150話:エピローグ
新年度。胸躍る季節。物語に付き物な、転校生もいる。まあ、わたしはその転校生を知ってしまっているから、ちっともワクワクはしないのだけれど。
入学ではなくて、留学という形で、魔法学園に新しくやってくるというのはいままでにない例ではあるものの、何かあったらわたしがどうにかしてねということなのだろう。ほぼほぼ責任を押し付けられているような気もするけど、シュシャなら大丈夫でしょう。
「おっ、公爵様が来たか」
シャムロックが冗談交じりにそんなふうに言う。まったくもって、彼は相変わらずのようだ。そう思いながら久々に会う面々を見た。
「カメリア、公爵位の授与、おめでとう。いやはや、ボクなんかよりもずっと、当主にふさわしいと思っていたら、先に公爵になってしまって」
お兄様は苦笑しながらそういった。いやいや、ロックハート家の当主はお兄様にしかできないって。わたし、ロックハート公爵領に全然詳しくないし。
「しかし、ファルム王国との同盟のために、自らを処刑させてまで動かれているとは思いませんでした」
苦々し気にアリュエット君が嘆く。まあ、そもそも、ファルム王国と敵対関係にあるというくらいの情報しか持っていなっかった状況で、同盟のために云々という後付けでわたしと陛下が練り上げた設定を読めるはずもない。というか読めていたのならそれは超能力者とかそういう類に違いない。
ちなみにクレイモア君は王子のほうにいて、いろいろと話しているようだ。仕事熱心だなあ……。
「あ、カメ」
「これは……」
アリスちゃんが何か言おうとした瞬間に、現れたアルコルのせいで、言葉が止まってしまった。亀?
「ミザール様の……、光の気配が……、より強まっている……」
驚くようにわたしを見るアルコルと、そのせいで遮られてしまっているアリスちゃん。これは、アルコルが見えない人から見たらどう見えているのだろうか。アリスちゃんがなぜか、わたしの前でぴょんぴょんと跳ねたり、謎に体を傾けたりしているように見えるのか……。
「アルコル。アリスさんが困っていますから少し避けてあげてください」
そう言って、わたしの前からアルコを退かす。あのまま、アリスちゃんを放っておいてもよかったのだけれど、それで変な注目を浴びても嫌だし。
まあ、わたしそのものがすでに変な注目を浴びているので、あまり意味はないのだけれども。
「それから、光が強まったということですが、その正確な理由の判断はつきません。ですが、心当たりとなる要素はいくつかあります」
本当に、どれが影響しているのかはさっぱりだけれど、いくつか心当たりはある。1つは「改変」という目的を果たしたこと。あるいは、ミザール様に会ったこと。それか、そこで「改変者」として自覚したこと。それではないのなら、夢で見て「たちとる」のことを知ったことなんかも当てはまるだろうか。
それらのどれが影響を与えたのかはわからないけれど、そう言った部分が影響しているのではないだろうか。
「とりあえず、わたくしはやはり『変革者』などではなかったということもわかりましたし」
「『変革者』ではない……?」
なんか、こう、アルコルとミザール様はそこまで密接につながっていないのだろうか。本当に情報の共有というかそういうのが薄いように感じる。まあ、あくまでアルカイドとベネトナシュ様のような分体という関係性ではなく、主従なのだから仕方ないのかもしれないけれども。
「ミザール様と直接お話しする機会がございまして、まあ、お姿を拝見することは叶いませんでしたが、その際に、わたくしのことについても教えていただいたのです。ですから、そのこともあって光の強さが増しているのかもしれませんね」
アルコルだけではない。ほかのみなも唖然とした顔でわたしを見る。まあ、神様と話したなんて話を信じられるかと言われたら……。まあ、アルコルの声は聞こえていないはずなので、本当に驚くところはそこくらいだと思う。
「それならば……、ですが、『変革者』でも、『光の力に目覚めしもの』でもないあなたに、ミザール様がどうして……」
「わたくしは『改変者』として存在しているようですよ。神々の予測を『改変』するものということでしょう」
まあ、アルコルは様子をうかがうに、シナリオを知っていて則って動いているのではないようなので、神様たちのシミュレートした結果というものを知らない可能性が高い。
知っていると「光の力に目覚めしもの」と「闇の力に呼び起されしもの」の動き方に影響が出るかもしれないという懸念があってのことか。
「『改変者』……。そんな存在が……」
本当にアルコルは何も知らないなあ……。
そんなときに、講義室に入ってくるシュシャの姿が目に入った。ちなみに、学園内の案内を放棄したわけではなく、きちんと案内したうえで、手続きが残っているというので、事務講師に引き渡しただけで、わたしはきちんと仕事はしている。
「シュシャ。こちらに」
わたしは、講義室に入って、どうするか考えているシュシャに声をかけた。それに気づいたのか、シュシャはこちらに寄ってくる。
「ああ、皆さんにご紹介しましょう。こちら、ミズカネ国からの留学生のシュシャです」
わたしの言葉を聞いて、視線がシュシャに集まっているけれど、それと同時にわたしにも視線を感じるのは、わたしが「シュシャ」と呼び捨てにしているからだろう。
まあ、基本的に「様」か「さん」をつけて呼ぶわたしが、あえて呼び捨てにしているのだから珍しいと思うのは無理もない。
「わたしは、カメリアから紹介のあったようにシュシャと言います。平民ではありますがよろしくお願いいたします」
シュシャにもわたしを「カメリア」と呼ばせている。まあ、だって、シュシャは皇族だし。というかぶっちゃけた話をすると、同じ家で暮らしている中で、そこまで気を遣いたくないというのが大きい。
「平民、か。どういう裏事情だ」
王子の言葉に、わたしは「はて」とでも言いたげにとぼけてみるけれど、その目が「ごまかされない」と言っている。
でも、普通に考えればわかることである。わざわざなんの特別性もない「平民」は魔法を使えないので、魔法学園に留学してくることはあり得ないし、それこそ、アリスちゃんのような例外的な立場であることは明白だ。それだけでも怪しいのにわたしが一枚かんでいるともなれば、怪しすぎる。
「彼女は、魔法が使える平民……ということで表向きは処理しました。その事実は、ミズカネ国の前皇帝の隠し子です。いろいろな事情があり、留学という形でディアマンデ王国に来ています」
かなり声を潜めて、ここにいる面々だけに伝えるように言った。シュシャ本人は「そんなに偉くもない、ただの平民だ」と言っているけれども。
いろいろな事情というのを、ここにいる面々なら……アリスちゃん以外なら、何となく、その理由も見えるだろう。それほどに、前皇帝の隠し子という存在の政治的厄介さは理解しているでしょうし。
「お前は本当に、厄介ごとに首を突っ込むのが……、いや、厄介ごとを持ってくるのが得意だな」
などと、シャムロックに嫌味気な顔で言われてしまった。まあ、正直、アリスちゃんの件や同盟の件に関しては、本当に厄介ごとを持ってきたり、首を突っ込んだりしていたので否定はできない。でも、そうしないと生き延びられなかったのだから仕方ない。
「わたくしも公爵になったので、そろそろ落ち着きを持ちたいお年頃なのですがね、それでも、やりたいようにやるというのがわたくしの心情ですので」
そんなふうに、返しながらも、何となくではあるが、これから待っている、本当の楽しい学園生活に光が見えているようで、思わず微笑んだ。
そう、厄介ごとは去年度までですべて片付いた。だから、今日からは、楽しい学園生活になる……と、そう思っていた。
「ああ、そう言えば、カメリア。少しいいかい」
お兄様にそう言われて、何だろうと、何の気なしに反応する。
油断は十分にあったのだろう。身内ということも相まって、油断に油断を重ねていたともいえる。
その状況で……。
「図書室で少し気になるものを見かけたんだけれど」
わたしは、一瞬でその油断と楽し気な学園生活の考えが吹っ飛ばされる。背筋の凍るような感覚。緩んでいた頬はひきつっていただろう。
このセリフ。わたしは、この言葉を知っている。
「たちとぶ」における、お兄様ルートに入ったときの、あのイベントへの誘いの言葉。
だけど、それは本来、わたしではなくアリスちゃんに向けられるはずのもの。それがわたしに向かって発せられた。
偶然という可能性ももちろんある。だから……。
「それは扉ですか?」
と投げかけた。この返答しだいで……。
「ああ、やっぱり知っているのかい。あれはいったい」
無情にも告げられる言葉。ああ、……ああ、始まってしまった。お兄様とアリスちゃんが場合によってはたどるかもしれなかった道。それをなぜかお兄様とわたしで。
わたしは……、祖母のように「自由」に生きることを望み、そして、ついに「生き延びた」。
だけれも、「自由」は未だに遠いようだ。
だから――わたしは悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で「自由に生きたい」!
「悪役令嬢に転生したけどビジュアルファンブックの力で生き延びたい!」
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