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177話:継承準備・その1

「理解していただいているのなら幸いです」


 副団長は、現在、クレイモア君についているだろう。そのため、王都を離れざるを得ない。そして、それゆえに、ファルシオン様はここに在中しているのだけれど、だからこそ、継承の準備が進めやすいというのもある。


「しかし、副団長殿とはいつかお会いしたいのですがね、中々機会に恵まれません」


 わたしの言葉は、世辞や冗談ではなく本心だ。副団長のスクラ・マサクスさんとはいつか会いたいと思っているけど、一向に巡り合えない。


 スクラ・マサクス。ちょっと日本人っぽくも聞こえる名前だけど、スクラマサクスという剣が名前のゆらいの人物で、「たちとぶ」本編では、わずかに登場するだけのキャラクターだ。特にこれといった見せ場があるわけではなく、クレイモア君……クレイモアから何度か言及があって、継承の際に一言二言喋る程度。


 では、なぜ会いたいのかというと、ビジュアルファンブックにある文言が気になっているからだ。


――スクラ・マサクス。自覚はないが二属性の魔法使いであり、騎士団の副騎士団長。


 自覚はないが二属性の魔法使い。いや、自覚はないってなんだよと。皆一様に、祈り、属性の確認はしているのに、「自覚がない」とはどういうことか。


 彼はこの国に「4人」しかいない二属性の魔法使いの1人だというのだから、気にならないわけもないだろう。


 4人、そう二属性の魔法使いは4人いる。


 以前に、アリスちゃんに、パンジーちゃんと共に、「複数の属性を使える現行の魔法使いは、わたくしとパンジー様、ラミー・ジョーカー様の3人だけ」、「あくまでいま表に出ているのはという注釈がつくが」と説明した。


 では、残りの2人とはだれなのか。


 その1人がスクラ・マサクス。もう1人は、わたしよりも5歳ほど年下になるガルデニャ・レバー。

 1人は無自覚かつ国防の要である副団長、もう1人は幼すぎる。それぞれの理由から、戦争回避に協力してもらうことをあきらめた。

 現在でもガルデニャに関しては、公表されていない。


「まあ、いずれ機会もあるでしょう」


 ファルシオン様の言葉は、適当なことを言っているわけではなくて、実際、ほぼ警備責任者のような役割もある彼に、公爵であるわたしが会うことはあってもおかしくないのだ。だからこそ、いずれ機会はある。


「さて、お話しということですが、継承に関して協力したいと伺っていますが相違ありませんか?」


 ラミー夫人にそう言う名目でアプローチをかけてもらっていたので、相違ない。まあ、実際、継承に関して協力しようというのも事実だし。


「ええ、間違いありません。スパーダ公爵家に伝わる『ウルフバート』と教訓、家訓の継承を手伝わせていただきたいと思い、ラミー様を通じてお話しをさせていただきました」


 ラミー夫人を通じた理由などは、ファルシオン様も理解しているようで、そのあたりに関しては特に何を言うでもないようだ。


「継承に関して、その内容を知っている人物は少なくありませんが、それをいま行おうとしていることを知っている人はほとんどいないはずなのですがね」


 スパーダ公爵家に「継承」というものがあること自体を知っている人はそれなりにいるのだろう。それこそ、王子ですらも薄らぼんやり聞いたことがあるという程度には、軽い情報である。


 しかして、それを現在執り行おうとしていること自体を知っている人がどれほどいるかはわからない。そもそも、わたしとしても、お兄様のイベントが起こったうえで、次にだれかのイベントが起こるとして、クレイモア君がいま遠出させられているという状況を踏まえての推測でしかない。


「まあ、スペクレシオン公爵に対して、なぜやどうしてと考えるべきではないと助言を受けていますので問いはしませんが」


 助言……、ラミー夫人か陛下か、その両方か。とにかく、本人の前で言うべきではないと思う。まあ、言われたところできにはしないけど。このあたりも、ファルシオン様の実直な性格が出ている……のだろうか。


「ですが、まず、『手伝う』というのがどのようなことなのかを説明していただけますか」


 ああ、なるほど。手伝うといってもいろいろある。むしろ、それが邪魔になる場合もあるでしょう。特にクレイモア君の継承のための試練なのだから、簡単になっては意味がない。だからこそ、確認したいのだろう。


「ええ、構いません。何も、継承を楽にしようなどと思っているわけではありません。継承をあるべき形で執り行うための手伝いをしたいと言うだけです」


 この継承、「たちとる」でのウルフバートのエピソードでは特に言及されていなかったから、その後に何らかの事情で執り行われるようになったのか、それともその後の世代で出来たのかは知らないけど、「たちとぶ」の時代になる頃には、ある程度のルールというかしきたりというかができていた。


「あるべき形ですか……」


「ええ、殿下は……、話を通せばわかってくださると思いますが、それ以外に大きな動きがないとも限らないでしょう。そのために、平時とは異なる警戒網を隊長たちと練っていらっしゃるのは存じていますから、その手伝いをさせていただきたいのです」


 もちろん、これは考えている手伝いの1つに過ぎない。継承というものを行うからには、クレイモア君がとりあえずフリーになる必要がある。だけど、それだけではない。継承に関係する場所には、何かあったときのために騎士を割かなくてはならないのだ。そうなると、どうしても、平時とは異なる巡回ルートであったり、警戒の仕方であったりが必要になる。


 特に、そんなときに、王子がどこかに出かけようものなら阿鼻叫喚だ。ただでさえ少ない騎士たちが分散して、王都の守りはガタガタになってしまう。


 王子だけではない、ほかの貴族たちなんかも含め、何か厄介ごとが起きると、それだけで騎士は大変だ。

 だからといって、他所から兵力を借りることはできない。例えば、ジョーカー公爵家など、借りられるあてはあるだろう。でも、スパーダ家の継承というのは国の重要な儀式というわけでもなければ、絶対に行わなくてはならないことでもない。


 あくまで、スパーダ家が独自の事情によって、自分たちのために行っていることである。そんな私情のために、ほかの貴族に迷惑をかけることなど、許されるはずもない。


 この場合、許さないのは、ほかの家ではなく、スパーダ公爵家自身が許さないという話だ。それゆえに、この継承の取り決めにも、そのような趣旨が明記されているとか。


「具体的にはどのように?」


 継承というのは、簡単に言ってしまえばロールプレイングゲームにおけるおつかいクエストのようなもの。そんなふうに言っている人は多かった。

 Aの村から薬草をもらってきてくれという依頼で、Aの村に行ったら、魔物に襲われていて薬草はないらしい。魔物を倒したら、薬草を育てるためにはBの村の清らかな水が必要だが、この村は魔物によって疲弊しているから代わりに行ってきて欲しい。Bの村についたら清らかな水は汚染されていて……、とこんなふうに、あちこちをたらいまわしにされるわけだ。


 もちろん、継承に際して、そんな都合のいいようにたらいまわしになる偶然が起きるはずもない。

 あっちの詰め所からこっちの詰め所へ、今度は別の場所へとあちこちを移動させられるわけだ。もちろん、意味もなくそんなことをするわけではない。場所の移動というのには、最適なルート選択が必要になる。


 有事の際に、すぐに駆け付けられるように、王都での最適なルートが確保できるのは騎士として当たり前のスキルだ。その当たり前ができているかを確かめるための試練でもあるのだ。ある程度、それができているとわかれば、今度は道をふさいで通れない場合はどうするか、と、まあそんな感じで、進んでいくわけだ。


 ここまでは1人でどうにでもなるのだけれど、進んでいくと、そのいわゆる「おつかい」の内容が1人では難しいものになっていく。ここで、部下なり友人なりに協力してもらうのが普通。歴代公爵の中には、1人で無理やり突破した人もいるらしいけども。


 ここでわたしが手伝うのは、この「おつかいクエスト」自体の構成だ。


「つまりは、こういうことです」


 わたしが提示するのは、王都の地図に示したいくつかのルート。

 そう、面倒くさいからルートをわたしに都合のいいように設定して、手早く終わらせようというのが狙いだ。


「これは、道筋の変更ですか。ですが……」


「順序をこちらに変え、目的地を東区画から南区画に移すことで、動員する騎士の数が減ります。それから、こちらの西区画の通りですが、以前から整備の申請が出ていた通りです。それを組み込めば、負担なく封鎖をしていただけます」


 行かせる場所を絞らせることで、同じ騎士が次の場所も対応できるようになる。というか、これに関しては、わたしが言わなかったとて、おそらく、近い形になった。まだ、詰めきる前だからこそ、チクチクと指摘しているけど、たぶん、実際にクレイモア君が通るときはもっと洗練されている。まあ、わたしの案のほうは、都合のいい順路にしている分、微妙に異なるものになったかもしれないけど。


 ただ、整備予定の道と組み合わせるのはわたしの案。そうすることで、業者が封鎖してくれるのだから、騎士を割く手間が省けるし、公共事業も進むしで一石二鳥。


「と、まあ、このような修正案などを出して、できる限り、動員人数を減らし、かつ、あるべき形で執り行われるようにする手伝いです」


 ファルシオン様は、自分たちのルートと見比べて、唸っていた。もちろん、わたしのルートが完璧かといえば、そう言うわけでもない。ファルシオン様から見れば穴はいくらでもあるでしょう。

 でも、それでいい。


「分かりました。この順路を採用するかどうかは別として、その申し出、受けましょう」


 ファルシオン様がため息をつきたそうにしているのは、外部の人間……、わたしの協力を得ることが本当にいいのかどうなのか、葛藤しているからなのだろう。


 ただ、結果として、協力を得るほうが国のためとして正しいとして、受け入れたのでしょう。

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