149話:スペクレシオン公爵・その4
目を覚ましたわたしは、非常に不思議な気分だった。
なんというか、知らないはずのことを知っている……いや、いままでも、この世界の人からしたらそうだったんだけれども、今回は、わたしとしても知らないはずのことを知っているので、なんとも言えない不思議な気分。
それでも、わたしの記憶には確かに「たちとる」の記憶がある。それによって、メタル王国時代とのつながりも明確に見えてきたのは大きいと思う。
ミザール様は、世界も、過去も、未来も巻き込むといっていた。そうであるなら、知っていて損はないことだ。
しかしながら、時代は受け継がれていくものだということがよくわかる。
いや、あくまで神様たちの予測でしかないのかもしれないけれど、それでも、そこに血として、意思として受け継がれていくものはあるように感じた。
アダマス・ディアマンデから、アンドラダイト・ディアマンデ、そして、デマントイド・ディアマンデへ。
ロサ・ロックハートから、ベゴニア・ロックハート、そして、アザレア・ロックハートへ。
ウルフバート・スパーダから、クレイモア・スパーダ、そして、グラディウス・スパーダへ。
マーディアオ・ジョーカーから、アリュエット・ジョーカー、そして、クリベッジ・ジョーカーへ。
シャマー・クロウバウトから、シャムロック・クロウバウト、そして、オキザリス・クロウバウトへ。
ここに陛下やお父様、ファルシオン様、ユーカー様、トリフォリウム様を入れなかったのは、攻略対象ではなかったからだ。
ちなみに「たちとる」の主人公は「アリス」という名前ではなかった。「たちとぶ」や「たちとぶ2」とサブタイトルを変えたのはそのあたりにも理由があるのだろうか。
主人公は「エラキス」と呼ばれる少女で、のちに「聖女グラナトゥム」と呼ばれる人物。
ストーリーは、戦禍で混乱渦巻く、「混沌の13か月」が過ぎたのち、各地方で、再び国と呼ばれるものができ始めようとしていたところから始まる。
もはや、村ともいえぬ焼け跡で暮らす1人の少女、「エラキス」は、自分の住む土地を国に治めるという青年、アダマスと出会う。
彼は、かつての大きな国の地方を治める貴族の息子であり、戦禍から偶然逃れたのであった。自身の父が治めていたという土地を国として治めるべく、建国を志す彼と、それを支える4人とともに、エラキスは国を治めるために奔走するのだった。
という感じの話であり、エラキスは、神様たちとつながる力というものを持っていたらしく、それゆえに「聖女」とのちに呼ばれるようになるのだけれど、その理由は、ゲーム中のティップスに記された「エラキスはガーネット・スター」という表記に関係しているのだと思う。
ガーネット・スター。ケフェウス座の恒星だったと思う。
ケフェウス座といえば、北斗七星や北極星と同じく、北天に輝く。もしかしたら、それゆえに、神々とつながれたのかもしれない。
そして、メタル王国とのつながり、神様たちとの交流など、そう言った点からも、ディアマンデ王国の建国というのは、非常に重要なポイントだったのかもしれない。
そんなことを、「たちとる」の内容を思い出しながら思ったのであった。
「建国の日に関わる資料か。まあ、『知識』を管理するお前なら別に許可などなくとも、見ていいものだとは思うが……」
王子がそんなことを言いながら頬を掻く。わたしは、「建国祭」が開かれるようになるにあたり、近年、わかったという建国の日に関する資料というものに興味を持った。いままでも、興味がなかったわけではないが、いままでの知識だと資料と照らし合わせたところで不明なところが多すぎるし、そこまで意味がなかった。
だけれど、建国の当時を知ったいまなら、話が違ってくる。
解明された建国の日について、わたしの知るものとどこまで同じなのか、どこまで理解されているのかというものを知るために、わたしは王城にやってきたのだ。
「だが、あくまでわかっているのは、建国の日がいつだったのかという程度のもので、それ以上の詳しいことはずっと調査中でしかないが」
それで十分だ。そもそも、わたしの知る「建国の日」と「建国祭」の時期はまったくかみ合っていない。その整合性の無さが、わたしの記憶のほう……つまり、「たちとる」がトンチンカンなのか、それとも、読み解いた資料が間違っているのか、それとも読み解いた人が間違っているのか、解釈が違うだけなのか、そうしたことを知りたい。
もちろん、前世でもあった、鎌倉幕府の「いい国」、「いい箱」問題とかそうした、解釈の違いで時期がずれることは、あってもおかしくないと思っているし、何をもって「建国」と定義するのかにもよると思う。
まあ、実際、間違っていたとしても、それを指摘して、正すようなことをするのも「建国祭」の時期に関わってきて面倒なので、余程ではなければノータッチで行こうと思っているけども。
「それで構わないので、資料はどこにありますか」
わたしの言葉に、王子は、微妙な顔をしながらも、「いつものことか」と納得したように、わたしを案内した。
案内をされたのは、いつもの資料のある別棟ではなかった。まあ、古い文献を読み解いたり、修復したりするには、あそこは不向きだろうから当然といえば当然か。
「このあたりの文献に書かれているとは聞いているが、どれも解読が難しいからな。オレなどではさっぱりだ」
そこにある資料は、建国時に作られたもの……ではなく、おそらくそこから先に作られたものであると思われる。
当時は、そのような資料もまともに作れるような状況ではなかった。というか、混乱している土地をまとめ上げていく過程で、その経緯などはごちゃごちゃになっていったというべきか。
正しい資料なんて残しようがないくらい混迷を極めていた。
アダマスが中心となり、土地のまとめ上げをしていたのが、ロックハート家の先祖ロサ、アダマスを護衛していたのがスパーダ家の先祖ウルフバート、財の取りまとめや融資を担当していたのがクロウバウト家の先祖シャマー、北方を取りまとめ諸外国とのパイプをつないだのがジョーカー家の先祖マーディアオである。
主人公のエラキスは、そのそれぞれのどれを手伝うかでルートが分岐するのだけれど、そんなふうに、割とバラバラに動いていたがゆえに、最終的に「どうなった」という資料はあっても、「どうしてそうなった」という経緯の部分は建国のときには訳がわからなくなっていたはず。
だからこそ、おそらく、これは後世に歴史書として作られた資料とかそういう類のものなのだろう。
そして、その資料を読み解いたと思われる人の翻訳が一応、置いてある。その翻訳にさらっと目を通すが……、おかしい。
そう、おかしいのだ。
確かに、わたしの記憶しているイベントと同じようなことが記されているものの、そこには重要な名前が一切出てこない。
「聖女グラナトゥム」。
少なくとも「聖女」という名前は出ていてもおかしくない。それなのに、まるで抹消されたかのように、かたくなに「聖女」という名前が出てこない。
代わりに「グラナトゥム」の名前が一度だけ出ているのは、アダマスの婚約者として「グラナトゥム・ディアマンデ」と。それだけなのだ。
そして、その存在の抹消ゆえか、彼女の神託が発端となったはずの建国宣言の日ではなく、それから少し先の築城宣言が建国の日ということになっている。それがおそらく、建国祭の時期と、わたしの知る建国の日のズレにつながっているのでしょう。
「何かわかったのか……?」
その質問になんと答えるべきか。
そもそも、なぜ「聖女」を抹消したのか。ウソだと思ったか。それでも後世のことを考えると神聖視できるからあえて掲げてもよかったと思う。
そうしなかった理由がほかにあるのだろうか。それとも、あくまでわたしの知る「エラキス」とは別の道を歩んでいたのか。
「少し気になることがあるだけですが、まあ、いまはさほど考えなくてもいいのかもしれません」
少なくとも、いまの情報だけでは、その真偽をはっきりさせることはできない。もし、わたしがこれを読み解くことができるのなら、また話は変わってくるでしょうけど、さすがにかすれたり、汚れたり、そのほかいろいろ、これをすべて解読するのは骨が折れるとかそんなレベルではないし。
「お前は、公爵になったというのにちっとも変らんな」
なぜか王子にそんなふうに呆れたような声で言われてしまうのだけれど。
「まあいい。お前がいまは気にしなくていいというのなら、そうなのかもしれないな。それよりも、アリスやクラたちがお前に会いたがっていたぞ」
やれやれと肩をすくめてから、王子はそんなこと言う。確かに、中々会えていないから仕方ないけれど、それでももうじき会えるはずだ。
「もうじき、新学期ですからね。わたくしも殿下も特例ということで進級できたのですから、そこで会うことができるでしょう」
魔法学園に関して、わたしと王子は建国祭のあとから通っていなかったわけだけど、それでも、今回の功績などを讃えられて、おとがめなしで進級という形になった。まあ、本来、修学しなくてはならない必修の内容については2人とも文句なしで成績がよかったというのもあるだろう。
「新学期か。お前は公爵として忙しくなるだろうが、……もっと平穏な学園生活を送れるように心がけろよ」
「そうですね、わたくしとしても平穏を望んでいるのですがね」
まあ、今年度というべきか、もうじき昨年度というべきか、一年生のときに関しては、アリスちゃんの件で前半が立て込んでいたのは仕方ないことだったので、二年生に関しては大丈夫でしょう。
よもや「たちとぶ1.5」みたいなのが発売されたわけでもなし、特に年表的にも大きなことはなかったと思うから、きっと大丈夫。
自分で言っておいてなんだけど、盛大なフラグにしか思えない。いや、そんなことはない……はずだ。




