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143話:五番目の公爵家・その1

 この日、王城に主要貴族が集まり、同盟に向けて話が進んでいるであろう時間に、わたし、カメリア・ロックハートは、与えられた仮の屋敷で、ラミー夫人とお茶をしていた。


 さすがに、正式な会議の場となるとユーカー様も「北方」から戻ってこざるを得ないのだろう。そして、何より、どうでもいい……といってはなんだけれど、どうでもいい会議なら代理としてラミー夫人を立てていた可能性がなくもないけれど、さすがに、公爵家たちも合意のもと同盟関係を進めていたという話に、代理で出席するわけにもいかなかったというのもあるでしょう。


 しかし、ラミー夫人は、わたしに話があるといっていたけれど、中々切りださない。こんなにも歯切れの悪いラミー夫人も珍しい。


「そういえば、以前いただいたお茶菓子、アリュエット様に選ばせるのなら、もう少し経験を積んだほうが良いでしょう」


「ええ、まあ、あれは、あなたに宛てたものというのもあって、少しそちらに寄っていたというのもあるでしょうけれど、もう少し落ち着いたもののほうがいいとは思うわね」


 苦笑いする。そして、しばらくの歓談ののち、何か決意でもしたのか、ラミー夫人は静かに口を開いた。


「カメリアさんは、この国に、新しい公爵家ができるとしたらどう思うかしら」


 新しい公爵家……。「たちとぶ2」には、そんなものは存在しなかった。つまり、変わった世界線……あるいは、わたしが改変した世界とでもいうべき、この現在に発生した新しいものなのだと思う。


 でも、新しい公爵家か。同盟関係の取り決めの権限に関連付けて、どこかの侯爵を公爵にするのだろうか。さすがに公爵位を授与するなんて、そうないことでしょうし。


「まあ、国が大きく動くとき、国が新しいことをするときに、それを既存のものだけでやりくりするのは難しいと思うので、それ自体はおかしい話ではないと思います」


 ずっと、同じ形で国を回しているのに、急に新しい公爵家というのは出てこないでしょうけど、いまは、新しい形を模索しているときだ。つまり、やることが一気に増える。いまの仕組みだけではどうにも立ち行かないこともあるでしょうし、そう言った部分を任せられる新しい立ち位置の存在をつくるのも1つの解決法だろう。


「ただ、与える相手は慎重に選ばないといけないとは思いますが。現在の公爵家は思っている以上に力がありますから、それと対等に渡り合えるような人でないと本当に形だけの公爵家になってしまいかねませんし」


 こういうものは往々にして、後発の人は不利だ。何せ、経験や人望で負けているのだから。そこに対等に行けるような気概であったり、能力であったりがないと、名ばかり公爵で、実際の公爵にはなれていないようなことになってしまうかもしれない。

 でも、わたしの知る限りで、そんな貴族は思い当たらないんだけど……。


「ええ、そして、そんな人物として、公爵たちが与えてもいいとうなずいたのが1人だけいるのよ」


 へえ……、そんな人物がいるとは驚きだ。まあ、「満場一致で」とか「即決で」とかそんな感じではないので、それなりに悶着があったうえでの「与えてもいい」なのだろう。あくまで「与えたい」ではなくて「与えてもいい」なあたりが……。


「それで、それはどなたに与えることになったのですか?」


 もうすでに、ここまで話が進んでいるということは、いま行われている同盟の会議でも同様の発表をしているのではないだろうか。


「いえ、まあ、そうね。……あなたよ、カメリアさん」


 ……。……わたし?

 わたしと言ったのか、ラミー夫人は。いや、公爵たちの話し合いで、わたしのことを明かすかもしれないとは聞いていたけれど、新しい公爵?


「わたくしはすでに処刑された身だと思いますが?」


 こうなったら何のために処刑をされたのかわからなくなってしまう。いや、戦争の回避のためには十分に使えたのだけれども。


「戦争反対派に対応するための処置だったということにするそうよ」


 いや、それで通ると思っているのか。まあ、通してしまうのだろうけれど。そうだとして、わたしが、その話を受けずにどこかに逃走したらどうするつもりなのか。


「授与を拒否した場合は?」


 何か罰などがあるのかと、そう問いかけるも、ラミー夫人は苦笑する。まあ、ラミー夫人はわたしがどうして処刑されたのかも、これからどうしたいのかも知っているのだから当然でしょうけども。


「何もないわよ。そもそも、あなたが本気でどうにかしようとすれば、どうしようもできないでしょう」


 確かに、陛下もラミー夫人もそれをよくわかっているはずだ。わたしの魔法についても「知識」についても。


「だから、これは提案でしかないわ。あなたも分かっているでしょう。いまこの国とファルム王国やミズカネ国をつなぎとめているのはあなただと」


 ……確かに、中心にいるのはわたしだ。ファルム王国に対しては、抑止力であり、かつ、同盟の提案者であるという立場がある。ミズカネ国はシンシャさん自身がもしものときはわたしを頼るといっていた。


「だから、公爵になれと?」


「そうね。もちろん、あなたが納得できるだけのメリットもあるのよ」


 メリットとは何だろうか。公爵になれば、ますます自由から遠ざかるだけというような気がするのだけれど。


 権力が行使できるとか?


 そんなもんにときめかないのは知っているでしょうし、じゃあ、何だというのか。まったく思いつかない。


「ようするに、わたしたちがあなたに望むのは、ほかの国との関係性を円滑にして、つなぎとめる役割だけ」


 ようは鎖なりロープなりになれってことでしょう。それほど、がんじがらめなものはないと思う。だから、その時点でメリットなんてないのだけれど。


「その役割を『公爵』という爵位に押し付けられるのよ」


 ……なるほど。なるほどなるほど、そう言うことか。

 これまで、その役割を担っていたのは、処刑された名も無きわたし個人であったけれど、それを「公爵」に押し付けられる。

 つまり、その爵位だけで抑止力であり、つなぎ役でもあるわけだ。


「公爵位を賜るだけ賜って、最低限の仕事だけはしろと」


「ええ、それ以外は自由よ。とはいっても、本当にあっちこち動き回られても困るし、一切しがらみがないわけではないけれどね」


 その程度は納得できる範囲だ。

 いや、それをわかってこの提案を持ってきているのだろうけど、それだけに、本当に食えない人だ。


「ですが、処刑がなかったことになると、学園に通うことにはなりそうですけれどね」


 処刑によって学籍が消えたというのなら、喜んで、通わないという選択をするけれど、おそらくそんなことはないだろう。


「まあ、通う通わないは、それこそ好きにすればいいんじゃないかしら。それこそあなたの『知識』なら通う必要もそこまで必要ないでしょう?」


 まあ、通っていたのも、「たちとぶ」のシナリオをなぞるという意味が強かったけれど、学び取れるものがあったというのも事実だ。

 ……深く考える必要はないか。行きたいときだけ行けばいい。そのくらいの気分でいいと思えてきた。


 しかし、まあ、学園か……。学園。王子。王子……?


「ああ、でも、そうですね、公爵位を賜るということは、殿下との婚約はなかったことになるのですよね?」


 わたしの問いかけにラミー夫人が首をかしげるけれど、いや、普通に考えればそうなるでしょう。


「いや、わたくしが爵位を賜った後に殿下と婚約したら、その新しい公爵家は一代で終わってしまいます。仮に、わたくしと殿下の子供が複数生まれて、それを王家と公爵家それぞれの跡取りにするとなると、お家騒動間違いなしですし」


 わたしに身内がいて、それが跡継ぎとなれるのならいいけれど、わたしにはお兄様しかおらず、お兄様はロックハート家の跡取りだ。

 そうなると、もっと遠縁から無理やり引っ張ってくるというのはできるかもしれないけれど。


「確かにそうね。……そもそも、カメリアさんは結婚願望とかあるのかしら。殿下とも乗り気ではないのでしょう?」


 跡取りの見込めない貴族というのは、家を存続できない最悪のパターンでしょう。でも、正直、わたしは特に結婚とか子供とかそういうのを意識してこなかった。そもそも、攻略対象に関しては、アリスちゃんと結ばれる未来を見てしまっている以上、わたしとのそういう関係を考えられないし。


 推しキャラであったシャムロックに関してだって、あくまで主人公(アリス)との関係をベースに見てのことだったし。


「どうなのでしょう」


「まあ、あなたの場合は、いろいろと達観していたこともあるし、その上で、恋愛感情以前に『死』をどうにかしないといけないというのがあったし、仕方ないのかもしれないけれどね」


 そういう面もあるだろうし、それから、祖母の生き方にあこがれた部分もあり、その祖母は恋愛をしなかった。母を養子として引き取っただけで、祖父は存在しなかったから。

 まあ、クロガネにそそのかされた婚約者である王子にポイっと処刑されたから、あまり男性に対していい思いを持っていなかったのかもしれないと、あらためてそんなことを思う。


「そうね、とりあえず、婚約の件に関しては陛下に確認を取っておくわ。でも、少しは考えたほうがいいかもしれないわよ?」


 まあ、確かに、死を回避したのだから、これから先にぶち当たるであろう、そこに関しては考えるべきだと思う。


 きっと、祖母もまた、同じように悩んだのだと思う。周りから結婚するようにとか、そんなことを言われたこともあっただろう。それでも祖母は納得して、結婚しない道を選んで、母を養子として引き取った。


 わたしはそれをそっくりまねするのでは、ちっとも自由ではない。だからこそ、わたし自身の納得できる答えを探すべきなのだろう。


「ええ、まあ、考えておきます」


 そんなありきたりというか、あいまいな答えをしながら、そこでふと、聞いていなかったことを思い出した。


「ああ、そう言えば、新しい公爵家の名前はどうなるのですか?」


 まさか、ロックハート家をもう1つつくるわけにもいくまい。


「そういえば、言っていなかったわね。スペクレシオンよ」

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