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015話:カメリア・ロックハート09歳・その2

 ユーカー・ジョーカー公爵の夫人、ラミー・ジョーカー夫人。わたしがあまり会いたくないと思い、なんやかんや理由をつけて招待を断り続けていたけど、ついに書状という名の招待状の文面がかなり物々しくなっているので仕方なく、この日、わたしはジョーカー家を訪れていた。


 しびれを切らしたと思われる書状は、正直、とてもではないが公爵家の書状として公的に残してはいけないレベルだった。まあ、ラミー・ジョーカーらしい文面ではあるけど。





 ジョーカー家は国の北側、国境線でもある「銀嶺(アルゲントゥム)山脈」を含む北方の領土を持つ家で、その関係からユーカー公爵は北方の視察に頻繁に出ていて屋敷にいることは少ないそうだ。


 そうなると必然的に、ラミー夫人がこの屋敷を取り回すことになるのだが、彼女個人としての仕事もあるし、ユーカー公爵のいない間に来た緊急の仕事を代理として処理する必要もあるとあって非常に多忙。まあ、だからこそ催促の書状が何通も来ていたのだと思うけど。


 そういう事情もあって、この家には非常に使用人が多い。わたしの家なんかとは比較にならないほど多くの人がせわしなく動いている。

 その中でメイド服を着た1人がわたしに近寄ってきた。どうやら案内のようだ、と思ったけど、その顔を見て「なるほど」と1人納得した。


「お初にお目にかかります、アリュエット・ジョーカー様。ロックハート家次子、カメリアと申します」


 アリー……、アリュエット君は「たちとぶ」の攻略対象の中でも少し特殊なキャラクター。背格好は女性そのもので、いわゆる「男の娘枠」というか「色物枠」に分類される。魔法学園では制服を着ているので男子生徒であるということは分かるんだけど、場合によっては男装の麗人ともとられかねない見た目なんだよね。


 ビジュアルファンブックによると幼少期はラミー夫人の意向というか悪ふざけで女装して過ごしていたらしい。それを考えればこのメイド服もその一環なのだろう。


「驚きました。この姿を初めて見た方で僕をアリュエットだと理解された方はおりませんでしたので。よくお分かりになりましたね」


 まあ、そうだろうなあ……。誰がどう見ても女の子にしか見えない。まあ、8歳くらいならまだそういう子がいてもおかしくないかもしれないけど、16歳でもあの見た目だからなあ……。


「人を見る目だけは持っていると思っていますから」


 わたしの言葉に、アリュエット君はうつむくように若干顔を陰らせる。ああ、そういえばそうだった。アリュエット君は、自分に自信がない。


 母親のラミー・ジョーカー夫人が二属性魔法使いであり、かつ、「氷結」という魔法を使えるのに対して、アリュエット君自身は水の一属性のみ。さらに、男らしくない体形ということもあり、自分に自信が持てなくなってしまったのだ。

 彼のルートでは、話しやすいからという理由で親しみを持たれている主人公からの扱いはあまりよく思っていなかったけど、徐々に主人公の明るさに惹かれていって、でも、主人公にはもっとふさわしい人がいると思って一歩引いているような状態で個人ルートに入っていく。


 そして、ある事件で主人公がピンチになったところをアリュエット君が庇って、男らしい行動にギャップ萌えというか、主人公はそこでアリュエット君を見る目が変わっていくし、同時にアリュエット君も主人公を守るために男らしくあろうとするの。

 そうしてアリュエット君はジョーカー家の次期当主にふさわしくなりつつあって、そのきっかけになった主人公のことに興味を持ったラミー夫人が主人公とアリュエット君が結ばれるために試練を課す、みたいな流れ。


「どうかなさいましたか?」


 彼の顔の陰りの理由は何となく察したが、それでも知らないふりをして、わたしは彼にそう問いかける。アリュエット君は、ハッとしたように顔を上げてから、ごまかすように笑って言う。


「いえ、同い年なのに情けないな、と思いまして」


 口ぶりでは何でもないように装っているけど、これはまぎれもないアリュエット君の本音なのだろう。


「……あなたは、あなたのお母様と自分を比較して卑下なさっているのかもしれませんが、わたくしからすればあなたは十分に立派な才を持っていると思います」


 正直、ここでそういった話をするべきかどうかは迷った。攻略にも直結する彼自身の悩みだから。だけど、とても見てられなかった。


「それは……。カメリア殿が才能を持っていらっしゃるから分からないかもしれませんが……、僕は……」


「あなたに足りていないのは才ではありませんよ」


 そう、実際に、それを得たアリュエット君は立派な次期当主にふさわしい「男」になったのだから。誰よりもわたしが知っている。アリュエット君は十分に才能を持っていると。


「才能ではない……、ですか。じゃあ、なんだというんです?」


 その言葉に若干の苛立ちがはらんでいるのをわたしは感じた。まあ、初対面の人間にあけすけと悩み事に対して知っているかのように語られたら怒りも湧くだろう。


「『自信』、あるいは『勇気』とでも言い換えましょうか。もちろん、これは誰にでも当てはまりそうなことを言ってごまかしているわけではなありません」


 バーナム効果というものが前世ではあって、テレビで占い師がよく使う話の誘導方法だって言っていた気がする。誰にでも当てはまることを言って、さも当たっているかのように誘導するとかどうとか。まるでそんなことを言っているのではと疑われそうなので、そんなふうに自分から先に言っておいた。


「確かに僕には自信がないかもしれません。でも、それがあったから何だっていうんです。自身を持ったってきっと僕は母上を越えることはできない」


「なぜ越える必要があるのですか?」


「え……?」


 わたしの言葉に、アリュエット君は言葉が詰まったように口をつぐみ、目線を逸らした。でも実際のところそうだ。ラミー夫人はアリュエット君の敵でも何でもない。それを越える必要はどこにもない。


「まあ、今すぐにすべてを分かる必要はありません。あなたがラミー夫人……、あなたのお母様を越えたいというのならそれを目指すのもいいでしょう。もっとも、あなたは目指す前から結果を決めてしまっているようですが」


 勝てないと決めてかかっていては勝てるものも勝てない。最初から無理と決めつけてしまっている以上、そのままではアリュエット君がラミー夫人を越えることはできない。


「じゃあ僕にどうしろって言うんですか……」


「決めるのはわたくしではありません。アリュエット様、あなた自身です。言ったように、お母様を越えたいというのならそれも1つの選択です。敵わないと思ったままそうしているのも1つの結果です。すぐにどうこうという話ではありません。ですが、あなたが大切に思うものができたとき、きっと分かるはずです」


「大切なもの、ですか……?」


 そう例えば、「たちとぶ」の主人公のように。もっとも、わたしが王子とくっつけるからアリュエット君と主人公が結ばれるようなことはないと思うけど。


「今は実感がわかないかもしれませんし、想像もできないかもしれません。でも、実際に大切な人ができたときに、そして、その人を守らなくてはならないと思った時に、『でも僕はお母様に敵わないから守るのは無理だ』とあきらめるのですか?

 そうではないでしょう?」


 わたしの言葉にアリュエット君は押し黙る。でもわたしは構わずに言葉を続けた。


「あなたは、『周囲の重圧(プレッシャー)』……、自分自身で気づかないうちに抱いてしまっている劣等感に立ち向かうための、それに打ち勝つ『自信』やそれに立ち向かうための『勇気』が足りていないのです。それも大きなものではありません。ほんの少し、わずかばかりのそれがあれば、あなたは前に進めるはずです。それだけの才があなたにはあるのだから」


「才能なんて……」


「言ったでしょう。『人を見る目だけは持っていると思っています』と。自信を持ちなさい、勇気を振り絞りなさい。あなたにはそれができるだけの才も力もあるのだから」


 あえて命令調で、そういった。普段の言葉遣いなら「自信を持ってください、勇気を出してください」とでも言っていただろうか。でも、どうしてもこの瞬間だけは、発破をかけるという意味でも、そして、わたしの言葉に真実味を持たせるためにも、あえてこういう言い方を選んだ。


「……はい!」


 急に意識を変えるのは無理だろう。わたしの言葉を呑み込むのにも時間がかかるだろう。でも、それでも、彼は少しの間があったものの「はい」と元気よく答えた。


「では、夫人の執務室に案内していただいてもよろしいでしょうか、アリュエット様」


「分かりました、こちらへどうぞ」


 わたしの言葉で、わたしが何をしにこの屋敷に来たのか思い出したのだろう。アリュエット君は思い出したように目を見開いて、少し早口でそういった。

 まあ、ラミー夫人が忙しいことは身内の彼もよく知っているだろう。時間を無駄にできないというのが分かっているからか、慌てるのも無理はない。まあ、レディーを案内するのだから早足で移動するのは正直、案内としては失格ね。


 若干の早足でついた部屋の扉に対して、アリュエット君がノックをする。すると中から女性の声が聞こえてきた。


「ああ、来たのね。アリュエット、下がっていいわよ」


「はい、分かりました」


 声の指示に従い、アリュエット君はわたしに会釈をしてから足早に去っていく。わたしは意を決して部屋の扉をノックする。


「ああ、ノックとかそういう作法は気にしないから入っていいわよ」


 まあ、そういう性格の人だということは分かっていた。わたしの想像通りの反応に思わず笑いそうになった。きっとそれがいけなかったのだろう。油断、そういうべきなのかどうかは分からないけど、ミスにつながったのはこの気のゆるみもあったのだと思う。

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