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167話:陰謀と混迷の計画・その1

 あの日からしばらく時間が過ぎた。あのあと、陛下だけではなく、わたしやほかの公爵を含めて、全員が4人の伯爵を尋問したものの、わたしの知っていたこと以上の情報は得られなかった。


 しかし、そこに関しては半ば予想通りというか、想定内であり、本命であるところのラミー夫人の調査結果が重要である。


 そして、わたしは、そのラミー夫人に呼び出され、ジョーカー公爵家にいつものごとくやってきていた。どうやら、まだ、陛下にすら報告していない段階でわたしが呼ばれたようで、つまり、陛下に話すよりも前に、わたしと情報を詰めなくてはならない。


 そう考えるのなら、核心に迫れるような情報を得られたのだろうと予想はできる。


「さっそく、いいかしら」


 開口一番にこれである。いつものような「呼び出しちゃって悪いわね」など、そういう前置きや世間話もなしに。


 つまり、よほど事態が重いのだろう。予想はしていたけれど、おそらく侯爵が関わっているとか、あるいは国外勢力とか。どちらかと言えば、前者でしょうね。


「どの侯爵でしたか……?」


 わたしの問いかけに、ラミー夫人は「話が早い」と言わんばかりに、言葉を返してくる。わたしの頭の中をよぎるいくつかの侯爵の名前。


「アーリア侯爵家よ」


 その中で、最も大きな名前が出た。

 アーリア侯爵家。「たちとる」に登場するベリル・アーリアを祖に持つ、ようするに建国時代から関わる重要な家。


「よりにもよって、アーリア侯爵家ですか。あまり芳しくないですね」


 そう言ってから、あらためて考えてみる。アーリア侯爵家。「アーリア」。


 ……アーリア?


 そう。アーリア。対となる「サングエ」がイタリア語で「血」であり、そして、「アーリア」は同じようにイタリア語で「空気」という意味もある。


 そもそもにして、クオーレ伯爵とナリーチェ伯爵たち4人の伯爵たちは「循環器」と「呼吸器」の対立。ビジュアルファンブックにはそうあったはずだ。


 そのうえで、「サングエ」、つまり「血」は循環器を流れる。そして、「アーリア」、つまり「空気」は呼吸器。


 そう考えるのなら、サングエ侯爵家とアーリア侯爵家の立場は、その対立に則っているのなら明白だ。


 なんで気付かなかったのか。それなら、アーリア侯爵が裏にいるというのはすぐにでも予想できたはずだ。


「しかし、そうなると、彼女の立場が問題でしょうか」


 わたしは、そのようにつぶやいた。それに対して、その意味は伝わったようで、ラミー夫人も静かにうなずいて答える。


「一応、事の顛末を報告していたから微妙なところね。どちらとも言い切れないけれど、白と見るより黒と見たほうがいいとは思うわ」


 彼女……モーガナイト夫人。サピロス・サングエ侯爵子息と結婚したことで、サングエ侯爵家の人間になっている。


 呼吸器と循環器の関係で考えるのなら、彼女は……、血中に取り込まれる酸素なのか、それとも栓を作り心臓麻痺に陥らせかねない空気の塊なのか。


 前者なら味方で、後者なら敵。


 しかし、まあ、ラミー夫人の言うことはもっともで、最悪の事態を想定しておくほうがいいとは思う。


「エスメラルド・アーリア侯爵、アクアマリン・アーリア侯爵子息、ヘリオドール・アーリアさん、モーガナイト・サングエ夫人。この4人は、ひとまず要注意ということでしょう」


「モーガナイトさん以外は要注意どころか、完全にそう見るべきでしょうけどね」


 しかし……、エスメラルド、アクアマリン、ヘリオドール、モーガナイト。そして、ベリル。名前のゆらいは宝石だけれど、この宝石は関連がある。


 サピロス、ルベウス、コランダム。サングエ侯爵家がコランダムの成分によって名前が変わるサファイヤ、ルビーから取られているように、アーリア侯爵家も同じだ。

 ベリルの成分によって変わるエメラルド、アクアマリン、ヘリオドール、モルガナイトがそれぞれゆらいのはず。


 とはいえ、名前にヒントになるような要素もそうそうないだろうし、あったとしても知らない。


 ああ、ただ、ヘリオドールは……。


「ラミー様の視点から見て、ヘリオドールさんも計画に加担していると断言できますか?」


 詳しい情報を聞いていないから、その立ち位置を確認しておきたい。名前のことも含めて、考えるためには。


「え、ええ。計画のことも知っているようだったし、間違いなく加担していると思うわよ」


 ……。ヘリオドール。ゴールデンベリルとも呼ばれるその石は、確か昔、テレビで「太陽から贈り物」と呼ばれると。そこに明確な意味があるのなら、もしやと思ったのだけれど。


 太陽からの贈り物。この場合、太陽神ミザール様からの贈り物。つまり、味方側だと。

 でも、ラミー夫人がそういうのだから、この推理は外れだろう。


「でも、どうしてヘリオドール・アーリアだけを聞いたのかしら」


「いえ、少し気にかかることが……、気にかかる……」


 頭の片隅で、何かが引っかかる。ヘリオドールさん。モーガナイト夫人。名前ではなく、その行動に。


 おかしい。


 ここまで完全に隠し通してきたアーリア侯爵家にしては、うかつすぎる。ラミー夫人がその手のスペシャリストだということはわかっているけれど、それにしても、そのラミー夫人や陛下の調査からもかいくぐってきたアーリア侯爵家が、こんなにも簡単に尻尾をつかまれるなんてことがあるのだろうか。


「ラミー様、彼らの動きに気が付いたきっかけは何でしたか」


「そうね。侯爵家を張っていたら、モーガナイトさんが動いたので、それを追って、結果的にという感じだけれど」


 モーガナイト夫人が動いて……。でも、あのタイミングで動く必要があっただろうか。いや、サングエ侯爵が証拠をつかみ、4人はもうダメだろうということを伝える必要があるのは間違いないけれど。


 いや、まあ、コソコソしているほうが逆に怪しいか。実家に帰るだけだというのに。でも、動いたら何かしらの目に入ることは予想できるでしょうし、そこで、あえて普通に話すというのもリスキーすぎる。


「何か気になることが?」


「いえ、まあ。ラミー様の腕は疑いようがありませんが、それをして、ここまで隠し通してきたアーリア侯爵家にしてはうかつ過ぎるような気がしたので」


 別にラミー夫人の諜報技能を疑っているわけではない。むしろ、この国において、この人以上の腕を持つ人はいないだろう。


「いままで隠し通してきたからこその油断というのもあるのではなくて?」


 確かに、これまで隠してこられたからこその油断というのはあっても不思議ではないだろうけれど、むしろ、4人の伯爵たちの件が明るみになりそうなタイミングというのは、いままで暴かれなかったものに踏み込まれて警戒が強まるのではなかろうか。


「それとも、わざと情報をつかまされたと?」


 わざと、というのも疑問が残る。


「ラミー様の行動からして、『アーリア侯爵家が主犯』ということ以上の具体性のある情報はわかっていないのではありませんか。わかっている場合は、陛下も交えて、これからの行動のほうを詰めるでしょう」


 関連するいくつかの情報はつかめていても、具体的なものはおそらくわかっていない。分かっていたら、とっくにラミー夫人自身が動くか、陛下と交えて、具体的な行動の段階に移っているころだ。


「まあ、私にもわからない単語なんかはいくつかあったけれど、確かにその通りね」


「ならば、情報自体は本当でしょう。関わっていないのに関わっているように思わせる利点はアーリア侯爵家にありませんし。そうなると、警戒していなかったのか、それとも、だれかが意図的に情報をつかませるために、このように動いたかだと思うのですが」


 断言はできない。どちらともいえるし、どちらでもない可能性だってある。意図したものだとして、それがなんだという話だし。


「結局はわからないので、ラミー様のおっしゃっていたように、最悪の状況を想定して動くべきだとは思いますがね」


 結論は変わらない。確証はないのだから、想定するべきは最悪のケース。ただ、可能性を頭の端に入れておくくらいはいいでしょうけど。


「でも、サングエ侯爵にどう説明したものかしらね」


 今回の一件で協力関係にあったサングエ侯爵は、かなり白に近い位置にいる。もちろん、モーガナイト夫人を含めて共謀関係にあったという可能性がないわけではないが。しかし、呼吸器と循環器の関係で言うのなら、循環器側に酸素が回ることはあっても、呼吸器側に血が出てくることはないのではないだろうか。まあ、血が巡っているから呼吸器が動くのだと言われたらそれまでなのだけれど。


 そして、白に近く、協力関係にあったのであれば、それなりにわかったことを話さなくては納得がいかないだろう。

 だが、それはひっきょう、モーガナイト夫人が首謀者側にいるかもしれないということを明かすことになり……。


「サングエ侯爵には、いまだに正体がつかめていないということで押し通すのも手ではあると思います。モーガナイト夫人の立場が確定してからあらためて明かすと」


「あまり誠実ではないから、避けたいけれどね」


「まあ、その対応は、陛下も含めて、あらためて行いましょう。それよりも、いまは別の話をしましょう。陛下の立ち合いではなく、わたくしとだけで話を詰めようとした理由、詰めたい情報があるのではありませんか」


 ここまでの話は、あくまでアーリア侯爵が首謀者だった。それだけの話であって、それはわたしだけに話して詰めていく必要はない。


「先ほど話していたわからない単語というのが主題なのではありませんか?」

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