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147話:スペクレシオン公爵・その2

 王城に呼ばれたわたしは、この間までとは違い、堂々と陛下の執務室まで通された。まあ、昨日、授与式で謁見の間には堂々と通されているわけだけれど、ほぼ直通でそのまま案内されていったから、今日のように自分で自由に歩くと、またちょっと違う感じがするのだ。


 そういうわけで、通された執務室には、わたしの知る顔がいた。


 もちろん、向こうはわたしのことを知らないでしょうけども。


 彼女がわたしを見てペコリと頭を下げた。それに対して、わたしはどうしたものかと苦笑する。シンシャさんは、わたしに彼女をどうしろというのだろうか。


「はじめまして、わたし……、シュシャと申します」


 そう彼女こそは、「水銀女帝記~恋する乙女の帝位継承戦~」の主人公であるシュシャ・ニ・ミズカネ。いや、あるいは、この世界だと帝位継承戦に参加しないため、ただの妾の子として、「シュシャ」としか名乗らないのかもしれないけれど。


「ええ、存じています。シュシャ・ニ・ミズカネさん。ミズカネ国の皇帝の血……、いえ、もう前皇帝でしたか。その血を引く妾の娘でしたね」


 わたしはあえて「シュシャ・ニ・ミズカネ」と呼んだ。それは素性を知っている、経緯を知っているというアピールでもある。まあ、それに関して補足するような形で、ほかの情報を伝えているから、そこまでする意味もないんだけれど。


「わたしはただのシュシャですよ」


 それに対して、彼女は苦笑で返した。やはり、彼女はこの頃から、女帝になる風格の片鱗を持っているのだと、あらためて思った。

 何せ、身分的にはただの平民でありながら、こうして、堂々とした態度を取っていられるのだから。


 しかし、なぜ、彼女はここに来たのだろうか。……シンシャさんが隠しきれなくて、それで、いろいろと危ないと考えて、こちらに預けたというところだろうか。


 実は、シュシャは、非常に危うい立場にいるし、彼女のことが明るみに出ればシンシャさんとしても厄介なことになる。


 というのも、シンシャさんは、皇帝の血筋が見つからず、かつ、分家で優秀だったから選ばれたわけで、シンシャさんがダメだったときに、探しに探してようやく見つかったのがシュシャである。


 つまり、シュシャがいると、シュシャを皇帝として祭り上げて打倒「皇帝シンシャ」を目指す派閥と、そうなったらまずいのでシュシャを排除しようとする親「皇帝シンシャ」派閥が対立することになるのだ。


 シンシャさんは、杖を見つける前の段階で、すでにシュシャのことを知っていたみたいだけれど、それを隠し通すつもりだったのだろう。でも、見つかってしまった。彼女がいるとややこしいことになる。だから、適当な理由をつけて、この国に預けて、その間に膿を掃除して、シュシャが帰れる環境づくりをしておこうという腹づもりなのかもしれない。


「そうですね。あくまで、あなたはそういうでしょう。しかし、似合いの髪飾りですね。

 ……亡くなられたお母様から幼少のころにもらったものでしたか」


 そう、彼女は、朱色の美しい髪をかんざしで結い、紅色の瞳を揺らす、かわいらしい少女。そのかんざしは、幼少のころに母親からプレゼントされる。もっとも、本当は、皇帝からの贈り物であったというのが、共通パートの最後に明らかになるのだけれど、そこまで明かす必要もないだろう。


「……皇帝陛下から聞き及んだ通りの人なのですね」


「あの方がなんと吹き込んだのかは知りませんが、買いかぶりです。わたくしはただの名前の無い……いえ、いまは、そうではありませんが、ただの小娘ですよ。あなたのような皇帝の器を持つものとは違う、ただの」


 そう、彼女の持つ「皇帝の器」は本物だろう。そうでなくては、あの物語は成立しない。杖があったのならば、まず間違いなく認められるほどの器がある。


「皇帝の器など持っているとも思いませんが、皇帝陛下がおっしゃっていたように、わたしはあなたから多くのことを学べそうです」


 なるほど、そう言う名目で送りつけられてきたのか。つまりは、留学ということだろう。3年以内に片を付けるつもりなのか……。


「わたくしは、あまり手本にしないほうがよい例ではあると思いますが、そんなわたくしから学ぶことがあるというのなら、ご自由にどうぞ。まあ、あなたならば、いくらでも吸収していけるでしょう」


 このシュシャは、平民でありながら、帝位継承戦に臨むにあたり、ありとあらゆる知識を吸収していく「帝王学の化け物」とあだ名された鬼才だ。もちろん、帝王学だけではなく、ありとあらゆることを本当にスポンジのように吸収して、ほかの候補を次々に上回っていった天才である。


 まあ、当然ながら、プレイヤーが正しい選択肢を選んでいれば、正しい知識を得ていることになるので、ゲームとして見るなら、本当にプレイヤーが正当に攻略していたら、いつの間にかそんなことになっていたというだけなんだけれど、それが、神々の予測なのだとしたら、彼女にはそのポテンシャルがあるということは間違いないだろう。


「わたしのことを買いかぶりすぎですよ。出自はどうあれ、ただの平民です」


「平民であろうと、なかろうと、あなたの才覚は本物だから、わたくしはこうして、あなたを買っているのですよ」


 そも、優秀であるか否かに、平民かどうかは関係ない。身分がどうあれ、優秀なら優秀だ。


「シンシャ殿が最終的に、あなたをどうするおつもりなのかはわかりませんが、わたくしの知るあなたならば大丈夫でしょう」


 シンシャさん的には、一時的に身を預けるだけなのか、それとも、何か目的があるのかは知らないけれど、わたしに預けるのだからどうなっても知らんぞと言いたい。


「……わたしの何を知っているのかはわかりませんが、そうおっしゃるのなら、できる限りのことを学ばせていただきます」


 まあ、屋敷に住む人物が増えるかもというのは、彼女のことを指しているのだろうし、まあ、王城にずっと置くわけにもいかず、かといって、学園の寮に押し込めるのもどうかと思うし、わたしが預かるのが妥当というのはよくわかる。


 生活様式とかも異なるので、寮に放り込まれたところで順応は難しいでしょう。なら、その異なる生活様式にも理解のあるわたしがどうにかするのが一番か。


「あなたは魔法についても、まだ疎いと思いますから、魔法学園でも学べることは多いと思いますよ」


 シュシャの魔法属性は、「水」と「火」と「風」の三属性ではあるものの、いままでそれを調べてすらいなかったので、おそらく、ほとんど魔法というものを知らない状況だ。


 ゲーム……、「水銀女帝記」では、ルートによって、大きく発現する魔法が異なっていて、結局、どの属性を持っているのかがあいまいなまま終わるのだけれど、水のルートと火のルート、風のルートの3ルートがあることから、カリスマ性の話と合わせて、三属性であるというのは間違いないと思う。


「魔法……」


「あなたには『呪術』などのほうが伝わりやすいですかね」


 ミズカネ国とこちらでは「魔法」に対する考え方も少し違っている。ちなみに「呪術」という名前であるものの「(のろ)い」という意味ではなく「(まじな)う」という意味の力であり、その根本は魔法と変わらない。悪く見られているとかそう言うこともない。


「神々の代行ですよね」


「この国では与えられたものだといわれていますがね」


 ミズカネ国では、魔法、呪術とは、神の御力の代行であり、神に与えられた力として、様々なことに使うこちらの大陸とは異なる思想である。


 ようは、こちらのほうは、魔法は身近な与えられた力として簡単に振るわれるけれど、向こうでは、神の代行であり、簡単に振るわれない代わりに大きなことや重要なことに使われることが多い。


 実際、システムとして、人を導くために使われるというのならこちらの大陸の考えが正しいけれど、ミズカネ国の使い方でも、人々を導くことができているのなら、おそらくそれはそれで正しいのでしょう。


「わたしに、神の代行になる力があるのでしょうか」


「ええ、ありますとも。それこそ、あなたは、この国でもミズカネ国でも最高峰の力を持っているとわたくしは考えています」


 三属性ともなれば、フェロモリーやジングなど、ファルム王国にいる数人くらいで、ディアマンデ王国だとまだまだだ。そして、わたしの知る限り「水銀女帝記」においては、三属性の魔法使いはいなかったと思う。もちろん、作中でのシュシャ自身のように、1つの力しか使わなかっただけで、実際には複数の属性を持つという人もいるのかもしれないけれど、それでも三属性ならそれに並ぶことができるどころかおそらくトップクラスだ。


「わかりました。学べることは全部学んでいこうと思います」


 何か覚悟を決めたように、彼女はそういった。その言葉にウソはないと思う。





 こうして、わたしの屋敷に住人が1人増え、また、魔法学園の同級生に1人加わったのだ。しかし、まあ、主人公2人が接点を持つと考えると、どこかワクワクするような思いもある。


 何せ、作中では決して交わることのなかったアリスちゃんとシュシャ。そもそも同じ時代なのかどうかも知らなかった。


 それが、こうして、同じ場所に集まっているのだから、歴史が大きく動いているのではないかと実感するには、十分すぎるほどだった。

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