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169話:陰謀と混迷の計画・その3

 ラミー夫人と話した翌日、わたしは、空き教室でアルコルとともにいた。アリスちゃんは講義中で不在である。というか、その講義、わたしも取っているので、普通にサボりなのだけれど、まあ、ゆっくりアルコルと話すという意味では好都合かもしれない。


「それで、私に話があるということでしたが……」


 アルコルは浮きながら、わたしに問いかける。座ったらどうだと勧めたけれど、羽根のこともあってか、あまり座りたくはないらしい。座れないわけではないし、座ることもあるらしいけど。


「ええ、少し聞きたいことがありまして」


 わたしの言葉に、アルコルは不満げに口を結ぶ。それから、目をつむり、少ししてから口を開いた。


「聞きたいことというのは、先日の『研究』のことと関係があるということでいいのですか」


 アリスちゃんが同行したときに見ていたのだろう。まさしく、その話をするのだが、アルコルはあの研究をあまりよく思っていないようだ。


「はい、その通りです。厳密に言えば、あの研究を企てたものたちが話していた言葉の中に、わたくしたちにはわからない単語があったので、あなたならば何かわかるのではないかと」


 わたしの言葉に、少しだけ考えるようにアルコルは沈黙して、まっすぐにわたしを見つめてから言う。


「私にわかることなら教えますが、その前に1つだけ聞かせてもらえますか。あなたは、あの研究を支持するのか、否定するのか」


 なるほど、ぶっちゃけて言うなら否定派なのだけれど、さて、どう答えたものか。アルコルが求めている答えはどっちかと言えば、「否定」なのだろうと思う。だから、まあ、素直に全部言えばいいか。


「わたくし個人としては否定ですね。そもそもにして危険が伴いますから。ただ、国として、どう扱うつもりなのかは正直、わたくしにもわかりません」


 一応、私的立場と公的立場、どちらとしての見解も述べた。まあ、公的なんて言うけれど、公爵としてどうとか言えないし、国しだいってだけなのだけれど。


「……否定するのであればかまいません。あれは、この時代には早すぎるものです。複合魔法など比ではないほどに」


 確かに、複合魔法というのは、魔法の属性という先天的なセンスが不可欠であり、すぐに爆発的に広まっていく技術ではない。場合によっては途切れる可能性すらある危うい状況だ。

 それに対して、この研究というのはそうではない。いや、何らかの要因によって途切れる可能性はあるけれど、それ以上に、広まるリスクという意味では複合魔法よりもはるかに高いものでしょう。


「確かに、早すぎるというのは同意見です。そもに、魔力量を数値化できないこの時代において、どのくらいの量までが許容できるのか、どのくらいからが危険なのか、そういった部分は未解明です」


 わたしはビジュアルファンブックという形で、登場人物たちの魔力量や魔力変換に関して数値的に知っているけれど、それもあの研究と実際に向き合う意味では意味がない。


 なぜなら、実際にどれだけ吸い出したのかを数値的にわからないのだから、わたしの大元の量を知っていたところでセーフラインはまったくわからない。それこそ、すべて絞り出すまでと言わないまでも、体調に何らかの異変をきたすまでは。

 おそらく、研究者たちもそこには頭を悩ませただろう。何せ、魔力は回復するのだから、秘匿研究室の性質を考えれば、少人数を使いまわすほうがバレないはずだ。人を調達すればその分、バレるリスクが高まるし、都度、処分も必要になる。


「魔力量の数値化ですか……。なるほど、そのような考えもあるのですね。確かに、汎用という面では正しい考えでしょう」


 あれ、なんか別の方向に話がいったが、しかし、数値化ではないのか。では、アルコルはどういう想定をしているのだろうか。


「汎用性のない考え方があると?」


「あなたに知覚できるかどうかはわかりませんが、古来より、鋭敏な感覚を持つと、魔力を可視できるということもあります」


 魔力の可視化。……そう言えば、「たちとる」と「たちとぶ2」では、それぞれ別の形だけれど、そういったことがあったような。「たちとる」では|主人公の友人である女性フェリチータが、「たちとぶ2」では別大陸からの漂流者と呼ばれる人物が。


 そう考えると、2人とも、鋭敏な感覚とやらを持っていたのだろうか。……後者はともかくとして、前者はまた違う気がする。


「なるほど、そういった力も存在するのですね。残念ながらわたくしには縁のない力のようですが、確かに、せめて、そう言った存在が擁立されるようになったあとでないと難しいでしょうね」


 さすがに天使が見えるわたしでも、魔力を目で見ることはできない。周りでも、そう言った話を聞かない以上、それなりに稀有な能力であるのかもしれない。


「まあ、そういうわけで、この時代には早すぎた技術は廃さなくてはならいのです」


 天使というか、俯瞰で見る視点で言えば、確かにその意見はもっともだ。ただ、「早すぎる技術だからすべて手放してください」といって、手放してくれればいいが、そう言うわけにもいかないだろうし。


「それで、理解できない単語でしたか?」


 ずいぶん話が逸れてしまったけれど、それを軌道修正したのはアルコルのほうだった。あのまま、変な方向に話が進んでも面倒なので、ありがたいことではあったけど。


「はい、そうです」


「あなたが理解できないのなら、それはもはや言語ではないか、それとも伏せられた言葉なのではないですか」


 伏せられた言葉というのは暗号などのことだろう。まあ、確かに言い回し的に暗号のような言い回しであることは間違いないでしょうけども。


「ええ、おそらく伏せ言葉ではあると思うのですが、例の研究を含む計画を『ルイン計画』と呼んでいたのです。そして、そこから続く計画を『キュイ計画』と」


 キュイとルイン。この2つの単語が出たら、アルコルも何かわかるだろうかと思い、その顔を見ると、いつになく微妙な顔をしていた。


「キュイ計画とルイン計画、魔力の収奪と付与。なるほど、キュイ・ルイ・ルインの逸話にかけたものということですか」


 おお、これはなんか答えを知っていそうな感じ。しかし、逸話って……。そのキュイ・ルイ・ルインという人物は、前に話していたロンシィ・ジャッカメンやらの時代、つまり、主神権を争っていた時代の話で、逸話なんて伝わっているのだろうか。


「キュイは、『妖精の瞳』という『十二宮(エプリティカ)』を保持していましたが、その本質は、『魔力』です」


 確か「十二宮(エプリティカ)」っていうのは特別な武器のことだったっけ。しかし、その本質が「魔力」というのはどういうことか。


「妖精というものを、あなたが知っているかはわかりませんが、『自然』に芽吹く意思ともいえるそれは、魔力に非常に鋭敏で、そして、その扱いに長けているのです」


 確かに、前世で知るような「妖精」というのは、花畑とか、そう言うところにいるイメージだ。もちろん、創作上の……、いや、ミザール様が魔法や陰陽師があったと言っていたからもしかして実在したのかもしれないけど、わたしの知識としてあるのは、ファンタジーのものだ。


「そして、この時代でどう伝わっているのかはわかりませんが、星座として、妖精座として伝わるキュイの言い伝えに、魔力の付与と収奪という2つの力が伝わっているはずです。それゆえに、収奪に『ルイン』、付与に『キュイ』という名前を使ったのではないでしょうか」


 なるほど、そういう伝説とか逸話系の話か。一応、王子にも聞いていたけれど、王子はそれを把握していなかったし、どこかで途切れているような可能性もある。まあ、じゃあ、アーリア侯爵たちはどこで知ったのだという話になるのだけれども。


 しかし、これがそういう関係ということは、レアクの遺産というのも、おそらくそっち関係のものでしょう。


「キュイとルインに関してはわかりました。だとすると、おそらく同じ類の言葉になるのですが、『レアクの遺産』という言葉はわかるでしょうか」


 わたしの言葉に、彼女は少し考えるようなそぶりをしてから、数秒後に口を開く。


「レアク……、となるとイブマキーの関係となるのでしょうが、正直、わかりません」


 アルコルでもわからないのか。でも、キュイ・ルイ・ルインやロンシィ・ジャッカメンなんかと同じ時を生きた人物だと思うのだけど、なぜ、わからないのだろう。


「『レアク』というのは地名です。『レアクの』ファウツァ=イブマキーという意味なのですが、その土地自体、事情により消滅しているので、『レアクの遺産』はイブマキーの所持品を指すのは間違いありません」


 なるほど、どうして土地が消滅しているのかはともかくとして、意味合いとしては、計画の名前と同じようにそう言ったところから名前が付けられているのだろう。


「ですが、わからないとおっしゃっていましたよね」


「ええ、わからないのです」


 そこまでわかっていて、なにがわからないのだろうか。先ほどの逸話的なもので、後世に伝わっていそうなものとかがないとか、そう言うことか。でも、それだとしても、「遺産」というのは比喩というか暗喩であって、持ち物とかの伝承になぞらえて、そう呼んでいるだけなのでは?


「彼女の『十二宮(エプリティカ)』は、聖女として覚醒した、彼女自身の血そのものです。それに、彼女は聖女という立場通りに、所持していたもののほとんどを民草に分け与えていましたから、後世にも『行い』は伝わっていたとしても、物品などは特に伝わっていないはずなのです」


 ああ、まさしく「聖女」だったと。困っている人がいればものを分け与え、人を導き、善行を行うという。いや、そういう人だから、そうして星座になるくらいの偉業を成し遂げる人になったのかもしれないけど。


「ですから、遺産と言われてもわからないのです」


 ああ、そう言えば、肝心の「人形」のくだりをまだ話していなかった。こちらも加えれば何かがわかるかもしれない。


「では、『人形』というのにも心当たりはありませんか。おそらく『レアクの遺産』という単語は『人形』を指すものです。もっとも、『人形』も何かを伏せたものかもしれませんが」


 アルコルは、それを聞くなり、「ああ、それならば」と言って、思い当たるものを話し始めた。


「彼女が連れていた人形のことかもしれません。元の名前は確か……、カムラ……、いえ、何でしたか。でも、後世では、確かこう伝わったはずです。『フェリチータ』と」


「フェリチータですか!?」


 その名前は、わたしも知っている。何せ、「たちとる」において登場する人物の名前なのだから。主人公、エラキスの友人、フェリチータ。これは、偶然なのだろうか。いや……。

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