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158話:楼の姫と白い刃・その7

 ラミー夫人との打ち合わせの翌日には、サングエ侯爵と会う約束の日時がカナスタさん経由でわたしに伝わっていた。


 どうやら、会いたいという話だけで、具体的な説明は何もしてないようだけれど、それでもアポイントメントを取りつけられるのだからさすがはラミー夫人だろう。


 もっとも、ラミー夫人いわく、「謎多き新公爵」であるわたしを見てみたいという思いが強そうだったからすんなりいったのだといっていたけれど。


 そんな経緯もあって、わたしは、アスセーナさんを連れて、サングエ侯爵家へと訪れていた。どちらかといえば、爵位による立場的には、わたしのほうに来てもらうのだけれど、今回は、わたしたちの話を聞いてもらうためということもあり、そういう立場を考えれば、わたしたちが赴くのが正しいだろう。


 平民として育ったアスセーナさんは、慣れないようで、落ち着きなくあたりを見回したり、手をパタパタと動かしたりしていたけれど、わたしはラミー夫人と合流して、そんなアスセーナさんを連れて、サングエ侯爵の待つ部屋へ通される。


「おお、君が……」


 わたしの顔を見て、何かを言おうとした男性は、わたしの後ろから入ってくるアスセーナさんを見て、硬直した。

 まるで信じられないものでも見ているかのように、目を見開き、歯をガチリと鳴らし、息を荒げる。


「ピヴワヌ……」


 彼の口から絞り出したように漏れ出たのは、娘の名前。わたしは当人を知らないから何とも言えないけれど、そんなにアスセーナさんとピヴワヌさんは似ていたのだろうか。いや、でも、ピヴワヌさんの顔を知っているであろうラミー夫人はアスセーナさんの顔を見ても特に何も言及していなかったし。


「彼女はリリオ・クオーレ。ペオーニア・クオーレ伯爵とピヴワヌ夫人の間に生まれたあなたの孫娘にございます」


 わたしは、自己紹介よりも先に、彼女を紹介するべきだと判断して、アスセーナさんを前にやり、そのように紹介した。それにより、彼の硬直は解け、「なるほど」と声をもらした。


「そうか……。あの子がこれほどまでに……」


 懐かしむような、寂しがるようなそんな哀愁の漂う顔で、彼はしみじみとつぶやいた。


 ルベウス・サングエ侯爵。


 サングエ侯爵家の中でも稀代の傑物と言われていた人物で、その手腕は、初代サングエ侯爵を思い起こさせるとビジュアルファンブックにあった。


 その初代サングエ侯爵はコランダム・サングエ。「たちとる」にて、クロウバウト家の初代であるシャマーのもとで働いていた青年だ。


 ただ、現在は、ラミー夫人の言っていたように、息子であるサピロスに仕事を任せて、半隠居状態のようだ。まあ、気を遣ってか、ラミー夫人は「少し隠居気味」と濁していたけれども。


「落ち着かれました?」


 そんなふうにラミー夫人が話しかける。さすがにわたしから切り出すような勇気はない。まあ、アスセーナさんの紹介はわたしが先にしてしまったけれど。


「ああ、すまなかったな。しかし、驚いた。だが、これのために来た……というわけではないのだろう?」


 確かに、アスセーナさんの顔を見せるというのは目的の1つではあったものの、子のためだけに来たというわけではない。


「その前に、まずは、彼女の紹介としましょう」


 この場合の「彼女」というのは、アスセーナさんではなくて、わたしのことだろう。わたしはうやうやしく頭を下げて、ニコリと笑みを浮かべて言う。


「わたくしは、この度、公爵位とスペクレシオンの家名を授かりました、カメリア・ロックハート・スペクレシオンと申します。サングエ侯爵のご高名はかねてよりうかがっていますので、この未熟な公爵めを何卒よろしくお願いいたします」


 少しばかり大仰な表現ばかりだけれど、ここが公の場ではないことも含めて、冗談だというのはさすがにわかるだろう。それも一応、嫌味にならない範囲で、先ほどのアスセーナさんの件があったので場を和ませる程度に言ったつもりだ。


「なに、少しばかり過分な評価をもらっているまでだ。そも、初代が人柄や功績など伝聞でしか残っていないのにもかかわらず、再来だなどといわれても実感などできぬさ」


 そのように自嘲気味に笑う彼は、年齢よりも年老いて見えるように感じた。気迫というか、意思というか、そういったものが沈んでいるからだろうか。


「いいえ、伝聞などではなく、『知識』としてコランダム・サングエ侯爵のことを知っているわたくしが断言いたしましょう。あなたは、コランダム・サングエ侯爵に勝るとも劣らない立派な方です」


 やっていることや情勢、権力、そういったものの条件が異なるから、一様に比べることはできないけれども、それでも、まず間違いなく、ルベウス・サングエ侯爵の功績は、初代のコランダムに匹敵するだろう。


「知っている……。

 おかしなことを言う。知っている人間などいるはずが」


「それを知っているのが、カメリアさんという存在なのですよ」


 眉をひそめて、「何を言っているんだ」というような顔をするサングエ侯爵に対して、ラミー夫人がくすくすと笑いながら、そのように言った。


「そうですね。では、少しばかり、初代サングエ侯爵であるコランダム・サングエ侯爵のお話しをいたしましょうか。あくまで、わたくしの『知識』にある彼のお話しとなりますが」


 そんな前置きをはさみながら、わたしは、コランダム・サングエ侯爵のことを思い出す。


「コランダムという青年は、シャマー様……クロウバウト家の初代ですね、シャマー様のもとで働いていた青年でした。当時は、いまの公爵家にあたる4人と初代国王陛下、初代王妃様、コランダム青年、それから陛下の直属であったベリル青年が中心となって、ディアマンデ王国をつくり上げようとしていました」


 ベリルという青年は、サングエ侯爵家と同等の古さを誇る侯爵家であるアーリア侯爵家の初代に当たる人物だ。

 そして、いま挙げたのが、ほぼ「たちとる」のメイン登場キャラクターにあたる面々となる。あと、強いてあげるならフェリチータくらいのものか。


「財や融資を担っていたシャマー様のもとで働いていたというように、コランダム青年も、また同じように、財や融資を手伝っていました。そして、それはこの国の財政をつくり上げるのにも等しい行為であり、それが現在のサングエ侯爵家の金融、融資を担う権利である侯爵位につながっているのですね」


 財の取りまとめは、クロウバウト家が行っているが、その財や金が回っていく中で、貴族であったり、あるいは商家であったりに融資をすることもある。そうした中で、融資された商家までもクロウバウト家が対応するかといえば、一部の例外を除いて異なる。


 それらを取りまとめるのがサングエ侯爵家である。


 そう考えると、体中を巡る血液であるところの「サングエ」が、融資を担うというのも面白い話に思えてきた。


「伝聞にある範囲も含まれているが、よく知っているものだ」


 まあ、サングエ侯爵家がどのような役割を担っているかがわかっている以上、どういう経緯だったのかというのは、ある程度伝わっていてもおかしくない。それでも、それ以上に、詳しく話せたとは思う。


「本来知り得ないことを知っているのがカメリアさんの恐ろしいところです」


「わたくしもすべてを知っているわけではありませんし、知っているからといってできるわけでもありません。わたくし自身は、ただの小娘に過ぎませんよ」


 まあ、ただの小娘というには、魔法に関して普通ではない才能を有しているけれども。さすがに、サングエ侯爵の前で堂々と「ええ、そうです。わたしは凄いんです」なんてことは言わないし。


「それで、その非凡な才能の持ち主である新しき公爵殿が、この隠居ものに何の御用かね」


 余裕があるというより、ただの世間話のような感覚でいるのか、あまり表立つつもりがないことは、この態度が物語っている。


「こちらの資料に目を通していただきたいのです。もちろん、わたくしたちが作り上げた空想の資料ではありません」


 そう言って、わたしは、アスセーナさんが秘匿研究室から持ち出した例の資料を取り出し、サングエ侯爵に渡す。

 それをわずかばかり、怪訝そうな目で見た後、数ページほど資料をめくり、そこから火が点いたようにものすごい勢いで読み進め始める。それまでの少し柔和そうにほころんでいた顔が歪み、別人なのではないかと思うほどの形相であった。


「これは……、これはどこにあった。いや、どういうことだ」


 資料の中身が衝撃的過ぎたのか、うまく頭の中がまとまっていないようだけど、それでも、説明が欲しかったのだろう。にらみつけるような勢いでこちらを見ているけど、その眼光に見えるのはすがるような思いだった。


「これから話すことは、わたくしの知識の上では、そう認識しているということでしかありませんが、信じてもらえると思い、お話しします」


 そうして、わたしとラミー夫人、そして、実際に資料を見つけ出した張本人であるアスセーナさんの3人が互いに、説明をフォローしつつ、十数年前から行われていた「ルイン計画」、「クオーレ伯爵の追放の真相」について、しばらくの間、説明を行った。


「よもや、それほどに大きな陰謀があったとは……。当時、それがわかっていれば……」


「仕方がありませんよ。融資を担当するサングエ侯爵家は、クロウバウト家などと同じように、あくまで『公平』な立場を貫かなくてはいけないのですから」


 苦い顔をするサングエ侯爵に、ラミー夫人がそのように慰めの言葉を送る。だけれども、それは事実でもあるのだろう。

 サングエ侯爵は、その家の立場があるゆえに、あくまで公平の立場を貫くしかなかった。何かに肩入れするわけにはいかなかったのだ。


「それで、わざわざ、このような話を公爵家たちが公に動く前に、ここに持ってきたのは、この隠居ものが抱く後悔の念を強めるためではないのだろう?」


 もちろん、そんな鬼のような真似をするためではない。というよりも、おそらくサングエ侯爵は、ここまでで、なぜわたしたちがここにいるかのおおよその予測は組み立てているのだろう。

 だとすれば、あえて言葉にする必要はないのかもしれないけれど、それでも一応、言葉にする。


「人員を貸していただきたいのです」

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