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155話:楼の姫と白い刃・その4

 翌日、魔法学園に向かうシュシャを見送り、アスセーナさんに見送られながら、わたしはジョーカー家に向かった。


 勝手知ったるというかなんとやら。さすがに、訪問回数がかなりの数にのぼるため、我が家のような感覚で、するするとラミー夫人の私室に向かう。


 事前に連絡はしているので、特に何かあるでもなく、スムーズに、そしていつものようにたどりついた。

 ノックして、返事を聞き、中に入るという一連の流れを経て、来客用の席に座る。


「それで、今回はどんな厄介ごとを持ってきたのかしら、スペクレシオン公爵殿」


 少しふざけた口調で「スペクレシオン公爵殿」と冗談めかして呼ぶ。ラミー・ジョーカー夫人。ジョーカー公爵夫人だ。


「厄介ごとではありますが、この国に以前からあるしこりをとるという意味ではいいことであると思います」


 そう、この事件というか、実験自体は、わたしが……、カメリア・ロックハートが生まれる前から存在するものだ。そうでなくては、わたしが産まれる前か、産まれてすぐのころにクオーレ伯爵が爵位と領地を没収されているのがおかしいから。

 それほど深く、この国にのさばっていた、そのしこりを切除するのだから、どれほど厄介でもやっておくべきことだろう。


「この国に以前から……?

 あなたが知らなかったことで、最近発覚したことだとでも?」


 わたしの「知り得ない知識」を知っている彼女からしたら、そんなことがあるのかと思うのかもしれない。だけれど……、


「わたくしの知識も万能ではありません。ですが、これ自体は以前から知っていたことではあるのです」


 お兄様ルートの内容自体は、わたしも覚えていたし、知っていた。


「では、タイミング的に難しかったということかしら」


「ええ、それが一番的確だと思います。まあ、これは皮肉なことに、地位を手にしたこともそのタイミングとしては一役買っています」


 国立魔法学研究棟の地下にあるという秘匿研究室を調べる。それができるのは、戦争回避という信頼と実績を勝ちとったことと、そして、爵位や地位として目に見える形でわたしのもとに手に入ったからだろう。

 そうでない小娘が調べようとしたところで、公爵令嬢であろうと難しい。特に、証拠隠滅までのことを考えると。


 そして、処刑の回避と戦争の回避という難関がすでに終わっているということもタイミングとしてはいい。

 そのタイミングで、アスセーナさんがやってきたというのが、偶然であるのなら神がかったタイミングといえるだろう。まあ、本当に偶然ならだけども。


「中々に面白そうな話ね。あなたが持ち出してきたということは、……いくつか思い当たるものはあるけれど、どれかしらね」


 公爵夫人としてなのか、「黄金の蛇」としてなのか、思い当たるものがあるというラミー夫人。さすがというかなんというか。複合魔法の発明といい、この人は本当に天然チートというかバグの類だと思う。


「それではクオーレ伯爵という元伯爵に聞き覚えはありますか」


 その言葉に、ラミー夫人は眉を上げる。知っているのだろう。そして、思い当たるものに、あったのか、それともなかったのかはわからないけれど、意外というよりは、納得という感じの表情を浮かべた。


「クオーレ伯爵……というよりは、ピヴさん……ピヴワヌさんとはよく話していたから、知り合いではあるわ」


 ピヴワヌ……、言い方から推察するに、クオーレ伯爵夫人だろうか。

 ……ビジュアルファンブックでも、クオーレ伯爵とその夫人は、名前すら出てこず、ずっと「クオーレ伯爵」と「クオーレ伯爵夫人」という表記だったからなあ。


「彼女、サングエ侯爵の四女だったから、少し年が離れていたのだけれど、それなりに話す機会もあったのだけれど……」


 最後が尻すぼみになったのは、現在、その彼女が平民となったことを思ってのことだろうか。

 しかし、「サングエ侯爵」。ここでその名前が出てくるとは思わなかった。でも、考えてみれば意外ではないのかもしれないとも納得できるか。


「そのクオーレ伯爵です。いえ、元伯爵ですか。ある実験をしていたことが明るみになって、そのことにより爵位と領地を失ったという」


「ええ、ペオーニア・クオーレ伯爵。私や彼も、当時は、伯爵がそんなことをするはずがないと思っていたのだけれど、押し切られる形で爵位と領地の差し押さえが決まってしまった。何かあるとは思っていたけれど、やはり裏があったのね」


 ペオーニア……。ああ、ボタンとかシャクヤクとかか。「花」と「体の部位」という法則がアスセーナさんの両親にも適用されているのなら、間違いないと思う。


 しかし、ピヴワヌってなんだ……。

 父がボタンかシャクヤク、娘はユリ。

 ああ、「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花」か。ということは、そのあたりの名前なんだろう。


「裏といいますか、冤罪といいますか。あの事件は、ナリーチェ伯爵、ゴーラ伯爵、トラケア伯爵、ポルモーネ伯爵の4人が、計画に反対したクオーレ伯爵を貶めたものです」


 この4家の名前はビジュアルファンブックにも載っていた。「たちとぶ」内ではほとんど出てこなかったのだけれど。


 それぞれが鼻腔、喉、気管、肺にゆらいしているらしくて、いわゆる「呼吸器」。クオーレは心臓、いわゆる「循環器」。体の部位ではあるものの、別の役割を持つものとして、立場の違いがあったと書いてあった。


 だからサングエ侯爵の名前が出てきて、納得したのはそこにも絡んでいる。サングエはイタリア語で「血」だったはず。「血」は「循環器」を流れるもの。そこで納得したのだ。


「告発した伯爵たちね。……なるほど。でも、怪しいとは思っていたけれど、証拠はつかめなかった。でも、あなたがその態度ということは証拠があるのかしら」


 まあ、わたしがここに来たということは証拠を手にしたか、あるいは、証拠がある場所がわかったからだと推察できるだろう。


 ……いや、わりかし、証拠はないけど、「知識」でどうにかしていたときもあるけれど、今回は知っていて「タイミングの問題だった」ということは話したうえで、だとしたらという話。


「今回に関しては、わたくしが証拠をつかんだというわけではありません。そもそも、わたくしでは、証拠をつかむ前に隠滅されてしまう恐れがありましたから。だからこそ、タイミングなのです」


 手柄に関しては、すべてアスセーナさんのものだ。むしろ、わたしは知っていて放置していた側なのだから、酷い人間であるだろう。


「証拠が転がり込んできたとでも?」


「正確には、父親が冤罪をかけられた証拠をつかむために、魔法学研究棟に潜り込んだリリオ・クオーレという女性が転がり込んできたのですけれどね」


 それに驚いた様子のラミー夫人。まあ、娘がいたことを知っていたとしても、「魔法学研究棟に潜り込んだ」というほうには驚くと思う。


「国立魔法学研究棟に証拠があったと?」


「正確には、伯爵たちの援助によってつくられた地下にある秘匿研究室です。わたくしの『知識』でも、正規のルートでどうやって行くのかがわからない場所ですね」


 わたしの言葉に「ふうん」と意味ありげにうなずく。まあおそらく、わたしの「知り得ない知識」をもってしてもわからないとはどのような理由なのかと考えているのだろう。


「とても厳重……だとしても、あなたならどうにかできそうな気がするものだけれど」


「むしろ、その程度ならどうとでもできたとは思いますが、……まあ、簡単な話です」


 本当に、ただ厳重なだけならいくらでも言い訳をつけられたと思うけれど、秘匿研究室にたどり着けないのはそんな問題ではなく、もっと単純な問題だ。


「複雑なのですよ。物理的に。幾方向にも道があり、まあ、その多くは倉庫でしたり、行き止まりでしたり、とかく、適当なところにつながっているのですが、その複雑な中から正確に道を進み、的確に研究室を引き当てるのは無理です」


 そう。魔法的になんかすごいバリアが張ってあるとか、神話時代の兵器を使っているとか、そんな何か途方もない理由があるわけではない。本当に単純に、物理的に複雑なのだ。

 そして、そんなふうに地下を複雑にしたこともあって、地下通路の利用者が下手に迷い込むのを防ぐために、いろいろな理由をつけて封鎖したのであった。


 物理的に複雑。


 それは、どれだけ魔法が使えても、どうにもならないことである。

 それこそ、大量に人を引き連れて、マッピングしながら進んだらべつだろうけれど、そんな怪しいことをしていたら、その間に証拠隠滅待ったなしだ。


「なるほど、単純明快かつ至極当然の理由ね。でも、そんな複雑な場所から、よく、あなたのところまで証拠を持ってこられたわね」


「魔法学園の図書室とは地下通路を介してつながっていますからね。そちらからの道なら、わたくしも『知り得ない知識』で把握しているのですが、物理的に封鎖されていましたから、無理やり突破でもすれば、証拠隠滅。まあ、彼女は、向こうから、その証拠を持って、物理的封鎖を破ってきましたが」


 地下通路のことは、ラミー夫人も当然知っているだろう。それが封鎖されていることも知っているとは思う。


「でも、まるで彼女がそのタイミングで、地下通路を通って図書室に来るとでもわかっていないと難しいわよね。偶然なのかしら?」


 いぶかしむような目でわたしを見るラミー夫人。それに苦笑いをする。説明自体は難しいものではないし、ラミー夫人には前に、その一部を話しているのだから幾分スムーズに話せるだろう。


「ええ、もちろん、そのタイミングで彼女が来るというのはわかっていました。ですが、それがわかったのが2日前、魔法学園で2年生となったその日なのですよ。そうでもなければ、このようなギリギリな対応はしていません」


「確かに、あなたにしては、連絡が急ではあったわね。このような大事なら、もっと前から仕込んでいるとは思うから、それはウソではないのかもしれないけれど、なぜ、2日前になって急にそんなことがわかったのかしら」


 それは別に疑っているとか、そう言うような感じではなく、ただただ純粋な疑問だった。

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