161話:楼の姫と白い刃・その9
ラミー夫人から伯爵たちの一斉招集に関してのおおよその案がまとまってきたという話を受けて、こちらも、早いところお兄様に説明をしなければならないと思い、取り急ぎ、学園の空き教室を私的な学習という名目で借り、そこで話をすることにした。
「それで、ボクを呼んだということは、先日の件にある程度の進展があったということだね」
もともと、お兄様には「進展があったら連絡をくれ」というようなことを言われていたのだし、呼び出されたお兄様はそう言うことなのだと理解したようだ。
「はい、そして、お兄様にお願いしたいことがあります」
わたしの言葉に、お兄様は少しのためらいもなく「いいよ」とうなずいた。もとより断る気がないのか、それとも、わたしを信頼してのことか。
「カメリアの頼みを断るはずがないし、そもそも、ボクにできること、あるいはボクにしかできないことだから頼むんだろう?」
そう言ってから「そうじゃなかったら、一人でどうにかしているだろうしね」とはにかむ。まったくもって人がいいというかなんというか。
「では、簡単にこれまでの経緯を説明いたします」
そう言って、わたしは、アスセーナさんの事情からルイン計画、現状の動き、サングエ侯爵への依頼までを含めて一通り簡単に説明する。
「以上が、この件の進展になります」
「……進展しすぎだと思うけど、まあ、カメリアだからね」
なんか、謎の納得をされたけれど、そこはいい。「知り得ない知識」があるから、ほかの人よりもスムーズに事が進むのは事実だし。
「それで、ボクは何をすればいいんだい?」
「はい、陛下の勅命として、学園地下通路の調査という名目で、地下通路の奥にある秘匿研究室の調査を行って欲しいのです。もちろん、お兄様一人というわけではありませんが、指揮を執っていただきたいのです」
お兄様は「なるほど」とうなずいた。それから話を整理するかのように、あらためて言葉を出す。
「カメリアは王城で首謀者たちを、サングエ侯爵が表で引き付け役を、ボクが地下通路から調査を行うということだね」
その言葉にわたしはうなずいた。そして、それに加えて、ラミー夫人が伯爵たちの裏にいるであろう人物を暴くために動くというのもある。
「この作戦における要は、お兄様です」
証拠という意味では、アスセーナさんの持ってきた資料があるのだが、その裏付けともいえる物的証拠を押さえるのがお兄様の役割となる。完全に逃げ場を無くすための作戦なのだから。
「わかっているよ。陛下や公爵たちで証言を得ることはできても、肝心の証拠がなくなってしまったら、具体的にどこまで何が行われて、どうなっていたのかなどがあいまいなままで終わってしまうかもしれない。それは避けないと」
まあ、お兄様ならば大丈夫だろう。
別に楽観的にそんな判断を下しているわけではなく、お兄様ならば大丈夫だろうといういくつかの根拠があっていっている。
まず、そもそもにして、お兄様のルート、ベゴニアルートで突入したのがお兄様とアリスちゃんだったということ。それならば、その2人なら成功率は格段に高いはず。
そして、そのときとは異なり、今回に関しては、明確な目的もあれば、準備の質も、サポートも桁違いだ。
「しかし、ボクが気にした扉から、こんなことになってしまうなんてね」
やれやれとでも言いたげなお兄様だけれど、そんな気分なのはわたしのほうだ。だけれど、こうなったことで、ほかのルートも時期がズレただけで、起こり得る可能性があるということが分かったのは大きい。
「お兄様のおかげで、わが国にある問題の1つが明るみに出たのだから気にすることではありませんよ。むしろ、そんな不埒な輩がはびこっていたことのほうが、余程憂慮すべき問題だと思います」
実際、ここまでではないにしろ、何かしらの悪事や不正を働いている貴族は少なくない。そうした貴族を全て正すことは不可能だろう。
だけれど、ここまで、大きなことを見せしめのような形で、処罰することは、抑止力として機能するだろう。特に、伯爵たちはいつ自分がこうなるかとおびえることになるだろう。
それを考えれば、今回明るみに出たのは幸運ともいえる。
「まあ、確かにそうだね。どうしても、地方に領地を持つ貴族相手だと、どうしても見逃しがちになってしまうけど、完全に監視するというほどの人員はないしね」
そも、その監視を買収されたら……、なんてことを考えたらキリがないわけで、そういう意味でも現実的ではない。
「さて、ボクのやるべき役目はわかったけれど、実際、動き出すまでに、そう時間はないのだろう?」
そう言いながら、何か決意をしたように立ち上がる。できる限りの準備をするつもりなのだろう。さすがというか、なんというか……。
「急なことで申し訳ありませんが……」
「わかっているよ。じゃあ、ボクはいくよ」
そう言って去るお兄様が持っていた本は、「楼の姫」と「白い刃」。そう「楼の姫」である。
本とお兄様は切っても切り離せない関わりがあるけれど、その1つとして、図書室のイベント、そう、アリスちゃんとの好感度イベントである。
これ自体は、わたしが乗り切ったものであり、お兄様とアリスちゃんの好感度によって、1冊だけ本が変わる。
それが、「夢の霞」と「楼の姫」である。王子ルートに突入したこの世界では、「夢の霞」のほうが選択されたはずなのだけれど、ここで、よりによってお兄様がその本を持っているというのは意味深すぎる。
確かに、現状、なぞっているのはお兄様ルートの出来事であり、それを考えれば、「楼の姫」が出てくることはおかしくない……といってもいいのかもしれないけれど。
「夢の霞」は、夢を叶えられなかった老人がずっと後悔を抱えて生きていたけど、あるとき、いまからでも遅くないと思い立ち、夢の霞を探す旅に出る。
ビジュアルファンブックの説明によると、夢を叶えられなかった……アリスと結ばれることはなかったが自分の道へと進む「未来」を示す本。
では、「楼の姫」はというと、高嶺の花という言葉に近いだろうか。農家の次男坊が、自分とは身分も住む世界も異なる貴族の娘に恋をするものの、彼女は貴族の家にある高い塔に半ば幽閉されていた。そんな大きな壁を乗り越えた恋愛の話。
ビジュアルファンブックの説明では、「住む世界の違う2人の恋愛」であり、アリスと結ばれる「未来」を示す本。
それを「現在」を示す、「白い刃」と一緒に持っているというのは、どうにも、わたしとしては、何らかの意味があるのではないかと深読みしてしまいそうになる。
もちろん、ただ読みたくなったというだけの可能性は十分にあるのだろうけれど、それにしてはタイミングがいかにもすぎる。
ただ、だからといって、お兄様とアリスちゃんのルートが確立され始めているわけではないはずだ。では、だれとの未来なのか……。いや、それ以上は考えるべきではないでしょう。
「しかし、……策は二重、三重に敷いてこそ意味がある、ですか」
わたしは、ふと、頭によぎったことを実行するべきか、一度持ち帰り、ラミー夫人と話し合うか考えて、あえて前者を選ぶことにした。
実際、どちらが正しいかはわからないにしろ、慎重を期すなら相談したほうがいいに決まっているのだけれど。
場所は変わり、庭園。ここに来た目的は、もちろんシャムロック……ではなく、ここによく来るであろうもう1人のほうである。
「あ、カメリア様、今日はお時間があるんですね」
場合によっては嫌味に取られかねない文言だけど、まあ、彼女の言い方に、そのような含みがないのはわかるので、さらりと流しながら笑う。
「いえ、ですが、少しアリスさんにお話しがありまして」
そう、わたしがここに来た理由、それは、アリスちゃんと話をするためである。
もともと、お兄様……いや、ベゴニアルートで、地下通路の向こうに行ったのは、ベゴニアと主人公である。であるのならば、お兄様とアリスちゃんの成功率が高い。だというのなら、確率を少しでも上げるために、彼女を巻き込むのはありなのではないだろうか。
「わたしに、ですか?」
「ええ、アリスさんに、です」
きょとんとする彼女の反応も当然だろう。世間話をしにきたという様子でもないのに、突如、話をしに来たといわれても困惑するのは当然のことだ。
「一体何でしょうか」
話を聞くためか、じょうろを足元に置いて、わざわざ聞く態勢を整えてくれる。そんな彼女に、わたしは小さく微笑みながら言う。
「実は、数日のうちに、この学園でちょっとした調査が行われるのです。本来なら、わたくしもそれに参加したいところだったのですが、少し別の用事が入っていまして。アリスさんには、わたくしの代わりに参加していただきたいのです」
わたしの代わりにというところで、アリスちゃんは微妙な顔をする。まあ、貴族がやるような役割を押し付けられるのは不安だろう。
「調査ですか。でも、わたしに代わりが務まるのでしょうか」
「基本的な調査はお兄様が中心となってくださいます。なので、お兄様のちょっとした手伝いをしてくださるだけで構いません」
お兄様の名前を出したら、アリスちゃんは安堵したように息を吐いた。




