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018話:カメリア・ロックハート09歳・その5

「邪魔……、何の邪魔だと?」


「結婚のでしょうね。まあ、そのカメリア(・・・・)は、わたくし以上に殿下との距離を置いていたでしょう。それこそラミー夫人の言うところの『なんでも言われたとおりにやる面白みのない子』だったのかもしれません。それゆえに……」


 処刑されたのだ、とわたしは思う。もちろん、感情がない人形のようだったとまでは言わない。それでも、言われたように三属性と公表し、言われたように王子と婚約して、言われたとおりに王子に従って処刑された、そんな気がする。


「処刑する意味があるかしら。五属性だとしたらそれを公表するだけでそんなことができないだけの抑止力になるでしょう」


「それに、わたくしを第一夫人にして、そこに恋愛感情を置かないというのも自由な話。三属性を権威として示す広告塔にすることを捨てるのは考えづらい、そう思いますよね」


 ラミー夫人が考えているであろうこと、そしてわたしがかつて考えたことを夫人に合わせる形で口にした。


「ですが、実際にはわたくしが処刑されました」


「結婚の邪魔ということは、相手がいるはずよね。誰なのかしら。公爵令嬢を処刑してまでの相手となると他国かそれとも下級貴族か平民か」


 そう、つまり「立場の高すぎるカメリア」が邪魔になるということは必然的に「立場が低い」か「立場が関係ない」相手になると予想はできる。


「わたくしたちと同じ年に魔法学園に入学するアリス・カードという人物です」


 そう、「たちとぶ」の主人公、アリス・カード。彼女の登場が物語の始まりなのだから。


「カード……?

 そのような家名の貴族、いたかしら」


「カードは屋号です。農民出身の光の魔法使い、それがアリス・カードという女性」


 農家の末娘で、王都から馬車で8時間以上かかる街で暮らしていた。それ以外の情報らしい情報はほとんどない。なんでも「感情移入しやすいように細かい部分はあえて伏せた」とビジュアルファンブックには書いてあった。


「光の魔法使い、珍しいけれど、まあ、貴族以外に出現することが大半だと聞いているからありえない話ではないわね」


「彼女が結ばれる可能性のある男性が5人います。アンドラダイト・ディアマンデ殿下、ベゴニア・ロックハートお兄様、シャムロック・クロウバウト様、クレイモア・スパーダさん、そして、ラミー夫人のご子息であるアリュエット・ジョーカー様。この5人です」


 王子とお兄様、シャムロック、クレイモア君、アリュエット君。それが「攻略対象」たる5人。王子と公爵の跡取りという超豪華メンバーだ。


「農民の娘に王族や公爵家が惹かれると?」


「農民だからでしょう。話には聞くことがあっても、……領民として触れ合うことがあっても、実際に話して、触れて、そうしたことがある貴族はほとんどいません。貴族と農民たちとの思考の差異は大きく、それゆえに新鮮で、興味を惹かれる。そんなことがあってもおかしくはないのです」


 これが「貴族らしい貴族」ならば話は違ったのかもしれない。


 王子は王城から出ることができず、外の世界というものに興味を持っていた。


 お兄様は優しく、身分に貴賤なく接する。


 シャムロックは、貴族、公爵子息としての在り方に疑問を抱いている。


 クレイモア君は、騎士として貴族よりも下の立場にあるように意識している。


 アリュエット君は、自分に自信がなく、自分を低く見がちである。


 そうした、農民を見下すような性格の貴族ではない彼らだからこそ、農民の出身で貴族たちの作法も分からないアリスに対しても優しく接してくれるのだ。


「それで、殿下が農民の少女と結ばれるために邪魔になったあなたが処刑される、と。あなたが『知り得ない知識』を持っていると聞いていなかったなら被害妄想に憑りつかれていると鼻で笑っていたでしょうね」


 まあ、わたしも他人から聞かされていたならば鼻で笑う話だ。それこそ「考えすぎなのよ」とか言ってなだめにかかっていただろう。


「その農民の娘を殺すという方法は考えなかったのかしら」


「考えはしましたが、王都から自由に離れられるわけでもなく、『王都から馬車で8時間以上かかる街で農民をやっている』という情報しかない中、ピンポイントで彼女を探し当てるのは難しいと思いましたし、それに彼女にはやってもらわないといけないことがありますから」


 王都から馬車で8時間以上かかる街など、この国にはごまんと存在する。その中からアリス・カードという少女を探し当てるのは、わたしにはとても無理だ。人員を使うにも理由が必要になる。でも、彼女を探さなくてはならないだけの理由が提示できない。いや、理由ならば適当にでっち上げればいいが、それを周囲に納得させることができないというべきか。


「やってもらわないといけないこと、ということはその農民の娘も利用するということかしら」


「ええ、彼女には殿下と結婚してもらいたいと思っているのです」


 それだけを言うと、処刑されたいという意味にとられてしまうかもしれないので、わたしはそのまま話を続ける。


「わたくしが戦争後に関して有している知識は、全て戦争が引き分けに終わった後の知識です。そこから逆算して戦争に関する知識を知っているため、できる限り『戦争が引き分けに終わるはずだった』ルートをたどらなくてはなりません」


 そう、それ以外のその後については触れられていないので「たちとぶ2」で言及のある道をたどっていかないと戦争が回避できないかもしれない可能性がある。無論、戦争は未然に防ぐつもりだけど、もし起きてしまった場合にするべき対応を考えるならば、主人公と王子が結ばれるのが望ましい。もちろん、わたしが処刑されないで、という前提付きで。


「戦争で引き分けた場合、どのような未来になるのかしら」


「ほぼファルム王国の属国のような扱いですね。停戦の条約を結んではいるもののディアマンデ王国に対する不平等条約が締結されていて、高い魔法の資質を持つ人はほとんどがファルム王国に取られますし」


 そのような情勢下で生まれた「たちとぶ2」の主人公は、高い魔法の資質を持って居たけど、農民であったためにファルム王国に取られることなく、魔法学園に入学することになって、その話を聞いたファルム王国の王子が主人公の資質を確かめるために留学してくることになる。


「そこから逆算して戦争時の知識を有しているということは、実際の戦争期間の知識はあまり有していないということでいいのかしら」


「はい、その通りです。未来において、戦争時の資料として綴られていたものを読み解いたような知識しかわたくしにはありません。そのため、戦争に関しては確証を持てない部分も多いのです」


 だからこそ、わたしは新しい魔法を考えたり、錬金術方面で試行錯誤したりとビジュアルファンブックの知識以上のことをあれこれ考えているわけだ。


「逆に言えば、その農民の娘が魔法学園にやってきて、王族や公爵子息を手玉に取ることに関しては確証を持っているということよね」


 手玉に取るって……。まあ、傍から見ればそう見えないこともないけど。本人にそういう意思がないのはプレイヤーとして彼女の心情を見ていたわたしが一番よく知っている。


「ええ、そこに関しては確信を持っています。証拠の提示はしようがありませんが」


 だって、証拠なんてないもの。わたしが知っているという、それだけのこと。


「いいわ、信じましょう。その方が面白そうだもの」


 彼女はその美貌で、冷たくなるくらいににやりと笑って見せた。でも、それがまた彼女らしい姿でもあった。


「でも、確認はさせてもらうわ。あなたが言っていたように陛下あたりに、ツァボライトの件についてね。そのことが本当だったら、あなたの言うことは全て信じるし、協力してほしいと言われれば惜しむことなく協力して、手を出すなと言われれば手を出さないわ」


 聞き分けがよすぎるのが怖い。だからわたしは何か裏があるのではないか、と一瞬思った。


「なぜそこまでしてくださるのですか?」


「面白そうだから。それ以上の理由はないわ。あなたの行動を見守っていることでしばらくは退屈せずに済みそうだもの」


 あっけらかんと笑って言う彼女。そこには彼女の中の美学、1つの芯と呼ぶべき信条があることがうかがえた。だからわたしは納得して頷いた。


「それでは、またいずれお会いしましょう。まずは確認を取るのが先でしょうから、またご招待ください」


「あ、招待で思い出したけど、断りすぎよ。よっぽど断るから段々腹が立ってきていたのよ」


「『黄金の蛇』に進んで会いたがるような人はいないと思いますよ。まあ、さすがにしびれを切らして『黄金の蛇』としてロックハート家にちょっかいを出されても困るのでこうして会いに来ましたが」


 あのまま放置していれば、そんなことになっていたに違いない。だから、断るのは諦めて、こうして会いに来ることにしたのだ。本当は、断り続けて、招待を諦めてくれるという一縷の望みに賭けたのだけど、まあ、知りたいと思ったら諦めるなんてことはしないというのは知っていたので、本当に期待もできない賭けだったのは分かっていた。先延ばしの言い訳のようなものだ。


「まあ、そうね。こちらの正体が分かっているのに進んで来たくはないか。でも、次からは断らないで欲しいわね」


「こちらの都合にもよりますが、できる限り優先して会いに来たいと思います。あなたは敵に回したくない方なので」


「あら、こちらとしてもあなたは敵に回したくないんだけどね」


 そうして、わたしはラミー夫人の執務室を後にした。アリュエット君は見当たらなかったので、適当な使用人に声をかけて、わたしが帰ることを伝えて、外で待つロックハート家の馬車に向かう。


 窓からのラミー夫人の面白そうなものを見る視線を背中に受けながら、わたしはジョーカー家を後にするのだった。

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