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170話:記憶の残滓・その1

 活気あふれる城下を「わたし」は、軽い足取りで進む。城下だけとはいえ、「この国」もだいぶ形になってきた。


 あの頃……、「混沌の13か月」に比べれば、ずいぶんと進歩したものだと思う。それも偏に、国民となってくれた人たちと、そして、アダマス様たちの努力のたまものだろう。これでこそ、「わたし」が尽力した価値があるというものだ。


 最近は「神託」もだいぶ落ち着いて、国が軌道に乗っているのが余計に感じられる。

 だからこそ、こうして、休憩と称して、城を抜け出して城下を歩くことができるというわけだ。


「遅いじゃないですか、エラキス」


 待ち合わせ場所にいたのは、「わたし」の昔馴染み。

 婀娜っぽい少女。初めて会ったときから、ほとんどと言っていいくらい容姿が変わっていない。どうやって若作りをしているのか、いつか問いたださないと。


「ごめんて、アダマス様ったら、いつもの隠し通路に見張りを立たせているんだもの」


 彼女は「フェリー」。「わたし」や親しい人はそう呼んでいる。

 本名はフェリチータ。出身は知らないけれど、本人いわく、空からやってきたという、中々に変わったことを言っていた。


「隠し通路に見張りを立たせていたら、それは隠し通路の意味がないのではないですか?」


 確かに、「ここに隠し通路がありますよ」と言っているようなものだものね。まあ、「わたし」のせいでそこに見張りを置いているのだから、巡り巡れば「わたし」が悪いわけだけど。


「それじゃあ、今度から、別の外に出る方法を考えようかなあ……。そうすれば見張りは必要なくなるし」


「正規の手続きを経て、出ればいいだけではないですか。護衛くらいはつくでしょうけれど、そのほうがずっと楽ですよ」


 その「護衛くらい」が非常に面倒くさいのだ。


 そう、「わたし」、エラキスというただの小娘が、グラナトゥム・ディアマンデとなってから、少しばかり。「聖女」なんて仰々しい称号を賜ってしまったがために、どこに行くにも護衛がぞろぞろと。場合によっては、アダマス様以上に護衛がつくことだってある。

 まあ、アダマス様にはウルフバート様がいらっしゃるからというのもあっての話だけれども。


「ただ城下を散策するのに、城下を埋め尽くすほど護衛を連れたくはないわ」


 そもそも、ただの一介の小娘である「わたし」には、護衛なんていうのがつくのは性に合わない。それこそ、巡回兵ぐらいの距離感のほうが楽なんだけど、まあ、こういう立場になってしまったのだから仕方ないとは思っている。


「エラキスの場合は、鬱陶しいからという理由なのでしょうね。ですが、別の『聖女』と呼ばれるものがいたとしても、同様に護衛は断っていたと思いますけれど」


 どこか遠い目をして、まるで空の向こうを見るみたいなふうに、フェリーはたまに、なつかしさをにじませ、「聖女」を語る。


「どうして断るの?」


「ええ、おそらく、『わたくしごときのために人員を割くのであれば、人を、物を、植物を守るためにお使いください』と言うでしょう」


 なるほど、確かに「聖女」なんて呼ばれている人ならそれくらい言いそうだ。まあ、「わたし」は、絶対に言わないだろうけど。


「まあ、そう言う人が本当は『聖女』なんて呼ばれる人なんでしょうね」


 あくまで、「わたし」は「聖女」なんて呼ばれているけれど、神々が言うには、何だったっけか、「特異点のアンカー」とやらの役割を正しく行うために、神々が導いてくださっているらしい。


 意味はよくわかっていないけど、それが世界に必要なことで、それでいて、この国のためになることだというから、その通りにいろいろと動いたわけだ。まあ、なんか割と「わたし」任せな部分もあって、もっと助言して欲しいときに限って何もないなんてことはよくあったけど。


 あとで、少し文句を言ってしまったら、「わたし」自身が選択することが大事だったとかどうとか。


 まあ、そんなわけで、別に善行に満ち溢れて「聖女」たらしめられているわけではなくて、ただの小娘が、よくわからない役割のために動いていたらそうなっただけだし、正直、「聖女」なんてものではない。


「あなたがどう思っていようと、エラキス、あなたは立派な『聖女』です。この私が保証するのだから間違いありませんよ」


 フェリーに保証されたってなあ……。

 まあ、だれか一人でも、本当の「わたし」を知ったうえで、「聖女」だなんて言ってくれる人がいるというのは嬉しいことだけれど。


「まあ、どう思われていようと、『ご神託』がなければ、ただの小娘なんだけどね」


「ただのと言うにはいささか行動力と応用力と魅力が有り余っているような気がしますけれどね」


 失礼な、というか、行動力まではわかるけれど、応用力と魅力って何さ。そもそも、魅力なんてものは見てはわかるものもないし、人それぞれが感じるもんでしょうに。


「しかし、平和なものね。ようやく安定してきたといえばいいのかしら」


 少し前まで、領土……になる予定のところをあちこち回っていたのだから、それに比べれば、お城でのんびりと言うのは平和この上ない。


 まあ、いま大変なのはロサ様だろう。


 ロサ様は、アダマス様に厄介な領地を押し付けられたのだから。


 ロックハート領ってなるんだろう土地。その土地は、なんでも以前の国、メタル王国時代の建国王ゆかりの地らしくて、いろいろといわくつきらしい。そんな土地を領地として経営しろだなんていうのだから、アダマス様も人が悪い。


 まあ、できるとわかっている、信頼しているからこそ、アダマス様もロサ様に任せているんだろうけどね。


「見てくれはそうですが、実際、問題は山積みですよ。急造の国と言うのは、あちこちが脆く、それをまとめるのは至難。それを安定させるために、いろいろと策を練っているのでしょう。エラキスの婚約発表もその1つでしたし」


 そう、わたしとアダマス様の婚約は大々的に発表された。その理由は簡単で、国が安定している、してきているように見せるため。


 国が不安定な状況で、王が居を構え、婚約するなんてあり得ない。何せ、しばらくは、そこにとどまる必要が出来るから。反意を持つ貴族なり、領民なりが攻め入ってくる可能性があるのだ。

 つまり、婚約発表と言うのは、国が安定化して、そうしたことが起こらない、あるいは起こっても対処できるくらいに力をつけたよ、と言う意味になる。


 もちろん、実際のところは、そんなに完全に安定しているわけではない。だけれど、実際に見て回って、どの程度まで安定しているのかを見極めたうえで、あえて、この婚約発表をしたことで、この国は安定していると見せつけることで、反意を持っていようと動けなくするわけだ。

 そして、そのことに気が付いて、別の反意を持つ人たちと結びつくようなことになる前に、各地をこっそりと安定化させていっている最中。


 それに、いま、この国と同じように周りにもいくつか国ができ始めているけれど、それらに対するけん制の意味もある。


 この国は安定しているから、領土をかっさらったり、戦いを仕掛けてきたりしても無駄だぞってね。もっとも、ほかの国々もわたしたちと変わらない。「混沌の13か月」を経て、ようやく、各地に国らしきものができ始めたという段階に過ぎない。


 だから、そんな好戦的な国はあまりない。どこも地盤固めと言うか、自分のところで精いっぱい。領地も広げすぎては手が回らないのがわかっている。


 土地が安定し、民が増え、特産なども出来た場所を奪うのならばともかく、いまはまだ藁で出来たボロ屋同然の土地を奪ったところで、うまみなんてまったくないのだから。


「まあ、婚約発表一つで国が安定するのなら、いくらでもしてあげるわよ」


 もちろん、それだけで安定するわけじゃないのはわかっている。あくまで、複数打っている手の中の1つに過ぎない。アダマス様含め、皆がいろいろな手を尽くして、この安定をつくり上げようとしているのだ。


「いくらでもしていたら、不安定な国になってしまいますよ」


 まあ、結婚と離婚を繰り返しているか、いろんな人と結婚しているか、どちらにせよ、安定していないでしょう。


「言いようの問題なのだから流してちょうだい」


 別にいくらでもする気はない。まあ、冗談だとわかっていて、茶化しているだけなのはわかっているんだけど。


「さて、いつまでも、こんな話をしてないで、向こうに新しくできた露店を見に行くわよ」


 そう言って、「わたし」は、フェリーの腕を引いて、走りだそうとした瞬間、真っ白な光があふれ出す。ああ、これはいつもの「神託」だ。


 これで何回目だろう。そう思いながら、この白い光を受け入れる。

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