表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/275

152話:楼の姫と白い刃・その1

 翌日、わたしは、図書室にいた。講義をすっぽかしたわけではなく、おそらくお兄様が来るであろう時間がわかっていたので、それに合わせただけだ。


 そもそも2年生で取れる講義の中には、1年生のときに、先回りで取った単位もあるし、そもそも、公爵としての仕事との両立を考えて、必修以外の講義は「出られるときだけ出る」というスタイルで、正式な受講生ではない状態だ。

 だから、ぶっちゃけサボり放題ではあるのだけれど、それは置いておいて、今日のこの時間は、わたしもお兄様もおそらく講義がないはず。


「やあ、待たせたかい?」


 そう言って、お兄様が気軽そうに図書室にやってきた。特に時間の指定をしていたわけでもないし、待っていても待たせていてもどちらにも否はないからだろう。


「いえ、いま来たところです」


 本当にいま来たところなので、何のごまかしもない。言葉通りの状況だ。それに対して、お兄様は、目ざとく、わたしの持つ荷物を見る。


「それは何だい?」


「ええ、少しばかり用意したほうがいいかと思いまして」


 そうやって見せるのは、制服だった。もちろん、魔法学園のものである。一応、言い訳も考えているが、お兄様相手にそれを使う必要もないだろう。


「それが必要になる状況になると?」


「封鎖された地下通路。制服が汚れてしまうかもしれませんから」


 などとあっけらかんと言うけれど、お兄様の目は半信半疑という感じ。まあ、もちろん、そのために用意したわけではない。

 わたしとて、ここに至るまで放置したことに罪悪感がかけらもないといえばウソになるのだから、できるだけのことをしようと、そんなふうに考えた。それだけの話。


「つまり、あの書架をどけて、扉の向こうに行こうということかい」


 そう言っているように見えるだろう。というか、この状況ならそう見えると思って発言しているのだから、当たり前のことなんだけど。


 でも、おそらくそろそろだ。


 そう思ったころ、見計らったかのようなタイミングで、扉のほうからガシャンという音が響く。無理やり押し開けようとして、書架にぶつかったのだろう。書架から数冊の本がこぼれ落ちた。


「だれかが向こう側から開けようとしているのか!」


 その荒ぶりようから、相当焦っていることが伝わる。だから、わたしは、急いで書架に駆け寄り、くぼみに隠れたスイッチを押し込む。


 当然ながら、それでひとりでに書架が移動することなどない。簡単に言えば、キャスターのロックを外したという感じだろうか。

 本が詰まっているので当然、その重量はかなりのものだけれど、それをどうにか退ける。


「早くこちらへ!」


 急に扉が開くようになったことに驚いたのか、固まっている彼女を引っ張るように図書室に引きずり込んで、急いで、書架を戻し、再びスイッチを押した。


 飛び散った本を本棚に押し込んで、これでしばらくは地下通路を通ってくるものを足止めできるだろう。


「お兄様、少し本の整理をしておいてください」


 わたしは、そう指示を出すと、呆然としている同年代くらいの少女を連れて、お兄様の死角に入り、持ってきていた制服を渡す。


「その格好では目立ちます。早くこちらに着替えて下さい」


 少女は、状況が呑み込めないものの、わたしの言葉に従うほうがいいと判断したのか、服を脱ぎ捨てて、制服に袖を通した。


「わたくしの制服なので、多少不格好になるかもしれませんが、余程ではない限り、そこまで気に留められることはないでしょう」


 さすがに、彼女にピッタリの制服を用意するだけの余裕はなかったので、わたしの予備の制服を持ち出してきた。シュシャの制服を借りてもよかったけれど、わたしとシュシャの体形を考えると、わたしのほうがまだ不格好にならないはず。


「あの……」


「話はあとです。お兄様!」


 お兄様に声をかけると、なにが起きているのかはわかっていないけれど、どうするべきなのかの判断はできているようで、すでに移動する準備は整っているようだった。さすがはお兄様。


「移動するのはいいけれど、どこに……?」


「ひとまずは図書室を離れます。あの地下通路の出口がここなのは明白ですから、すでにこちらに向かっていてもおかしくないので」


 具体的な場所を言わなかったのは、万が一にも通路を通っておってきているかもしれない人たちに聞こえる可能性を防ぐためである。さすがに、ここからはわたしでも未知の領域だ。


「わかった、とりあえずはついていくよ」


 お兄様の確認を取りつつも、わたしは、彼女の手を引いて、図書室を出ていくのだった。


 追っ手を警戒しつつ、だれにも見られないように忍び込んだのは、アリスちゃんがロードナ・ハンドとの騒動で訪れた学園の外れにある雑木林。ひとまず、ここまでくれば安全だろう。


「それで、カメリア。一体、何が起きているんだい?」


 息を整えながら、お兄様が聞いてくる。その視線の先には、わたしの制服を着た同年代くらいの少女。彼女は慌てたように礼儀正しく言う。


「も、申し訳ありません。助けていただきありがとうございます。ですが……、その……」


 その作法は、かなりしっかりとした貴族の礼儀作法であり、高貴な出自をうかがわせるものであった。


「ああ、いいんだ。気にしないでくれ。こういうことにカメリアが首を突っ込むのには慣れているからね」


 言うほどお兄様と一緒にいるときに、そうしたことが起きたのは少ないと思うけれど、まあ、そこはどうでもいいか。


「も、申し遅れました。あたし、その……、アスセーナと申します」


 名乗る際に、わずかに迷いが見られたのをお兄様が見逃すはずがない。もっとも、お兄様のことだから、「助けられた相手とはいえ名乗るのは躊躇したのだろうか」とくらいにしか思っていないでしょうけれど。


「アスセーナか。よろしく頼むよ。ボクはベゴニア・ロックハートだ。こっちは妹のカメリア」


「カメリア・ロックハート・スペクレシオンと申します。よろしくお願いしますね、リリ……いえ、アスセーナさん」


 どちらで呼ぶか迷ったが、彼女が「アスセーナ」と名乗った以上、そちらで呼ぶのが礼儀だろうか。





 アスセーナ。彼女は、お兄様……ベゴニアルートにおけるキーキャラクターである。本来、図書室のイベントでは、助けることができない。


 ゲームシナリオ中のベゴニアとアリスでは、書架を移動させることができないからだ。そして、かろうじてこじ開けた扉から資料を託される。それを元に、ある事件について、2人が調査しながら、「アスセーナ」という少女にたどり着き、彼女の行方と事件の真相を知るというストーリー。


 ここだけ聞くとミステリーものみたいな要素があるように聞こえるけれど、そんなことはなくて、事件の調査といっても、資料を集めて、「こういうことだったのか」というのをアドベンチャーパートで流し見るだけ。


 途中で、思わず手が触れて赤くなったり、一緒に資料を探す中で距離を深めたり……という定番のようなイベントも挟むけれど。




 つまり、現状は、本来助けられなかったはずのアスセーナを、助けてしまっているというわけだ。


 それゆえに未知の領域。こうなったことで、物語がどう変化するのかはわからない。けれど、よく考えてみれば、わたしとお兄様がラブロマンスする必要もないし、調べるのに必要な情報はすべて手元に揃っているのだから、この程度の変更はどうとでもなるだろう。


「しかし、カメリア。君は、今日、こうなることがわかっていたのかい?」


 それはあらかじめ知っていたのかというお兄様からの問いかけだけれど、それにどう答えるべきなのかは非常に難しい。何せ、今日、こうなることはわかっていたけれど、わかったのは昨日のことだからだ。


「昨日、今日こうなるとわかったのですよ。そうでなければ、わたくしはこんな危険な賭けのようなことはしません」


 そもそも、この出来事は、本来、去年の建国祭前に起きることである。それがこれだけずれて起きるなど思っていなかった。


 それに、事前に調べていなかったわけではない。お兄様のイベントも裏で進行しているという可能性はあった。だから、わたしも国立魔法学研究棟については調べていたし、研究以外の意味も含めて何度か足を運んでいた。


 だが、彼女の……アスセーナの姿はなかった。だから、王子ルートでは、彼女が国立魔法学研究棟に潜り込めなかったという予測線上にあるのだろうと思っていたのだ。


 しかし、こうして時期がずれて発生してしまった。


「ま、待ってください。その言い方だと、まるで、あたしの事情を知っているみたいに聞こえるのですが……」


 アスセーナが慌てるのも無理はない。そして、警戒もするだろう。だから、わたしは、確認の意味も込めて問いかける。


「アスセーナさん。あなたは昨年……、建国祭の少し前ごろの時期に、国立魔法学研究棟の手伝いとして雇ってもらうように推薦を受けませんでしたか?」


 わたしの問いかけに、目を見開いて驚いたように口も開けた。少しまぬけな絵面ではあるものの、この真剣な場でそれを笑うようなことはなかった。


「ええ、そうです。でも、なぜか異様に厳しくて、そのときはダメで……。年を越えて、最近、ようやく採用されました」


 ……ああ、ああ!


 なるほど。そう。そう言うことか。通りでずれるはずだ。そう言えばそうだった。すっかりルートをわけて考えていたけれど、当然ながら、去年のタイミングではわたしとアリスちゃんで王子ルートを進んでいた。


 だからこそ、密偵の騒動があったのだ。


 ファルム王国からの密偵。彼らはディアマンデ王国の深いところにまで潜り込んでいた。そのため、推薦であっても採用は異様に厳しくなっていただろうし、そもそもそのシーズンはほとんど採用しないような状況だっただろう。


 そりゃあそうだ。なんでも何も、わたしとラミー夫人でそうなるようにしたのだから。そう考えればずれ込んだのは必然だ。むしろ、わたしのせいといってもいいくらい。


 自業自得というか……、因果応報というか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ