014話:カメリア・ロックハート09歳・その1
あれから少しばかりの時間が流れて、わたしは9歳になっていた。あれからも王子やクレイモア君とは王城でたびたび会っている。クレイモア君とは一緒に訓練をしたり、わたしのトレーニングにアドバイスをもらったりしている。王子とは星について話したり、愛も変わらずの舌戦をしたりしていた。
これが「攻略」であるのなら、もう2、3大きなイベントが欲しいところだけど、あくまで好感度を上げるためだから、少しばかりのイベント良いからコツコツと積み重ねていこうと思う。
そんなある日、ロックハート家にある人物が訪ねてきた。トリフォリウム・クロウバウト公爵。クローバーに由来するクロウバウト公爵家のご当主だ。つまり「攻略対象」の1人であるシャムロック・クロウバウトの父君にあたる。
このシャムロックは実を言うとわたしの推しキャラでもあった。魔法の属性は木で、趣味は散歩と花を育てることという一見、少女趣味的に見えるけどその実、シャムロックは豪快で爽快な男らしいキャラクター。
主人公とは「花を育てる」という趣味が一致することで意気投合する。良くも悪くも豪快だからか、あまり元気の出ない花たちを主人公のアドバイスで綺麗に咲くようにしていくのが急接近のきっかけ。ただ、わたしが同じ手を使えるかどうかは微妙。なんたってわたしは花を育てたこともないし、的確なアドバイスはそれこそ作中で主人公が言っていたことを猿真似するしかできないわけだ。
だからこそ、シャムロックの好感度上げは相当悩んでいた。もう1人、好感度を上げるのが難しい攻略対象であるアリュエット君がいるけど、そっちは彼よりも母親の方が厄介だから余計困っていて、会いたいという書状が来てからものらりくらりとやり過ごしてきたわけだけど。
「クロウバウト公爵、お初にお目にかかります。ロックハート家次子、カメリア・ロックハートです」
うやうやしく頭を下げて挨拶をするわたし。それに対して、しばらくは値踏みをするようにわたしのことを観察していたクロウバウト公爵。
「なるほどうわさに違わぬか……。すまないがカメリア嬢、当家のバカ息子のシャムが屋敷の周辺をうろついていると思うから気にかけてやってくれ」
「シャムロック様が……。かしこまりました」
今日はお兄様が不在ということもあり、どのみちシャムロックの相手はわたしがすることになっただろう。たぶん散歩がてら我が家の庭園の花でも見ているに違いない。わたしは応接室に向かうお父様とクロウバウト公爵の背を見送り、部屋に入ったのを確認すると庭園に向かった。
庭園では分かりやすいくらいに目立つシャムロックがいた。同い年としては王子なんかよりも背が高く、鍛えているはずのクレイモア君よりも背が高くてガタイがいい。陽の光で煌めく金髪も透き通るような緑色の瞳も、わたしの知っているシャムロックの面影がある。
「庭園はお気に召しましたか?」
花をじっと見ているシャムロックに対して、わたしは思わずそう声をかけてしまった。それに対して、その言葉でようやくわたしの存在に気付いたようで、彼は驚いたような顔をしていた。
「ああ、とてもいい庭園だ。手入れも行き届いている。散歩するにも花を見るにもちょうどいい」
「まあ、それは大変うれしいお言葉です。ここを管理しているものにも後で伝えておきましょう」
わたしの言葉に対して、「うーん」と微妙そうな唸り声を上げているのは、あまり敬われるのが好ましくない彼の性格ゆえだろうか。
「わたくしはロックハート家次子、カメリア・ロックハートと申します」
「俺はシャムロック・クロウバウトだ。そういう堅苦しいのは苦手でな、気軽にシャムって呼んでくれよ」
そういう返事が来るとは思っていたし、それに対する返事もすでに考えていた。本来ならば、「じゃあ気軽に」といきたいところだけど、わたしの立場というものを考えるとそういうわけにもいかない。
「申し訳ありませんが、これでも殿下という婚約者がいる身でして、他の殿方を気軽く呼ぶのはあまりよろしくないことになっているのです」
フレンドリーに接することがダメというわけではないにしても、気軽に略称で親し気に話していては世間体というか立場的にはどう考えてもアウト。
「よろしくないことになっているねえ、お前さんも大変なんだな。まあ、どこに人の目があるとも分からねえ世の中だから仕方ねえか。思ったよりもいいことばっかじゃなさそうだな、殿下の婚約者なんてのは」
聞く人か聞いたなら「不敬」と怒られても文句は言えないヒヤヒヤする言動にわたしはちょっとだけ背筋が寒くなったけど、一応、この場には他に人はいないので大丈夫だろう。この場合の「不敬」はわたしに対するものではなく「殿下」もとい王子に対する部分にかかるだろうけど。
「望んでなったものですからそれに対する不利益もそのまま呑み込むくらいの気概がないと殿下の婚約者にはふさわしくないでしょう?」
わたしの言葉にシャムロックは2、3回まばたきをして、それから笑った。馬鹿にしたようなニュアンスじゃなく、快い笑い方だった。
「はははっ、お前、面白いな。てっきりマジメなやつとばかり思ったが、どっちかというと俺寄りの思考だ。その気概、気に入った。お前とはいい友人になれそうだ」
わたし自身、その言葉を否定する気はない。気が合いそうというのはわたしも思っていたことだし、だからこそ推していたという部分も少なからずある。
「それはまるでわたくしが男らしいと言われているようで淑女としてはあまり気分のいいものではありませんが」
「自分のことを淑女っつー淑女なんざいねえよ。そしてそういうところが気が合いそうって話なんだがな」
まあ、分かっていて言った冗談だし。そもそも、わたしはわたしのことを淑女などと思ったことは一度もない。淑女らしくあろうとは思っているけども。
「まあ、生真面目な淑女じゃあ、殿下の婚約者なんざ務まらねえってことかな」
「あら、これまでの国王陛下と婚約されてきたお歴々の淑女の恨みを買いますよ」
もっとも、陛下のかつての婚約者のことを考えればシャムロックの言葉はあながち嘘ではないのかもしれない。現在の陛下の第一夫人は、実は幼いころからの婚約者、というわけではなく、魔法学園に入学後に婚約者が変わって、第一夫人が婚約なされた。婚約を破棄した理由が「その方が面白そうだから」という極めて自分本位な言い分なあたり、「生真面目な淑女」ではなかったのだろう。
「そうは言ってもな、面識もねえ人たちに恨まれてもどうしようもねえだろうし。唯一知ってるお前がそうなんだから仕方ねえだろう」
この国を支えてきた先人たちに何という物言い何だろうか、と思うけど、まあ、シャムロックも8歳だし年相応といえばそうなのかもしれない。
「公爵子息で次期公爵なのですから王族の方々を敬うようにしないと後々に困りますよ」
「俺としちゃ、家を継ぐとかそういうことは全然考えてないんだけどな。まあ、他に代わりもいねえけど」
シャムロックは他に兄弟姉妹がいるわけではないので、ほとんど必然的に公爵家の跡取りであり、次期当主になることが決められているも同然。もちろん、今後、兄弟姉妹が増えるという可能性がないわけではないけど、ビジュアルファンブックでも、「たちとぶ」のシャムロックのルートでもそれに該当する人物が出てくることはない。
「まあ、運命に逆らうというのもまた1つの考え方なのかもしれません」
わたしがそうであるように、クロウバウト公爵家を継ぐという未来から逃れるために全力を尽くすことを否定することはできない。
「はっ、そういうところが男らしいってんだよ。まあ、俺にゃ、そんな親に逆らってまで絶対に家を継ぎたくねえって思ってるわけじゃあないけどな」
シャムロックが家を継ぐことに対して消極的なのは「たちとぶ」の本編でも同様だ。基本的に「のんびり散歩して、花を育てる」というのが生きがいの彼は主人公と出会って、主人公が巻き込まれる事件なんかに関わるうちに、主人公を守るために家を継ぐことを覚悟するの。
まあ、そういう男らしいところというかなんというかに思うところがあって推していたわけだけど、そうなったときに1つ疑問が生じる。
他のルートでは「どうしてクロウバウト家を継ぐことを決めたのか」という疑問。もちろんなし崩し的に継承することになった、予定通りに、そういうことなんだろうけども。
攻略対象の抱えていた問題が他のルートではどうなっているんだ、そんな疑問は乙女ゲームに限らず、ルート分岐のあるゲームでは割と、ふと思うことがある。
結局のところ、王子を主人公に押し付ける予定ということは、「王子ルート」に分岐するわけで、そうなったときにシャムロックやアリー……アリュエット君、クレイモア君が抱えていた問題はどうなるのか。それが全く分からない。
何せ基本的に主人公と王子だけで物語が進んでいって、他の「攻略対象」はあまり出てこなくなってしまうから。
「まあ、なんか困ったことがあったら相談にでも乗ってくれや。もちろん、お前の相談にも乗ってやるからさ」
「あら、あなたの趣味である園芸ごとに関して聞かれましても、わたくしは答えられませんよ。あいにくと専門外ですので」
「へえ、俺の趣味が花だってこと知ってるんだな」
「熱心に当家の庭園を見られていましたから……」
まあ、それだけじゃなく知っているのは事実だけど。
これでシャムロックと仲良くなるきっかけはつかめたと思う。あくまできっかけでこれからどうしていくかはまだ分からないけど。




