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168話:陰謀と混迷の計画・その2

「ええ、そう。そうね。具体的な話をしましょう。彼らはおそらくルイン計画の次にあたる計画のことを『キュイ計画』と呼んでいたわ」


 キュイ計画。キュイ、そしてルイン。どちらも妖精座の星の名前だったはず。そして、天使アルコルは妖精座を指してキュイ・ルイ・ルインと呼んでいた。偶然ではないだろう。

 つまり、計画の名前は、妖精座から来ているのは間違いない。だけれど、なぜそうしているのかは、まったくわからない。


「妖精座になぞらえた計画名なのかもしれませんが、さすがに知識が足りませんね。殿下や天使アルコルを交えて話したほうがいいと思います」


「星の名前ね。ああ、そう言えばレアクも星の名前だったわね」


 レアク。確か聖女座の星だったはずだけれど、なぜここでレアクなのだろうか。まさか、別の計画が動いているとか?


「彼らが言っていたのよ、『レアクの遺産』、かの人形に再び息吹を与えるための『キュイ計画』って」


 レアクの遺産。アルコルは、聖女座を指してファウツァ=イブマキー・レアクと呼んでいた。その遺産。


 いや、あるいは「レアク」を「聖女」と置き換え、「聖女の遺産」という意味なのかもしれない。この国の歴史から消えた「聖女」である「たちとる」の主人公、エラキス。別の名である「聖女グラナトゥム」。


 だけど、彼女の所持品に人形なんてなかったし、何かの比喩だろうか。


「そちらも天使に問うのがいいでしょう。彼女の知恵を借りて、何も得られないのでしたら、おそらく何もわからないと考えたほうがいいです」


 わたしが知らず、アルコルも知らないのなら、神々以外はわからないと考えるべきだ。まあ、ただの暗号のように使っているだけの可能性も十分にあるので、当人たち以外わからなくて当然というのもあり得る話だし。


「そうね。ああ、それから、アーリア侯爵自体は、あなたをものすごく買っていたわよ」


 ……それはあまりうれしくない話だ。どちらかというと、この場合はなめられているくらいのほうがちょうどいい。

 あまり買われすぎると警戒されて動きづらくなってしまう。


「子供だから、新参者だからと侮ってくれるほうがありがたいのですがね。まあ、公には三属性として名が知れていますし、陛下や殿下に加え、ファルム王国やミズカネ国などの他国の方々から認められているということもありますから仕方ないのかもしれませんが」


「いえ、そういう意味ではなく、彼は確か、『聖女と同じように神託を受けているか、そうでないにしろ、類似の何かを持っている』というようなことを言っていたわね」


 神託……。それは、おそらく星座の聖女座ではない。「聖女グラナトゥム」のことを間違いなく示した意味での「聖女」だ。いや、まあ、聖女座の聖女が神託を受けていたという可能性もあるにはあるのだけれど、それだと、アーリア侯爵がすごく信心深いというか、アレな人としか思えない。


 だが、少なくとも、この国で読み解かれた歴史とは異なり、しかし、「聖女」は存在していたということがわかった。そうなると、やはり、歴史から「聖女」が抹消されていたことになる。

 アーリア侯爵家は、それこそ、建国当時から続く家系であり、もしかするとその真実すらも何らかで残っていて知っているのかもしれない。


「この『聖女』というものは何なのか知っているのかしら。『黄金の蛇』の継承のときにも出てきたはずなのだけれど」


 ああ、確かに、継承において「聖女」という言葉出る。「約束の聖女」だっただろうか。でもその「約束の聖女」と「聖女グラナトゥム」が同一の存在かは、わたしも知らない。


「おそらく、その、神託を受けていたという『聖女』はエラキス、いえ、『聖女グラナトゥム』。グラナトゥム・ディアマンデ。建国王アダマス・ディアマンデ様の妃のことでしょう」


 もっとも、建国の日すらあいまいに伝わっているのに、そのようなことを言ったところで、ラミー夫人にわかるはずもないのだけれど。


「継承のときに出た『約束の聖女』というものが、この『聖女グラナトゥム』のことを指すのかは、わたくしも存じませんが、同一の可能性は十分にあると思います」


 思い返せば、「黄金の蛇」がディアマンデ王国に関わるようになったときには、「聖女」がどうとか言っていなかったし、関わるきっかけをもたらしたのはエラキスである。のちに、何かがあって、それが継承に盛り込まれた可能性は十分にある。


「初代の王妃に神託と呼ばれる力があったの?」


「ええ、これはそこらのまじないごとのようなものではなく、本当の意味で神託を受けていました」


 本当の意味というのは、文字通りの「神より託りし言葉」。


「まさか、神々の言葉を本当に聞くことができたと?」


「正確には、神々とつながることができるという力ですがね。それにより、『混沌の13か月』によって混迷に陥っていた場所に、このディアマンデ王国の建国を成したのですから」


 実際、中心となって動いていたのはアダマスだけど、建国の立役者はエラキスというべきだと思う。もっとも、「たちとる」のどこまでをこの世界で彼女が行っていたのかはわからないけれども。


「しかし、まあ、立ち位置で言うのでしたら、わたくしよりもアリスさんのほうが『聖女』には近いと思うのですがね」


 聖女、アリスちゃん、どちらも主人公だ。わたしはライバルキャラに過ぎないのだから、その立ち位置にいないと思うのだけれどもね。


「まあ、あなたは『聖女』というより『魔女』でしょうね」


「せめて『悪女』あたりがいいと思うのですがね」


 悪役令嬢ポジションなのだから。まあ、魔法を使う女性という意味では「魔女」というのは間違いではないのだけれど。


「ふふっ、隠し事や謀略、いろんなことはしていても、『悪』って柄ではないわよ、あなたは」


 でも、まあ、「聖女」ってガラでもないのも事実だ。


「しかし、『聖女』の意味はわかっても、ほかの部分が解明できないなら、まだ、ここから先の話に入っていけないわね」


 確かに。ただ、いま判明している情報からだけでもわかる部分はなくもない。それだけでも簡単に整理する。


「一応、『人形に再び息吹を与える』というのが目的であるようではありますがね。もっとも、人形に再びも何も、最初から息吹はないだろうというようなことを言い出したらキリがないのですが」


 この場合、人形というのは比喩だと考えたほうがいいのだろうか。そうなると、いくつかの候補は考えられる。あまり考えたくはないこともあるけど。


「文字通りの人形という可能性がないわけではないけれど、それ以外だと、……死者の蘇生とか、そう言う類の可能性もあるわよね」


 その通り。再び息吹を与えるという表現からもその可能性はある。だけれど、それだと、魔力をものや人から取り出すことと関連しない気がする。魔力を注ぎ込んだところで、そこに意味はない……と思う。


「その場合は、もう何段か計画があると思いますが、あっさりと4人の伯爵を切り捨てたことを考えると、計画は割と佳境だと思うのですが……」


 もともと捨て駒としてしか考えておらず、もうすでに別の駒が動いているという可能性は十分にあり得るけど。でも、蓄積した経験値を捨て、地続きになる研究を進めるのは相当手間だ。


「もともと、そろそろ切り捨てる気でいたみたいだから、私としても同意見ね」


 そうなると、そこまで段階が残っているとは思えないのだけれど……。これから先、どういう計画が動いていくのかがまったく読めない。


「とりあえず、ラミー様は、アーリア侯爵家の調査をよろしくお願いします。ただ、言うまでもないことですが、相手はおそらくかなり慎重に立ち回ると思うので、気取られないように気を付けてください」


「わかっているわ。私をだれだとおもっているのよ。それよりも、あなたはどう動くのかしら」


 そう、これからのわたしの動きを考えなくてはならない。相手がわたしを警戒しているという情報があるのだから、わたしはアーリア侯爵家には関わらないほうがいいだろう。いや、あえて適度に関わることで、調査は進んでいるけれど真相にはたどり着いていないみたいなことを演出してもいいのかもしれないけれど、それで変なことになってもいけないので、関わらないのが最善だと思う。


 だとすれば、まずはアルコルに話を聞くことだろう。その次は、日常生活を送ることが最適だろう。


「情報収集というよりも、わたくしたちではわからないことはわかる存在に聞くべきだということで、天使アルコルに助言を受けて、そのあとは普通に過ごします。あいてがわたくしを警戒しているというのなら、そのほうがラミー様も動きやすいでしょう」


 ただ、懸念はある。素直にこのまま日常生活を送れるとは思えない不安が。


「まあ、やっと一休みつけると思ったら、コレだものね。しばらくゆっくりすればいいんじゃないかしら。仕事は振るけれどね」


 などと笑うラミー夫人だけれど、わたしとしては、あまり笑えない。何せ、王子ルートが終わったとたんに、こうしてお兄様ルートをなぞる事件が始まったのだから。そう考えれば、おのずと、次も始まるような気がする。


 残るルートで起こりそうなものの中で、何が起こるだろうか……。


「ゆっくりできればいいのですけれどね」

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