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164話:アリス・カード・その8

 低く響く金属の音と、それがひしゃげる音が同時に鳴り、扉とその前に積まれていたものが散乱する。それを蹴散らし、乗り越え、ベゴニア様と調査員の方たちは、魔法を研究する場所になだれ込んだ。


 あのう……、迷惑をかけないように音を立てないって言っていたような……。そんなことなかったかのように結構派手な音がしたんだけど。これは大丈夫なんだろうか。


 そう思いながら、あとをついていくと、そこは、不思議な空間だった。地下だからだろうか、窓のない部屋。壁も天井も床も白一色だけど、置いてある机や散乱した紙の束、本の山なんかが、その白を覆っている。


 そこにいた人たちは慌てたように、口々に「馬鹿な」、「まだ早い」、「別動隊がいたのか」などといっている。どういう意味だろう。別動隊って、そもそも、調査はここに来た人たちだけで、別の人たちはいなかったはず。


 何か勘違いしているのかな。


「いや、ボクたちは、王立魔法学園の地下通路の調査をしていたに過ぎない」


 ベゴニア様がそのようにおっしゃると、研究員らしき人が激高したように言う。


「だれの許可を得て!」


 それに対して、ベゴニア様は丸まった書類を広げて、声高々に言う。まるで、その書類を見せつけるように掲げて。


「陛下の勅命である。何せ『王立』魔法学園の地下通路なのだから」


 その言葉を受けて、研究員らしき人たちは、何も言葉を返せないようだ。確かに、王立魔法学園というくらいだから国王様の命令で動くのは当たり前だと思う。


「しかし、その結果、このような地下で、怪しげな研究をしている部屋にたどり着いてしまったのだから、貴族として見過ごすわけにはいかない」


 怪しげ。怪しいんだろうか。そう思って、あたりを見回すと奇妙な筒のようなものが目に入る。そして、その近くで倒れている数人にも。

 助けないと、そう思って駆けだそうとするのをベゴニア様に止められる。よく見れば、すでに調査員の方々が向かっていた。


「それで、倒れている彼ら、彼女らはいったいなぜ倒れているんだい?」


 ベゴニア様は、普段からは想像できないような怖い顔をし、メガネの奥の目でしっかりとにらみつけていた。


「彼らは研究の手伝いをして、疲れていたから仮眠をとってもらっただけだ」


 まるで、その場で気絶したかのような倒れ方をしていたのに、仮眠なんだろうか。それだけ疲れていたのかもしれないけど、そうだったとしたら、それはそれで問題だと思う。


「いいえ、あれは、……あれは、けっして疲れたから寝ていたのではありません」


 そんなアルコルの声が聞こえた。中々出てこないから今日は出てこないのだと思っていたけど、まるで何かに反応したかのように、彼女はここに現れた。


「あれは、魔力の欠乏により意識を失ったのです。いわば、無理をして魔法を使った状態に近いでしょう」


 そう言ってから、大きな筒のようなものをにらみつけて、アルコルは怒ったように続けた。


「あの機械。あれによって、魔力を吸い出したのです。よもや、あんなものがこの世界に存在するとは……」


 魔力を吸い出した。つまり、気絶した人たちは、魔法を使ったわけではなく、あの筒に魔力を持っていかれたということだと思う。


「あの筒が、魔法を使う力を吸い出したんです」


 わたしの言葉に、研究員らしき人は顔を歪めてから、しかし、あらかじめこういうときどういうか決めていたかのように言葉を放つ。


「そんな証拠はどこにある。それとも、この資料の山から探し出すか?」


 でも、ベゴニア様はそんな言葉が来ることをわかっていたように、メガネをクイっとあげてからおっしゃった。


「『ルイン計画』でしたか。人や物から魔力を吸い出し、それを蓄えて、利用しようという計画。先日、そんな研究についての資料が陛下のもとに、どのような経路をたどってか流れ着いたらしく、その研究に関する話は妹から聞いていました」


 カメリア様。ああ、なら、それはもう間違いない。カメリア様はいろんなことを知っている。きっと、これもそんな中の1つ何だと思う。


「ルイン……、キュイ・ルイ・ルインの……」


 アルコルがそんなことをつぶやいていた。どういう意味なのかはわからないけど、きっと、何か思い当たったんだと思う。


「いや、それはしかし。そ、その研究がここで行われている研究とは限らないだろう」


 それでも否定しようとするところに、ぞろぞろと足音が聞こえてくる。それも結構な人数の足音に聞こえる。研究員らしき人たちの仲間なのかと思ったけど、その反応を見るとどうにも違うみたい。


「おや、このような場所に研究室があるとは、図面にも載っていなければ、ここで研究が行われているような書類もない。これは融資金の不正に流用されている可能性が高そうだ」


 一団のまとめ役なのか、少しお年を召した人がそんなことを言いながら、研究室に入ってきた。それに対して、ベゴニア様は笑って、研究員らしき人は苦い顔をしていた。


「ふむ、このようなところでロックハート公爵のご子息にお会いするとは偶然ですな」


「ええ、本当に偶然です。私は陛下の勅命で王立魔法学園の地下通路が最近利用された形跡があったために調べていたのですが、サングエ侯爵はどうしてここに?」


 少し芝居っぽくも聞こえるのは、ベゴニア様が「ボク」じゃなくて「私」って言っていたり、敬語を遣っていたりするからだろうか。


「いやはや、こちらは、陛下より方向に上がってこない研究の資料が流れてきたと聞き、融資金が不正に流れていないか調査するために、魔法学研究棟へと来たしだいですが、鉢合わせるとは偶然だ」


 さっきからやけに「偶然」と言っているけど、本当に偶然なんだろうか。思えばベゴニア様は、最初から「頃合い」を気にしていたし、もしかして……。


「そんな偶然があるか。そうか、最初からサングエ侯爵の査察というのは注目を集めるためか……。その間に……、クソ」


 そう言っている間に、研究員らしき人たちは、サングエ侯爵……という方とその関係者と思われる人たちによって捕まってしまった。


 そして、わたしと一緒に来ていた調査員の方たちは、散らばった資料を集めて、何やら色々と動き回っている。どうやら、ここにある資料なんかは、そのほとんどを回収するらしい。


 なんか調査員の方たちも、それに対する知識をちゃんと持っている人みたいなのが、余計に偶然でも何でもなくて、最初からここでこうするのが目的だったみたいに思える。


「資料は手早くまとめて、重要な証拠は優先的に回収し、こちらに」


 ベゴニア様の指示でなにやら慌ただしい感じで動いている様子を見ながら、わたしは、アルコルを見る。アルコルはずっと、筒のようなそれを見ていた。


「これは非常に危険なものです。いまの人間たちでは加減を間違えれば……」


「そんなに危険なんだ……」


 確かに、人が倒れていたことを考えると危険なものなのかもしれないけど、具体的に何がどう危険なのかがまったくわからない。漠然と危ないものとしか。


「そもそもこのようなものを人間が造るということ自体が、想定外なことではあるのですが、それ以上に、魔力量や魔力変換を具体的に見いだせていないような状況で魔力を吸い出せば、場合によっては……」


 確かに、気絶していた人たちを考えると、気絶するまで吸い取られたということはわかる。むしろ、気絶したから吸い取るのをやめたというべきなのかもしれない。でも、それが行きすぎたら……。


「そして、こうした吸い出した魔力も使い方を誤れば、どのようなことが起きるかはわかりません」


 アルコルが言うには、これは油の入ったタルだと。そこに何かしらで火が点いてしまったらどうなるかわからない、と。扱いには気を付けないといけない。


「おおよその資料の分類が終わりました。ボクたちの目的は、あくまで『地下通路の調査』ですので」


「ああ、資料は我々が責任を持って」


 そんなやり取りをベゴニア様とサングエ侯爵……という人がしていた。どうやら、わたしたちは引き揚げるようだ。


「ちょうど、王城では始まったころでしょうな」


「そう考えると時間がありません。……まったく、カメリアは」


 ベゴニア様がそう溜め息を吐いたのを、サングエ侯爵は笑っていた。どうやら、カメリア様の別の用事というのは、お城でいま起きていることに関係しているらしい。


「それでは、これで」


「こちらも役割はきちんと果たそう」


 交わす言葉自体は少なくても、お互いに、ちゃんと理解して、あえて短く言っているのがわかるのが凄いと思う。これが貴族の方たちのやり取りなんだろうか。


 それはそうと、サングエ侯爵たちが資料を集め、研究員らしき人たちを連行して、倒れていた人たちも運び出していく様子を見ながら、わたしたちは、ベゴニア様に連れられて、地下通路を通って、魔法学園へと戻っていくことになった。


「さて、うまくいくといいんだけどなあ……」


 そんなふうに心配そうにつぶやくベゴニア様。おそらくカメリア様を心配しているんだろう。


「何が起きているのかはわかりませんが、きっと大丈夫です。カメリア様やベゴニア様が尽力して、どうにかならないものなんてありませんよ」


 きっと、なにが起きてもどうにかしてしまう。そんな気がしてしまう。それがカメリア様であり、そして、ベゴニア様も。


「まあ、そうだね。ボクのやれることはやった。あとは信じて待つしかないか」

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