145話:二国同盟公表演説
年が明けてから早数か月、ようやく年度を跨ごうという頃合いに、陛下から、直々の公表があるということもあって、人々は何か何かと気にして集まっていた。
昨年の建国祭以降、続く不信や不安の数々もあってか、国民の関心はかなり高いようで、皆が口々にあることないことを口にしては、「それはない」、「それよりもこっちだろう」と口論の手前くらいの勢いで喧騒を生んでいた。
王都での発表ということもあり、集まっている多くは、商人である。そう、商人であるがゆえに、耳もよければ口うまいし、足も速い。
彼らの情報網はバカにできないものがある。だからこそ、いい情報の広め役としてはうってつけである。
わたしはそんな大衆の様子を見守りながら、陛下の公表を聞くことにする。何せ、この公表には、国民の感情というのもよく見なくてはならない。
「ただいまより、国王陛下より国民の皆様に公表することがございます」
こうしたものを紙面として打ち出すのではなく、直々に陛下自らが口で説明するというのは、それだけで信頼と誠実さが上がる。まあ、もちろん、あとで文章として内容をまとめたものがきちんと出るので、聞き取れなくても大丈夫でしょう。
陛下が皆の見えるところに立った。もちろん、事前に陛下自身が公表するということを説明している以上、警戒は厳重だ。万一にも暗殺などは絶対に起こり得ないように、ファルシオン様ができうる限りのことをしている。
「この度は国民の皆に話さなくてはならないことがある」
その第一声に、国民は静まり返る。その内容を聞き逃すまいと耳を立てるように、全員が言葉の続きを待った。
「それは、ファルム王国との同盟の締結についてだ」
しばらく、言葉の意味が呑み込めなかったのか、理解するまでに時間がかかったのか、国民たちは、数拍の沈黙ののちに、いきなり声が上がる。それほどまでに衝撃的だったのだろう。
国民からは口々に「ありえない」とか「ツァボライトが」とか「一方的な侵略行為が」とかそんなことが言われているけど、それもすぐに静まるように言われて、ひとまず鎮静化する。
「先のリップス子爵領での事件を気にしていたものも多く、動きのない国に不安を覚えるものもいただろう」
聞いている国民たちの中には思うところがあるのかうなずくものもいた。あるいは、その事件と今回の同盟を結び付けて考えて、不利な同盟なのではと思うものもいるのか不安げなものもチラホラうかがえる。
「だが、安心してほしい。
かの事件は、ディアマンデ王国とファルム王国の同盟をよく思っていないものたちによる犯行であり、その特定および捕縛、処分まですべて終わっている」
一応、首謀者というか、フェロモリーの独断ということになっており、それを公表することもファルム王国からすでに認められている。
というか、フェロモリーに関しては、あのときに、ディアマンデ王国の騎士たちに顔を見られているし、関わっていたことが確実であるし、向こうとしても切らざるを得ないのだろう。
まあ、切るといっても、完全に切り捨てるのではなくて、おそらく、いままでのジングのような扱いになるだけだろうけど。
「また、ファルム王国との同盟と聞いて、ツァボライト王国とのことで思うところがあるものもいるだろう」
その言葉に対する国民のどよめきはすごかった。やはり、未だにそれを引きずっているのだろう。それほどまでに、ツァボライト王国という存在は、ディアマンデ王国の隣国として大きな存在であったのだと思う。
「だからこそ、明かさなくてはならないことがあるのだ」
そして、どよめきは最高潮になる。だけれど、それを制して、その続きを説明する。いや、紹介するというべきだろう。
陛下の背後から1人の人物が出てくる。いつもの使用人としての姿ではなくて、きちんと正装した姿で。
「紹介しよう。
私の第二夫人にして、ツァボライト王国の王族の血を唯一引く生き残り、ウィリディス・ツァボライト。
彼女もまた、同盟に賛成の意を示している」
ウィリディスさんが頭を下げる。その登場に、国民たちは、「本当なのか」、「なぜいまになって」と顔を見合わせて、口々に言い始める。
いや、亡国の姫がいまになって隣国の第二夫人として現れれば、このような反応になるのは仕方のないことだろう。まず本物かどうか、そして、本物だとして、なぜいままで公表していなかったのか。そういったことを疑問に思うのは当たりまえだ。
自体を鎮静化させるために用意した亡国の名前を利用した偽物というふうに疑うのも無理はない。
「なぜ、いままで彼女のことを隠していたのか、そう思うものがいることもわかる。
だが、ツァボライト王国の王族という立場はファルム王国との不和を招きかねないと彼女自身が立場を明かさないように望んだのだ」
その理屈もわかるが、責任をウィリディスさんに押し付けているようにもとれる言葉。しかし、国民的にはそれを信じるというほうが多いようではある。もちろん、それはここにいる商人たちの心情であって、場所や人が変われば反応も変わるだろうけれど。
「そして、ファルム王国との同盟により、その不和がなくなったこと、そして、彼女が私の子を宿したこともあり、今日、この場で発表することとなった」
その公表に、それまでの難色的顔から、一気に明るい感じに国民の表情や雰囲気も変わる。いままで、王子1人だったことは、国民の間でもいろいろと言われていたこともあって、このことは明るい話題として受け入れられたのだろう。
とりあえず、この流れで考えるのなら、同盟に関しては好評ととらえてもいいだろう。まあ、あとからあとからいい話題を出したことによって、いいほうに流れたともいえるかもしれないけど、世論的にそっちに傾けることができれば、自然とそうなるでしょう。
「ここまで同盟について話したが、皆には知ってほしいことがある」
その明るい話題を断ち切るかのように、陛下はそんなことを口にした。そのため、その注目は一気に集まった。
このタイミングで何を言うのだろうかと。そんな好奇心にも似た思いで、国民たちは、陛下の発現を待ち構えているに違いない。
「この同盟の立役者だ。
彼女がいなければこの同盟は結ばれず、最悪、ファルム王国との戦争すらあり得たかもしれない」
実際、リップス子爵領の件などもあって、それをウソだと断定する人はいなかった。だけれど、立役者だといって、紹介されるのも気恥ずかしい。いや、公爵位を与えるための建前的な部分もあるのでしょうけれど。
「それらをすべて最善で治め、自らを犠牲にしてまでも国のためにあろうとしたものがいることを」
最善……だっただろうか。そして、そこまで大仰な人間ではない。まあ、本当に、大げさに言っているのだから、それをまともに受け取る必要もないんだけどさ。
「その名前は、カメリア・ロックハート。
ロックハート公爵家の次子であり、類まれなる才覚で同盟を成した。
私の息子は、それに協力するために『処刑を行った』という虚偽の情報を流すことになった。虚偽の情報で国に混乱を与えたのは申し訳ないと思うが、それもこれもすべては同盟のためである」
一見すると、王子の失態の言い訳をしているようにしか聞こえないのに、言い訳でも何でもなく事実なのが凄いところだ。それを国民が信じるかどうかは別だけど。
「また、彼女の際に疑問を抱くものもいるかもしれない。だが、それは私も、そしてファルム国王も、さらに別大陸で即位するミズカネ国の新皇帝も保証する」
三国の王が保証するとまでいうのだから、ざわめくのも無理はない。だけれど、もともと、それなりに、わたしのうわさというのは出回っていたようで、なんというか、そこまで「あり得ない」とか「でまかせ」とかそういうのはなく、ほっとしている。
まあ、三属性の魔法使いという時点で、それなりに注目度が高かったうえに、錬金術やら魔法研究やらでいろいろやっていたこともあって、信じられたという感じだろうか。いろいろやっておいてよかった……。
「よって、カメリア・ロックハートの処刑は取り消しとし、ここに五番目の公爵位とスペクレシオンの家名を授ける。これをもって彼女はカメリア・ロックハート・スペクレシオンとし、ディアマンデ王国の『情報』に関する役割を担ってもらう」
民衆の声が徐々に上がり、なんというか歴史が動いたという感じを背中に受けながら、わたしはその場を離れるのだった。
「というわけで授与式は、また後日行うそうよ」
仮屋敷に戻ると、ラミー夫人がお茶をすすりながら待っていた。一応、わたしの仮の屋敷ということになっているはずなんだけど、我がもの顔というか、完全に自分の家とでもいう風格がある。
「でしょうね。まずは、国民の様子を見たいというのもあるでしょうし。わたくしとしては、もう授与は終わったということにしていただけたらと思うのですが、式というのは形式が大事ですからね。行うこと自体が重要というものありますか」
だって、今日の公表の時点で陛下が「授ける」と明言しているのだから、賜ったことにならないだろうか。まあ、そんなことを言えるのも、ラミー夫人に対してだからであって、ほかの貴族にこんなことを言ったら、あれこれ言われるのだろうけど。
「授与式は儀式だからね、仕方ないわよ」
とはいえ、わざわざ謁見の間で、ほかの公爵たちに見られながら、爵位を賜るのだから、あまり嬉々として受けたいものではない。
この手の……といっていいのかわからないけれど、「式」というものはどうにも苦手だ。もちろん、数式や化学式ではなくて、入学式や授賞式なんて感じの「式」のこと。
まあ得意な人なんてそういないのかもしれないけど。
「ああ、それから、屋敷のほうもできあがったから、正式にあなたのものになるわよ。ギリギリだったけれどね。どうせなら、この公表には間に合わせたいってことでどうにか」
確かに、公爵になったのに家は完成していないなんて、それは世間体が悪いというか、なんというか。しかし、まあ、よく間に合わせたものだ。




