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176話:プロローグ

 クレイモア・スパーダ。


 礼儀正しく、真面目で、忠義に厚く、騎士道の規範に従う騎士の中の騎士。


 ゲーム屋のPOPや適当な紹介サイトの一言説明にありそうな文だけど、おおむね、彼という人物を表すのには間違っていない言葉。


 「たちとぶ」……「銀嶺光明記~王子たちと学ぶ恋の魔法~」というゲームにおけるクレイモア・スパーダという人物を表すのなら、それで事足りた。

 だけれど、この世界に生きるクレイモア君を指し示すにあたっては、「間違っていない」止まりの言葉である。


 ただ、いま起きようとしていることに必要な情報は、ゲームにおけるクレイモア・スパーダのルート。


 クレイモア君……、いや、クレイモアは真面目で騎士に徹し、貴族を立てる。それゆえに、人に頼られることはあっても、人を頼ることはなかった。


 公爵の息子として、貴族として、騎士として、そして騎士を束ねるものとして、さまざまな立場を踏まえ、頼るわけにはいかなかったというべきなのだろうか。そんな彼が唯一、対等に接することができたのは、くしくも平民の出自である主人公、アリス・カードだった。


 そんなクレイモアは、銀嶺(アルゲントゥム)山脈で、アリスと共に過ごしたあと、人生最大と言ってもいい難関に立ち向かわなくてはならなくなってしまう。



――継承。



 スパーダ公爵家には初代であるウルフバート・スパーダから代々、「ウルフバート」と呼ばれる剣と家訓を継承する習わしがある。その継承のための試練、それが大きな壁となって、クレイモアの前に立ちはだかったのだ。


 だれを頼ることもなく生きてきた彼だからこそ、行き詰まり、つまずいた。


 そんなときに彼に声をかけたのがアリス。彼女は、頼ることのできなくなっていたクレイモアに「頼ること」を改めて教え、継承と共に、成長をした。




 さて、ここで、スパーダ公爵家とは何なのか、騎士とは何なのかを改めて説明する必要があるだろう。


 スパーダ公爵家は、2つの兵力を有する。いや、この言い方には語弊があるのだけれど、実質、間違っていないといえる。


 1つは王族のプライベートを守る警護。以前、王族や王城の護衛を騎士が担っていると説明したことがあるが、それは公的な護衛であり、入れ替わりなく、常にそばで警護している一部は、スパーダ公爵家が、そのためだけに保有する警護隊のようなものだ。


 もう1つが、先にも出した騎士。こちらは有するという言い方は語弊があり、正確には統括している、あるいは権限を有しているというべきなのだろうけど、その辺りはどうでもいいだろう。こちらは、先の役割のほかに、一部貴族の護衛、王都や周辺の警戒、国境の警備、衛兵長の派遣など、あげればキリはない。


 この騎士を統括するスパーダ公爵家。


 初代ウルフバート・スパーダは、アダマス・ディアマンデの護衛を勤め、その功績により、公爵となり、王族の傍らにあることを約束し、約束された一族。


 現在の当主であるファルシオン様は、固く、真面目で、使命や役割は実直にまっとうする人物。幼いころから、クレイモア君と同じように、騎士としての使命に燃え、育ってきた。そんな彼であったけど、クレイモア君と違って、人と共に歩む、だれかに頼るということを行ってきたのは、ひとえに妻であるカトラス夫人の影響だろう。


 カトラス・スパーダ夫人、旧姓でいえばカトラス・マチェーテ。カットラスといえば、なんか海賊が持っている湾曲した剣で、マチェーテはそれに似た形の鉈らしい。スパーダ家関係だけあって、名前が剣ゆらいだ。


 ファルシオン様とカトラス夫人は、いわゆる幼なじみに近く、それでいて、夫人は非常に剣の腕が立った。それこそ、ファルシオン様と戦っても四割の勝率を誇ったとかなんとか。まあ、ファルシオン様が女性と本気で戦うところが想像できないので、そのあたりも含めて、どこまで真実なのかは、ビジュアルファンブックにも書かれていない謎であるのだけれど。


 そんなわんぱくともいえるカトラス夫人がいたからこそ、ファルシオン様は、一人で突っ走るようなことはなかったのだけれど、クレイモア君には、同年代でそういう存在がいない。


 異性がどうとかではなくて、互いに切磋琢磨していくような騎士の友人が。周囲にいたのは、王子をはじめ、立てる対象である貴族ばかりであった。






「このような場所にお運びいただき、申し訳ありません」


 ファルシオン様が頭を下げるが、わたしは「構いません」と言い、彼が頭をあげるのを待った。本当に申し訳ないと思っているであろう、深々としたお辞儀に、苦笑してしまいそうになるのを堪える。


「わたくしのほうから話を持ち掛けたのですから、気にも留めていませんよ。それに、このような場所を見学する機会も中々ありませんから、これはこれで楽しくもあります」


 わたしが、いまいる場所、それは、騎士団の詰め所である。それこそ、見学させてくれと言えば、いつでも見学できるのだろうけれど、そうした機会も中々なく、できる範囲というのも限られているのだから、こうして、詰め所の奥の奥にまで入れるという機会もめったにない経験である。


「粗茶でございますが」


 そう言って、女性がわたしにお茶をくれる。ファルシオン様のほうにもカップが置かれた。騎士団に女性がいないわけではない。それこそ、騎士としての女性は珍しいかもしれないけれど、いないわけではないし、騎士団には騎士以外もいる。


 もっとも、わたしにお茶を淹れてくれたのは、それに当てはまらない人物であったのだけれど。

 このまま、ファルシオン様がかしこまった状態だと話にならないし、ここは彼女を出汁に、しばらく別の話でもして、ほぐしていくとしますか。


「わざわざ、わたくしが来るからとお呼びになったのですか?」


 わたしの問いかけに、ファルシオン様も彼女も、しばし黙った。そして、彼女はなんと言ったらいいのか、あいまいな顔で言う。


「騎士団にも女性はいますので、女性が接客にあたるのは特別なことではありませんよ」


 騎士団は男所帯と想像する貴族も中にはいるということか、あるいは平民のイメージのほうだろうか、そう言う質問にも慣れているのだろう。だから、わたしが「わざわざ女性を呼んだのか」と言ったのだと思ったのかもしれない。


「それは存じています。わたくしが言いたいのは、わざわざわたくしが来るからと、元騎士であるあなたを呼んでくださったのですか、ということです」


 彼女はククリ・コピシュ。元騎士だ。現在は、コピシュ家に嫁いでいるため、騎士を引退している。生まれも貴族であるし、礼儀作法はしっかりしているため、新米とはいえ公爵に対して失礼のないように、わざわざ呼んでくれたのかという意味だ。


「この方は、こういうお方だ」


 少し呆れたニュアンスの入ったファルシオン様の声。いや、どういうお方だよ、というツッコミは心にしまって、あらためて彼女に話しかける。


「ククリ・マチェーテ様、いえ、いまはコピシュでしたね。改めまして、わたくしはカメリア・ロックハート・スペクレシオン。よろしくお願いいたします」


 マチェーテという姓からわかるように、彼女はカトラス夫人の親族……というか妹だ。双子でグルカとククリ。カトラス夫人の弟と妹。そういう意味では、比較的、ファルシオン様が呼び出しやすい人物なのだろう。


「も、もっと気軽にお呼びください。こちらこそ、ぶしつけなことを申しました。ククリ・コピシュです。よろしくお願いいたします」


 少し意地悪な言い方をしてしまったかもしれないけれど、これに関しては、ファルシオン様の気を少しでも和らげるためだ。ククリさんには、あとで謝っておこう。いや、謝ったら謝ったで厄介なことになりそうな気もするけど……。


「スペクレシオン公爵。彼女はともかくとして、これから幾人か顔を見せるかもしれない騎士に関しては、どうかもっと気軽に呼んでください」


 ファルシオン様からそう言われた。彼女はともかくとして、というのは、ククリさんはすでに騎士ではないことやコピシュ家に嫁いでいるからだろう。ここで、彼女も含めたら、コピシュ家を軽んじていることになりかねないので、「彼女はともかくとして」とククリさんが除外されたわけだ。


 もちろん、わたしとしてもそのあたりの分別はついているうえで、だからこそククリさんは、そう呼んだわけだけれど、ここでわかっていてそう呼んだのですとかどうとか言っても、無駄にこじれるだけなので、素直にうなずいておこう。


「わかりました。気を付けます」


 騎士には平民上がりも多い。それに何より、騎士としての立場というものもある。だからこそ、無駄にかしこまっていない呼び方をすることも大事なのだ。


「それにしても、再度にはなりますが、このような場所に足を運んでいただくことになって、申し訳ありません」


 言い直したことには、意味がある。まあ、最初のが本当に挨拶的な意味での謝罪であったのなら、こちらは、説明の前置きとしての謝罪だろう。まあ、わたしは、おおよそ、なぜこうなったのかもわかっているからこそ、平然としているわけだけど。


「副団長が離れているいま、騎士団を手薄にするわけにはいかないことくらい理解していますので、謝罪は不要です。何度でも言いますが、この度の話を持ち掛けたのは、わたくしのほうなのですから」


 騎士団の内情というのは、ほとんどがつまびらかに明かされている。もちろん、警備ルートであったり、犯罪者の情報であったり、公開してはいけない情報はきちんと伏せられているけれども。


 なぜかといえば、兵力だからだ。


 騎士団とはこの国の警護の要である。それゆえに、あり得ないことではあるし、あってはならないことではあるけれど、スパーダ家ないし、騎士たちが反逆をもくろめば、一気に国が瓦解するだろう。


 もちろん、そんなことはあるはずもないのだけれど、だからといって危惧しないわけではない。だからこそ、透明性の確保というか、なんかもろもろの観点から、結構なことが公表されている。


 だから、わたしでなくとも、副騎士団長が不在なことはわかるだろう。そして、わかるからこそ、騎士団を手薄にすることはできないのだ。

 その隙を突こうとする厄介者たちへのけん制を含め。


 だからこそ、しばらくは、ファルシオン様もここを離れることができないのだろう。まあ、ここにいるほうが、ファルシオン様にとっても、都合がいいというのもあるけれど。

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