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175話:記憶の残滓・その3

 これから先の「わたし」たちがするべきことを聞いたあと、ミザール様はフェリーに何か話をしている。「わたし」には意味の分からない言葉だけど、おそらく、何か意味のあることなのだと思う。


「それで、彼らの残した『幸せ』は見つかりましたか?」


 フェリーに向けられた言葉。「幸せ」とは何だろう。もちろん、言葉的な意味ではなくて、この場合の指している「幸せ」が何かってことだけど。まるで、「もの」であるかのように聞こえる。


「1つだけ」


「どれでしょう」


 1つや「どれ」という表現から複数あるのは推測できるけど、それ以上の具体的な内容はまったく見えてこない。


「妖精の……、『ルイの遺産』であるシャンスは見つかりましたが、あれは回収するとかそういうものではありませんから」


 それはつまり、「回収する」ものもあるという意味でしょう。まったくもって、意味は分からないけれど、そう言うことだと思う。


「そうですか、あなたを含め『後世に残る13の幸せ』は、良くも悪くも様々な形ですから」


 それはつまり、フェリーもまた、その「幸せ」の1つ。遺産というからには、だれか、あるいは何かの残したものだとは思うけど。


「ああ、そう言えば、伝聞でしかありませんが、異なる大陸で『ラルムの遺産』である魔槍、フォルトゥナらしきものの話が出たと聞きました」


 その魔槍とやらも、お仲間というか、同じ分類のものなのだろう。確かに、槍なら「回収できるもの」ではあるし。


「フォルトゥナですか。カリティヒよりも先にそちらが見つかるとは……」


「確かに、あれほどわかりやすいものはないでしょうが……」


 なんかさっぱり話についていけないので、「わたし」がぼーっと話が終わるまで待っていると、余程暇そうにしているのが顔に出ていたのか、フェリーが唐突に話を振ってくる。気を遣わなくてもいいのに。


「そうですね、エラキス。あなたは、この世界のもっとずっと前の時代。言うなれば神代の時代から、このいまの時代にまで残り続けているものがあると言われたら信じますか?」


 いまよりもずっと前のもの?


 まあ、あってもおかしくはないんじゃないの。確かに形あるものは、いつか崩れてしまうものだけれど、化石だったり、遺跡だったり、残っていないわけではない……と思う。


「かつて、古き時代に、13人の力持つものたちがいました。その名前は、いまも星として残されています。そんな彼らは、後の世を生きるもののために残したもの、それが『後世に残る13の幸せ』です」


 ミザール様が説明してくださるけど、それはご大層な人がいたものね。そういえば、さっき神と戦った人がいたような話をしていたし、もしかすると、そういう人なのかもしれない。


「形は武具から何から様々なものがあります。例えば、エラキス、この国の南西にできつつあるツァボライト王国を知っていますか?」


 そうフェリーに聞かれるけど、まあ、確かに知っている。その国の報告はあがってきていた。だけど、それが何だというのか。


「あの国ができた土地こそが、妖精座の……『ルイの遺産』であるシャンスなのです」


 形は様々と言ったけれど、よもや「土地」もあるとは思わなかった。そりゃあ回収する、しないの話ではない。そもそも土地を回収するってなんだ。フェリーがずっと統治していられるわけでもないでしょうし。


「あの土地は……、悲劇でしたが」


「グロッシュラー……、そうですね。悲劇的で、それでいて、いまもなお、『呪』を残しています」


 なんか、「幸せ」がどうのと言っていたのに、「悲劇」だの「呪」だの、暗い言葉ばっかりだ。


「エラキス。『幸せ』であっても、使い方を間違えれば『不幸せ』になります。あるいは、だれかの『幸せ』が、別のだれかの『不幸せ』になることだってあるのです」


 まあ、確かに、それにだれかを「不幸」にすることに「幸せ」を感じるような頭のおかしい人たちも一定数いるのは事実だし。


「彼女たちとしては、正しく振るわれ、皆が『幸せ』であるために残したのでしょうけれど、世界はそううまく回らないということでしょう」


 どうでもいいけど、ミザール様は「彼ら」と称し、フェリーは「彼女たち」と称す。おそらく、同じ人物たちを指しているけど、その違いは、フェリーはだれか知人の「彼女」を中心に置いた「彼女たち」、ミザール様はおそらく男女比率なのかリーダー的存在が男性なのかは知らないけど、俯瞰的に「彼ら」としているのだとは思う。


「フェリーもその『幸せ』ってやつの1つなんでしょう?」


 ミザール様の物言いを考えればそうなのだと思う。でも、じゃあ、フェリーは神代から何をいままで残しているのか。人であるというのなら「血」とか「意思」とか「魂」とか、そんなものかな?


「ああ、そうですね。私は『レアクの遺産』、……聖女ファウツァ=イブマキー・レアクの残した人形です」


「人形……。通りで見た目が変わらないわけね。若作りの秘訣を聞こうと思ってたのに」


 でも、人形って言われても、見た目はまったく人間にそん色ない。お風呂に入ったときも、普通の人間だったし、ご飯も食べれば、トイレにも行く。人形……?


「本来は断りたかったのですがね。あなたを後世に残すというのは……」


 ミザール様の「やれやれ」とでも言いたげな声。でも、実際に残っているということは断れなかったということだと思うけど。


「先にも聞いたように、私は異方から落ちてきた存在です」


 そういえばそう聞いたような。「異方の庭から落ちてきた」とかどうとか。まあ、よくわからないけど、遠いところから落ちてきたってことでしょう。


「そういう意味では、ロンシィのような変革者よりも異質。本当の意味での『漂着物』なのですよ、あなたは」


 漂着物、流れ着いたもの。まあ、落ちてきたって言っているから「落着物」とかのほうが正しいのかもしれないけど。


「それゆえに、できれば元の場所に戻っていただくのが最適だったのですがね」


 ミザール様がため息をついているように、そんなことを言うあたり、神々ですら、フェリーを元の場所に帰すことはできなかったのだろうか。


「園長に拒否されてしまいましたから。上位個体の命令系統には逆らえないので」


 どうやら、神々の力的な意味合いではなく、フェリーの元いた場所の人に拒否されたらしい。相当厳しい場所なのだろうか。「一度どっか行ったやつはいらん!」みたいな。


「上位個体?」


 偉い人って意味なんだろうけど、まるで人間ではないような言い方だから、少し引っかかってしまった。その人も人形なのだろうか。いや、人形だったら人ではないわけだけど。


「えっと、そうですね。私たちは人形……、正確には魔導動力を核にした『ホムンクルス』と呼ばれる種ですが、生まれた順に、序列があり、先に生まれた『ホムンクルス』や上位に設定された『ホムンクルス』に逆らうことはできません」


 つまりは、年上や偉い人には逆らえないよっていう、まあまあ普通のことのような気もするけど、言い方からして、反意を抱くことすらできないという感じなのかもしれない。


「私は神剣(かむらぎ)参弐花(みつか)。序列は32番目です。園長……、序列1番には絶対に逆らうことができませんから、蕾園(あそこ)に戻ることはできません」


 フェリーの言っていた本名。それがカムラギ・ミツカ。変わった語感。少なくともこのあたりでは聞かないような言葉だ。別大陸にはもしかしたらあるのかもしれないけど……。


「魔導動力っていうのは、ずっと動いているの?」


 神代の時代から残っているというのだから、「わたし」たちで言うところの心臓が止まるようなことはあるのかと。


「基本的には、睡眠や食事で生み出すことのできる魔力で賄えるので、それが停止することはありません。過剰負荷(オーバーロード)でもない限りは。素体、器としても、頑丈に作られていますから」


 ああ、じゃあ、食事や睡眠なんかは、普通に「わたし」たちと同じように生きるために行っていることでもあるのか。まあ、年を取らないのはズルいけど。


「じゃあ、もし、そのオーバーなんちゃらってのになった場合は、どうすればいいの?」


 人間と同じように、それで終わりなのだろうか。それとも、「人形」と称するぐらいなのだから、なにか手法があるのか。


「……この世界の、いまの技術では難しいでしょう。あるいは、魔力を外部から供給できればどうにかなりますが」


 方法がないわけではないけど、無理ってことなのだとは理解した。あるいは、将来、それこそ、フェリーたちの時代が「神代の時代」と言われているくらいに、「わたし」たちの生きているいまが遠い過去になるくらい先の未来なら、もしかして叶うのかもしれない。


「まあ、『わたし』が生きているうちにそんなことになったら、意地でも手段を見つけてあげる」


「そんなことがあったらですけどね」


 まあ、「わたし」よりもフェリーのほうがずっと長生きするだろうから、そんな機会はないでしょうけども。


「それにしても……、『後世に残る』か。『わたし』も何かを後世に残せたらいいなあ」


 フェリーみたいな何かを残せるとは思っていないけど、それでも、何かを残すことができたのなら、これから先の時代を生きていく人々のために何かができたのなら、それこそ、それほど「幸せ」なこともないだろう。


 そう考えたら「後世に残る幸せ」とは、もしかすると、「後世へと残した幸せ」であり、それでいて「後世に残すことができたことに対する自分たちの『幸せ』という感情」でもあるのかもしれない。


「少なくとも名前は残るでしょう、王妃様」


 フェリーが少し茶化し気味に言ってくるけど、ふむ、確かに。少なくとも、「わたし」の名前と「聖女」とか言うふざけたあだ名は、このままだと後の世にまで語られてしまいそうだ。別に嫌というわけではないけれど。


「もっと、別の何かを残したいわ」


「もしかすると、あなたの意志は子々孫々と受け継がれて、残るかもしれませんよ。人々を思う、あなたの意志が」


 そんな高尚なものではないんだけどね。まあ、でも、名前やあだ名なんかよりは、全然、そのほうが嬉しいかもしれない。「わたし」の意志を受け継いで、何かをしてくれる、そんな未来への思いを残せるのなら。


 さて、未来……、うんと先のとまでは言わないけど、数十年、数百年先の未来は、どうなっているのかしらね……。


「そろそろ、この度の対話は終わりです」


 ミザール様の言葉と共に、視界を白のまぶしさが埋めていった。

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