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174話:事件のその後・その3

「こちらの大陸では、呪術……、魔法の研究がかなり進んでいるんですね」


 ミズカネ国の話をずっとしていたので、今度は逆に、シュシャからこちら側に対する話題提供というか、聞きたいことを聞くというような流れになっていた。


「そうですね、とはいえ、ミズカネ国でも十分に魔法の研究はされていましたよ。方向性はだいぶ異なりますが」


 神の代行として、ありのまま力を行使する傾向が強いミズカネ国ではあるものの、それらの研究が全く進んでいないわけではない。


 ディアマンデ王国での研究のような生産的な研究ではなくて、いわば、奇跡を奇跡たらしめるにはどうすればいいのかというような趣旨である。


 神の代行というのは、すなわち、奇跡の体現者ともいえるが、それこそ「セードー派」の考えではないが、神が直接行うのではなく、代行させるということは代行させるだけの理由がある。

 つまり、人が神の代理をする根源的理由を模索し、どう扱っていくのかという考え、研究はされている。


「ああ、星辰砂院(せいしんしゃいん)のことですか」


 星辰砂院。なんか、正式名称はものすごく長かったような気がするけど、結局のところ、おおよそそう呼ばれているので、まあ、正式名称なんてどうでもいい施設。

 ちなみに、現在の……、いや、あくまで、「水銀女帝記」通りならの話ではあるけど、現在の院長は、攻略対象の一人である。


「せいしんしゃいん?」


 アリスちゃんが間の抜けた言い方をするけど、まあ、こちらの国にはない単語のようなものだから、言葉から意味を推察しろというのも無茶な話だ。


「魔法と錬金術を研究している場所の俗称です」


 正確に言うのなら呪術と錬丹術であるけれど、それをわかりやすく、こちらの言い方に直すとそうなる。いろいろと違いはあるけど、まあ、わたしも詳しく知っているわけではないし、くどくどと説明する必要もないでしょう。


「星辰砂院の研究は、この国のものとはまったく仕組みも目的も異なりますけど」


 シュシャの言うことは、おそらく、ミズカネ国の「一般人」が知る範囲のものであって、それこそ院長がメインで行っている研究などは、どちらかというと、この国の研究プロセスに近いものがある。


「それこそ、目的が違うのですから進んでいるも何もないとわたくしは思いますけどね」


 そんな話を突っ込んで話したところで、水掛け論になりかねないので、そうは言いつつも、シュシャから振られた話題であるところのディアマンデ王国の魔法研究について話題を戻していこう。


「確かに、他国の研究状況が明確にわかっているわけではありませんが、この国に研究は進んでいると思います。しかし、進んでいるからこその弊害もあります」


「先日の危険な研究の件ですわね」


 パンジーちゃんがちょうどいい合いの手を入れてくれた。もっとも、そこまで大っぴらに研究の内容まで伝わっているわけではないのだろうけど、それでも、危険な研究が行われていたという事実はすでに広まっていることだ。


「そうですね、魔法という力は使い方によっては、とても危険です」


 なぜかパンジーちゃんから「あなたが言うのかしら」とでも言いたげな視線が飛んできたけれど、それに気づかないフリをして、話を続ける。


「研究が進むということは、必然的にそうした危険な使い方というものがどうしても出てきてしまうのです」


 別に、それが間違いだとは言わない。危険な研究が必要になる場合もあるとは理解している。もっとも、人の命を危険にさらすような実験を許容するという意味ではないけれど。


「では、カメリアは魔法の研究が進まないほうがいいと考えているということですか?」


 シュシャの言葉にわたしは首を横に振った。


 さすがに、そんなわけはない。魔法の研究が進むのはいいことであると思うし、その必要性は理解している。


「危険な研究がすべて悪かと言えば、それは異なります。それに、時勢や場合によって、それが必要になることも出てくるでしょう」


 それこそ、戦争なんてことになったら、必然的に危険な研究が必要になってくることもある。まあ、その場合、それこそ、人命を危険にさらすような実験で、いたずらに人的資源を消費することはないでしょうけど。


「ですから、それらを加味して、研究の有用性などを考慮して、研究の是非を判断することが大事になります。それこそ、今回の研究などは上を通さず、自分たちで秘匿して研究していたからこそ起こったことですしね」


 陛下なら、それを正常に判断できるだけの理性があるでしょうし、そもそも、陛下だけではなく、そのほか多くの人物が判断して物事は動いている。


「つまり、必要なのは『見極める力』だと?」


「まあ、そうですね。それがなくては、おそらく研究が上手く進んでいかないでしょう」


 そう言う意味では、この国は初代アダマス王の頃から、そのへんの機微というか分別はついた人が多かったこともあって、いまのように形成されているのでしょう。


 それに、やはりここでも影響してくるのはメタル王国時代。メタル王国という統一期間があったからこそ、おそらく、この大陸の基礎水準は、別大陸に比べて高まっていると思う。そこから先にどう分岐したのかで、国ごとの発展度合いは異なるでしょうけど。


「わたしは、ほかの国を知らないんですけど、この国だけの研究みたいなものもあるんでしょうか」


 アリスちゃんの疑問。確かに、アリスちゃんはほかの国を知らないでしょうけど、それはわたしも似たようなもの。パンジーちゃんもでしょう。かといって、シュシャも当然知っているはずもない。


「1つ、確かなものはありますけれど、ほかにもっとあるのでしょう?」


 パンジーちゃんがそんなふうにわたしに言ってくるけど、わたしに何を期待しているのか。そもそも、1つあるって……。


 そこまで思って、理解した。パンジーちゃんとわたしで共通するもの。そう「複合魔法」の研究に関してはディアマンデ王国だけのものでしょう。あるいは、ほかの国でも、どうにかこうにか研究はしていても、実現できた人はいない。


 そう言う意味では、この国だけの研究と言えるでしょう。


「そもそも、魔法研究の多くは部外秘と言いますか、国の重要な資産ですから、他国の人間がおいそれと知れるものではありませんからね。かくいうわたくしでも、ファルム王国やミズカネ国はともかく、それ以外に関しては本当に詳しくないので、『複合魔法の研究』のような例外を除けば、確実にこの国独自のものと言い切れるものはありません」


 ちなみに、ファルム王国に関しては「たちとぶ2」の知識であるため、かなりディアマンデ王国から接収した研究も多いので、どこまでがファルム王国独自の研究なのかもわかっていなので、比較に使えない。


「2国知っているだけで、十分におかしいと思いますけれどね」


 パンジーちゃんが呆れ顔で言うけれど、まあ、返す言葉もない。実際、知っているほうがおかしい。もっとも、わたしの場合は、それ以上に知っていたらおかしい事情を山ほど知っているのだけれども。


「では、先日の危険な研究、実験のようなものを、ほかの国ではもっと行って、実用的になっている可能性もあるということでしょうか?」


 確かに、可能性としてはゼロではない。ただ、それはおそらくないといえるでしょう。


「似たような研究や同じくらい危険な研究が行われている可能性は否定できませんが、あの研究が他国で実用化していることは、おそらくないでしょう」


 まず否定材料の1つ目として、あれが完成していた場合、国々のバランスはとっくに崩れている。そのような動きがないことから、その可能性はないといえる。

 もう1つの否定材料として、使われていた技術が高度すぎる。少なくとも、現在の魔法研究の水準から著しく抜きんでている。あれを可能にしている国があるのなら、それこそ魔法王国とでも言うべきか、もっとうわさに聞こえてきているはずだ。


 だから、同じくらい危険な研究はともかくとして、あの研究をほかの国がやっている可能性はほとんどないと言っていいでしょう。


「まあ、カメリアさんが言うのならそうなのですわね」


 パンジーちゃんは根拠も出していないわたしの言葉をあっさりと呑み込んだらしい。一方、疑問の発信者であるシュシャは何かを考えているようだったけど、特に何か言ってくるでもなかった。


「カメリア様ならおひとりで、ほかの国にはないような研究をなさっていてもおかしくないと思っちゃいますけど」


 アリスちゃんはわたしを何だと思っているのだろうか。いや、まあ、アリスちゃんからすれば、魔法の研究というものの具体性というか、プロセスとかそう言ったものもわかっていないからこその発言なのだとは思うけど。


「わたくしだけで出来る研究などたかが知れていますよ」


 それに、ある程度までならともかく、変に干渉しすぎると、アルコルの言うところの「この時代には早い技術」というものの領域に行きかねない。まあ、複合魔法の研究をしている時点で手遅れ感はあるのだけれど。


 パンジーちゃんが微妙な顔をしていたのは、「三属性の複合魔法の研究とか独自でしているじゃないの」と言いたいのだろうけど、あれは既存の研究の先の話だし、そもそも、わたし以外にそれが可能な人間がいるのかもわからないし、この先、それを研究として堂々と発表するつもりもないものだから。


「カメリアは、ミズカネ国での研究を知っているといっていましたが、それを踏まえたうえで、魔法の面でミズカネ国とこの国で交流したときに、ミズカネ国が得られる益はありますが、この国には益があると思いますか?」


 なるほど、ようするに魔法研究後進国と言えるミズカネ国と交流するうえで、魔法研究麺でディアマンデ王国にメリットがあるのかと。


「最初にも言いましたが、お互いの国で、研究の目的が異なるのです。そう考えれば、お互いに補い合うことは十分に可能です。どちらにももちろん有益な部分はあると思いますよ」


 方向性が異なるということは、見ている部分が違うということでもある。そう考えれば、「新たな発見」というものがあるでしょう。


「そういうものですか……」


「ええ、そういうものです」


 多分、シュシャはシュシャなりに、ミズカネ国とディアマンデ王国の交易、交流として、互いにどうしたものが得られるのか、渡せるのかというものを考えているのだと思う。

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