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138話:カメリア・ロックハートの真実・その4

「ミザール様、こちらから質問してもよろしいのでしょうか」


 わたしは、そのように問いかける。一応、ミザール様が話すべきことがあるということで、ここにわたしは呼ばれたわけだし、それに不敬ではないかという意味も含めて。


「ええ、こちらの話すべきことは、すべて話し終えました。あとは、あなたの持つ疑問にお答えしましょう」


 ありがたい話だ。


 とはいえ、わたしの疑問に思っていたことのうちのいくつかは答えをもらっている。

 なぜわたしが転生したのか、魔法とはどのようなもので貴族しか使えない理由とか、王子がカメリアを処刑した理由とか、グランシャリオ・ゲームズとは何なのかとか。


 だから、直近で感じた疑問の1つを聞くことにした。


「では、お言葉に甘えて。こうして、杖をシンシャ殿に渡したことで『水銀女帝記』の物語が改変されてしまいました。これは、ミザール様の意図することなのですか、それとも、意図しないことなのですか?」


 杖にたどり着くことは想定していたようなので、その可能性を想定していないはずはないと思うのだけれど、それでも、想定外のことをしてしまったのではないかという不安はぬぐえない。


「絶対にそうなるという予測はありませんでしたが、予測したパターンのいくつかには組み込まれています」


 ああ、まあ、そのそうならないパターンというのは、わたしが杖の場所を教えなかったり、そもそも、シンシャさんがディアマンデ王国まで来られなかったりとかそういう場合だろう。


「では、ミズカネ国に干渉したことは、想定外ではなかったということですね」


 それならそれでよかった。「水銀女帝記」がこの世界で重要な役割を果たしているとかになると、それで世界が詰む可能性すらあるのだから、そこの確認はしておくべきだろう。まあ、ミザール様から言い出さなかった時点で、そこまで大きな影響はないのだろうとは思ったけれど。


「ただし、……その予測では、いえ、話せないといったばかりでしたね」


 なんか含みのある言い方で嫌なんだけれど。まあ、言えないものは言えないのだから仕方ないけど、妙にこちらに不安感をあおるようなことだけを言うのはやめて欲しい。


「ただ、1つだけ伝えるとしたら、それはあなたの知る『予測』は、あなたの道に大きな影響を与えるでしょう。それこそ、世界も過去も未来もすべてを巻き込んだ、大きな変革に」


 世界も、過去も、未来も……。


 これはただの謳い文句ではない。


 何せ、わたしの知る「予測」というもの、これは「たちとぶ」や「ととの」を含む、グランシャリオ・ゲームズの乙女ゲームのことだろう。


 だとするなら、「世界」というのは「銀嶺光明記~王子たちと学ぶ恋の魔法~」と「水銀女帝記~恋する乙女の帝位継承戦~」のこと。「過去」というのが「金属王国記~恋と愛と平和の祈り~」。「未来」というのが「銀嶺光明記2~王子たちと学ぶ恋の魔法~」のことだろう。

 これらすべてを巻き込んだ大きな変革というのだから、かなり大規模なものになるのかもしれない。


「……どのような道が待っていようと、わたくしは、『自由』に生きます。祖母が……、先代のカメリアがそうであったように、わたくしもまた、この世界で『自由』に」


「ええ、それで構いません。……ええ、……ええ?」


 なんかどんどんミザール様の歯切れが悪くなるというか、微妙な感じになっていったのはなぜだろうか。そこは断言してほしいんだけど。


「あの……、何か?」


 わたしの問いかけに、ミザール様はわずかに沈黙してから、咳払いのような声とともに、言い出しづらそうに言う。


「いえ、あなたの祖母のことを思い出してしまっただけですので、お気になさらずに……」


 祖母がどうかしたのだろうか。そりゃあ、まあ、想定外のことをして、どうあっても死ぬ運命になってしまった点では、ミザール様たちによく思われていないのは当然だろうけど。


「ミザール様たちは、未だに祖母のことを……?」


「そうではありません。そうではないのですが……、そうですね。あなたになら話しても姫椿(ひめつばき)心愛(ここあ)も許してくれるでしょう」


 何だかひどく引っかかる言い方なんだけど、祖母はいったい何をしたのだろうか。カメリアとしての件ではないみたいだし……。


「彼女は、その……、異世界に転生したあとも、カメリアのころより引き継いだ五属性の魔法を使い、あなたの世界で存在した、こちらのシステムとは異なる魔法を使うもの……、『陰陽師』や『魔法使い』などという存在と裏で大立ち回りをしていたのです」


 開いた口がふさがらなかった。そもそも、そんな存在がいるとは思っていないし、いや、転生なんてことが起こり得るのだから、それを否定するのもナンセンスかもしれないけれど。


「そのほか、宗教体系にも影響を及ぼし、あの世界の裏側にそれなりの影響が出てしまったので、その……、柄原(つかはら)椿姫(つばき)さん、あなたはどうか、そこまでのことをしない範疇の『自由』に生きてくださればと」


 何をやっているんだあの人は……。確かに、母や祖母の知り合いの著名な人たちからは、「昔、ちょっとやんちゃだった」という話を聞いたことがあったけれど、誇張とか、身分の高い人たちから見たやんちゃだから些細なことだったのだろうとか、そんなことを思っていたけど……。


「そもそもそんなことをできるような何かを持っているわけではありませんからね。前世で陰陽師や魔法使いとかだったらともかく、魔法もこちらで覚えたものしか使えないのですから」


 祖母のわたしとの決定的な違いは、転生した先が魔法の一般ではない世界であったことだろう。だからこそ、あれこれ裏で暴れまわった挙句に、宗教体系にまで影響を与えるようなことになってしまったのであって、魔法が一般的なこの世界で、この世界の魔法しか使えないわたしが、そんなことにはならないはずだ。


「だといいのですが……」


 そんなに不安にならないで欲しいのだけれど……。



 そうして、しばらくの間、わたしの質問にミザール様が答えてくださった。


 それらの回答が終わると、ミザール様は最後にこう言った。


「これから先、何かの縁もあるでしょう。なので、杖に存在するような私との通路(パス)を、あなた自身にも刻んでおきます。あまり答えることはできないと思いますが、この(えにし)をどうかご活用ください」


 その言葉を最後に、わたしの視界は再び、まばゆい光によってふさがれる。




 再び目を開けると、そこは、陛下の執務室であり、杖からの光がだんだんと収まっていくのを感じられた。


「なんという輝き……。これも王位継承の証だとでもいうのか……」


 陛下のつぶやきから、わたしが杖を受け取ってから時間が流れていたわけではないというのがなんとなくわかる。しかし、あれが王位継承の証だとか思われると面倒くさい。何せ、王子を差し置いて直々に神から証明されたことになってしまうから。


「いいえ、いまの輝きは、王位継承のものではありません。根本的に異なることによる光ですので、わたくしに王位の継承する資格はありません」


 そう言いながら、杖をシンシャさんに渡す。おそらくだけど、それ自体は間違いない。再びわたしに渡されても、ラミー夫人同様に、わたしが持っても灯ることはないはずだ。


「では、何の光だと……?」


 シンシャさんの質問に、どこまで答えるべきなのか、少し迷うもののかいつまんで説明することにした。


「あれは、太陽神ミザール様とつながる光というのが正しいでしょうか。あの光が灯っている間、わたくしは、太陽神ミザール様からお言葉を賜りました。また、それは、ミズカネ国の初代、ヒドラ・ギルム・ミズカネ様も同様にして、彼の方もそのように杖の効果を聞いたのだとも」


 つまり、神と対話したということになり、これもこれで王位継承並みに厄介なことではあると思う。いわば巫女や神官など、神の言葉を賜り、伝えるものたちと同じということになる。


「では、武曲(むごく)様の言葉を直接賜ったと……!」


「そうなります。まあ、ちょっとした激励のようなものをいただきました」


 その前に、いろいろと話はしたのだけれど。それらをここで律儀にすべて話すつもりはない。あとで、ラミー夫人には、簡単に説明できる範囲で説明するけれど。魔法のこととか、これからのこととか。


「神々が直接激励……、これから先に何か待ち受けているのかもしれないわね」


 ラミー夫人のつぶやきが、わずかに聞こえた。わたしもこれから先に何が起こるのか不安でたまらない。


「しかし、初代もまた、直接言葉を賜っていたとは……」


 驚きながらも杖を持ち、「面白い話が聞けた」と言って、シンシャさんは立ち上がる。彼も、近い内に、ディアマンデ王国を出発するだろう。


 これでひとまず、別大陸からやってきたシンシャさんに関する問題は終わるでしょう。最後にとんだサプライズがあったけれど、無事に終わってよかった。

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