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178話:継承準備・その2

「失礼します」


 ノックに対して、こちら……というより、ファルシオン様がわたしに確認の目線を投げかけて、うなずいたのを確認してから、返事をして、というプロセスを経て、そのような言葉と共に1人の男性が部屋に入ってきた。


 礼儀正しく挨拶を交わしたあと、部屋にいたククリさんに対して、目をぎょっとさせて驚いていたが、特に言葉として何かを言うでもなく、ファルシオン様のそばに、綺麗な姿勢で立った。


 彼のことはわたしも知っている。というよりも、ククリさんに対する反応から、知識がなかったとしても関係者なのだとは推測していたでしょうけど。


 グルカ・マチェーテ。ククリさんの双子の兄。現在では、騎士団の隊長を任されている中の1人だ。


 貴族家系ゆえか、ひげや頭髪などがきちんと整えられていて、若いようにみえるけれど、クレイモア君の叔父なので、ファルシオン様と数歳しか変わらないはずだ。


「グルカ。スペクレシオン公爵にご挨拶を」


「はい。グルカ・マチェーテと申します。お目にかかれて光栄です」


 うやうやしく頭を下げる。思い描く騎士といったような態度に、苦笑しそうになるけれど、それを抑え込んで、彼に向き合う。


「グルカ殿、顔を上げてください」


 先ほどの「気軽に」というのを踏まえたうえで、「殿」という敬称を用いた。「さん」だと、わたしの立場上、軽すぎる言い方にとられる可能性が無きにしも非ずということでのチョイス。


「そうかしこまられてばかりでは、これから話すのに困りますので」


 そう言いながら、ファルシオン様に確認を取りつつ、座るように促した。おそらく、彼は、ルートを練っている隊長の1人のはず。というか、そのためにわざわざ呼んだのだろう。ファルシオン様が座るのを許可しているのが証拠だ。


「申し訳ありません、スペクレシオン公爵。もう1人、この場に隊長を呼んでいるのですが遅れているようで」


 まあ、多少の遅れ程度で怒るほど短気ではない。それに、遊んでいたとかならともかく、騎士がそんなふざけた理由で遅刻するはずもないので、何かに対処していて、その影響で遅れているだけだろう。


「新人が無茶をしてけがをしたという報告が上がっていましたから、その対応に手間取っているのだと思います」


 対応っていうのは、けがの程度にもよるでしょうけど、病院だったり、あるいは、病院に渡した後の事後処理や書類、報告書だったりのことでしょう。


 なんというか、反応から「ああ通りで」という感じなので、呼んでいるもう1人の隊長は、書類仕事が苦手なのだろうか。


「ふむ。……グルカ、あいつが来るまで、スペクレシオン公爵に状況の整理を含めた説明を」


 なるほど、わたしがどこまで知っているかわからないから、あくまで「状況の整理」という意味で、後々に齟齬が出ない範囲ですり合わせようという話なのだろう。まあ、すり合わせというか、一方的に嚙合わせるだけなのだけれど。


「では、スパーダ公爵家の継承に関して、僭越ながら情報を整理させていただきます」


 グルカさんはそう言って、コホンと咳払いをしてから話を続ける。


「この継承というものは、スパーダ公爵家において、非常に重要な役割を持ち、次の代に引き継ぐのに、必ずと言っていいほど行わなくてはならない『儀式』のようなものです」


「とはいえ、歴代で必ずしも『継承』が行われたわけではありません。流行り病や事故などによってなされなかったことが幾度かあったと記憶しています」


 あくまで、「継承」とは、スパーダ公爵家の当主が、次の当主への引継ぎのために行う、けじめのようなもの。それゆえに、行われなかったからといって、次の当主がだれもいないということは起こらない。

 すでに、過去に数度、事情によって「継承」が行われなかった前例は存在する。だから、「必ずと言っていいほど行われなくてはならない」というのは誤り。いえ、まあ、スパーダ公爵家の心情としては間違っていないのかもしれないけど。


「おっと、水を差してしまったようで申し訳ありません、続けてください」


 ついつい口を出してしまったけど、グルカさんの説明を邪魔するつもりはなかった。


 それから、グルカさんは継承の概略を説明してくれるけど、おおよそわたしの知っている通りで、つまり「たちとぶ」のクレイモア君ルートやビジュアルファンブックから逸脱した内容ではないのはわかった。


「以上が、『継承』と現在の状況の簡単な整理となります」


 それに対して「ありがとうございました」と簡単に言葉を返す。それにしても、結構な時間を説明していたはずなのだけれど、それでももう1人の隊長は現れない。ずいぶんと時間がかかっているようだけど、余程、新人のけがの程度がひどかったのだろうか。……「たちとぶ」でそんなうわさになるレベルでの大けがは記憶していないのだけど、アリスちゃんやクレイモア君の耳に入っていなかっただけなのだろうか。


「少し、様子を見てきます」


 ククリさんが、わたしとファルシオン様に断りを入れて、部屋を出ていった。さすがに遅すぎるとみんなが思っているからだろう。止める人はだれ一人いない。


「ここまで遅いと、何かのっぴきならない事情があるのかと心配になりますね」


 これは「遅すぎる、なにしてんだ」という意味ではなく、本心から心配して言った言葉だけど、ファルシオン様はそう取らなかったようで、「本当に申し訳ありません」と再度謝られてしまった。

 別に謝罪を求めているわけではないのだけど……。ファルシオン様が謝罪したからといって、その隊長が早く来るわけでもないし、その隊長が抱えているかもしれない事情が早く解決するわけでもない。


「情に厚い性格ですから、けがをした新人に付き添っているのかもしれません」


 仲間を思うことは悪いことではない。しかし、規律、規範を乱してしまうほどなら、少しばかり問題となってしまうこともある。そんなことを言いたげにしているグルカさん。この感じからすると、この隊長がだれなのか、何となく想像できてしまったかもしれない。


 実のところ、わたしが知る騎士団の隊長はグルカさんを含めて4人いる。クレイモアルートのほか、ビジュアルファンブックなどで補足されていた結果知った彼らだけど、その中で、グルカさんの発言に該当しそうなのは1人。


 まあ、わたしの知らない隊長がいる可能性もあるし、「たちとぶ」本編との時間のずれもあるので、隊長が同じ面々とも限らないから絶対とは言えないのだけど。


「事情は当人がくればわかることだ。ここであれこれ言っても仕方がないだろう」


 ファルシオン様はグルカさんにそのように言う。それは「推測であれこれ言っても仕方がない」という注意も含まれるのでしょう。……推測であれこれ言っているわたしにも刺さる言葉なのだけど、まあ、ファルシオン様が意識して言っているわけではないでしょう。


「そうですね、申し訳ありません」


 肩を落としているグルカさんだけれど、まあ、いまある情報から推測して組み立てることも大事なことではある。

 グルカさんを励まそうかどうしようか迷っていたところに、慌ただしい足音が聞こえてくる。ただ、緊急事態とかではなく、単純に急いでいるだけのようだ。どうやら遅れていた人物が来たらしい。


 少し荒いノックに、ファルシオン様が入室の許可を出すと、入ってきた人物はいきなり深々と頭を下げた。


「大変申し訳ございませんでした」


 なんというか、みんな謝ってばかりだ。今日だけで何度「申し訳ない」というのを聞いたか。そう思いながらも、その姿を確認すると、やはり、わたしの知っている人物。


 フランベルジュ。


 ならば、この場の治め方も必然的に思いつく。そういう意味では、彼でよかったのかもしれない。

 フランベルジュは、どういった事情があろうと許されることではないと思っているのか、特に言い訳をするでもなく、こうしたことがあったのだと説明するでもなく、ただ深々と頭を下げているだけ。


 それに対して、ファルシオン様が何かを言おうとする。険しい表情から、芳しくない内容なのは想像に難くない。だからこそ、わたしはそれを遮って言葉を言う。


「待ってください、スパーダ公爵。ここはわたくしに免じて、彼を許してくださいませんか」


 失礼を承知で発したのは、そんな提案。いや、お願いだろう。待たされた側のわたしがそう言えば、ファルシオン様も面と向かっての叱責はできないだろう。


「な、なぜ……」


 と言葉をもらしたのは、ファルシオン様ではなく、頭を下げているフランベルジュの方だった。しかし、聞きたいのはファルシオン様も同じなようで。

 だからこそ、わたしは微笑み言う。


「なぜ、とはおかしなことを聞きますね。フランベルジュ殿、いえ、あえてフランツ殿と呼ばせていただきましょうか」


 頭を下げているにも関わらず、ビクリと体が震えたのがわかった。もしかすると、その顔は驚きに満ちているのかもしれないけど、あいにく見えない。


「領民、いえ、すでにスペクレシオンとして独立しているので、その表現はいささか異なりますが、それでもロックハート公爵領で生まれ育った領民を、このわたくしが許さない道理がありますか」


 領民の失態は、領主の失態でもある。


「じ、自分のことを知っておられるのですか……」


「知らないはずがないでしょう。さあ、顔を上げてください」

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