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156話:楼の姫と白い刃・その5

「以前に、アリスさんと結ばれる可能性がある人物について話したことを覚えていらっしゃいますか?」


 それを初めて話したのは、初対面のときだったか。だから、覚えていなくても無理はないけれど、まあ、たぶん、ラミー夫人のことだから覚えているだろう。何せアリュエット君すらも無関係ではないのだから。


「殿下とアリュエット、それからあなたのお兄さんに、ファルシオンの息子さんとトリフォリウムの息子さん。つまり、殿下と公爵の子息たち……だったわよね」


 どうやらきちんと覚えているらしい。その通り、それがアリスちゃんと攻略対象たちである。


「わたくしは、その中で、アリスさんと殿下が結ばれる道を歩むように進んでいました。それはご存知の通りだと思います。まあ、少し予定外のこともありましたが、そのように進みました」


 少しどころではなく予定外だったような気がしなくもないけれど、そこは本題ではないので置いておこう。

 わたしの言葉にうなずいていることから、この辺りは認識を共有できていると考えて問題ないだろう。


「ですが、一昨日、講義室でであったお兄様が、ある言葉を口にしたのです」


 そう前置き、わざとらしく間を開けたうえで、わたしはその言葉を告げる。


「『図書室で少し気になるものを見かけたんだけれど』と」


 ラミー夫人がその言葉を呑み込むのに、そう時間はかからなかった。かからなかったからこそ、逆に困惑したのだと思う。

 だって、知らない人からすれば、本当に、ただの会話の一文であり、それが何か特別意味を持っているようには思えない。

 わたしだって、お兄様からじゃなければ、「ああ、本当に気になったんだなあ」という程度の感想しか抱かない。


「それは、ただの普通の会話だとしか思えないのだけれど……」


 何か隠された意味があるのかと、少し考え込むラミー夫人だけれど、それを中断させるように、わたしは苦笑しながら言う。


「ええ、本当にただの会話です。わたくしも、それを言うのがお兄様でなければ、適当に受け答えをして終わっていたでしょう」


 言葉自体に意味が込められているわけではない。いや、「気になるものがある」という意味自体は、言葉通り込められているでしょうけれど。


「本来なら……と表現するのもおかしい話ですが、この言葉がわたくしの知る限りで、お兄様の口から語られるのは、アリスさんがお兄様と結ばれる道を選んだときに起こる、ある事件に関しての言及だったのです」


 わたしの言葉に、ラミー夫人は小さくうなずき、それでも、まだ腑に落ちないというような顔をしていた。


「まあ、あなたの『知識』を持って、その言葉が事件に関連しているとして、事件が起こる予測が立てられたことまではいいとして、それが2日前だったと。そこから、昨日事件が起きるとして、今日にいたったのなら準備不足もうなずけるわ」


 言葉だけでその予測をするというのはいささか短絡的というか、信用性の欠けるものではあるのだけれど、わたしのこれまでのことを考えて、それをラミー夫人は呑み込んだのだろう。まあ、「あの人がこういったらこんなことが起こる」なんて言うことで、前者と後者の相関がみられなければ、普通は信じない。


「それでもあなたの行動にしては、準備ができていなさすぎるような気もするけれど、そこを言及しても仕方ないでしょうし。

 それで、どのような事件なのかしら。その起こるはずだった事件というのは」


 これは、お兄様のルートで、その言葉のあとに起こる事件のことを指しているのだろう。まあ、いまの状況にもつながる部分があるから簡単に説明する。


「図書室にいたお兄様とアリスさんは、封鎖されている魔法学研究棟との地下通路の扉が無理やり開かれるような音が聞こえ、わずかに開いた扉から資料が差し込まれます。扉を開けられなかった人物がどうなったのかはわからないうえに、資料には聞いたこともない魔法実験について記されていました。そのため、その人物を追うために資料を調べていくのですが……」


 そこまで言えば、何となく起こる事件はわかるだろうし、その「魔法実験」というのも理解できるだろう。


「魔法実験……。なるほど、クオーレ伯爵が追放された魔法研究の悪用。あの実験が行われていたという資料なわけね。話を聞くに、その人物というのがリリオ・クオーレでしょう。そうなると、いまもあの研究が続けられているということでいいのかしら」


 当然知っているわよね。どのような実験が行われていたのか、まあ、十数年前にそれを知っているのだから当たり前なのだけれど。


「そうです。あのときより『ルイン計画』は続いています」


 ルイン計画。

 ビジュアルファンブックによると、人や物から魔力を吸い出し、それを蓄えて、利用しようという計画のこと。クオーレ伯爵が追放された魔法研究の悪用というのは、これを人体実験のような形で行っていたというもの。


 この場合の「ルイン」というのは「破滅」とか「遺跡」という意味の英単語ではなく、妖精座にある星の名前から来ているらしい。確か、天使アルコルは妖精座(キュイ)と呼んでいたか。

 ルインという名前も、何か関係あるのかもしれないので、今度アルコルに聞くのと、王子にも星の関係について聞いておかなくてはならない。


「魔力抽出計画。そもそも、そんな明るみに出たら、最悪処刑されてもおかしくない計画を、自分の領地でやるはずもないというのはわかっていたことだけれどね」


 確かに、バレたら一発アウトの計画を、自分のおひざ元でやらないだろう。管理しやすいが、リスクが高すぎる。特に、辺境ならばともかく、伯爵領なんて、クロウバウト家の目が光っているのだから。

 まあ、じゃなかったらどこでやるんだよという話でもあるのだけれど。


「この計画はある計画の前段階に過ぎないようですがね」


 わたしはそう付け加える。それに対して、ラミー夫人はいぶかしげにわたしを見る。でも、考えれば当然というか、単純な話。


「魔力を抽出する。そしてそれを蓄える。そこまではいいとして、その後、それをどう使うかという部分が、本来の目的です。魔力を抽出するというのはその前段階に過ぎません」


 そもそも、何のために魔力を抽出するのかという話だ。


 ただ抽出したいだけ?


 とりあえず思いついたから実験してみた?


 そんなはずはない。そもそも、それなら隠す必要もない。人に限らないのであれば、公表して実際に実験する許可も下りるかもしれない。難しいでしょうけれど。


「それで、その本来の目的とやらは何なのかしら」


 核心を早く言えとせかすように、ラミー夫人は言う。……だけれど、残念な話がある。


「その本来の目的……、それはわたくしも知らないのです」


 そう、知らない。なぜならば、「たちとぶ」でも「たちとぶ2」でも、それが明るみに出ることはなかったのだから。他に触れている作品は、「たちとる」こと「たちとぶ0」も「ととの」も過去の話であるし、「水銀女帝記」はシュシャの存在から「たちとぶ」と同時期。


 そのヒントはどこにもなかった。


 頼みのビジュアルファンブックでも、その本来の目的の示唆はあれど、肝心の内容は書いていないのだ。


「あなたが『知り得ない知識』でも知らないことだというの?」


「万能ではないというのは散々に言いましたが、この先、わたくしの知る未来における孫の代くらいの時代においては、少なくともそれに関しての知識が出るようなことはありませんでした」


 つまり「たちとぶ2」には、その情報がないという話。それに対して、ラミー夫人は、酷く微妙な顔をしながらも呆れた声で言う。


「だとするのなら、少なくともしばらくは、どうあっても、本来の目的にたどり着けないのではなくて。いまのうちに芽を摘んでしまえば、その内容がどうであれ、関係ないでしょうし、じっくり聞き出せばいいかしら」


 などと、これからのどうしようという話にシフトしていくラミー夫人の脳を、わたしは全力で引き戻す。


「いいえ、そうとは限りません」


 そう、わたしが知る未来というのは、あくまで「たちとぶ2」の世界なのだ。いま、この世界とは異なる。そして、「たちとぶ2」とこの世界では、決定的に違う要素がある。


「どういうことかしら」


 考えるように人差し指をあごに数度当てているものの、その答えにはたどり着いていないようだ。


「わたくしの知る未来というのは、以前にも話したように、わたくしが処刑されるか戦争で命を落としている世界なのです」


 そう、それはいま、この世界と決定的に違う要素。

 何が関係あるのか、そう思うかもしれない。だけれど、これは大きな違いだ。


「つまり、戦争が起きている。戦争が起きれば、こちらの計画だけに注力はできないでしょうし、軍事方向に転換していく中で、計画を続けるのが難しくなるかもしれません」


 少なくとも、戦争が起こるとなれば、魔法研究のバランスは変わり、普段は別の研究をしているとしても、そのときばかりは軍事転用の魔法研究になるだろう。そうなったときに、ルイン計画と並行してその研究を行えるだろうか。


「そうでなくとも、戦争の結果しだいで、ディアマンデ王国はファルム王国の実質属国になっていました。当然、魔法学研究棟は調べられるでしょうし、よしんば研究を隠滅して、ファルム王国に奪われなかったとしても、研究員はそうもいきません。人材は奪われるかつぶされるか。少なくとも研究は続行できないでしょう」


 まあ、秘匿研究室までたどり着かなかったとしても、研究の続行は不可能でしょう。そもそも、研究員どうこうの問題もあるけれど、スポンサーであるところの伯爵たちも命があるかもあやしいし、資金はないでしょうから。


「そうなったうえで、もし研究を続けていたとしても、高い資質を持つであろう魔法を使える人材はすべて、ファルム王国に取られてしまいます。本来の目的にどれほど魔力が必要なのかはわかりませんが、少なくとも、魔力を集めるのが難しくなるでしょう」


 魔力を抽出することが目的であるのなら、どのくらい必要かはわからないけれど、その魔力を持っている人が少なくなれば、目標が達成できなくなるのは道理だ。


「つまり、その未来においてなせていなかったことが、なせる可能性もあるということね」

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