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159話:楼の姫と白い刃・その8

 わたしの言葉に、サングエ侯爵は呆れたような笑みを浮かべる。その表情には「お人好し」とでも書いてあるかのようだった。


「わざわざ、機会をくれるというのだから新たな公爵殿は人がいい」


「ただ人員が足りていないだけです」


 あくまで、表向きとしては「人員を分けてもらうため」である。ただ、都合のいいことに、サングエ侯爵家は「融資」を担当する。そう、魔法研究への融資も担当しているのだ。「その研究のためにお金を貸す」というようなこともあるわけで、だからこそ、人員を借りることに何ら違和感はない。


「そう言うことにしておこう。それで、人員を貸すというのなら、そのくらいはいくらでも貸すが、具体的にどういう作戦を行うつもりなのだ」


 まあ、具体的な作戦がわかっていないと、どのくらいの人員を貸せばいいのかがわからないからだろうし、そうでなくても、作戦にかむのだから詳細は知りたいだろう。


「今回の作戦は三方向同時展開という一見、複雑そうな作戦となります」


 あくまで、複雑「そう」であって、複雑ではない。というよりも至極単純な作戦を展開するだけで、それが三方向に向かって行われるだけだ。


「ほう、三方向。二方向までは何となくわかるのだが、もう1つの方向が見えてこないな」


 単純に考えれば二方向は簡単にわかる。ようは「伯爵たち」と「秘匿研究室」の二方向だ。


「作戦決行の当日、陛下にお願いいたしまして、すべての伯爵を適当な用向きで呼びつけます。そして、そこでこの資料を用いて、5つの公爵家と王家で、その真偽を問う。これが一方向目ですね」


 ようはウソの予定で呼び出して、油断しているところに証拠を突き付けるということになる。だけれど、それをわたし個人でやるわけにはいかないし、かといって、王家とスペクレシオン公爵家だけというわけにもいかない。

 公平にそれを判断するために、公爵家すべてで、その判断を行うべきだろう。


「次の方向は、魔法学研究棟を調査するものですね。サングエ侯爵にはこちらを担当していただけたらと思います。融資金の不正な流れがないかの調査といういい名目もあるので、表から堂々と調査していただければ助かります」


「なるほど、そのような役割を持ってくるか……。いや、かませてもらっているのだ、文句は言うまい。せいぜい、堂々と行って、注意を惹きつけるとしよう」


 さすがに理解が早い。

 そう、サングエ侯爵に出してもらう人員は、簡単に言ってしまえば陽動だ。正面からの堂々とした調査に目を集める。


「そして、最後、三方向目として、魔法学園と通じる地下通路を通っての調査です。こちらに関しては陛下の勅命という切り札を使いましょう。そうすれば一応、表向きの理由にはなります」


 この陛下の勅命というのも、大げさな言い方だけれど、こちらも表向きのいい言い訳があるのだから、活用しない手はないだろう。


「勅命だとすれば、使えはするだろうが、その責任がすべて陛下にかかってしまう。陛下なら笑って許可をするかもしれないが……」


「何も『ルイン計画を調査する』などというものでなくてもいいのですよ。もっと、都合のいい理由があるではありませんか」


 わたしの何か企んでいるようなものを感じ取ったのか、サングエ侯爵は若干ひきつったように顔をこわばらせていたけれど、こんなものは、単純で、かつ狡すからい屁理屈だ。


「『魔法学園の封鎖されたはずの地下通路に最近使用された形跡があったからそれを調査する』なんてものでいいのですよ。何せ、あの学園は『王立』なのですから」


 そう、国立魔法学研究棟や国立錬金術研究棟などと異なり、あの学園は「王立」なのだ。そう、王立ということは、国王陛下あるいは王族のだれかが設立した学園である。

 実際、王立魔法学園は、初代国王であるアダマスが設立したものであり、それ以来、運営こそ国でしているものの、表向きのトップは陛下となっている。


 そのため、陛下が勅命で、魔法学園とそこに関係するものの調査を命ずるのは、なにもおかしくないのだ。


「ですから、ただ、偶然、陛下が伯爵たちを呼び出した日と、サングエ侯爵が融資金の不正な流れがないか調査する日と、陛下の勅命で地下通路を調査する日が重なってしまっただけに過ぎません」


「なるほど……、これは同盟の立役者というのも納得ができた」


 作戦に納得しての「なるほど」かと思ったら、どうやらわたしを評価してのことだったらしい。まあ、ようは「見た目で甘く見ていたけど、思いのほか頭が回るな」ということだろう。


 ただ、これもまた、少し微妙な評価というか、単純に考えてみれば、見た目や年齢などから最初の期待値が非常に低いところから始まっているのだから、そのギャップのおかげで評価が高まっているという部分もあるからなあ……。


「それで、その勅命として動くのは誰が担当する。彼女か?」


 そこで視線を向けられるのがラミー夫人だけれど、ラミー夫人は首を横に振った。そう、今回、ラミー夫人には、三方向同時展開の作戦とは別に、四方向目として作戦に参加してもらっている。

 それこそ「黄金の蛇」という立場を利用して、伯爵たちの裏にいる存在がだれなのかを探るという最重要といっても過言ではない部分だ。


「いいえ、私には別の役割があるので、今回、その役割を担っているのは別の人物です」


 ラミー夫人の言葉に、サングエ侯爵は、ほかの候補を考えているのだろう。だが、おそらく、どれだけ考えたところですぐに出てくることはないはずだ。だから、わたしは先に答えを提示する。


「その役割は、わたくしの兄、ベゴニア・ロックハートに任せようと思います」


 ここで出てくるのがお兄様だ。

 本来……というべきではないのだろうけれど、あくまで、神々によって予測された世界線の1つにおいては、アリスちゃんとともに、地下通路を通り、事件を解決したお兄様だ。


 そもそも、発端からして関わっているのだから、「地下通路に最近使用された形跡があった」という報告を上げたのがお兄様ということにすれば、その調査をお兄様が任されるのは不思議な話でもない。


「なるほど、当事者であったものの内、公爵は王城に出席せねばならず、リリオにはそうするだけの立場がない。そうなれば、順当なのは彼か」


 わたしは公爵として王城で伯爵たちの詰問のほうに参加、アスセーナさんはそもそも貴族でもないのに調査を任されるはずもなければ、危険を冒してまで人前にさらす理由もない。

 順当にいけば、当事者の中から選ぶのならお兄様が適任ということになるわけだ。もちろん、当事者外から選ぶということも出来なくはないけれど。


「作戦の概要はわかった。そうなると、これから、公爵殿は王城でいろいろと動かれるのかね?」


「いいえ、王城にはラミー様に向かっていただこうと思っています。あごで使うようで気が引けるのですが……」


 これは、けしてわたしがサボりたくてラミー夫人に押し付けているわけではない。わたしは新しい公爵として、注目度がかなり高い状況にある。


 そんなわたしが足しげく王城に通っていたら、どういう理由にせよ、注目が集まるのは必然だ。そんな状況でまともに話を進められるはずもない。一応、隠し通路を使えば、それらの問題を無視していくことも可能だけれど、注目度が高い中で、隠し通路を使うのもあまりよくない。万が一ということもある。

 それなら、もうラミー夫人があれこれやったほうがスムーズなのだ。


「むしろ、使ってもらえたほうがいろいろと楽に済むかもしれないと思ってしまっているのだけれどね」


 それはようするに、わたしが情報を出して、ラミー夫人が実働すれば、この国の抱えている問題ごとが楽に片付くだろうというような意味合いだろう。まあ、実際はそううまくはいかないだろうけれど。


 そんな話をしていたとき、不意にドアがノックされた。サングエ侯爵がわたしたちに断りを入れてから、その人物を招き入れる。


 話も一段落していたタイミングだし、別にそこまで問題ではないだろう。


 入ってきたのは1人の女性。確か……、モーガナイト・サングエ夫人。サングエ侯爵の息子であるサピロス・サングエの婚約者だったはずだ。彼女は、サングエ侯爵家と同じくらい古い歴史を持つアーリア侯爵家の現当主の姪で、大きな侯爵家同士の婚約ということもあり、少しばかり話題になったのを覚えている。


「御歓談中に申し訳ありません。サピロス様が、ルベウス様に至急、確認したいことがあるとのことで、こちらの書類を渡すようにと」


 1枚の書類がサングエ侯爵に手渡された。それに目を通したサングエ侯爵は、何やら面白いものがあるかのように頬を緩ませる。


「サピロスには『心当たりはない』と答えるように伝えてくれ」


 それだけ言うと、モーガナイト夫人は、わたしたちに軽く謝ってから、そそくさと退室する。それを確認してからサングエ侯爵は書類をわたしたちに見せる。


「何やら、魔法学研究棟から秘匿性の高い研究の記録が盗まれたと書いてある。それも、情報を回している名義はナリーチェ伯爵だ。相当切羽詰まっているのか、それとも何か意図があってやっているのかはわからないがな」


「焦っているのは間違いないと思います。まず、秘匿研究室にたどり着くこと自体が、想定外であり、地下通路を通って逃げられるのも想定外、そして、探しても見つからないのも想定外でしょう」


 ただ、具体的な研究の内容であったり、どういう経緯で盗まれたのかであったりは話せないためか非常にぼかした書き方だ。


「よく、こんな露骨なことをする人たちで、ここまで隠し通せたわね」


「そんなことを言えば、十数年前の件ですら、露骨だったではありませんか」


 クオーレ侯爵の件の時点で十分露骨だ。隠し通せたのは、杜撰で露骨でも、数の暴力というか、伯爵数人が徒党を組んでいたからであって、今回の件のように段取りを崩すような突発的に起きる緊急事態がなかったからでもある。まあ、ピンポイントで狙いでもしない限り、その緊急事態なんてものが起こらないし。


「ですが、相手が焦っているのなら好都合です。さらにボロを出してもらえれば、つつく材料が増えますから」


 何なら、裏から操っているものがいるのなら、その人物に指示を仰ぐために何らかの連絡を取るかもしれない。そうした経路をたどれば黒幕にたどり着けるわけだ。


「それで、その隙にこちらは作戦を固めて、決行するということね。まあ、手早くやってしまいましょうか」


「当家では、いつでも人員を出せるようにしておこう」


 こうして、気たるべき三方向同時展開作戦に向けての最初の一歩が踏み出されたのであった。

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