142話:ラミー・ジョーカー夫人・その8
「つまり、同盟は我々も含めて、合意の上で進行していた事実であるということにせよと?」
その意図をくみ取り、それを述べたのはファルシオンだった。しかして、述べたのがファルシオンなだけで、ほかの全員、それは理解しているらしい。まあ、それくらいは当然といえば当然か。
「それはそのほうが国益上いいというのなら、うなずきますが、どのような条件で同盟を結ばれるのでしょうか」
トリフォリウムらしい発言に、苦笑しながらも資料を配る。資料に目を通し、一通りの内容を把握したのか、あらためて話に戻る。
「なるほど、条件的には対等というか、若干、ディアマンデ王国に優位とまでは言いませんが、そう見えるのは、立場上のものですかね」
あくまで対等ではあるのだけれど、微妙に、こちらにいいように見えるのは、同盟が結ばれた背景的な要素がそうだから、そう見えるけれど、実際、本当に、大きなものではなく、対等の範囲内である。
「あくまで対等だからね」
まあ、カメリアさんいわく、戦争になって、引き分けという名の敗戦状態だったら不平等な条件で属国化させられていたようだし、そう言った部分対して思うところもあるのか、彼女は「対等」ということにもこだわっていた。
「同盟関係になった場合の、そのほかの取り決めなどは」
というトリフォリウムの言葉を遮りながら、私は次の資料を差し出す。最初に全部配ると、話が進まないので分けていたけど、これはこれで話が進まない。
「基本的に概要はいまの資料通り。それの詳細はこちら」
全員、資料に目を通し、詳細のほうをザックリと気になる部分だけ読んだのだろう。非常に難しい顔をしている。
そして、それぞれに、それぞれが関係する分野についての質問をしては、私と陛下で答えるという時間がしばらく続いた。
というか、それが長くなるのは当然だけど。
トリフォリウムが税などに関すること、ファルシオンは国境や警備などに関すること、グラジオラスは輸入品目や人材などに関することが主な質問。それ以外も質問していたけれど。
「皆、聞きたいことは概ね聞き終えたな」
その確認に、ひとまず一様にうなずく。まあ、細かい話はあとで各々が確認するなり、資料を読み込むなりすればいいと思っているのだろう。
「ならば、最後に、爵位の授与に関する提言がある」
その言葉に、皆の顔が困惑と、そして、真剣さを持ったことがわかる。いままでも真剣ではなかったということはない。だけれど、この場で爵位の話をするとなると、それは、それなりの爵位……、伯爵や侯爵、公爵などに限られるということは察せる。
「だれに……、というのはこの場で問うべきではないのかもしれませんが」
とグラジオラスが苦そうな顔をする。まあ、この状況ならだれに対しての爵位を授与する話なのかというのはわからないはずもない。
しかして、爵位というのは、権限に紐づくもの。
例えば、クロウバウト家は「財源の管理」という権限を持つからこそ公爵であり、だからこそ、クロウバウト家を継いだものも公爵を与えられる。そう言った権限、役割に関連して、爵位が授与される。
「まずは、どの爵位を与えられるのですか?」
最初に問うべきはこれだろうと、ファルシオンが問う。それに対して、ほか2人もその返答を聞き逃さないようにと言わんばかりに、その答えに耳を傾けている。
「公爵位だ」
そして、絶句した。
自分たちと同じ爵位。だけれど、それ自体に驚いたのはなく、それをわざわざ与えるということに驚いたのだ。
公爵位というものがどれだけ高い権限を有する爵位なのか、それは当人たちが一番知っている。だからこそ、それを年若き少女が授与されるというのは驚きを禁じ得ない。
「待ってください。さすがにそれは……」
トリフォリウムが苦言を呈する。そういう意見が出るだろうとは最初から思っていた。
「何をもってそれはないと?」
陛下は冷静にそう返した。何を材料に公爵位を与えることを否定するのかと。それに対して、ほとんど反射的にそうしていただろうトリフォリウムは、わずかに何か材料を探すように間を空けてから言う。
「実績がありません。同盟に一役買ったというだけでは……」
「同盟反対派という不穏分子の捕縛、リップス子爵領の防衛、ファルム王国との同盟、ミズカネ国の皇族を補助。これだけでは不満か?
ならば、錬金術の研究実績、魔法の研究実績も付けるか」
この同盟反対派という不穏分子というのは、そう言うことにされたファルム王国からの密偵たちのこと。
それはともかくとして、まあ、彼女の実績はそれなりのものが十分といっていいほどにある。
「ですが、実績があろうと、仕事がこなせなくては……」
「いま、お前たちが読んだ資料はすべて、彼女が作り上げたものだが、不備などはあったか。あるなら具体的に言ってくれ」
こういうこともあって、陛下はこれに関する資料のほとんどを彼女に振っていた。その分、彼女の負担がかなりひどいことになっていたようで、カナスタから聞いた話だと、ほとんど寝ずにどうにかしていたとか。
「そもそも、なぜ、爵位を与えることにされたのですか?」
焦りのようなものが見えるトリフォリウムとは対照的に、グラジオラスが冷静に、静かに口を開いた。
「なぜか……」
その問いかけに、陛下が一瞬、閉口した。親であるグラジオラスにそれを言っていいのかという迷いが見えて取れた。だからこそ、私が言う。
「この国につなぎとめるためよ」
いえ、正確に言うのなら縛り付けるためというべきかもしれない。それに対して、怪訝な顔をする。まあ、普通は、彼女がこのまま、どこへなりと行こうとしているなんて思わないでしょう。
「彼女は、すでに自分の役割は終えたとでもいうように、自由になることを望んでいるわ。このままにしておけば、どこへなりとも勝手に歩いていってしまう」
私の言葉に、トリフォリウムが小さくつぶやく。
「貴族の娘がどこへなりとも行って、どうにかなるものか」
しかし、その認識はとてもではないが甘い。とはいえ、トリフォリウムは、ロックハート家の屋敷に訪れた際の表面的なやり取りしかしていないから、彼女のことをわからなくても仕方ない。
「彼女は、知識に長け、五属性の魔法を操り、高度な錬金術の知識を持ち、礼儀作法もしっかりしていて、容姿も端麗。贅沢の趣味もなければ、食事も特にこだわらない。本当にどこでなりとも気ままに暮らせるわよ」
五属性という新しい情報に、トリフォリウムもファルシオンも驚いていた。グラジオラスは少し驚いているものの、当然かというような表情に変わっている。
彼女が幼少期にドレスをコロコロと変えていたのは贅沢な趣味でも何でもなく、服装で記憶されないためだったし、カナスタがいうには屋台の食事などでも食べられるようで、贅沢な食事でないと無理というタイプでもないでしょう。
それに多少贅沢がしたいのであれば、どこへなりとも転がり込む国があるでしょうし。
「では、なぜ、その自由になりたいと願う彼女を国につなぎとめるのですか」
ファルシオンの問いかけ。でも、そのくらいは理解してほしい。いや、五属性という情報のせいで頭が回り切らなかったのかもしれないけど。
「彼女はファルム王国とミズカネ国という二国とディアマンデ王国をつなぐ鎖のようなものだ。もちろん、彼女だけに依存しているわけではないが、彼女がいなくなるとそれがゆるむというのは事実。それを自覚してか、ファルム王国のほうは同盟が成立するまでは待つ姿勢を示している」
同盟を結んだのも、抑止力的な役割になったのも彼女である。そして、ミズカネ国の皇族も彼女を頼るといっていた。だからこそ、いま、この国から彼女がどこへなりとでも行ってしまうのは困る。
「それこそ、権力で縛り付けるというのは」
「五属性、それも『複合魔法』を6種類も使えて、文字通り国を滅ぼせる存在よ。そんなことをする気にはならないわ」
だからこそ、公爵位なのだ。
「ならば、爵位を与えるというのも、その意思に反すること。同じようになるのでは?」
「彼女が求めているものは、あくまでも自身の自由であり、その自由とは、自分で納得できること。つまり、私たちが行うべきなのは、彼女の意思をそのまま通すことでも、彼女の意思をまったく無視することでもないわ」
「双方が納得できる着地点を探すことだ」
そのように陛下が結論を言う。彼女が、自分の気に入らないものをすべて敵にするわがままな娘だったら、あるいは彼女がだれの意見でも飲む人形のような娘だったら、また違う結論だったのかもしれない。
だけれど、いまの彼女は、少なくともそんな存在ではなく、きちんと話し合いも出来れば、理解も出来て、話に合理性があれば納得もする。
ならば、一方的な押し付け合いじゃなくて、どちらもが納得できる折衷案というものが可能なはずだ。
「納得できる着地点とは……」
「公爵という立場は自ずと目立つ位置になる。それだけで鎖の役割は十分に機能する。だからこそ、彼女には公爵としての最低限の仕事はともかく、ほかは自由を与える。それがこちらの見出した双方が納得できると思う着地点だ」
彼女の求めるものは「自由」。ディアマンデ王国の求めるものは「鎖としての役割」。これは双方の求めるものがきちんと成り立っている……はず。
まあ、まだ、彼女には話していないのだけれど。
「……わかりました。ですが、それを飲むのかは本人しだいです」
グラジオラスが真剣な面持ちでそう答えた。確かに、これをカメリアさんが拒否したのなら、それまでだ。
「それで、ロックハート公爵が2家存在するわけにもいかないと思いますが、どうされるのですか」
「ああ、新しい家の名は、スペクレシオン。その場合、彼女は、カメリア・R・スペクレシオンだ」




