中に起こるはずだった事件の中のいくつかは、すでに発見され、対処されていた。わたしが挙げた西区画の件もそうだった。
だけど、すべてが起きたわけでもなく、起きる起きないに関しては、わたしの調べた範囲だけど、明確な基準は見つからなかった。ただ、どちらかというと、偶然の事故などではない、人的要因の事件が多い。
これについて、わたしの中で出した結論は、昨年の一件で警備などの見直しが起こったため、それによって発見が早期化されたとかそんな感じだろうと。もちろん、それだけが要因じゃないとは思うけれど、一番大きいのはそこだと思う。
まあ、そんなこんなで、予定通りなら継承がすでに始まってから2日が過ぎ、3日目になった午前のこと、スペクレシオンの屋敷にクレイモア君が訪ねてきた。少し申し訳なさそうな顔をしつつも、その奥に、なんとも言えないもどかしいような感情が見て取れた。
「おや、クレイモアさん、お久しぶりですね」
というのはウソではない。このところ、王立魔法学園のほうに、クレイモア君はまったくと言っていいほど顔を出していなかった。おそらく、戻ってきてすぐに継承への準備が始まったのでしょう。
「お久しぶりです。……やはり、自分の置かれている状況をご存知のようですね」
この場合、指す「自分」とはクレイモア君自身のことであり、わたしのことではない。多分、わたしのことを指す場合は「ご自分」とか「御身」とかになるのでしょうけれど、まあ、そこはどうでもいいか。
しかして、わたしの顔がポーカーフェイスに対応していなかったというわけではなく、ポーカーフェイス過ぎたのが原因か。いや、まあ、王子に口添えをしてもらっている時点で怪しまれているでしょうけれど、性格上、訪ねてくることがまれなクレイモア君が来たのに、わたしの態度に驚きがなさ過ぎたのでしょう。
「ええ、存じています。スパーダ家での古くからの習わし、『ウルフバート』と『教訓』の継承の試練中なのですよね」
そして、そこまで悟られているのにとぼけるのもどうかと思うので、特にごまかすようなこともなく、そのままそう告げた。
「はい。そして、先日、殿下より何かあればカメリア様を頼るようにとご助言いただいておりましたが、その際には何のことかわかりませんでした」
まあ、そりゃあ、そうでしょう。その時点で、「ああ、継承で頼れってことだな」とか判断出来たら、それは未来でも見ているか、わたしのように「たちとぶ」を知っているかでしょう。
「ですが、こうして、問題に直面したときに、その言葉を思い出し、このことだったのかと理解し、お訪ねいたしました」
まずもって、この時点で、わたしからすると感涙ものなのだ。
ゲームの……「たちとぶ」のクレイモア君では、事前に王子に何を言われていようと、このタイミングでわたしを頼るという選択肢はなかっただろう。それができている時点で、すでにゲームにおけるイベント後のクレイモア君に匹敵する成長を遂げているのだから。
「ええ、ですが、わたくしは手を貸すといっても、本当に手を貸すだけです。わたくしからああすれば、こうすればと、助言することは致しませんからあしからず」
これは、ファルシオン様との約束もあるけれど、そもそも、それをしたら継承として意味がないというわたし自身の考えもある。これがただのゲームで、クレイモア君がエンディングを迎えたらリセットされてしまうような存在ならば、RTAではないけれど、時間的に効率よく、事務作業的に処理できるようにするのでしょうけれど。
あくまで現実であり、なおかつ、クレイモア君にとっても十分に経験すべきことであると思っているからこそ、わたしはあくまで手を貸すだけにとどめるという判断をしているのだ。
まあ、「たちとぶ」のアリスのポジションから逸れすぎないという意味もあるのだけれど、そこは今更過ぎる気もするし。
「はい。カメリア様がそうおっしゃらなかったら、自分からそのように申していたと思いますので、お気になさらず」
クレイモア君としてもわたしを頼る……わたしの知識を活用するということはチート扱いであるということを認識しているのか、正確上、万全のサポートは期待していないというか、望んでいないようだった。
「では、早速ですが、どのようなことをすればよいでしょうか」
はてさて、スムーズに進んでいるのなら、3日目の工程には入っているはずなので、わたしのやることも自然とわかってくるわけだけれど、あくまで、クレイモア君に委ねるという形で進行していく。
「では、申し訳ありませんが、こちらを西区画にある駐屯所にいるフランベルジュにお届け願えますか」
なるほど、まあ、これに関しては当然の判断か。2か所にタイムリミットまでにものを届ける。これの対処は別に人に頼る以外にもあって、単純に片方の期日の延長を願い出ればいい。
フランベルジュさんに届けるほうは騎士団内なので融通も利くし、もう一方は、書類で、その場での確認後にサインと捺印が必要なのでクレイモア君が行くしかなく、期日も伸ばしづらい。
そのため、「たちとぶ」におけるクレイモア君は、片方を先送りにすることで対処していたのだけれど、この方法にはデメリットも当然存在する。次の日にやることがどんどん増えていくのだ。
それこそ、ある程度まで行けば、継承の試練を進める側も止めるでしょうけど、さすがに1つ次の日に回したから、ほかの予定を全部1日ズラしますなんてことにはならないので、結果的にやることが山積みになっていき、「たちとぶ」のクレイモア君はどうしようもなくなってしまったというわけだ。
「分かりました。では、届けたあと、どこで落ち合いましょうか」
どこへ行ってください、了解行きましたで終わるものではないし、実際に完了したかの確認を考えると、どこかで落ち合うのが普通だろう。しかし、場所を考えるなら、このスペクレシオンの屋敷に戻ってくるのは非効率だ。
「では、……」
そうして、落ち合う場所を決めて、それぞれ動き出す。




