017話:カメリア・ロックハート09歳・その4
「ツァボライト王国の国宝?
それが7年後にこの国にあると?」
「いいえ、『緑に輝く紅榴石』は今もこの国にあります。殿下の使用人の1人にウィリディスという女性がいますが、彼女の本名はウィリディス・ツァボライト。ツァボライト王国の王族唯一の生き残りです。7年後には彼女がこの国に国宝ともにいることがファルム王国の密偵に悟られて戦争にまで発展しました」
ウィリディスさんにはすでに「黄金の蛇」には明かすかもしれないと伝えていた。だから、彼女のことをここでラミー夫人に話すことは問題ないだろう。
「……陛下はツァボライトとは親身だったからありえない話ではないわね」
「スパーダ公爵あたりに『陛下の第二夫人』に対する探りを入れたら何となく見えてくると思いますし、あなたの立場ならば陛下に直接問うこともできるでしょう」
スパーダ公爵、クレイモア君のお父様のことだ。王族の護衛を担当している関係上、ウィリディスさんが「第二夫人」であることは知っているはず。
「なるほど、ツァボライトのことは明かせないからファルシオンには『第二夫人』ということで秘密裏に護衛をつけるようにしているということね」
ファルシオンというのはクレイモア君のお父様、ファルシオン・スパーダ公爵のこと。
「でも、その話が本当だと仮定して、戦争を回避するだけならばいくらでも方法はあるでしょう。この時点で、ウィリディスという女性をファルムに売り払えばいいし」
それは根本的な解決にならないことをわたしは知っている。
「それは無理なのですよ。この時点でウィリディスさんを売り払ったところで、ファルム王国はディアマンデ王国に攻めてきます。それこそ戦争が起こるきっかけになるやもしれません」
「どういう意味……?」
これはウィリディスさんも知らないことだから当然、それで戦争が回避できない理由を知っているのはわたしだけだから仕方ないとは思う。
「ツァボライト王国の国宝、『緑に輝く紅榴石』は魔力増幅器の役割を果たすとされていて、実際にその効果があることは間違いありません」
「……それは戦争してでも欲しがる国があるのはおかしくないわね。いわゆる神器、それこそ空想上の道具に匹敵するものでしょ。どのくらい増幅するのかにもよるけど」
魔力の増幅、それがどの程度の効力を持つのかで確かに価値は変わるけど、ツァボライト王国の伝承では、1の魔力を100にもできると。まあ、それが正確な話なのかは分からないけど。
「ですが、最初がどうだったのかは分かりませんが、現在ではツァボライト王族の血筋にしか反応しないのです。つまり、魔力増幅器を使えるのはウィリディスさんだけ。しかし、これを知っている人間はこの世界でわたくしだけ。その証拠もあるわけではないのです」
「あなただけ、ということはウィリディスという女性も知らないことになるけど」
「ええ、その通りです。国宝ということもあって、代々王族だけに使うことを許されていたようですが、それが『王族が使えるから王族にのみ許されていたのか』、『王族だけが使っていたから王族しか使えなくなったのか』はわたくしにも分かりませんが」
だからわたしはウィリディスさんに「わたくしには使えません」と言った。わたしにはというよりも、ウィリディスさん以外には使えないというのが正しいのだけど。
「そのことを説明すれば……、などといってファルムが納得するわけもない、ということね」
こちらが本当のことを言っていたとしてもそこに意味はない。問題なのはファルム王国が信じるかどうか、その1点だけ。
例え本当にウィリディスさんを国宝と共に渡して、今の説明をしたところで信じないだろう。国宝だけを渡したところで同じこと。「これは偽物だ」、「本物がどこかにあってディアマンデ王国はそれを所有するために隠しているのではないか」そんなことを思われた時点で、攻め入られるきっかけになりかねない。
「ちなみに戦争になったとして、どちらが勝つの?」
「殿下がわたくしを処刑した場合は引き分けに、それ以外の場合はわたくしが死ぬだけで戦争には勝つでしょう。もっとも、引き分けという実質『負け』ですが」
結果として停戦がなされ、お互いに条約が施行されるが、実質負けとなっているため、属国に近い扱いになっている。それが「たちとぶ2」の世界なんだけど。
「どうしてそこまで行って『引き分け』などという部分でファルムが切り上げたの?
ツァボライトの時のように完全に潰してしまえばよかったじゃない」
「理由の1つとしては、国宝が奪われて、その研究の結果、ツァボライト王族しか使えないと判明したこと、国宝奪取時にウィリディスさんを殺害してしまったためツァボライト王国の王族の血が途絶えたことにより、戦争する主な理由が潰えたことでしょう」
あくまで理由の1つに過ぎないけど。だからわたしは「それから」といって話を続ける。
「『北方の魔女』であるあなたの存在が、ファルム王国に2人いた三属性の魔法使いに匹敵していたため絶対的な優位が向こうにある状況ではなかったということもあります」
その言葉に顔をしかめるラミー夫人。なぜならばファルム王国に三属性の魔法使いがいるなどという話は聞いていないからだろう。
「ファルムが三属性の魔法使いを有しているとは聞いたことがないけど」
「1人はファルム王国の出身で、身分を厳重に秘匿された正真正銘『切り札』と呼ぶべき存在だそうです。もう1人は二属性魔法使いと公表されている中の1人が本当は三属性の魔法使いだそうですね」
これらの情報は「たちとぶ2」におけるファルム王国の王子とのルートで語られた内容。あくまで過去の資料を紐解く形で語られていて、一部ぼかされているような部分もあったから全部が全部分かっているわけではないけど。
「それで、その『切り札』と互角に渡り合えた、と」
「複合魔法は使い手が限られますから。それこそ、複合魔法を使えるという時点で、それぞれの魔法を極めているということに等しいですし」
使える属性が多いからといって、複合魔法を簡単に使えるというわけではない。おそらく、この時代で複合魔法を使えるのはわたしとラミー夫人だけ。
「あなたも『氷結』を使えていたのだから自慢しているようにも聞こえるわよ。自覚はないでしょうけど」
まあ、そうかもしれない。けれど、わたしの場合、けっしてそこに自慢の意図は含まれていなかった。
「わたくしの場合は複合魔法というものが存在していることを知っているからこそ、他の方よりもそこにいたるのが早いというだけの話。いわば卑怯な手を使っているようなものです」
それにより、わたしは去年の時点から修練を重ねて、全ての複合魔法を会得した。そこまでは本当に順調だった。でも、それだけではダメだと思い、三属性の複合魔法や複合魔法同士の複合などを考え、研究しているが全く先が見えていない現状がある。
「つまり『氷結』以外の複合魔法もあなたは知っていて、使えるということなのね」
「ええ。6種類の複合魔法は習得しました。しかし、わたくしの知識で知り得ているのはその6種類の複合魔法のみ。ですからその先にはまだ至れていないのです」
わたしの修得した6種類とはビジュアルファンブックに記載されていた「氷結」、「熱風」、「砂塵」、「業火」、「自然」、「樹林」の複合魔法のこと。
「その先……、三属性の複合魔法ということかしら」
「それもありますが、複合魔法同士の複合というのも考えています。もっとも、言ったように全く先が見えていない状態、完成形すら描けないほどの気の遠くなる話ですが」
少なくとも既存の複合魔法を習得するだけで運命が覆るほど楽天的な性格はしていない。もし戦争が回避できずに戦争が起こってしまった時には、わたしの戦力が重要になってくる。それは処刑されなかったルートでわたしの力によって勝敗が決していたという話からも分かる。だとしたら、わたし自身の戦力を上げておくことは必須になる。
「戦争そのものについてはおおよそ見えてきたけど、それとは別に殿下に処刑されるとも言っていたわね。そうする理由も何も見えてこないんだけど」
「ええ、今は特にそうされる理由もありませんしね」
「だとすればなおさら、今のうちに婚約を破棄しておけばいいんじゃないのかしら。そうすれば殿下と関わらなくても済むでしょう」
確かにその通りでもある。でも、そうなるとやれないことも多くなる。
「現状、婚約しているからこそできることは多くあります。特に王城内に入りウィリディスさんと接触を持てるのは婚約者という身分が大きいので」
そして、それ以上にもう1つ重要なことがある。婚約破棄をしてしまうと、その以後、王子と接触することが難しくなる。後々のためにも王子と主人公がくっついてもらった方が都合いいのに、その手助けをしづらくなるのは不利な点だ。
「それでも方法がないわけではないでしょう。それこそ、複合魔法の研究の名目で城に入ることはできるでしょうし」
「わたくしの持つと公表している属性では『複合魔法』が使えません。それに、それではウィリディスさんとの接触が難しいという部分は解決されませんしね」
少なくともわたしは「火」、「水」、「土」の三属性しか使えないということになっている以上、それらを合わせた複合魔法がわたしに使えないのだからその名目は使えない。
「まあ、いいわ。それはそれとして、どういう理由で処刑されることになるのかしら。反逆罪とか?」
「わたくしが処刑される場合は16歳の12月には処刑されているはずですが、理由は確か……、国庫資材横領と反逆罪だったかと」
本編では明確な理由もなく処刑されたことが僅かに語られるだけだったので、その辺の記憶は薄いが、確かその辺の濡れ衣を着せられて処刑されたはず。
「随分他人事のように言うのね」
「まだ起きていませんから。それにそれらは冤罪。本当の理由は邪魔だったから、というものです」




