171話:記憶の残滓・その2
真っ白ないつもの空間。だけれど、いつもと違う部分が1つだけあった。いつもこの空間には、「わたし」1人だけなのに、今日は違った。
そう、さっき手を引いていたフェリーがそこにいた。
確かに、いままで「神託」のときに、だれかと手をつないでいたようなことはなかったから、もしかすると、手をつないでいたらほかの人も連れてこられるのかも。
「別に手をつなげば、だれしもがこの空間に入れるというわけではありませんよ」
まるで、「わたし」の心を読んだかのように、ミザール様の声が響く。しかし、そうなのか。もしかして、フェリーには、「わたし」と同じように、資質があるとか。
「お久しぶりですね。太陽の神、ミザール様」
フェリーがそんなふうにいう。まるで、前にあったことがあるかのような言い方だけど、フェリーってもしかして、なんか天使様とかそういうのなのかも。空から落ちてきたって言っていたし。
「ええ、久方ぶりです。ミツカ……。いえ、いまはフェリチータ、こう呼ぶべきですか?」
ミツカ。あまり聞かない響きの名前。フェリーはもしかして、ミツカ・フェリチータとかいうのだろうか。
「どちらでもいかように。それからエラキス。私は姓が『フェリチータ』と言うわけではありませんよ。姓は別にあります」
よほど考えていたことが顔に出ていたのか、フェリーにまで心を読まれたように言われてしまう。
「あなたが異方の庭よりこの世界に落ち、どれだけが過ぎたことか」
「この世界に落ち?」
思わず「わたし」は聞き返してしまった。まるで、フェリーがどこかからこの世界に落ちてきてしまったかのような言い方だったから。さすがにそんなわけはないだろうし。
「以前にも言いませんでしたか、私は空から落ちてきたと」
いや、聞いていたけど、そんなの信じられるわけがないでしょう。でも、ミザール様が言うのだから、本当なんだろうけど。
「さあ、それよりも、次の進むべき道についてです」
そうだった。フェリーについてはあとで聞くとして、いまは、ミザール様の話を聞くべきだろう。正直、国が安定してきたからないと思っていたけれど、呼び出されたということは、この状況でも大きな変動が起こるってこと。それはおそらく国にとって大きな打撃を受けることになってしまう。
だからこそ、しっかりと聞いて、どう対処していくか思案しないといけないのだ。
「これより少し先に、あなた方では対処できないほど強大な存在が現れます」
対処できないほどの強大な存在?
そんなものをどうすればいいというのか。そもそも、それじゃ、「わたし」たちにはどうしようもないじゃない。
「なので、あなた方には、その封印を頼みたいのです」
封印……?
倒すでも、説得するでもなく、封印。それはいったいどういうことだろうか。いや、そもそも、対処できないものなのだから、そう言う処理になるのはわからないでもないけど。
「ミザール様の御力をもってしても『封印』という手段を選ばざるを得ない『それ』は、いったい何なのですか」
フェリーがそんなふうに聞くと、ミザール様は少しだけ間をおいてから答えてくれた。
「神です」
端的な答え。それだけに、「わたし」は思わず目をむいた。「神」。それは、「わたし」たちが対処できないというのも納得であるけれど、それでも、なんで戦わなくてはならないのかはまったくわからないし、封印なんてできるのかもわからない。
「神ですか。それは、彼女たちが戦ったような?」
フェリーの言葉は、まるで、過去にだれかが神と戦ったことを知っているかのような言い方だった。
「いいえ、違います。今回は、もっと弱く、それでいて理不尽で、言葉の通じないものです」
それはつまり、もっと強くて、理不尽ではないし言葉の通じる神とは、フェリーの知るだれかが戦ったということなんだろう。
「神。などといってしまったのがいけませんでしたか。もっとわかりやすく言うなれば、神の残骸、いえ、残滓でしょうか」
神の……残滓……?
それはいったい何なのか、さっぱりわからない。神様の残りかす。名前だけ聞くと、凄いのか凄くないのかわからない何か。
「神の残滓。しかし、月の神は……」
「そうです。ですから、この残滓は、現在の神々のいずれのものでもありません。我々の前身、いえ前神、ポラリスの残滓なのです」
ミザール様の前の神。まず、そんなものがいること自体が初耳なんだけど。でも、どうして、その神様の残滓というものを封印しないといけないのか。
「この神の残滓というものは、もはやこそげ落ちた神だったものに過ぎません。それゆえに、神としての力は強くありませんが、それでも神は神。そのうえ、おそらく意思と呼べるものすらないでしょう」
意思と呼べるものがない。だから、言葉が通じないと?
「それは例えるなら嵐。あるいは、地震。あるいは、大火事。あるいは、隕石。災害と呼ばれるものに近いでしょう。それも、この世界を滅ぼすまで消えることのない災害」
世界が滅ぶまで消えない災害。そんなものが現れたら、この国どころではなく、大陸、いやもっと広く、危険が広がっていく。
だからこそ、封印する必要がある。とても簡単な話。
「でも、封印なんてどうやって……」
この世界にある魔法で出来ることなんてたかが知れている。それは、こうやって国造りをしてきて痛感したことだ。それだというのに、災害をどうにかするだなんて……。
「ですから、あなた方にはあるものを探してほしいのです」
それを使えば、封印できるってことか。でも、いったい何なのだろう、探してほしいものっていうのは。
「剣と貌です」
剣はわかるけど、顔?
顔を探すって何?
人探しってことだろうか。それに、それを探して、どうやって封印をするのかもまったくわからない。
「なるほど、確か、『魂を固定しうる金色に輝く顔』、『魂を消滅させる暗き鏡』、『魂を映す虹色の剣』でしたか」
フェリーは何かを知っているらしく、そんなふうに言う。でも、どこかでそれを聞いたことがあるような気もする。ドゥベー様がどうとかで。
「神の残滓が『災害』となっているのは、神格が失われ、神と呼ばれたものがあふれ出ているにすぎません。それを封じるには、『剣で魂を映す』ことにより、神格の代わりとなる魂を与え、それを何かに『貌で固定する』のです」
うん、理解はさっぱりできないけど、とにかく、剣と顔があれば、どうにかなるってことはわかった。
「その条件ならば、顔ではなく、鏡で消滅させるべきなのではありませんか」
「それが可能ならば、そのほうが好ましいですが、我々の予測ではどう足掻いても、この時代において鏡を入手することはできません」
神様が無理だって言うのだから無理なんでしょう。それを聞くと、フェリーはひどく不安げな顔をしていた。
「それはあとの時代に押し付けているだけなのではありませんか」
確かに、封印しただけでは、いつかその封印が解かれてしまうことがあるかもしれない。そうなったときに対処するのは後世の人たちだ。
「だからこそ、この国を、いえ、この国以前からこうして、人を導いてきたのです」
「だからこそ、ですか?」
「この世界において、世界が発展すれば、いくつかの未来においては、それを消滅させることもできるとは予測できています。その可能性が最も高いのが、このディアマンデ王国における未来。それゆえに、この建国を特異点として、このような介入を行ってまで、予測通りになるように導いたのですから」
だから、世界に必要で、この国のためになると。何せ、神々としても、この国が発展したほうが好ましいのだから、そりゃあ、国のためになるように導くわけだ。
「ですが、それでも、そうなるには世界を変えてしまうくらいの大きな変革が数度必要になります。いまのままでは、その変革がいつになるのかはわかりませんが……」
つまり、その「いつか」につなげるために、「わたし」たちが、神の残滓ってやつを封印しなくちゃいけないわけだ。
「それで、その剣と顔っていうのはどこに?」
やるべき理由はわかった。そうなったら、やることは早いほうがいいに決まっている。
「あなたは話が早くて助かります。どちらも、あなたの国、ディアマンデ王国に集まっています。その場所は……」




