173話:事件のその後・その2
お兄様のイベントの件……、つまり今回の事件についての一通りが終わって、ようやくわたしは、まともな学園生活を再開できた。何せ、早々にお兄様がイベントを発生させたために、そこからしばらくは、いろいろと動きながらで、ちまちま通っていたものの、講義のあとはすぐに帰って仕事みたいな状況だった。
それが終わり、公爵としての仕事も一段落していたので、わたしは、久々に友人たちとゆっくりお茶をしている。
「確か、別の大陸では、魔法の教えも異なると聞いているのだけれど」
そんなふうにシュシャに問いかけているのはパンジーちゃん。この場には、わたしとアリスちゃん、シュシャ、パンジーちゃんの4人がいる。
「ええ、呪術は、神の代行としての力ですから」
呪術、呪う術。それは、ミズカネ国で主流となっている考え方である。
「あくまで、その考えは『ミズカネ国での考え方、教え』であって、大陸そのものですと、もっと幅広い考え方がありますけれどね」
と、わたしが補足する。と言うよりも、この大陸が例外的であって、本来は、地域、文化によって異なってしかるべきなのかもしれない。
なぜ、この大陸が例外的なのかというと、メタル王国時代の名残である。「ととの」のことを考えると、それこそ、魔法が未熟、浸透しきっていないこともあったでしょうけど、大陸全土で共通の教えと言うわけではなかった。
でも、メタル王国の建国によって、大陸が統一されたことで、そうした宗教観念や文化性が、ある程度共有されたこともあり、この大陸では「魔法とは神から与えられたもの」という考え方で浸透しているのだ。
「そうなんですか?
でも、どんなものがあるんでしょう?」
アリスちゃんの純粋な疑問がシュシャに向けられるけれど、彼女はその視線をわたしへと向けた。まあ、皇帝になった彼女ならともかく、平民として育ち、そのままこの大陸に放り込まれた彼女に説明を任せるのは酷か。
「そうですね、まず、ミズカネ国のある大陸には、もちろんミズカネ国以外の国も存在します。もっとも、あの周辺の国々で、大海を渡れるほどの国力を持つのはミズカネ国くらいですから、この大陸にはほとんどと言っていいほど情報は入ってきませんが」
それには様々な理由があって、山であったり、内海であったり、砂漠であったり、それぞれの事情で国力がさほど高くない。
その点、ミズカネ国は北と西に山があるものの、国土に平地の割合も多く、周辺の国の中では抜きんでて国力が高い。
というのは「水銀女帝記」でも、散々言われていたこと。まあ、なので主観的というか、ミズカネ国を主体とした視点なので、誇張も多少あるのかもしれないけどね。
「もっとも、山脈で隔たれていて、平民では、他国のことなんて全然知りませんけどね。大きな戦争とかもありませんでしたし」
シュシャの言うように、北部も西部も山脈が国境となり、そのため、そこを大人数で越えて攻めてくるような行軍は難しく、外交関係も特別仲が悪いというわけではないので、結果的に戦争のようなことはほとんどない。
まあ、難民問題とかそう言ったこともあるけれど、それこそ、シュシャの暮らしていたあたりでは知らない話でしょうし。
「そんなミズカネ国の西側に、一国ほど跨いだ先、コッパ国という国があります」
宗教と言えば、あの近辺で話題に出るのがこの国。コッパ国。漢字表記だと「銅国」である。何せ、「水銀女帝記」において、その宗教紛争は大きなイベントとして数えられるからだ。
なぜ隣の隣とも言える位置関係の国の宗教紛争が大きなイベントになるかと言えば、西側の隣国が、コッパ国の南側が主体の宗教思想と強く結びついていたため。
「その国には南北で『スアカ派』と『セードー派』に分かれて、ずっと教えについて争っています。『魔法とは聖別である』と主張する『スアカ派』と『魔法とは神の試練である』とする『セードー派』。それぞれがどちらの教えが正しいかで数百年ほど」
魔法とは聖別であるというのは、魔法を与えられたものは選ばれたものであり、魔法を与えられなかったものは選ばれなかったものである。そのため、魔法を与えられなかったものは必要がない存在であるという主張。
主に、北側のコッパ国の王族や貴族たちが、この主張を掲げている……はずだ。
一方、魔法とは神の試練であるというのは、魔法を与えられたものには、魔法が与えられなかったものよりも人生において厳しい試練が待ち構えている。厳しい試練を乗り越えるために与えられたのが魔法という力であるという教え。
南側の一部の貴族と平民たちがこちらの派閥。
一見すると、王族や貴族の主張と平民の主張では、平民たちの主張など一蹴されてしまいそうだ。
「どうして数百年も続いているんですか?」
アリスちゃんの言葉に、パンジーちゃんやシュシャも同じ疑問を抱いているのか、わたしのほうを見る。
「そうですね、理由は複雑に絡み合っているのですが、『セードー派』が隣国と強く結びついているため、良くも悪くも均衡状態になってしまったこと。それから、『アカガネ砂漠』という大きな砂漠もその要因の1つでしょうか」
コッパ国は、国土で言えば、ミズカネ国よりも広く、巨大な国であるが、その国土の多くが「アカガネ砂漠」と呼ばれる巨大な砂漠なのである。そのため、内海に面する北側と外海に面する南側、それぞれに発展しているけど、中央の砂漠地帯はうまい具合に境界線となってしまっていて、そのこともあって、南北の隔たりは大きくなっている。
そのうえで、王族や貴族が主張する「スアカ派」と平民たちの主張する「セードー派」がなぜ均衡を保っているかと言えば、「セードー派」には隣国がついているからである。
これにより小規模な紛争はあれど、基本的には大きな動きのない膠着状態が続いていた。
「ほかにも、国や地域での教えに違いはあると思いますが、大きいのはこのような感じでしょうか」
というか、ぶっちゃけた話をすると、それ以外に関しては詳しく知らないのだけれど。ミズカネ国の周辺国の情報なんて、実際、ほとんどない。それぞれの国の名前と簡単な特色だけだ。
「それにしても、近隣でそのような争いがあっても、ミズカネ国は安定しているのですね」
パンジーちゃんがそんなことを言うけど、ディアマンデ王国も東側のことを考えると人ごとではないし、それこそ、更に前の時代ならファルム王国とツァボライト王国の戦争も近隣の出来事だったし。
いや、まあ、あるいはウチの国は安定していないという意味なのかもしれないけど。
「先ほども言いましたが、山脈が他国と隔てていますから、良くも悪くも干渉がないのです」
シュシャの言うように、ミズカネ国は……いや、ミズカネ国を含む山脈により四分割された国々は、その山脈のせいで交流が薄くなっている。
ミズカネ国は四分割の中では右下という言い方でいいのか、地図での南東と言うべきか、その位置にあり、その北側……四分割の中の北東にナマリ国、「鉛国」。ミズカネ国の西側、四分割の南西側にスズ国、「錫国」。四分割の北西側には、ナマリ国とスズ国からそれぞれ独立し、合併した新しい国、ハンダ国、「盤陀国」がある。
理科の知識が多少あればわかる話だけれど、中学校の理科とか、あとは技術家庭科の技術とかで触れることがあるかもしれない、はんだ付けの「はんだ」は、スズとナマリの合金。だから、それぞれから独立合併した国が「はんだ」なのは、わたしとしては非常にわかりやすい。
まあ、たしか、いまは無鉛はんだ……、ナマリをほとんど含まない「はんだ」が使われることが多いんだけど。
この法則で行けば、スズ国と結びつきが強いって言っていた「セードー派」もわかりやすい。銅とスズの合金である「青銅」のこと。
そのほかに周辺には、あと3つほど国と呼べるものがあるのだけれど、いまはいいでしょう。
「ディアマンデ王国で言うところの銀嶺山脈をはさんだベリルウム王国との関係のようなものです。そのうえ、ミズカネ国では、クロム王国から迂回するような迂回路すらありませんから。そういう意味でも、海路でこちらの大陸と友好を結ぼうとする動きが出るのは必然なのかもしれませんね」
もっとも、海路の開拓は、山脈を通る開拓と同等か、それ以上につらいのだけれど。まあ、貴族が乗っている場合だと、風魔法や水魔法で少しばかりマシになるのだけれど、まずそのハードルが高い。危険な海路に行くような貴族だと、それこそそこまで高い魔力値や魔力変換ではないことが多いし。
「一応、海路での迂回はできたはずですよね」
「本当に『一応』ですけれどね」
そう、スズ国とナマリ国に関しては、海上輸送経路は確保されている。ハンダ国がないのは、内陸国だからだ。ハンダ国とやり取りする場合は、それこそ、スズ国からコッパ国を経由するか、ナマリ国とハンダ国の北側にある国を経由するしかない。
そのうえ、海路では船を使うため、人もものも一度にそう多くは運べない。そして、一番発展しているのがミズカネ国とくれば、多くを得るために海路を開拓してもおかしくはないと思う。
「海路……」
パンジーちゃんが何か考えているけれど、まあ、ブレイン男爵領は海に面した地域だし、何か思うところでもあるのだろう。
「確かに、海を経由する迂回路はあまり機能しないのかもしれないわね。座礁、転覆、それによって生じる補填」
まあ、陸路も似たような部分はあるけれど。ちなみに補填というのは、船を失ったなら、船自体をつくる、直すという部分もあるし、載せていたものに対する補填もある。
陸路で馬車が壊れた場合は拾い集めればいいが、海路で転覆した場合はそれが不可能というのも問題になる。そういう意味では一度に多く運べないというのは、デメリットであるけれど、リスクの分散というメリットにもなるのかもしれない。
まあ、乙女らしからぬ、それでいて、貴族としては正しいのかもしれない、そんな話題を膨らましつつ、お茶会は続く。




