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179話:継承準備・その3

 フランベルジュ。


 本名はフランツ。ロックハート公爵領にある街の生まれで、農家の四男。しかし、別に一大農家というわけでもなく、手持無沙汰だった彼は、その体格の良さと農家の手伝いで得た体力や筋肉を町の衛兵という形で生かすことにした。


 運もあるだろうけど、その才覚はいかんなく発揮され、派遣されていた騎士の目にも留まり、そうして、王都で騎士をやることになったのだ。


 もちろん、見初められたから、じゃあ「はい騎士です」というわけもなく、そこで必要になるのが推薦状である。しかし、フランツは運良くというか、目に留めた騎士が当時、まだ副騎士団長になる前のスクラ・マサクスだったのだ。それにより、そこの町長も、そして、領主であるお父様も簡単に推薦状を出した。


 それこそ、フランツに会うこともなく。


 そして、さすがはスクラ・マサクスというべきか、彼が見込んだとおりに、フランツは平民の出身でありながら、隊長に選ばれるほどの逸材であった。もっとも、それには運も絡んでいるが、そこは運も実力のうちというものだろう。

 ちょうど、隊長に空きができたり、功績が重なったりした結果である。


 隊長になった彼は、スクラ・マサクスの助言もあって、フランツという名前から「フランベルジュ」と改めた。


 まあ、フランツというのも割とありきたりな名前であり、騎士にも同じ名前のものが多いため、隊長として分かりやすいようにという意味もあるのだろう。


 というのがビジュアルファンブックに載っていた彼のプロフィールというか、情報である。これ以上でもこれ以下でもない。もちろん、わたしが彼のことを知っていたのも、ロックハート家だからでも何でもなく、ビジュアルファンブックに載っているからでしかなく、格好のいいことを言っているけれど、本当に格好だけだ。


「それで、あなたともあろう方がどうして遅れたのですか」


 あくまで責めているように聞こえないよう、できる限り優しい声音で、微笑みながら問いかける。それに対して、フランツ……フランベルジュさんは、騎士らしい態度で答える。


「はい。新人の訓練中、1名が馬車の馬を怒らせた住民を庇い軽傷。馬を静め、住民には注意をし、軽傷を負った新人を医療施設に搬送し、帰投中に商人に扮し侵入してきた賊を発見し、取り押さえました。その後、偶然、別件で近くにいたタルワール殿に引き継ぎ、戻ってきたしだいです」


 まるでウソのような話というか、そんなことがあるかと言いたくなる状況だけど、タルワールさんの名前を出してまでウソをつくわけもなく。ファルシオン様は頭を抱えながらも、その事情は呑み込み、信じたようだ。

 そして、わたしは、信じるが、少し厄介ごとになってきているような予感がして、気がめいりそうになっていた。


「もしかして、その賊を発見したのは、東区画の大通りの商家横の路地ではありませんか?」


 わたしの問いかけに、フランベルジュさんは目を真ん丸に見開いた。つまり正解ということか。そうなってくると厄介にもほどがある。


 そのイベントはクレイモア君が継承中に起きるはずだったものだ。つまり、わたしが知る日程とずれが生じてしまっていることになる。


 そうなってくると、わたしに都合のいいルートも変わってくるわけだ。本来、わたしは、こうしたこまごまとした継承の予定にない突発的な事件を極力ルートから外すようにするために、こうして口を出しに来たのだけど、こうなってくるとどうなるか少しばかりの様子見が欲しい。


 この事件だけ偶然、時期がズレて発生したか、フランベルジュさんが偶然先に見つけてしまっただけで、ほかは予定通りという可能性もある。


「なぜ……いえ、なぜやどうしてと考えるべきではないとは聞いていましたが」


 ファルシオン様がわたしのほうを見て、険しい顔をしている。まあ、犯罪の詳細を知っているということは関与を疑われるのが当然である。だからこそ、そこは追及すべきだろうけど、助言もあるしということなのだろう。


「いえ、少し心当たりがあっただけです。しかし、そうなると、……明日、西区画に注意したほうがいいかもしれません」


 正直な話、クレイモア君が継承中に、なぜかやたらめったら事件が起きて、ものすごく大変なことになるのだけど、そうなると、今日の次は、明日に西区画で起こる。もちろん、起こる保証がない以上、断言はできないから「注意したほうがいい」という程度の言い方になってしまうけれど。


「それも心当たりというやつですか?」


「こちらに関しては確証もない戯言ですから、あくまで警戒を強める程度で構いません」


 もともとクレイモア君がどうにかできたくらいの事件……というか騒動なので、そんなに大勢が待機するほどのものではないし、していなくても十分に対処できるでしょう。


「では、明日、コンツェシュを向かわせます」


 わざわざ……?

 というのは口に出さなかった。先ほど名前が出たタルワール、そしていまのコンツェシュ、どちらも隊長の名前だ。もっとも、どちらも立ち絵もなければ、スチルに登場するわけでもなく、せいぜいコンツェシュの背が高いということくらいしか触れられていないのだけれど。

 まあ、一応、公爵であるわたしの言葉なのだから、どんなに確証の無いようなものでも、隊長を派遣するくらいのことはするということなのでしょう。


「さて、いつまでもそうしていないで座ってください」


 フランベルジュさんに声をかける。これでようやく話が詰められる状況になる。ファルシオン様は、これ以上無駄な問答をするほうがわたしに迷惑になると判断したのか、特に何も言わずに、フランベルジュさんを座らせた。

 それにしても、……この場にいるのはわたし、ファルシオン様、グルカさん、フランベルジュさん。ククリさんは様子を見に行ったきり、まだ戻ってきていない。もしかしたら、フランベルジュさんの後処理の手伝いをしているかもしれない。


 この場で、貴族でないのはただ1人。フランベルジュさんには少しばかり居心地が悪いでしょう。まあ、彼も隊長なのだから、そう言う機会にもそれなりに慣れてはいると思うけれど、それでも公爵2人がいるような場は……。


「そう緊張せずともかまいません」


 とはいえ、わたしはともかく、ファルシオン様は許さないだろうからなあ……。特に自分に無礼を働かれることではなく、わたしに無礼が働かれることを。


 このままではまともな話もできないか……。まあ、わたしがその立場でも似たようなものになるでしょうし、怒りはしないけれど。少しばかり緊張をほぐしましょうかね。


 ファルシオン様に目配せをすると、わたしの言いたいことを察したのか、静かに目で謝罪を伝えてきたので、一応微笑みで返した。


「いまから話し合いをするのだ。騎士たるものがそのような状態でどうする」


 ようするに、緊張せずに毅然とした態度でいるようにという意味なのだろう。ファルシオン様なりの鼓舞であり、こういう言い回しはいつものことなのだろう。なんというか、普通なら余計に緊張しそうなものだけど。


「はっ、し、失礼しました」


 そう言って、若干緊張が残るものの、改まってようやく、騎士らしい面持ちになった。


 やっぱり、クレイモア君もそうだけど、騎士という人たちはきっちりかっちりしているというか、まあ、クレイモア君の場合は、いい意味で「年齢にそぐわず」という枕詞がついてしまうけれども、本当にしっかりしていると思う。

 フランベルジュさんも隊長たちの中ではかなり若いほうではあるものの、わたしたちよりも10歳以上は年上であるし。


 まあ、すべての騎士が、こういう人というわけではないのでしょうけど。この辺りは、上に立つ人の性格が反映されているというか……。

 他国の話になるけれど、ファルム王国は、上に立っていた軍人がフェロモリーだし。部下たちにも割とそんな感じの気質があった気もするから……。まあ、「人を導く力」というものを考えるのなら、上に立つ人が導く方向に下の人たちが進んでいくのもおかしくはないでしょうけど。


 そういう意味では、この「継承」という行為も、次世代を導くということに大きな影響というか、重要な意味がある……のかもしれない。


 まあ、その辺りは置いておいて、これでようやくまともに話ができるでしょう。


「それでは始めましょうか」


 わたしの仕切りで、さっそく話し合いが始まる。

 話し合いの内容自体は至極単純なもので、いくつかのルート案を具体的に詰めていっただけ。わたしが想定したルートが思っていたよりも適したものであると判断したのか、思いのほかすんなりと意見が通る部分もあり、第一段階としてはいい感じだ。


 もちろん、これからも何度かにわたって、この案をもっときちんとした形にしていくことになるのだけれど。

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