135話:カメリア・ロックハートの真実・その1
思わず目をつむった。
そして、しばらくして、目を開けてみると、わたしは、どこともわからない真っ白な空間にポツンとたたずんでいた。
「初めまして」
まるで、頭の中に直接響くような声。声色から男とも女とも、若いとも年を取っているとも、高いとも低いとも判別できない不思議な声だった。
「柄原椿姫さんですね」
その名前が出たことにぎょっとする。久しく呼ばれていなかった名前。かつて、前世においてのわたしの名前。それが柄原椿姫なのだ。
「お待ちしていました。……それとも姫椿椿姫さんと呼ぶべきなのかもしれません」
姫椿。それは祖母の姓。そして、日本有数の名家、姫椿家の名前でもある。でも、わたしの母は、祖母に孤児院から引き取られた養子で、結婚して柄原の姓に変わったので、わたしがその姓を名乗ったこともなければ、血縁的にそうであるということもないはず。
「思っていたよりも遅かったですね」
淡々とした声で、そのように言われたものだから、わたしはどう返すべきなのか迷った。これが煽られていたり、嘆かれていたりしたのなら、また反応も変わるだろうけれど、いまいち、どういう意図で言っているのかが読めない。
「遅かったというのは、あの杖を手にして、ここに来るまでがということでいいのですよね」
どのような口調で対応するべきなのかもまったくわからなかったけれど、もはや、染みついてしまっているカメリア・ロックハートとしての口調で、問いかけた。
「ええ、その通りです。推測された、いくつかのルート選択の内、最短で9歳の時点で、たどりつく可能性がありました」
わたしの行動をシミュレートして、たどる可能性のあった道の中では、遅いほうだったということか。まあ、9歳の時点で、この杖の存在を思い出し、一縷の望みをかけて杖探しに出たというような状況だろう。
「外的な要因などで限りなく可能性の低いルートではありましたが、それ以外のことを踏まえても、遅いほうではありました」
9歳児が、行く場所はわかっているとはいえ、1人で簡単に行ける場所ではない以上、お父様やお母様を説得する必要があるわけで、そうしたわたし以外の要因で出来ない可能性が高かったのだろう。あとは、単に思い出さないという内的な要因もあるでしょうし。
「あなたが、太陽神ミザール様なのですね」
わたしは、姿の見えない、声だけ聞こえる話し相手を、そのように結論付けた。杖がミザール様の声を聞くというものであったし。
「ええ、私はそのように称される存在です。前神ポラリスより賜った名前はミザール。ただし、人々の信仰に用いられる名称は様々あります」
一応、「ミザール」という名前が前の主神であるポラリス神から授けられた名前だったのだろう。どういうわけか、ミズカネ国での「武曲」のように、様々な名前で信仰されているけれど。
「わたくしはなぜ、ここにいるのでしょう。あの杖は『声を聞く』と言っても、光で示すくらいの効果しかなかったと記憶していますが」
わたしが杖に触ったからここにいるのは間違いないだろうけど、でも、あの杖にそんな効果があるというのは、知識にない。
「あなたの知る限りでは、そうでしょう。ただ、あの杖が『汞国』へ伝わった際に、建国王たるヒドラ・ギルム・ミズカネに杖の効果や使い方を教えたときにも同様に、直接声を伝えていますが」
……ミズカネ国の建国王の名前は初耳だけど、「ヒドラギルム」というのは「水銀」のことだ。おそらく、そこから後々に、名前が変遷して、「丹」というミドルネームができたり、分家の「スイギン家」ができたりしたのだろう。
確かに考えてみれば、「光ったから王様ね」なんて、何の証拠があっていっているんだって話になる。初代が神様から直々に聞いた通りに光ったなんてことがあったから後世にまで、その理屈で継承していったのだろう。
そして、「神の意を示す杖」とかではなく、「神の声を聞く杖」として伝わったのも、初代がそういう経験が影響しているのかもしれない。
「つまり、やろうと思えばできるけれど、普段は発光するだけにとどめていると……?」
「それもまた、少し異なります。選別する機能とつながりを介し精神をつなぐことはまったく別。後者は杖自体に備わっているのではなく、私の意思で行っているだけです」
えっと……?
ようするに、杖についているのは、王族や皇族として「王位や帝位を継ぐにふさわしいか」を見極める機能がついているだけで、いま、こうして起こっていることや、ミズカネ国の建国王に起きたことは、杖を介して神様が接触してきただけで、杖に付いている機能ではないということだろう。
「そして、根本の質問である『なぜここにいるのか』という問いかけに対する答えですが、これは簡単です。『話すべきことがあるから』というだけです」
確かに簡単だった。話すべきことがあるから、わたしをここに呼んだ。シンプルで、当然の答えだともいえる。
「話すべきことですか」
しかして、「話したいこと」ではなく、「話すべきこと」というのはひっかかる。つまりは、わたしが知らなくてはならないことがあるということだろう。
「ええ、話すべきこと、……それは、あなたがこの世界に『カメリア・ロックハート』として生まれた理由についてです」
確かに知っているなら神様ぐらいしか知らないだろうと思っていたけれど、本当に神様が理由を知っているとは……。
わたしが抱く謎の中でも、一番知りたかったことを話してくれるというのだから聞かない手はないでしょう。
「あなたは、『変革者』という言葉を聞いていませんか?」
アルコルに聞いた。これをわたしが聞いているのも、ミザール様としては予測していたことなのか、それとも、あくまで聞いているかどうかの確認なのか。
「天使アルコルが、その言葉を使っていました。ロンシィ・ジャッカメンという人物がそう呼ばれていたとも」
そして、おそらく転生者の類なのではないかと思っているくらいだ。あくまで「知らないはずのことを知っている」とか、そういう存在であるみたいだけど。
「ええ、ロンシィ。彼女もまた、別の世界からこの世界へ訪れた存在。『変革者』とは世界の運行が正しい道筋から外れ、支障をきたした際に、その力を使い、世界を大きく動かして、正しい道筋に戻すものです」
つまり、ロンシィ・ジャッカメンという存在が現れて、月の神であるベネトナシュ様を主神の座から降ろし、太陽神ミザール様が主神になったということを、いまのことに当てはめて考えると……。
正しい世界の運行としては、ミザール様が主神になるはずだったけれど、そこから外れて、ベネトナシュ様が主神となってしまった。だから、それを正しい道に戻すために、ロンシィ・ジャッカメンという「変革者」が現れて、ベネトナシュ様を主神の座から降ろし、ミザール様が主神になった……ということだろうか。
「この仕組みを世界の運行そのものに取り込んだのが、『光の力に目覚めしもの』と『闇の力に呼び起されしもの』です」
つまり、進歩せずに、停滞するというのは、神様たちにとっては「望んだ運行」ではないのだろう。それを大きな変化として「望んだ運行」に導くのが、その2つの存在。
「つまり、わたくしは『変革者』として、この世界に呼ばれたということですか?」
そうなると、ミザール様が行っている世界の運行が、正しいものではないということになるのだろうか。でも、わたしの持っている知識では、そんな世界の運行そのものを操作できるようなあれこれはないはずなんだけれど。
「いいえ、その場合は、ロンシィのように、私たちの知らない場所で、気が付いたらこの世界にあなたは存在しているでしょう。そして、その場合、あなたがこの世界に生まれた理由を私たちも知らない」
……確かに、ミザール様が「正しい世界の運行」というものを知っているのなら、それから外れないようにしていれば「変革者」が呼ばれることはない。
「あなたは、行き詰まった私が呼んだ『変革者』なのです。いえ、定義からすると『変革者』ではなく、『改変者』とでも呼ぶのが正しいでしょうか」
変革と改変。この2つでは意味がまったく異なる。
変革とは、変えて新しいものにすること。
改変とは、いまあるものを変えること。
何かを「変える」というのは同じだけれど、そのあとに残るものが違う。
「確かに、わたくし自身では『変革者』などではないと、アルコルには言いましたが、『改変者』ですか。それは何を……」
何を改変するのかと聞こうとして、それが聞くまでもないことに気が付く。
何せ、わたしのいままでしてきた行動は、「たちとぶ」……、「銀嶺光明記~王子たちと学ぶ恋の魔法~」のシナリオを「改変」することだ。
だとすれば、それが「改変者」と称されるのも納得できる。
「ええ、あなたは、気が付いたでしょう。そして、そのためにあなたは呼ばれたのです」
だけど、なんで、わざわざわたしを呼んでまで、物語を変える必要があったのか。別にあのまま進んでも、「たちとぶ2」になるか、あるいは、各攻略対象たちのルートに入った、わたしの知らない未来になるだけでしょう。
未来……、「たちとぶ2」……。
そう言えば、アルコルと「光の力に目覚めしもの」と「闇の力に呼び起されしもの」が、システム的な変革者だと話したときに、本来なら、どっちが勝つにせよ、世界に大きな変化がもたらされて、次に現れるまではそれなりに時間が空くと言っていた。
だから、「たちとぶ2」はあり得ないのではないかと思った。
もしかして、……あり得ないことが起きてしまったから、それを回避するためにわたしは「改変者」として呼ばれたということだろうか。




