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140話:カメリアとカナスタ・その2

 カナスタさんとの生活をはじめて、しばらくのこと。ようやく、この新しい生活にも慣れてきた。とはいえ、そんなに時間が過ぎたわけではない。


 そして、もうじき、同盟の公表が行われるかもしれないという報告を受けて、わたしは、同盟の条件とか、同盟間で行われるものに関する書類を、なぜか回されて四苦八苦していた。


 どういったものがわたしのもとに来ているかというと、例えば、同盟における関税低減の草案とかがわかりやすいだろうか。


 関税というのは、まあ、いろいろな理由で設けられた仕組みではあるものの、簡単に言うと、領地または、国家間での輸入にかかる税金。ファルム王国は金属系の産出量が多いわけだけれど、じゃあ、輸入できるなら自国内で生産しなくていいやとなるわけではない。


 でも、関税がかからなかったら、商人たちはファルム王国で安く仕入れて、ディアマンデ王国で高く捌けばいい。せいぜい移動費用くらいだ。


 そうなると国の経済状況の混乱や興行発展につながらなくなって……、というわけで関税が設けられるわけだけれど、同盟国となったのだから、その輸出入の関係にかかる税金を多少緩和してもいいのではないかという提案が両国から出たわけだ。


 結局のところ、正式な同盟を公表する前に、自国内で同盟の承認をとって、その中で、これらの案もまとめて、……というのが正式な手順で、わたしが行っているのはその前段階、自国内で承認をとる際にスムーズに行けるようにまとめる作業をさせられているというわけだ。


 そして、それらの作業をカナスタさんに手伝わせるわけにもいかず、わたしは身の回りの世話を完全にカナスタさんに任せ、ほぼほぼ、自室で送られてくる書類を片っ端から処理するだけの生活を続けていた。


 カナスタさんいわく「一番忙しい時期の奥様と同じ」とのことだけれど、ラミー夫人の場合は、重要なもの以外をアリュエット君に回すこともあるだろう。わたしの場合はそれも出来ない。


 いや、おそらく、ラミー夫人もいま、同様に忙しくしているでしょうけど。


 というか、わざわざ新しい仮住まいを与えたのはこのためだったのではないかと思うくらいにこっちに移ってから書類の山が送られてきている。


「こちらの書類の束をラミー様に、残りは王城に送ってください」


 出来上がった書類は、送り先を分別して、カナスタさんに全部任せる。結構な量になるけれど、溜まっている量も結構な量なので、どんどん持って行ってもらわないと溜まる一方だ。


「かしこまりました」


 カナスタさんは、書類をまとめるとそれを数回に分けて運んでいく。それを見ながらも、わたしは、書類仕事に励んだ。





 書類の山を片付けるころには、新しい書類の山ができていた。


 やってもやっても終わらない仕事、気が遠くなりそうだけれど、数日に及ぶ書類整理で、終わりが見えてきていることだけは何となくわかった。


 最初に出ていた大きな議題であるところの関税であったり、同盟条件であったりから、徐々にスケールが小さくなって、細かい議題になっていったので、終わりが近いのだろう。


「カメリア様、奥様より言伝を預かっております。まず、公爵家に同盟を公表するとのこと。公爵家から反対が出ていた場合、同盟に反対する派閥ができるだけでなく、勢いを強める可能性があるので、先に王家と公爵家の総意を出しておくと」


 まあ、それが妥当でしょう。上が完全に同盟を認めているのに、下が大きな反発をすることもなかなかできないでしょう。


「その場合、ロックハート家が問題になる可能性があるため、すべてを明かす可能性があるので、そのことを承知しておいてほしいと」


 確かに、いま、ロックハート家と王家で、少し問題になっている部分がある。それがわたしの処刑を巡っての対応だ。未だに、正式な理由に関する発表などはされていないので、お父様としては王家に抗議しようとしていて、真相を知っているお兄様がどうにか食い止めようとしている状況である。


 それが同盟に対する障がいとなるのなら、明かしたほうがいいと思うのは間違いではないでしょう。その作戦を許可したことの是非はともかくとして、話せばある程度の納得は得られるだろうし。


「言伝ということは、ほぼ一方的な話だとは思いますが、まあ、それでわたくしが納得すると思って言っているのでしょうし、実際、納得したのですから、言うことはありませんね」


 連絡とかではなく、言伝ということは、「こうなるから伝えておいてね」というだけの言葉。わたしの返答が求められているわけではない。でも、それは、ラミー夫人が一方的に言っているというよりは、こうなるけど、それには納得するでしょうという考えありきでの話。

 そして、まあ、ラミー夫人がその匙加減を間違えるはずもない。


 わたしとて、現状を考えれば、それが最適な選択だというのはわかる。だから、納得せざるを得ないのだ。


 ここで妙に「いや、絶対に明かしてはいけない」と迫ったところで、そのメリットもない。知られるとしても公爵家だけ。公爵の子息たちには知れ渡っているのだから、ほぼ変わらないでしょう。


「一応、もし何か意見があるようなら伝言を預かってくるようにとは言われていますが」


「いいえ、必要ありません。それよりも、書類は、ひとまず休憩にするので、少しお茶を持ってきていただけますか?」


「あ、はい、かしこまりました」


 さすがに疲れて来たので、午後のティータイムというほどしゃれたものではないけれど、少しばかり休憩を挟まないとやってられない。


 しかし、休憩時間は少ししか取れないだろう。


 近い内に公爵家に同盟のことを公表するという知らせは、すなわち、近い内に期限が来るからそれまでに仕上げてくれよという締め切り通告でもある。

 この書類の山は、その期日までに仕上げなくてはならない。……本当に終わるだろうか。


「お茶のご用意ができました」


 そう言って、カナスタさんはお茶のセットとお茶菓子を運んできた。準備がいいなと思ったけれど、理由があるようで……。


「実は、奥様より、カメリア様宛にお茶菓子もいただいておりまして、本日はそれをお召し上がりください」


 ということのようだ。わたしが言いださずとも、その内、わたしにお茶と一緒に出していたのだろう。


 しかし、お茶菓子のセンスがラミー夫人のものという感じもしない。ラミー夫人の部屋には何度も言っているので、そこに用意されているお茶菓子なども把握しているけれど、それとはまた違った、軽い感じのお茶菓子だ。


 なるほど、これはアリュエット君に用意させただろう。わたしに宛てたものなら、練習としても十分だろう。お茶菓子のセンスというのも、人や出るお茶によって変わるものだけれど、アリュエット君のはあまり大人向けではない。


 これから年上の相手とやり取りをする機会も増えるのだから、そのあたりのセンスは磨いたほうがいいだろうということで、ラミー夫人はアリュエット君に用意させたのかもしれないなあ……。


「ラミー様に、お茶菓子の礼とアリュエット様に、もう少し甘さが控えめなもののほうが、わたくしよりも上の世代には喜ばれるという言伝を頼めますか」


 わたしは甘いのが好きだからいいけれど、応接の場で口の中を甘ったるくされてもね。それが好みという人もいるでしょうけど、それはもっとパーティーの場とかで味わうほうがいいでしょう。


「お坊ちゃま……、アリュエット様に……、ですか?」


「ええ。おそらく用意したのは彼なので。まあ、修行の一環と思ってやらせているのでしょう」


 わたしの10歳の誕生日のときのプレゼントもそうだったように。まあ、わたしとしては特に気にしていないし、ラミー夫人がそういうふうな人だとわかっているから構わないけれど。


「かしこまりました。次にお会いした際に奥様にそう伝えておきます」


 そう言って、カナスタさんは食器とお茶を下げる。


 さて、わたしはあともう一仕事、ちゃちゃっと片付けてしまいましょうか。





 そうこうして、書類の山が消えるのは、数日後のことだった。後半は、割とせっつかれていて、陛下からも、この書類を優先してくれというような指示がきていて、間に合わないものは切り捨て、重要なものを整えるのを中心にどうにかこうにか片付けたのだった。


 これでようやく一段落……。とはいえ、実際には、いままさに、公爵たちが集められて、会議が行われているのかもしれないと思うと、少し不安は残る。


「カメリア様、ようやく一息つかれたところ、申し訳ないのですが、今度はファルム王国から書類がいくつか届いているので、目を通してほしいとのことです」


 ……は?


 いやいやいや、これだけ働かせて、まだ働かせる気なの?


 しかし、この一件は、ほとんど、わたしが中心に動いていたようなもの。ここでほっぽりだせるわけもなく……。


 えっと、ファルム王国からの書類は、これか……。


 同盟反対派との現状の報告と輸入緩和品目一覧と国境警備の合同化と……。これを今度は、わかりやすくなるようにして、ダメそうな部分、よさそうな部分を分けて陛下に上げて……。


 こんな仕事まみれの人生は嫌だ……。なんで、こんな若くして書類仕事ばかりの人生を歩んでいるんだ、わたしは。

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