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016話:カメリア・ロックハート09歳・その3

 部屋に入り、挨拶をしようとしてうやうやしく頭を下げた瞬間に、極寒の冷気が襲ってくるのを感じて、わたしはとっさに同じ魔法、すなわち「氷結」で相殺した。そう、相殺してしまったのだ。


「へえ、なるほど」


 しまった、と思ったのは、何が起こったのかを理解した瞬間だった。確かに、考えてみればこういうことをしてくるような性格であったと思う。それなのにそれを予想していなかったのは完全にわたしのミスだ。それも油断があったからか、それともラミー夫人という人物と「氷結」を結びつけて考えていたこともあって、その思考に引っ張られて思わず「氷結」という魔法を選択してしまったのか。


 言い訳はいくらでも思いつく。しかし、それは紛れもないミスをしたことを帳消しすることにはつながらない。


 ミスとは何か、それはわたしが本来使えないはずの「氷結」の魔法を使ってしまったことである。「複合魔法」を使ったことが問題なのではない。8歳という年齢を考えれば十分に問題なのかもしれないが、そこはいくらでも誤魔化しが利く。ではどこに問題があるかといえば、「氷結」は「水」と「風」の「複合魔法」なのだ。


 わたしが使えるということになっているのは「土」、「火」、「水」の三属性。つまり、少なくともそこに加えて「風」が使えるという四属性ということがラミー夫人に伝わったことになる。それも、四属性と三属性ならさほど公表に対する差異はない。わざわざ一属性だけを隠して公表する理由もない。

 だからこそ、ラミー夫人ならば、わたしが「五属性」以上の魔法を使えるのではないかという推測も容易に立てることができるだろう。


「何かあるんじゃないかなとは思っていたけど、思った以上に何かありそうね」


 面白そうに頬を緩ませるラミー夫人。完全に今のでロックオンされた形となった。彼女の興味への探求という行為から逃れるのはほとんど難しい。何分、彼女は多くの情報を持ち、かつ、調べ事をしても疑われない立場だから。

 こうなってしまった以上はしょうがないのかもしれない。


 下手に中途半端な調査されて、わたしが周囲から変な疑いを向けられたら困る。戦争回避に向けての動きなども必要になってくるのに、そんなことをされてしまっては困るのだ。だから、こうなった以上は、ラミー夫人には明かす必要があるだろう。彼女の探求心が満足するまで。


「お察しの通り、わたくしは三属性……ではなく、五属性の魔法を使うことができます。光と闇以外の五属性、ですね」


 その言葉に、ラミー夫人の目端がきらりと光ったような気がした。興味を持つには十分な情報だったのだろう。


「五属性、過去に1人として存在したという記録は残っていなかったと思うけれど、そんな存在が生まれたとあっては隠すほかないでしょうね」


 実際、過去に1人もいなかったかどうかは分からない。そのあたりの記述はビジュアルファンブックでもされていなかった。でも、きわめて珍しい存在であることは間違いない。


「王家は知っているのかしら。特に陛下あたり」


「いえ、このことを知っているのはわたくし自身とお父様、お母様、お兄様、そしてラミー夫人のみです」


 つまり、王族の誰にも知られていないどころか、ロックハート家の直系を除けば、ラミー夫人以外は知らないということ。


「あら、意外ね。殿下の婚約者になっているのだから、王族、特に陛下あたりは知っているものとばかり思っていたけど」


「それには三属性で十分ですし、それ以上に五属性という異端じみた存在がどう扱われるのか分からなかったからという部分が大きいのでしょう。国内外での権威を広めるための政治的利用をされるか、それとも異端として処されるか。そうしたことを避けるために、前例がないではない三属性として公表するに至ったのです」


 王子の婚約者としては三属性もあれば選ばれるのは間違いない。少なくとも、他に生まれたとしても公爵家であり三属性であるわたしに身分なども含めて勝てる王子の婚約相手は存在しない。


「グラ……、いえ、ロックハート公爵の性格を考えれば、まあ妥当な判断でしょう。それにしても……、なんというか……」


 何か思うところがありげにわたしの顔を見るラミー夫人。どうかしただろうか。今までの話に納得できない部分なんてなかったと思うけど。


「てっきりもっと欲深い子か、なんでも言われたとおりにやる面白みのない子のどちらかだと思っていたけど、どうにもそういう感じでもないみたいね。どうして王族の婚約者なんてつまらないことをやっているの?」


 王族の婚約者を「つまらないこと」と吐き捨てるのは不敬に当たらないのだろうか、なんていうのは彼女にとっては関係ないんだろうな。


「国王陛下の元婚約者で、『その方が面白そうだから』という理由で婚約を破棄して、ジョーカー公爵と婚約されたラミー夫人らしい物言いだとは思いますが、わたくし自身としては、今は(・・)この婚約にメリットがありますから」


 そう、現国王陛下の婚約者だったけど、婚約を破棄してユーカー・ジョーカー公爵と婚約したのが、このラミー夫人。それゆえに国王陛下とも未だに結構親しい中でもあるらしい。


「メリット……?」


 まあ、彼女からすれば、どこにメリットがあるのかわからないのだろうけど、ラミー夫人にはウィリディスさんのことも含めて明かすつもりでいる。もちろん、これから先の話も。

 なぜなら彼女にはそれを調べるだけの権限と力がある。


「当代の『黄金の蛇』を継承しているラミー夫人に下手な隠し事をして、探られても困りますからできる限りのことは話すつもりですよ」


 この国の建国当時から代々継承されてきた「黄金の蛇」。建国時から存在しているけど生き続けているわけではないというのは、その力と名前が継承されてきたからと言うだけの話。「黄金の蛇」という存在はずっと存在し続けているけど、1人の「黄金の蛇」が生き続けているわけではないのだ。


「……それを知っているのは陛下と旦那くらいのはずなんだけど」


 一瞬で目が鋭くなったけど、まあ、それもそうだろう。知らないはずの秘密を知っている9歳の少女なんて怪しいことこの上ない。そして、普段は逆で、彼女が他人の知らないはずの秘密を知っている立場なのだ。あまり気分がいいものではないはず。


「その辺を含めて、わたくしの目的と知っていることについて話させていただきたいのです」


「聞かせてくれるというのなら喜んで聞くけど、なぜ自ら明かすの?」


「先ほども言いましたが、探られると困るからです。もちろん、わたくしの発言が本当か確かめることはするでしょう。でも、そこで止まるのならばそれでいいのです。中途半端に知られてしまい、その調査からわたくしに何かあると周囲に悟られるようなことになった場合は、わたくしの目的に支障が出ますから」


 もちろん、彼女は「そんな悟られるような調査はしないわ」というのだけれど、念には念を入れて、ということ。


「わたくしの目的は、『生き延びること』、です」


「生き延びる……?

 つまり、誰かに殺される可能性がある、ということかしら」


 まあ、普通、そんなことを言われて、不審に思わない人はいない。だからラミー夫人の問いかけももっともだと思う。


「殺される、ええ、ある意味そうかもしれません。少なくとも、このままいけばわたくしは王子殿下に処刑されるか、ファルム王国との戦争において殿下を庇って死ぬことになります」


 荒唐無稽で、聞く人が聞けば殿下に対する不敬罪を訴えてきそうな話だけど、ラミー夫人の興味はそこよりも「ファルム王国との戦争」の方のようだ。


「ファルム王国との戦争ですって。そんな動きは全くないわ」


「今はないでしょう。わたくしが言っているのは今から7年後、わたくしや殿下、あなたのご子息が16歳になった年の最後の月から先の話です」


 このディアマンデ王国は近隣にいくつかの国がある。北方、ジョーカー公爵領と面しているのがベリルウム王国、西方のファルム王国と元ツァボライト王国、北東にはクロム王国が、ファルム王国を挟んでさらに西方には大海の出入りを管理するアルミニア王国。

 このファルム王国が、かつてツァボライト王国の国宝である「緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」を求め侵略した国だ。

 ちなみにロックハート領が接しているのは東方。


「そんなに先の話をまるで予言かのように語るのは怪しさが満点過ぎるわ」


「ええ、普通ならば、ですがね。わたくしは普通では知り得ない知識を有しているのです。その証拠が『ラミー夫人が陛下の元婚約者であった』ことや『当代の黄金の蛇である』ことを知っていることです」


 その言葉に、ラミー夫人は少し悩むような顔をしていた。わたしの言葉のどこまでが本当なのかを探ろうとしているのだろう。


「普通では知り得ないことといったわね。他にはどのようなことを知っているの」


「ラミー夫人が知らないことを語っても仕方がありませんから、先代の『黄金の蛇』に関する話などでしょうか」


 先代の「黄金の蛇」のエピソードはミニシナリオという形で語られているもので、陛下がまだ殿下だった頃のエピソード。登場人物は陛下とラミー夫人、ユーカー公爵、先代の「黄金の蛇」で、ラミーが「黄金の蛇」を継承するに至った部分を主に語ったエピソード。ちなみに、その継承の数年後に先代「黄金の蛇」は亡くなられたらしい。


「未来視などではなく、『知り得ない知識』を持っているという解釈でいいのね。それとも『未来視』と『過去視』を持っているのかしら」


「わたくしのそれは、そのような空想上の産物よりももっと不便なものでしかありません。知らないことは知りませんし、他の人が知らないようなことを知っていますがそれ以上の掘り下げた知識がない場合もあります」


 この世界においても「未来視」や「過去視」というのは魔法の域を超えた空想上のものだとして語られている。だから、実際にそんな力があるとは言われていないはず。ラミー夫人も与太話のような意味合いで言ったに違いない。


「ファルムが戦争を起こすといったわね。理由は?」


「ツァボライト王国が侵略を受けたのと同じ理由です。ツァボライト王国の国宝、『緑に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)』を狙って、この国にも侵略が行われます」

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