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154話:楼の姫と白い刃・その3

 わたしは、お兄様と別れ、スペクレシオンの屋敷に向かっていた。道中、沈黙を嫌ってから、アスセーナさんと、少しばかり話をする。


「ご兄妹とおっしゃっていましたけど、別の場所で暮らしているのですか?」


 お兄様と別れて、別々の家に向かっているので、そんなことを思ったのだろう。まあ、別々の場所に向かっているだけでは、普通、お兄様が用事でもあってどこかに行くだけにも見えるけれど、「じゃあ、また明日」などという言い方をして別れれば、そうでないことはわかるだろう。


「ええ、わたくしはすでに独立していますので」


 なんという表現をすればいいのか非常に難しいところだけれど、少し迷った末に、わたしは「独立」という言葉を選んだ。別に、完全につながりを断ち切ったわけでもないし、かといって、同じ家というわけでもないので、この言い方になった。


「独立……、嫁がれたということですか?」


 まあ、この歳で爵位をもらって、別の家の当主になったなどという話を信じる人はあまりいないでしょう。ただ、わたしのことは平民でも広く知っているはずなのだけれど、アスセーナさんは、冤罪撤回を目指すことだけを考えていたのか、知らないようだし。


「いいえ、わたくしは、名乗った際にも言いましたが、カメリア・ロックハート・スペクレシオン。ロックハート家からは独立して、スペクレシオンという家の当主になっています」


 と説明したところでしっくりは来ないだろう。まあ、幼くして、貴族から平民になり、貴族のこともあまり知らずに育った彼女にそのあたりを理解しろというほうが無理か。





 そんな世間話というか、他愛もない雑談をしているうちに、スペクレシオンの屋敷に着く。いつもは、カナスタさんが迎えに来るのだけれど、今日は予定通りとはいかない帰宅なので、迎えに出てきたのはミゼとルカだった。


「お帰りなさいませ」


 2人が揃ってわたしに向かって頭を下げる。そして、アスセーナさんのほうを見て、客であると判断したのだろう。しかし、彼女たちも、わたしを訪ねてくる人物などに関しては、顔を含めてばっちり教え込まれているものの、そういう立場でもないアスセーナさんのことは、だれともわかりかねないだろう。


「そちらの方はご学友ですか?」


 わたしの制服を着ているからだろう。まあ、そう思うのも無理はないけれど、わたしはそれを否定する。


「少し理由があって匿わなくてはなりません。彼女のことを頼めますか?」


「かしこまりました」


 ミゼとルカ、どちらがメインで担当するのかはわからないけれど、彼女たちに任せれば基本的には大丈夫だろう。ちなみに、ピケがシュシャの世話を担当している。そのほか手の空いている人が家事などを行っていた。

 世話をする人の数が増えれば、その分、負担はかなり多くなると思うので、若干申し訳なく思いつつも、それがベストな選択だろう。


 そうして、ミゼとルカに連れられて客間のほうへ案内されている彼女の背中を見送る。


 すると、それと入れ違うようにカナスタさんがやってきて、わたしに頭を下げる。


「お帰りなさいませ。連絡先は王城でしょうか、それとも奥様でしょうか」


 わたしが帰ってくる時間が予定通りではないことや、アスセーナさんのことなどを踏まえて、何かあったことは悟ったのだろう。だからこそ、どちらに連絡を入れるか聞いてきた。


「ラミー様にお願いします。できれば明日にはうかがうと」


 魔法学園に通っている場合ではない。わたしの場合は、基本的には出席していなくてもどうにかなるので、できるだけ早くするのなら、それが合理的だろう。

 今日、いまからというのも出来なくはないし、ラミー夫人ならOKしてくれるかもしれないけれど、さすがに、非常識すぎるし、急いでいても焦るべきではない。


「かしこまりました。明日以降でできる限り早く都合のつく日にお会いできるように予定をうかがっておきましょう」


 カナスタさんはそれだけ言うと、すぐに連絡するためだろう。わたしのことをソノに任せて、屋敷を出た。





 カナスタさんが戻ってくるまで、それほど時間はかからなかった。シュシャにアスセーナさんのことを簡単にぼかしつつ紹介していたら、すぐに戻ってきたのだった。


「明日ならいつでも空いているから時間を気にせず、いつに来てもいいとのことでした」


「ありがとう。それでは、わたくしは、部屋に戻って仕事を片付けるとします」


 これからしばらく、アスセーナさんのことで手一杯になることを考えると、仕事をためこむのはよくない。それを考えると、いまのうちに期日が遠いものでもできるだけ片付けておいたほうがいいだろう。

 証拠が揃っている以上、そこまで長引かせる予定はないけれど、それでも、いつまでかかるかもわからないものだから。


「あまり根を詰めすぎないよう、お気をつけください」


 一時の仕事に忙殺されていた時期を知っているカナスタさんは、そんなふうにいう。まあ、わたしがラミー夫人にコンタクトをとった時点でしばらく忙しくなるということは察したのか、いまから仕事を先に処理するというのも想像できたからこその言葉だろう。


「ええ、ほどほどにしておきます」


 実際、同盟成立前のピーク時に比べれば、仕事の量は微々たるものだ。これからやって、そんなに時間がかかるものではない。


 ラミー夫人にもっていくものがあるのなら、明日についでに処理したいし、とっとと片付けてしまおう。





 そうして、仕事をこなしていると、その仕事の中に1つ、ミズカネ国からのものが入っていた。内容自体は至ってシンプル。


 シュシャの様子を聞いているものだった。シュシャがこちらに来てからそんなに時間が経っていないし、このタイミングでここに書類があるということは、シュシャを送り出してすぐに送っていなければおかしいし、過保護なのか、それとも、定時連絡のつもりなのか。


 こればかりは、わたしがどう見えた、どうだったと書くよりも、本人に書かせたほうがいいと思う。別に、秘密裡に様子を探るとかそういうものでもないし。


 そう思い、シュシャを訪ねると、アスセーナさんと会話しているところだった。どちらも平民として育っているという意味では、国は違おうと近しい部分があるのだろう。


「シュシャ、少しよろしいですか?」


 わたしの言葉に、シュシャは小さく笑って反応した。それを肯定と判断したわたしは、彼女の近くの席に「失礼します」と断ってから席に着く。


「どうかしましたか?」


 小首をかしげて、わたしに問いかける様子は、無垢な子供のようにも見えるけれど、その奥の瞳の燃えるような意思がそれを打ち消していた。やはり、彼女は皇帝の器だと思う。


「いえ、少しミズカネ国からあなたの様子について報告するように言われているのですが、わたくしがはたから見ているだけでは、わからないこともあるかと思い、当人に聞きに来ただけです」


 アリスちゃんならば、ある程度の思考が読めるわたしだけれど、シュシャに関しては、そこまではっきりと考えていることがわかるわけではない。それは、そもそもの彼女の立場が違うことで考え方なんかも変化しているからだと思う。

 そして、これから進む道も違うとなれば、わたしの知っている部分から多くは慣れていくんだろうなあと。


「そうは言っても、来て、それほど長い時間が経っているわけではありませんから……。

 ただ、魔法学園というのは面白いところだなあとは思いますけどね。わたしの国では、呪術……、魔法というのは、神の代行であるというものでしたから、ここまで精力的に学び活用するのではなく、ありのままに生かすというほうが強かったので……」


 ミズカネ国というよりも、その大陸に前から根付いていた文化というべきなのかもしれない。地域、風土によって、人の考え方はそれなりに変わるものだし、歩んだ歴史の違いともいえるだろうか。


 でも、そう考えると、「人を導くための力」として設計された「魔法」を「神より賜もうた力」として高め振るうのと「神の代行」として自然に扱うのはどちらが正しいのだろうか。

 ある意味では「人を導く」というのは神様たちの仕事であり、それをわたしたちに委ねたというのなら、ミズカネ国のような思想が正しいといえるし、かといって、それで肝心なときに人々を導けなかったら意味がないからわたしたちの思想も正しいともいえる。


 いや、まあ、考え方しだいといえばそうなんだけど。


「歴史の違いや風土の違い、思想の違いというのは面白くもあり、理解しがたいものでもありますからね。シュシャが受け入れてくださるというのはありがたくはあります」


 環境が違えば、同じ人間であっても、……いや、同じ人間だからこそ、理解しがたい隔たりを感じることもあると思う。そうした意味では、わたしなんかは日本とディアマンデ王国のどちらもを知っているし、知識の上ではミズカネ国なんかも知っているので、受け入れる土壌は十分だけれど、シュシャはそうもいかない。

 そう考えれば、わたしたちの考えを理解してくれているシュシャの器の大きさというのは、皇帝らしい広さなのだろう。


「もともと、平民のわたしは、自分の国のことさえもろくに知りませんから、そう言う意味では、染まりやすかったのかもしれません」


 確かに魔法なんかについてはそうだろうけど、それだけではなく、生活環境がまるで違うし、食も違う。そんな場所に理解を示せるのが凄いと思う。


 まあ、前世では、海外旅行なんてあまりしたことなかったけれど。言ったことがないわけではないし、祖母の知人には地位の高い人も多かったから、その縁か、海外の人もそれなりに尋ねてくることが……。


 よく考えたら、前にミザール様が言っていた宗教体系に影響を与えるようなあれこれの関係者もいたのかもしれない。


 ともかく、そうしたときに、やっぱり価値観であったり、食文化であったり、生活スタイルであったり、そうした違いに驚き、拒絶しそうになることもあったから、平民であろうと、貴族であろうと関係ないだろう。


「まあ、馴染めているようなら何よりですが、まだ魔法学園も2日ですからね。

 これからもっと、楽しめるかどうかはあなたしだいだと思います。まあ、シュシャなら難なく楽しめるとは思いますがね」


 そう、魔法学園は始まったばかり。これからどうなるかはわからない。でもシュシャならどうとでもするだろうという謎の信頼がわたしの中にあるのだった。

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