表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/275

163話:アリス・カード・その7

 わたし、アリス・カードは、カメリア様から頼まれた、魔法学園地下通路の調査に同行するために、ベゴニア様のいらっしゃる学園の校門前に来ていた。校門には、普段、学園では見かけないような、少し物々しい感じの方々が集まっている。


 地下通路の調査にこんなに人手がいるんだろうか。少し多すぎるような気もするけど、そもそも、わたしが地下通路について知らないから、もしかしたら、これくらいが適正な人数なのかもしれない。


「やあ、カメリアから聞いていたよ。よく来てくれたね」


 ベゴニア様が明るく迎えてくださったので、わたしは、この調査のメンバーとして軽く紹介されることに。とは言っても、簡単に挨拶をしただけだけど。


「アリス・カードです。本日はよろしくお願いします」


 と、そんなことを数回言って、全体に挨拶をすると、ベゴニア様は、少しばかり待機するように指示をしていた。なぜだろうか、すぐにでも調べることはできると思うんだけど……。


「これから調べる地下通路のこと、その先のこと、どこまでカメリアから聞いているかな?」


 ベゴニア様に問われて、わたしは少し考える。どこまでと言われても、学園の地下にあるということくらいしか聞いていない。何度思い出しても、そのくらいだ。


「魔法学園の地下にある通路だとしか聞いていません」


 わたしの言葉に、ベゴニア様は少し間をおいてから「ううん」と唸り、何かに納得するようにうなずいた。


「まあ、カメリアがそうしたのなら、そのほうがいいということかもしれないな」


 どういうことだろうか。まあ、急に決まった代役だったから、わたしが何も聞いていないというのが想定外だったのかもしれない。


「いまから行く地下通路は、図書室から続く扉の奥にあるんだ。何を調査するのかとかは……?」


 首を横に振る。そう言えば、地下通路の調査とは聞いていたけど、具体的に地下通路の何を調査するのかはわからない。安全性とか?


「実は、その地下通路は、ずいぶん前に封鎖されて、使われていなかったのだけれど、最近になって使われた形跡が見つかってね。具体的に誰がどのように、何のために使ったのかを調査するんだ」


 ああ、なるほど。通りで地下通路なんて魔法学園でも聞いたことがないと思った。そんなものがあるなら、もっと利用されていてもおかしくないのにと思っていたけど、封鎖されていたのなら納得。


「じゃあ、足跡を調べたり、埃を調べたりするんですか?」


「どちらかというと、通路の奥にまで行くことが目的になるかな」


 通路の奥。そう言えば、さっきも「その先のこと」とベゴニア様はおっしゃっていたけど、その奥には何があるのだろうか。


「地下通路は魔法学研究棟につながっているんだけどね、通り抜けられる場合は、向こう側の封鎖が解かれているということだから、利用者は向こうから来ていることになる。向こうの封鎖が解けていないなら、学園側からの利用者だね」


 ああ、なるほど。まずは、通路のどちらから利用されたのかを絞って、そこから、利用者を限定して、調べていくということだと思う。確かに、だれのともわからない足跡だったり、どのくらい積もったのかもわからない埃の量を調べたりするよりも、ずっとわかりやすくて効果的だ。


「おっと、そろそろちょうどいい頃合いかな。出発しよう」


 何か、時間を見計らっているかのように、ベゴニア様は指示を出す。学園に調査の時間の申請でもしていたのだろうか。それとも調べるのにちょうどいい時間帯なんて言うものがあるのだろうか。

 まあ、わたしにはわからない何かが、ベゴニア様には分かるのだと思う。カメリア様なら、それが何かわかったのかもしれない。




 学園内を大所帯で練り歩いて、校舎に入り、図書室につくまでは、それほど時間がかからなかった。そして、ベゴニア様は、本棚のところに立って、何かを動かしてから、何人かに指示を出すと、本棚が動く。


 そして、その奥には、扉があった。


 ベゴニア様がそれを開けると、少しひんやりとした空気が肌をなでた。若干薄暗いものの、明かりがあるようで、扉の先が階段になっているのが見える。まあ、地下通路なんて言うのに、地下になかったらおかしいから、下っていくのは当たり前なのかもしれないけど。


「それじゃあ行こうか」


 そう言って、ベゴニア様は階段を下っていく。少し急な階段だったのもあってか、お優しいベゴニア様はわたしの手を引いて、安全に下へ下へと降りていく。


 階段を降りた先には、まっすぐな通路が伸びていた。薄暗いのもあってか、どこまで続いているのかはよくわからないけど。


 ただの通路と言えば、ただの通路だけど、目につくのは、壁のデコボコした模様。確かに、地下だから、廊下みたいに窓をつけることはできないけど、それでも、少しデコボコしすぎだと思う。何か意味があるんだろうか。


「進むよ」


 ベゴニア様に先導されて、わたしたちは、地下通路を進む。しばらく歩いて、わたしは、何かおかしいと思った。だけど、何がおかしいのかがわからなかった。変なことを言って邪魔をしてもいけないし……。


 違和感に首をひねりながら、しばらく進んで、ようやくおかしいと思った理由がわかった。音が響かないからだ。正しく言うと、響いているけど、思ったよりも響いていないから。普通に外を歩くのと同じくらい。

 こういう場所なら、もっと音が大きく響いてもおかしくないと思うのに。


「どうかしたのかい?」


 わたしの様子に気が付いたのか、ベゴニア様が声をかけてくださった。聞かれたから答えるぶんには大丈夫だと思う。


「あの、あんまり音が響かないからどうしてだろうと思ったんです」


 それに対してベゴニア様は「ああ、そのことか」と笑ってから、「よく気が付いたね」と言って、パンと一回手を叩いて鳴らす。やっぱり思ったよりも響かない。


「これはね、壁の模様によるものだよ」


 壁の模様……?

 このデコボコした壁が、関係あるんだろうか。そう思って壁をまじまじ見ても、やっぱり理由はわからない。


「音をいろんな方向に響かせて、バラバラにすることで小さな音にするんだ」


 音をいろんな方向に響かせたら小さな音になる?

 まあ、理屈はよくわからないけど、そう言うことらしい。このやけにデコボコな壁にもきちんと意味があったんだ。


「まあ、それだけじゃなくてね、この地下通路は、実は、この壁の奥にもう1枚壁があるんだ。そのおかげもあるんだよ」


 もう1枚壁がある。どういう意味だろう。別に、壁に扉が付いているわけでもないし、そうする意味があるんだろうか。いや、壁の模様みたいに、こっちにもちゃんと意味があるんだろう。


「まあ、壁のほうは音を小さくするためじゃなくて、結露を防ぐためなんだけどね」


 結露。あの窓とか壁とかが気付いたら濡れているやつだ。よくわからないけど、王都に来る前から経験がある現象。


「地下は冷たくて湿った空気がたまっちゃうから、結露が起きやすくてね、それを防ぐために、壁を二重にして空気の層をつくるんだ。って、まあ、そんな話、いまはいいかな」


 つまり、その濡れない対策のためにつくった空気の層が、音を小さくするのにも役に立っているっていうことらしい。結局、わたしにはちんぷんかんぷんだったけど。


 でも、やっぱり、ベゴニア様はカメリア様と兄妹なんだと思う。こうしていろんなことを知っていて、いろんなことを教えてくれるところとかがよく似ている。優しいところも含めてそっくり。


「おっと、そろそろ魔法学研究棟側の扉が見えてくる頃だ。頃合い的には?」


 ベゴニア様は、振り返り、調査に同行していた人の中の1人に問いかけた。その人は大きくうなずいている。ということは、頃合いがいいってことなんだと思うけど、何の頃合いなのかはさっぱりわからない。


「ここから先は、魔法学研究棟側に迷惑がかかるかもしれないから、なるべく声や音を出さないように。会話はできるだけ小さな声で」


 そんなふうに、わたしにだけ言う。ということは、わたし以外は、先にわかっていたみたいだ。まあ、魔法の研究をしているところだし、なるべく迷惑をかけないようにするのは大事なことなんだと思う。


 ちょっとしたことで、大きな事故になっても困るし……。


 進んでいくと、そこには扉があった。図書室にあったものと同じもの。でも、こっちは階段ではなく、通路の先にそのままあるので不思議だ。


 そう思ったけど、魔法の研究をするような場所だから、もしかしたら地下に部屋とかがあるのかもしれない。わたしのいたような町の建物じゃそんなことは考えられないけど、こういうところだったらおかしくはない……のかもしれない。


 ベゴニア様が扉に手をかけて、ゆっくりと開こうとして、カタンと開くのが止まる。どうやら、封鎖されているみたいだ。ということは、利用したのは学園側の人だったということだろうか。


 そう思っていたら、扉の奥から慌ただし気な声と足音が聞こえ始める。どうやら何かあったみたいだ。


 どうするんだろうと思って、ベゴニア様の顔を見ると、険しい顔をして、扉の先を見ている。何かを観察しているようだった。

 その顔に思わず、わたしも緊張してしまう。これから何が起こるのか。


「君の光の魔法をボクにかけてくれないかい?」


 そう言われて、きょとんとする。だけど、必要な状況だと判断して、そう言っているのだということは理解できた。


「どれを、でしょうか」


 わたしはどの力をベゴニア様に使えばいいのだろうか。そう聞くと、ベゴニア様は笑う。


「ここを蹴破る。付与をしてくれないかな」


 け、蹴破る?


「封鎖されているのを蹴破って大丈夫なんですか?」


「これはもともとされていた封鎖じゃないよ。もっと簡単な、応急のものだ。だから、蹴破れるのさ」


 なぜそんなことがわかるのかはわからなかったけど、きっとベゴニア様が笑って言うのだから間違いないはずだ。だから、わたしは、小さく、息を込めて、ベゴニア様に「付与」をする。


「付与をかけました」


「わかった。ありがとう」


 そう言って、わたしの頭をポンと撫でてから、ベゴニア様は調査員たちのほうを向いて言う。


「ボクが扉を蹴破りしだい、魔法学研究棟に入る。手はず通りに動くように」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ